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「いや、大した事じゃないぞ」

「大した事じゃなくて、王太子として諦められるような、不名誉な噂が流れるんですか?」

 本当に何をしたのか。思わず詰め寄った私を、これ幸いとヴィルトス様が引き寄せた。

「ただ、お前以外とは子を成す事が、出来ないって事だけだ」

「はっ??」

「抱きたくなければ、抱きようもない」

「ええ??」

「そもそも男として機能しない。ここまで言えば分かるか?」

「ななな」

「薬も魔術も効かなかったからな。世継ぎが残せないとなれば、もうどうしようもない、と諦められたって事だ。不能だと噂が立ったがな。あ、だが安心しろ。リリナ以外へは、ってだけだ」

「な、何を言ってるんですか!!??」

 顔が火を噴きそうなぐらいに熱かった。そんな私の反応なんて、予想できていたのだろう。いつの間にかガッツリと腰を抱かれていたせいで、抱きしめられていないにも関わらず、ヴィルトス様から距離を取る事さえできなかった。

「何もおかしい事じゃないだろ。お前以外はいらないと、私はずっと言っている。あんな薬に5年も翻弄されながら、お前を諦めなかった私の想いを軽く見るな」

 いや、それはもう。想いというより執念だ。

「それとも何だ。もうお前には、そんな気は残っていないのか?」

 恥ずかしくて逃げだそうともがく私をあしらいながら、ヴィルトス様がさらりとそんな事を聞いてくる。

 離れていても、ずっと私の事を確認していたヴィルトス様なら、答えなんて分かっているはずなのだ。それなのに、なぜ今さら、それを聞くのか。

 揶揄われているような気がして、私は思わずヴィルトス様を睨み付けた。だが、見上げた先の表情は、強引な振る舞いに反して、どこか不安げな表情だった。

「何て表情をしているんですか?」

 幼い頃のヴィルトス様を思い出して、私は毒気が抜かれてしまう。大丈夫だと慰めたくて、自然と手も伸びていた。

 触れた頬は、かつてのような柔らかさも、丸みもなかった。それでも一瞬大きく目を見開いたヴィルトス様の表情が、嬉しそうに解けていく。そんなヴィルトス様に、愛しさが増していった。

 どこからどう見ても、鍛えられた男性なのに、まるで大きな犬のようなのだ。嬉しそうな雰囲気のまま、手の平にすり寄る姿には、耳やしっぽさえ見えるような気がしてくる。

「それで、答えは?」

「答え?」

「あぁ、結婚してくれるだろう?」

 いつの間にか触れていたはずの手が取られ、ヴィルトス様の顔が私へ近付いていた。視界いっぱいに柔らかな笑みが広がっていく。ジェードを思わせる目に引き込まれる私の後ろで。

「え~、その辺は、お二人になってからお願いします」

 聞こえた気まずそうな声に、私はもう一度悲鳴を上げた。

「お前は度々、邪魔をするな! 取りあえず今日は、もう帰れ!」

 一度ならず二度までも、こんな恥ずかしい姿を晒してしまったのだ。穴があったら入りたい。むしろ無くても、今すぐに掘って埋まりたい。ヴィルトス様の腕に抱え込まれながら悶えていれば、そんな怒鳴り声が頭の上から聞こえてくる。

「はいはい。では、私はいったん失礼します」

 でもアンガルドさんは、そんなヴィルトス様にも慣れているのだろう。呆れたように笑いながら、出て行った。
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