前世ストーカー(自称俺推し)が俺を好きすぎて女を放棄したので、真面目に生きがいを探します

在江

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第一章 レクルキス王国

13 エルフが怪しい

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 「お爺さん、冒険者だったの?」

 シーニャが食いついた。パミが頷く。

 「はい。わたしが小さい頃に亡くなったのですが、剣を見せてくれたり、昔話をしてくれたのを覚えています」
 「ほう、剣があるのか。見てみたい」

 ワイラも興味を示した。

 「じゃ、お言葉に甘えて、お邪魔しようか。明日、ギルドに顔を出した後でよければ」

 ケーオが、サンナの胸から目を引き剥がして言った。耳はちゃんと聞こえていたらしい。女二人が気の変わらないうちに、約束を決めてしまおうとの魂胆こんたんが、ありありだった。

 「はい。明日なら日中は街におります。御用が済みましたら、競馬場の事務局を訪ねてくだされば、わかるようにしておきます」

 サンナが微笑むと、辺りが明るくなったように感じられた。

 「ケーオさん、また明日」
 「おう、明日会おうな」

 サンナはフードを被ってパミと去った。
 俺たちが残りの夕食を掻き込んでいると、グリエルが戻ってきた。シーニャが目ざとく気付く。

 「あー。猫ちゃんおかえり。お外でご飯を食べてきたのかな」
 「にゃ」
 「そうなんだ、おいしかったんだねー」
 「‥‥」

 絶対違う。そのグリエルは、俺を見上げている。こんな時だけ、神秘的な猫の真似が上手い。

 「毛玉、食べ足りないのか」
 「散歩したいんじゃねえの。ほら、ホナナでも散歩させていたじゃん」

 ケーオは変なところに記憶力を発揮している。
 確かに、俺の常識でも猫に散歩させるなんて聞いたことがない。珍しいから覚えていたのだろう。
 グリエルも微かに頷いた。俺は席を立った。

 「先に部屋へ行っていてくれ。散歩させてくる」
 「わたしも行く」
 「だめだ。ちゃんと夕食取って休んで」

 シーニャが立ちかけるのを押さえて、早足で外へ出た。日が落ちて暗くなっていた。

 ホナナでは壁際で話をしたが、ここは宿が壁に近い。追っては来ないとしても夜なので、立ち話をする場所に困る。
 街灯などという、文明の利器はない。月や星の明かりと、夜営業の店から漏れる灯りが全てである。今夜は晴れて雲も少ない半月で、明るい方だ。

 とりあえず広場へ向かう。なるべく明るい道を選びたいが、初めての街で夜である。道に迷う方が怖い。
 恐る恐る、記憶にある路地へ足を踏み入れた。そこは細くて暗いのだ。

 「トリス、食事に付き合ってもらえませんか」
 「わ」
 「うっ」

 急に頭の後ろから声をかけられ、驚いて振り向いてしまった。グリリが尻餅をついていた。

 「ごめん。俺、また何かした?」

 流石さすがに爆殺はしていないと思うのだが。俺は手を差し出した。

 「風魔法のストームを、低レベルで発動したようですね。使い方は上手ですよ」

 差し出した手を取って立ち上がりながら、グリリが答えた。本気なのか嫌味なのかわからない。怪我をしていないようなので、俺はほっとした。

 「少し戻りますが、大きめの酒場を見つけたので、そちらで話しましょう」

 グリリと並んで歩く。気づいていなかったせいかあまり抵抗は感じないのだが、こいつ、前世俺をストーキングしてたんだよな。不意に思い出す。

 「盗聴と透視を外しました」
 「え」

 グリリのストーキング疑惑を考えていた俺は、どきりとする。

 「エルフは風魔法の使い手が多いから、勘でやってみたのですが、当たりでした。他に何かされていたら、もう仕方がないですね」

 「話がわからん」

 俺は素直に降参した。

 「つまり、パミさんはともかく、サンナさんは警戒した方がいい、ということです」

 警戒と言うか、あんなに綺麗で胸の大きいエルフを意識しないことはないから、そこは大丈夫だ。


 グリリと入った酒場は、確かに大きかった。
 やはり壁に近い場所で、店内の灯りが煌々こうこうとして、敷石を照らしていた。
 常連らしき連中が、カウンターにへばりついて飲んだくれる手前で、テーブル席には若い男女が見つめ合いながら食事と酒を楽しんでいた。
 俺たちは、空いているテーブルに座って、それぞれ食事と酒を頼んだ。代金はグリリ任せだ。

 「酒飲んで大丈夫かな」

 注文した後で心配になる。

 「飲んで帰った方が、皆が納得するかもしれません」
 「そうかな」

 考えてみれば、この世界に来て初めての酒だ。気分が上がる。
 酒とうなぎのゼリー寄せと、小魚の天ぷらみたいなものが来た。酒は、薄いビールのような感じだった。

 「よかったら、食べてください」
 「あ、ありがとう」

 アルコールには、油が合う。俺は遠慮なく小魚をつまんだ。その間にも、料理が来る。しばらくは、モグモグと、二人で食べる方に専念した。俺は宿で夕食を終えていたのに、酒のせいか、食欲が止まらない。

 「エルフという種族は長命です。見た目はトリスさんと変わらなくても、数百歳かもしれません。長生きしている間に、見聞きしたことも多いでしょう。もしかしたら、あなたがどこから来たのか、勘付いているかもしれません」

 「何も悪いことしていないし、する予定もない。隠さないとダメなことってあるか?」

 グリリはうなった。店員が、空になった皿を下げに来た。追加注文する。
 俺が食べた分、足りなくなったのか。皿が空になったら、退店しないといけないのかもしれない。俺も酒を追加した。
 グリリは酒を飲まないようだ。

 「聞かれたら、正直に話すしかないでしょう。この世界のことを知らないのに、嘘はつけない。召喚されたことと、わたくしの魔法属性を知らないことにしてもらえると、助かります」

 今度は俺が唸った。確かに、闇魔法使いがいるということは、知られない方がいいだろう。そのぐらいは、俺でも何となくわかる。
 酒と料理が来たので、とりあえず飲んだ。

 「気づいたら、目の前にあんたがいた。以前は日本にいた。元の世界に戻りたいから、魔法を学びたい、といったところかな」

 「そうですね。困ったら、わたくしに投げてもらって構いません」

 意外にもグリリは同意した。召喚した相手が帰りたがるのは、織り込み済みということか。

 「そうなると思う。ところで、シーニャもワイラも、あんたも、サンナさんが気に入らないみたいだな。親切な人なのに」

 グリリが食べるのを止めて俺を見た。俺の手も止まる。

 「あなたもケーオも、彼女の巨乳に釘付けだったから、シーニャが気にさわるのは、当然でしょう」

 きょ、巨乳って。

 「釘付けって、俺そんなに見てないぞ」

 確かに、ケーオは釘付けだったな。うん。

 「そうですか。ワイラはドワーフの血を引いています。エルフを避ける習慣があるのかもしれませんね。J.R.R.トールキンをご存知ですか」

 「『指輪物語』の原作者か?」

 三部作の映画が大ヒットした。原作は長いし、字が細かくて、全部読んだか記憶が曖昧あいまいだ。

 「はい。彼が書いた別の小説に、エルフとドワーフの確執かくしつの原因が書かれています。この世界でも昔、仲違中たがいがあったかもしれませんね。一般にエルフは森林資源、ドワーフは地下資源を利用する種族ですから、ぶつかることもあるでしょう」

 「人間は両方利用しているよな」

  火を保つためにたきぎを使うし、武器や道具に金属は欠かせない。

 「そうですね。後々争いにならなければいいのですが」
 「どの世界にも、心配の種はあるんだな」
 「はい」

 グリリが、自分の事以外で、前の世界の話をしたのは初めてかもしれない。懐かしくて、もっと話したいと思った。しかし、何の話題を振ればいいか、わからない。

 「わたくしがサンナさんを警戒したきっかけは、視線を感じたからです」

 話が戻ってしまった。

 「視線、それだけ?」

 「はい。彼女はあの場に入った途端に、わたくしたちを認めました。パミさんがケーオさんを見つけるより早く。わたくしは視線に耐えられなくて、逃げ出したのです」

 「俺を置いて?」
 「すみません」

 グリリは褐色の顔を赤くした。本来、謝る必要はないのだが。それに、召喚者は呼んだ奴と離れられないんじゃないのか?

 「一応、視界のギリギリまで下がって見守ってはいました。言い訳ですが」
 「それより、俺が異世界から来たとなると、何かまずいのか」

 「トリス、あなたの魔法能力は異常に高い。この世界の情勢を知らずに能力だけ高い存在は、利用しやすい、と思いませんか」

 「なるほど」

 納得する。しかし、

 「ここはステータスオープンとか、ないだろ」

 俺の能力が高いことを、知ることは出来ない筈。

 「そこなんです。もしかしたら、まれに、魔法感知能力を持つ人が、いるかもしれない。彼女を見て、思いついたのです」

 「嫌だな」

 自分もチート能力持ちであることを、棚に上げて言う。
 召喚されただけで十分に不本意で、更に誰かの都合で利用されるのは、気分が悪い。

 「わたくしの推測が合っていれば、身の危険はありませんが、何分なにぶんお気をつけください」
 「ちょっと待て」

 俺は聞きとがめた。

 「お前、まるで俺から離れるみたいな。いや、自由な方がいいけど」

 グリリは苦渋くじゅうの表情を浮かべた。

 「彼女の能力や意図が分かるまで、なるべく距離を置こうとは思います。訓練もしばらく難しいかと」
 「ええっ。俺は大丈夫なのか?」

 自分でも驚いたが、グリエルから離れられる嬉しさよりも、心配の方がまさった。離れると言っても、解放される訳ではないし。グリリも心配そうだった。

 「何かの時には、助けられる位置にいるよう、努めます」
 「頼む」

 どうも妙な具合になった。
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