16 / 19
⑯
しおりを挟む
「5年前、私が薬を飲んだ時の事を覚えているか?」
もちろんだ。1日だって、思い出さない日はなかった。私は何も言わないまま、ただコクッと頷いた。
「俺はあの時、毒だと思って飲んだんだ」
「……ッ!」
なんとなく気が付いていたけれど。ハッキリと耳にすれば、やっぱりショックを受けてしまう。思わず呼吸を止めた私の手を、ヴィルトス様がゆっくりと撫でた。
「死んでもかまわなかった。何を失っても、お前を失うよりはマシだからな。それは今でも変わらない」
向けられた顔は穏やかだった。それなのに、真っ直ぐに向けられた視線の熱さに、目が離せなくなる。
「毒でないため生き残ったが、王太子としての立場など、あの日に捨てたようなものだ。こんな俺よりは、もっと王太子として相応しい者がいるだろう」
ヴィルトス様にしたら、もう割り切った事なのかもしれない。口角を上げて笑う姿は、飄々としていた。
「でも、他の方はそれで納得したのですか?」
ヴィルトス様が言いたい事は、分かりはする。だからと言って、そう簡単に周りが納得するとは思えない。きっと、あの手この手で、ヴィルトス様を説得をしようとしただろう。
私のそんな予想は当たっていたのか。
「……まぁ、それなりに拗れたな」
何かを思い出した様子のヴィルトス様が、ウンザリとした表情を浮かべた。
「新しい婚約者の話も、その時の1つだ」
「あの……その方は?」
確か2年前だった。そろそろ結婚の噂も聞くのだろう。私はずっとそう思っていたが、さっきヴィルトス様は、そんな相手は居ないと言っていた。
「候補ではあったが、正式な婚約者にさえ成っていない」
「そうなんですか?」
「あぁ。そもそも、俺があの後も王太子で居続けたのは、お前を遠くから庇護するのに都合良かったからだ。だから俺は3年前。お前の薬が完成した時に、王位継承権を放棄すると言ったんだ」
「そんな」
「5年前のあの件の責任を、なぜお前だけが取るんだ? 私はもちろんだが、周りの者には何の問題もなかったのか? 私はそうは思わない。だから、これは互いに痛み分けなはずなんだ」
「痛み分けというには、ヴィルトス様が失ったものが、あまりに大きいように思います……」
「いや、そんな事はない。王太子としての立場は失ったが、継承権を譲った異母弟が、継ぐはずだった領地と爵位は手に入れた。その代わり、あれが次期王太子として形になるまでの3年間、サポートをする羽目になったがな」
それに、なにより。
「お前との日々を得られるのなら、かまわない。そういう話しだったはずが、何をとち狂ったのか、新しい婚約者へ目を向ければ……とか突然言い出した奴がいてな、それが2年前の婚約者の騒動だ」
「でも、国王や王妃も、それを望んでいたのではないですか?」
決して側妃が産んだ、異母弟を軽んじてはいなかった。でも、正妃の子であり、優秀なヴィルトス様を王太子へと望む声は多かったはずなのだ。
「そうだな。だが、結果的に、あの件のお陰でさっぱりと諦められたがな」
ハハハ。
笑い飛ばすヴィルトス様に、黙っていたアンガルドさんが「いやいや」と呆れたような声を上げた。
「男として、本当にあれで良かったんですか?」
「何を言っている。むしろ、そうあるべきだろ」
「いや、本来ならそう割り切れるもんじゃないですよ。お陰で、不名誉な噂が立ったじゃないですか」
「噂がどうだろうと、この後を見てれば分かるだろう。家族は多い方が良いと思っているからな」
「まぁ、確かに。事実に勝るものはないですからね……」
目の前で交わされる会話の意味が分からなかった。
突然、家族の話になったのはなぜなのか。それに『不名誉な噂』とは。
「ヴィルトス様、いったい何をされたのですか……?」
周りの者達が、さっぱりと諦めてしまうような事なのだ。
私はゴクッと唾を飲んだ。
もちろんだ。1日だって、思い出さない日はなかった。私は何も言わないまま、ただコクッと頷いた。
「俺はあの時、毒だと思って飲んだんだ」
「……ッ!」
なんとなく気が付いていたけれど。ハッキリと耳にすれば、やっぱりショックを受けてしまう。思わず呼吸を止めた私の手を、ヴィルトス様がゆっくりと撫でた。
「死んでもかまわなかった。何を失っても、お前を失うよりはマシだからな。それは今でも変わらない」
向けられた顔は穏やかだった。それなのに、真っ直ぐに向けられた視線の熱さに、目が離せなくなる。
「毒でないため生き残ったが、王太子としての立場など、あの日に捨てたようなものだ。こんな俺よりは、もっと王太子として相応しい者がいるだろう」
ヴィルトス様にしたら、もう割り切った事なのかもしれない。口角を上げて笑う姿は、飄々としていた。
「でも、他の方はそれで納得したのですか?」
ヴィルトス様が言いたい事は、分かりはする。だからと言って、そう簡単に周りが納得するとは思えない。きっと、あの手この手で、ヴィルトス様を説得をしようとしただろう。
私のそんな予想は当たっていたのか。
「……まぁ、それなりに拗れたな」
何かを思い出した様子のヴィルトス様が、ウンザリとした表情を浮かべた。
「新しい婚約者の話も、その時の1つだ」
「あの……その方は?」
確か2年前だった。そろそろ結婚の噂も聞くのだろう。私はずっとそう思っていたが、さっきヴィルトス様は、そんな相手は居ないと言っていた。
「候補ではあったが、正式な婚約者にさえ成っていない」
「そうなんですか?」
「あぁ。そもそも、俺があの後も王太子で居続けたのは、お前を遠くから庇護するのに都合良かったからだ。だから俺は3年前。お前の薬が完成した時に、王位継承権を放棄すると言ったんだ」
「そんな」
「5年前のあの件の責任を、なぜお前だけが取るんだ? 私はもちろんだが、周りの者には何の問題もなかったのか? 私はそうは思わない。だから、これは互いに痛み分けなはずなんだ」
「痛み分けというには、ヴィルトス様が失ったものが、あまりに大きいように思います……」
「いや、そんな事はない。王太子としての立場は失ったが、継承権を譲った異母弟が、継ぐはずだった領地と爵位は手に入れた。その代わり、あれが次期王太子として形になるまでの3年間、サポートをする羽目になったがな」
それに、なにより。
「お前との日々を得られるのなら、かまわない。そういう話しだったはずが、何をとち狂ったのか、新しい婚約者へ目を向ければ……とか突然言い出した奴がいてな、それが2年前の婚約者の騒動だ」
「でも、国王や王妃も、それを望んでいたのではないですか?」
決して側妃が産んだ、異母弟を軽んじてはいなかった。でも、正妃の子であり、優秀なヴィルトス様を王太子へと望む声は多かったはずなのだ。
「そうだな。だが、結果的に、あの件のお陰でさっぱりと諦められたがな」
ハハハ。
笑い飛ばすヴィルトス様に、黙っていたアンガルドさんが「いやいや」と呆れたような声を上げた。
「男として、本当にあれで良かったんですか?」
「何を言っている。むしろ、そうあるべきだろ」
「いや、本来ならそう割り切れるもんじゃないですよ。お陰で、不名誉な噂が立ったじゃないですか」
「噂がどうだろうと、この後を見てれば分かるだろう。家族は多い方が良いと思っているからな」
「まぁ、確かに。事実に勝るものはないですからね……」
目の前で交わされる会話の意味が分からなかった。
突然、家族の話になったのはなぜなのか。それに『不名誉な噂』とは。
「ヴィルトス様、いったい何をされたのですか……?」
周りの者達が、さっぱりと諦めてしまうような事なのだ。
私はゴクッと唾を飲んだ。
36
お気に入りに追加
746
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。
あおい
恋愛
貴方に愛を伝えてもほぼ無意味だと私は気づきました。婚約相手は学園に入ってから、ずっと沢山の女性と遊んでばかり。それに加えて、私に沢山の暴言を仰った。政略婚約は母を見て大変だと知っていたので、愛のある結婚をしようと努力したつもりでしたが、貴方には届きませんでしたね。もう、諦めますわ。
貴方の為に着飾る事も、髪を伸ばす事も、止めます。私も自由にしたいので貴方も好きにおやりになって。
…あの、今更謝るなんてどういうつもりなんです?
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる