続・姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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5 世代交代の波

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 また最初の客室へ戻され、待機していると、迎えが来た。魔術師の格好をした、少年である。

 「ザカリー様、お初にお目にかかります。マクスウェル=シルヴァンと申します。お会いできて光栄に存じます。魔術棟のご案内のため、お迎えに上がりました」

 見た目通り少年らしい声で、つらつらと挨拶を述べた。俺は、その名前に聞き覚えがあった。

 「ザカリーです。初めまして。ご親戚に、ヘンリー=シルヴァン様がいらっしゃいますか?」

 五周年式典の時、やはり王宮の案内係についた男だ。はっきり言って、あまり良い想い出がない。

 「父をご存知ですか?」

 少年の顔が、明るくなった。俺は、ヘンリーに対する思い出を、心の奥に押し込めた。

 「昔、王宮を案内していただきました。お父上は、お元気ですか?」

 「はい。兄に家督を譲り、領地でのんびり隠遁生活を送っております。兄も領地生活の方が性に合っているようです」

 マクスウェル少年は、ニコニコと家族の近況を報告した。俺も、ヘンリーは王宮の駆け引きに向いていなさそうだと思っていたので、彼らの生活ぶりを喜ばしく聞いた。

 「それで、マクスウェル=シルヴァン様は、王宮勤めでいらっしゃるのですか?」

 俺は、部屋を出ながら尋ねた。ここは、聞かずには済まされまい。

 「はい。近頃、魔術部の末端に加えさせてもらいました」

 口では控えめに答えつつも、マクスウェルの顔は得意げである。父親とは見た目も性格も異なるようだ。
 彼は、幼い頃から魔術に興味を持ち、この度王宮の魔術師募集に応じて採用されたという。

 姫とアキは、自分たちの味方になる人材を広く求めている。
 その努力の一端を知って、俺は嬉しくも少し寂しくも感じた。勝手なものである。元仲間ばかりに頼るな、と突き放したのは、俺なのだ。

 「王宮魔術師と言えば、コンクエスト卿がご高名でしたね。現在、どうなさっておられるのでしょうか」

 姫に薬を盛った男である。他にも、勇者召喚や稀覯きこう本の件で賢者ヒサエルディスを恨んでいる。
 姫が引退させたことは聞いているが、その後の消息は不明だった。

 利害が対立するとはいえ、確かな実力のある人物なのだ。引退に追い込んだだけでも、姫の手腕は賞賛ものだ。
 そして、野放しにしたら危険なことも間違いない。

 「あの方は、長年の功績により、女王陛下が特別に王宮住まいを許可なさいました。きっと、父のような隠遁生活を楽しんでいらっしゃると思います」

 マクスウェルは屈託くったくなく教えてくれた。
 なるほど、貴族出身のコンクエストでも、継ぐべき家督がなければ、永年王宮住まいは名誉になる。目の届く場所に囲っておくには、良い口実だ。半面、いつでも寝首を掻かれる距離にいる、という恐怖がある。

 話しているうちに、魔術棟と呼ばれる建物に到着した。
 建材も様式も周囲と調和している。新しさを窺わせるのは、磨かれた石だけである。

 外から見ても、中へ踏み込んでも、人の出入りはほとんどないようであった。閉まった扉を数えても、個室が多く並ぶ印象である。

 「皆さん、基本的には個別に研究なさるのです」

 「魔術の研究や研鑽は、どうしても、そうなりますよね」

 俺が同調すると、マクスウェルが、ほっとする。

 「ザカリー様も、ご同様なのですね。安心しました。後ほど、部長の元へご案内します。まずは私の部屋をお見せします。全ての部屋をご案内するのは難しいので。ご参考までに」

 「ありがとうございます」

 マクスウェルが扉を開けると、俺の家にある実験室と同じような広さの部屋が現れた。壁一面の書棚には、まばらに本が積んである。机の上も綺麗なものだ。広い窓から入る光が、部屋を明るく照らしていた。

 「まだ採用されたばかりで、先輩方のように資料が揃っていないのです。生家でも、私の書籍に割ける予算はさほどなくて」

 空の書棚を眺める、俺の視線に気付いたマクスウェル少年が、顔を赤くした。

 「魔法の実力は、本の所持数とは別物です。机上の研究だけでなく、詠唱や動作の滑らかさ、実践も大切ですから」

 少年の顔が、輝いた。

 「そうですよね。ありがとうございます、ザカリー様」

 大したことは言っていない。尻がむずがゆい気持ちになった。


 現在の王宮魔術師を束ねる長は、ヘンレッティ卿と呼ばれていた。やはり貴族の出自で、コンクエスト卿に師事したという経歴は、俺も知っている。

 前王宮魔術師の長は、長年同じ職にあり、国内の主だった魔術師で彼と無関係な者はほとんどいない。居ても俺みたいに表に出たがらないのだろう。その影響を排除したい姫側としては、頭の痛い問題である。

 「ご無沙汰しております、ザカリー殿。マデリーン女王陛下の戴冠式以来でしょうか」

 こちらへ向けられる穏やかな表情に、敵意は感じられない。戴冠式で挨拶を交わしたかどうか、記憶はあやふやだった。先ほど謁見した時にもいた筈である。
 それでいて、まるっきりの初対面でも、緊張を感じさせないであろう雰囲気を持つ。

 「新しい建物をご覧になって、如何でしたか?」

 「各自個室を持てる環境は、恵まれていると思いました。共用図書は、どのように利用されているのですか?」

 「図書室を備えております。希少本は書庫に‥‥シルヴァン君、案内しなかったのかい?」

 「あっ、忘れていました。すみません」

 小さくなるマクスウェル。

 「後で私が案内します。ザカリー殿。彼は、若年ながら独自の魔術を編み出す能力を備えた優秀な人物です。今後、様々なルーツを持つ人材を王宮に揃えることが、王宮で扱う魔術のレベルを高めることにつながると私は考えております。シルヴァン君、自分の仕事に戻って良いよ」

 「はい。失礼します」

 上司の言葉で復活した少年魔術師は、足取り軽く退室した。
 改めて二人きりで向き合うと、何となく気まずい雰囲気が漂う。

 「前任者の方は、王宮に居を構えておられると伺いましたが、今でも助言を請うことは可能ですか?」

 気まずいついでに、気になる点をずばりと訊いた。権力争いに首を突っ込むつもりはない。マクスウェルの話で、コンクエスト卿は後輩に全く姿を見せていないことがわかっている。
 隠居とは表向き、実質監禁と思われた。魔術師を閉じ込めておく方法に、興味があった。

 「いいえ。全く」

 流石さすがにヘンレッティ卿の声と表情が固くなった。ここで、もっと突っ込むべきだろうか。

 「陛下からは、旧弊きゅうへいに囚われず、新しい時代に即した魔術を追求せよ、と命ぜられました。偉大な師に頼れない不安はありますが、己の責任で自由な研究ができる環境は、得難いものです」

 迷う僅かな隙に、相手の声は元の穏やかさを取り戻した。彼は、コンクエスト卿の弟子である。監禁の方法や場所に関して、一切知らされていない可能性もある。

 「同意します。住まいや食べ物の心配が頭から離れないのに、魔術の研究など身に入りませんよ。それではヘンレッティ卿、書庫と図書室をご案内いただけますか?」

 俺は、話を切り替えた。
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