続・姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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15 聴取からの急展開

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 郵便局で金を引き出し、仕立て屋で採寸して服を注文し、合間に軽く腹を満たしたら、もうゾーイの元へ戻る時間はなかった。

 こんな時でなければ、彼女にも服を仕立ててやりたかった。しかしながら、用がなければ、王都へ来ることもないのである。
 今度は騎士団の受付から、そのままアデラの元へ案内してもらうことに成功した。


 ウェズリーは、取調室にベッドを持ち込む形で、病室を確保していた。
 医師から派遣されたという看護師が、側に付いている。居心地はともかく、完全看護の個室であった。

 「おう。英雄が二人も見舞いに来てくれるとは、俺も大物になったな」

 今は俺を、魔王討伐のザカリーと認識しているようだ。先日、彼の手を切り落としたザックとは、別人と思っているのだろうか。それとも、辺境で会った一般人のことは忘れていて、最初から魔術師ザカリーを舐めてかかっていたのだろうか。

 いずれにしても、俺に恨みを抱く風ではない。まるで、決闘を終えて清々した感じである。
 良くも悪くも、細かいことにはこだわらない性格のようだ。そういう部分が、人に好かれる一因かもしれない。

 両腕を失った割には、思ったより元気だった。肘と手首はそれぞれ、包帯ぐるぐる巻きである。

 「ザカリー殿は、私の襲撃事件とは別件で、お前に尋ねたいことがあるそうだ」

 アデラが説明する。引き連れて来た書記官は、ウェズリーの最初の軽口から、几帳面に記録を取っていた。
 看護師は部屋の隅に下がったものの、油断なく患者の様子を観察している。
 患者の状態如何で、いつでも尋問を止める気構えである。

 順序よく質問を重ねて、言い訳できない状況を作るのが理想だが、そんな時間はなさそうだ。
 かと言って、気になる質問を直にぶつけても、相手が正直に答える保証はなかった。
 面倒な状況である。

 「ヒュドラには、毎日エサを与えて世話をしたのか?」

 「お、おう。五本分、きっちり食わせてやったぜ?」

 俺の質問は、ウェズリーの意表を突いたらしい。戸惑いつつも、素直に答えた。
 人は、一度会話を受け入れると、以降の問いにも応じやすい傾向がある。引き続き、答えやすそうな問いを与える。

 「エサは、やっぱり魔物の肉? お前が用意してやったのか?」

 「そうだ。俺が狩った分から取り分けていた。奴らに渡す分を差し引いてな」

 エサの調達係はいない。ウェズリーは基本的に、自分の手の世話を自分でしていた。
 人間の手なら当たり前だが、ヒュドラである。毎食、魔物肉を与える必要はなくとも、普通の人間には手間のかかることだ。
 全部自分で行っていたのなら、雇い主との接触も頻繁ではなかった、と考えられる。

 「連絡係の女には、分けてやったか?」

 「いや別に。確かに魔物を見ても動じない、肝の太い女だったけれど。普通、魔物肉なんか、欲しがらないだろ」

 ウェズリーは今のところ、機嫌よく答えている。しかし、体の方に疲れが現れ始めた。もう、あまり時間がない。

 「お前が手の手術をしてもらった場所がわかれば、教えてくれ。お前が魔物を狩れなくなった今、その女が困った状態に陥っている筈だ」

 俺は色々すっとばして、単刀直入に訊いた。

 「移動中に目隠しされたけど、あれはシルヴァン伯爵の屋敷だな。親父とあいつらが仲悪くて、子供の頃は、忍び込んでいたずらしたことがバレても、親から叱られない唯一の屋敷だった」

 得意げに答えたウェズリーの顔色が、急速に悪くなる。

 「さすがは、王都育ちだ」

 俺は褒めてやった。

 「ここまでです」

 看護師が、前へ出てきた。予想外に、時間を取ってくれた。その分、ウェズリーの体調が悪化したのだが、後は騎士団で何とかしてもらおう。


 アデラは部屋を出ると、書記官を引き留めて、別の仕事を言いつけた。

 「調書は、仕事が終わるまで、私が預かっておく」

 それから騎士が溜まる部屋へ出向いて、扉を開けた。
 汗の匂いが、むわっと漂い出る。男臭い、というやつである。

 匂いと共に、男どもの視線が、一斉に入り口へ向けられる。辺境には女騎士が多かったが、王都にはまだまだ珍しい存在のようだ。

 「これより、貴族の邸宅捜索を行う。運が良ければ、捕り物も出る。出動可能な者は、直ちに武装せよ」

 「困ります、団長。隊長を通さないと」

 ラッセル副団長が慌てて割り込んだ。聴取が終わったことを嗅ぎつけて、駆けつけたのだろう。
 アデラは動じない。

 「ちょうど良い。お前も支度しろ。今日の当番は、ノードリーとエヴァンだな。ザカリー殿。ノードリー隊長を呼んで来てくれ。本部事務室にいると思う。オーディントンは事務室へ残せ。もし、我々より者を見つけたら、おけ」

 早口で部下と同列に命じられ、何で俺? と思ったが、黙って従った。
 事務室へ行くと、隊長らしき二人の他に、オーディントン副団長もいた。アデラの言った通りである。

 「聴取は、もう終わったのですか? 書記官はどうしました?」

 オーディントンも、俺が一人で現れたのを見て、驚いている。

 「団長から用事を言いつかって、その辺にいる筈です。そのうち、戻ると思います。ええと。ノードリー隊長? 団長が呼んでいます。私と一緒に来てください」

 その上、騎士団の新人並みに、普通に伝令を務める俺に、室内一同、違和感を禁じ得ない様子だ。
 俺だって、不似合いだという自覚はある。だからせめて、堂々とした態度をとる。

 「あ、はい」

 ノードリーは不得要領な感じで頷くと、こちらへ来た。副団長も後を追うのを、俺が止めた。

 「済みません。オーディントン副団長は、エヴァン隊長と共に、この部屋に残ってください。あちらは、ラッセル副団長が対応するので、ここでの対応をお願いします」

 「しかし‥‥」

 「書記官も、すぐこちらへ戻るでしょうし、事務室がカラになるのは問題だ、と団長が言っていました」

 言っていないが、オーディントンを事務室へ残すのが俺の仕事である。ここは、押しの一手だ。

 「そうですか。ザカリー様が仰るなら、承知しました」

 魔法騎士のオーディントンは、俺に一目置いているようだ。団長命令には不服でも、俺の面目を立てて承知した感じだ。それを見込んで、アデラが俺を召し使ったのである。

 ノードリーを連れて行くと、アデラは早速隅へ連れ込んで、彼と打ち合わせを始めた。
 何の支度も必要ない俺は、建物の外へ出る。ぐるっと回った裏では、うまやが慌ただしい。
 書記官が、厩番と揉めていた。

 「急ぎの用なんだ。すぐ戻る。一頭だけ」

 「こっちだって、大至急なんだよ」

 「団長に頼まれた仕事は、どうなったのです?」

 俺に声をかけられた書記官は、棒を呑んだように固まった。つい先ほど、聴取に立ち会った彼である。
 何故ここにいて、馬で出かけようとしたのか、考える間もなく体が動いて、書記官を拘束した。

 「ザカリー様、何をなさいます。私は団長に頼まれた仕事を、急いで片付けなければいけないのに」

 魔法で逃げられなくなった書記官は、自由に動く口で言い募る。目撃者の厩番が、魔法もかけていないのに硬直した。

 「その仕事は、多分終わった。それ以上余計な口を叩くと、喋れなくしてやる。ええと。君は、仕事へ戻ってくれ」

 書記官はぴたりと口を閉じた。厩番は、魔法を解かれたように、あたふたと向きを変えた。
 俺が書記官を連れて建物へ戻ると、武装して出立する一団と出くわした。アデラが先頭に立っている。

 「ネズミも獲れたか。ノードリーに渡したら、すぐに来い」

 ジロリと見られただけで、またしても書記官の体が強張った。これは、俺の魔法ではない。
 ノードリー隊長に書記官を引き渡すと、彼はそのまま牢の方へ連行された。俺たちは、その行方を見守ることなく、厩へ向かう。

 アデラたち騎士は、馬に乗ったり荷馬車に詰め込まれたり、それぞれ足を確保した。俺も荷馬車に乗ろうとすると、アデラに腕を引っ張られた。

 後ろにまたがり、アデラの腰に手を回させられた。馬が足りないだけだが、乗れない人みたいで恥ずかしい。

 「行くぞ」
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