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12 月夜の狼か兎
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「お前に、あんな芸当ができるとは思わなかったな」
聞き耳を立てる者がいないか、一応周囲を窺ってから、アデラに感想を述べた。
リュディヴィーヌは、その後も別のテーブルに呼ばれて仕事を続けていた。
アデラの評価を聞いて、その場で依頼した客もいるようだ。出ずっぱりだった。
彼女にこちらの会話を聞く余裕があるとも思えないが、念の為、声を落としていた。
「う~ん。役職柄? 必要に迫られてだねえ」
料理を頬張りながら首を捻るアデラは、もう俺の知るいつもの彼女だった。
「わかったと思うけれど、彼女自身は何の力も持っていない。一応伝えておくよ」
「それでいて、占い師が出来る洞察力も、大したものだな」
そんなリュディヴィーヌをぐずぐずに崩したアデラは、もっと大したものである。
食事の途中、彼女は店の責任者を呼んで、リュディヴィーヌの勤務時間や住所を聞き出した。職権発動である。
ディナー時間帯だけとはいえ、客がつけば休憩なしのハードな仕事である。
ハードといえば、勤務時間外なのに、完全に食事も仕事になっているアデラも同類だ。
同席する相手によっては、食べた気がしないだろう。今日は、味わう余裕があると良いが。
俺は、洗練された美味い料理を、十分に堪能した。
その後は普通に食事を終えて外へ出た。王都の夜は、灯りも人も多く、賑やかである。
「この後、うちへ来るか? 酒を出すぞ。それに、お楽しみも」
アデラの目が潤んでいるのは、この先起こる出来事への期待からである。
俺は誘いに乗りかけて、留守番のゾーイを思い出した。二人で高級料理に舌鼓を打つ間、買い置きの食料で我慢している様子が目に浮かぶ。
「帰るよ。これまで得た情報を整理して、次の動きを考えたい。お前がうちに来るなら、歓迎する」
逆に誘うと、意外にもアデラは困った顔をする。
「今そっちへ行くと、朝まで帰れない気がする。夜中に呼び出しがかかった時に、まずい」
彼女が気にするのは、体裁ではあるまい。連絡が取れず、事態が悪化することを懸念している。
「家は、どっちの方角?」
ゾーイの元へ帰る気持ちは変わらないものの、何となく別れ難かった。俺の息子が、ほんのり頭を持ち上げているのだ。家の場所を聞いたところで、地理はわからない。
「少し歩くが、馬車に乗るほどでもない」
「では、一緒にそこまで歩いてみる。途中で、馬車を拾えたら帰るよ」
「それだと、家に着くまで拾えないと思うぞ」
アデラは俺の返事を待たず、ふい、と脇道へ入る。
慌てて追って、その暗さに驚いた。
密集した建物の隙間としか思えない脇道は、窓から漏れる灯りも乏しく、そもそも窓が少ない。
そこから更に伸びる道は、人が触れずにすれ違うのも難しい細さだ。
しかも、微妙に曲がりくねって見通しが悪い。ひと気のない辺境の暗さとは、また違った暗さである。
「近道だ。あたしでも、そっちの細い道は、なるべく避ける」
「そうなのか。俺も見習うよ」
月明かりも、地面までは届かない。土か石畳かも見分けのつかない足元に、人がうずくまっていても、間違いなく気付かれない暗さである。
表通りの気配も途絶え、ちょっとした話し声も響くように思う。俺たちは、無言で足を早めた。
「アデラ~。男連れで夜の街を徘徊するとは、良いご身分じゃないか~」
暗がりから、聞き覚えのある声が上がる。俺もアデラも、外食後に帰宅する途中である。
男の言葉は、単なる言いがかりでしかない。
俺たちは、自然と戦闘態勢に入った。
「出たな、兎」
アデラが呟く。
建物の陰から現れたのは、ウェズリー元ゴールト伯爵令息にして、元辺境騎士団長であった。
色々な意味で、面倒な男だ。
聞き耳を立てる者がいないか、一応周囲を窺ってから、アデラに感想を述べた。
リュディヴィーヌは、その後も別のテーブルに呼ばれて仕事を続けていた。
アデラの評価を聞いて、その場で依頼した客もいるようだ。出ずっぱりだった。
彼女にこちらの会話を聞く余裕があるとも思えないが、念の為、声を落としていた。
「う~ん。役職柄? 必要に迫られてだねえ」
料理を頬張りながら首を捻るアデラは、もう俺の知るいつもの彼女だった。
「わかったと思うけれど、彼女自身は何の力も持っていない。一応伝えておくよ」
「それでいて、占い師が出来る洞察力も、大したものだな」
そんなリュディヴィーヌをぐずぐずに崩したアデラは、もっと大したものである。
食事の途中、彼女は店の責任者を呼んで、リュディヴィーヌの勤務時間や住所を聞き出した。職権発動である。
ディナー時間帯だけとはいえ、客がつけば休憩なしのハードな仕事である。
ハードといえば、勤務時間外なのに、完全に食事も仕事になっているアデラも同類だ。
同席する相手によっては、食べた気がしないだろう。今日は、味わう余裕があると良いが。
俺は、洗練された美味い料理を、十分に堪能した。
その後は普通に食事を終えて外へ出た。王都の夜は、灯りも人も多く、賑やかである。
「この後、うちへ来るか? 酒を出すぞ。それに、お楽しみも」
アデラの目が潤んでいるのは、この先起こる出来事への期待からである。
俺は誘いに乗りかけて、留守番のゾーイを思い出した。二人で高級料理に舌鼓を打つ間、買い置きの食料で我慢している様子が目に浮かぶ。
「帰るよ。これまで得た情報を整理して、次の動きを考えたい。お前がうちに来るなら、歓迎する」
逆に誘うと、意外にもアデラは困った顔をする。
「今そっちへ行くと、朝まで帰れない気がする。夜中に呼び出しがかかった時に、まずい」
彼女が気にするのは、体裁ではあるまい。連絡が取れず、事態が悪化することを懸念している。
「家は、どっちの方角?」
ゾーイの元へ帰る気持ちは変わらないものの、何となく別れ難かった。俺の息子が、ほんのり頭を持ち上げているのだ。家の場所を聞いたところで、地理はわからない。
「少し歩くが、馬車に乗るほどでもない」
「では、一緒にそこまで歩いてみる。途中で、馬車を拾えたら帰るよ」
「それだと、家に着くまで拾えないと思うぞ」
アデラは俺の返事を待たず、ふい、と脇道へ入る。
慌てて追って、その暗さに驚いた。
密集した建物の隙間としか思えない脇道は、窓から漏れる灯りも乏しく、そもそも窓が少ない。
そこから更に伸びる道は、人が触れずにすれ違うのも難しい細さだ。
しかも、微妙に曲がりくねって見通しが悪い。ひと気のない辺境の暗さとは、また違った暗さである。
「近道だ。あたしでも、そっちの細い道は、なるべく避ける」
「そうなのか。俺も見習うよ」
月明かりも、地面までは届かない。土か石畳かも見分けのつかない足元に、人がうずくまっていても、間違いなく気付かれない暗さである。
表通りの気配も途絶え、ちょっとした話し声も響くように思う。俺たちは、無言で足を早めた。
「アデラ~。男連れで夜の街を徘徊するとは、良いご身分じゃないか~」
暗がりから、聞き覚えのある声が上がる。俺もアデラも、外食後に帰宅する途中である。
男の言葉は、単なる言いがかりでしかない。
俺たちは、自然と戦闘態勢に入った。
「出たな、兎」
アデラが呟く。
建物の陰から現れたのは、ウェズリー元ゴールト伯爵令息にして、元辺境騎士団長であった。
色々な意味で、面倒な男だ。
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