上 下
625 / 640
第5章 ルネッサンス攻防編

第625話 お前に面白がられては、神も迷惑でしょうがね。

しおりを挟む
「ドイル、それは相手は人間でないということですか?」

 マルチェルが眉を持ち上げた。

「可能性はある。元々この世界の歴史は歪んでいるんだ。人を超えた存在が我々の行動に干渉していることは十分に考えられる」

「神の如きもの」対「まつろわぬもの」。かねがねドイルが指摘していた可能性の存在である。

「面白いね。これまでは理論的に存在を仮定してきたにすぎないが、初めて証拠らしいものが目の前に現れた」
「お前に面白がられては、神も迷惑でしょうがね」

 マルチェルはやれやれというように肩をすくめた。

「嫌われているのは聖教会からだけじゃない。魔術師協会からも疎まれているさ」

 ドイルにとって誰かに憎まれることは特別なことではない。

「魔術師協会ケ。そっちはどうなんだッペ?」

 日頃多くを語らないヨシズミが、めずらしく興味を示した。

「やっぱりウニベルシタスのすることに反対してんだッペか?」

 ネロを始めとする反魔抗気党の面々は、ウニベルシタスは聖教会の教義に反すると言っていた。では、魔術師たちの立場はどうなのか?

「いい気はしていないだろう。ウニベルシタスでは魔術を危険なものだと批判するし、万人に魔法を広めて彼らの既得権益を脅かそうとしているのだからな」

 ヨシズミの疑問に答えたのはネルソンだった。

「学びの機会ととらえる人もいませんか? マランツ先生みたいに」

 マランツと、その影響を受けたジロー・コリントは積極的に飯屋流魔法を吸収しようと態度を変えた。柔軟な発想があればそういう反応もありうるのだ。

「変化に対する受け止め方の違いだろうな。現状に満足しているものは変化を嫌うものだ」
「その理屈で行くと、魔術師協会の上層部は我々を嫌っていることになるよ、ネルソン」
「そうかもしれない。否定はせんよ」

 だからといって慌てないネルソンの構えに対して、わざわざ波風を立てたいというのがドイルの発想だった。

「サンプルが足りない。データが欲しいね」
「お前はダメだ、ドイル。サンプルが集まる前に争いが始まるからな」

 フィールドワークと称して魔術師協会に乗り込みそうなドイルに、ネルソンは先手を打って釘を刺した。

「ふん。臆病なことだ。閉じこもっていては社会など変えられないぞ」

 鼻を鳴らすドイルの言い分にも一理はある。意見を異にする勢力のぶつかり合いが、新しい文化や技術を生むこともあるのだ。

「魔術師協会の調査なら、お前よりも適任がいるさ」

 ネルソンが名前を挙げたのは、ドリー、ステファノ、そしてマランツの3人だった。

「どういう基準でその3人を選んだか、聞いていいかね?」
「まずは魔力視の能力でドリーとステファノを選んだ。彼らに匹敵する人材はヨシズミだけだが、ヨシズミは表に出したくない」

 迷い人であるヨシズミの素性は世の中には知らせることができない。その知識や能力を悪用しようとする勢力が必ず現れるからだ。

「人脈という観点でドリーとマランツに利がある。ドリーはガル師の身内だ。マランツはかつて有能な魔術師として派閥を形成していた」

 現在は魔力を失っているとはいえ、「疾風のマランツ」は魔術界で名を知られる存在だった。

「理解した。その2人だけでも調査はできそうだが、ステファノを加える理由があるのかな?」
「ステファノは理外の理だ。予測不能の事態に備えてもらう」
「ふふふ。それは適任だね」

 相手は人外の存在かもしれない。何が起こるかわからなかった。
 ステファノは不測の事態に備える「ワイルド・カード」であった。

「あの、褒められている気がしませんけど」
「もっともな感想だ。褒めてはいないからな」
「あははは」

 予測不能なものには予測不能な男をあてる。案外理にかなっているのかもしれなかった。

「大人が一緒だからな。交渉や問答はマランツに任せるといい」
「俺も22になったんですけどね」
「ステファノ、歳の話はやめよう。お互い悲しくなるだけだ」

 ステファノはもちろん、ドリーもいまだに独り身のままだった。世間の常識では伴侶や子供がいてもおかしくない。
 同世代の知人に会えば自分の生き方が普通と違うことを再認識させられる。しかし、ドリーに不満はなかった。思うがまま、剣と魔法の限界に挑み続けられる境遇は何物にも代えがたかった。

「今度は魔術師協会の総本山に乗り込むわけか。王立騎士団の時とは違う意味で心が躍るな」

 ドリーは魔術師協会の重鎮であるガル師を叔父に持つが、その血縁を利用して魔術師協会に無理を通した経験はない。精々短時間の見学をさせてもらった程度だった。

「どうせなら研究交流会とでも銘打って、技術と知識を競い合う機会にしようか?」
「それもまた一興だな。そうだ。儂の方からジローに連絡しておこうか? あいつは協会本部に援助を受けて研究室を持っているはずだ」

 ウニベルシタス留学後アカデミーに復帰したジローは、学年の首席として卒業した。以前の環境であれば王国軍に組み込まれるか宮廷魔術師として雇われるところだったろう。しかし、戦乱が終わり平和が訪れた状況では戦闘力としての魔術師は必要とされなくなった。
 ジローは研究者としての人生を歩み始めたのだった。

「それなら色々と情報交換できますね。ジローがどんな新魔法を研究しているか興味があります」

 ステファノはジローとの再会を純粋に楽しみにしていた。ウニベルシタスが危機にさらされるかもしれない時にのんきなものだが、ステファノについてはそれでいいというのが皆の思いだった。

 ステファノが悩み、答えを見いだせないというならば、それは世の中全体に不幸が訪れるということに違いない。その時、ステファノは世の中を、人々を救うために躊躇なく自分の身を投げ出すだろう。

「ああ、楽しみだな。ジローの奴も成長していることだろう」

 ステファノに笑みを返しながら、ドリーは自分自身の誓いを胸に抱く。自分はここで「守護者プロテクター」になろう。たとえ相手が人を超える存在であろうとも、ステファノを支え、ウニベルシタスの一員として世の中を守る。

(ああ、これが人生に目的を得た充足感か。わたしは今、生きている――)

 ウニベルシタス学長室に集まった人々の顔には、悩みや迷いは欠片も見られなかった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第626話 刺激を与えて反応を見よう。」

 魔術教師としてのマランツは、ネルソンたちが想像したよりも魔術師協会員に名前を知られていた。かつての弟子たちがそれぞれの場所で活躍した結果だった。

「マランツ一行」による魔術師協会との交流会は、揉めることもなく円満に受け入れられた。

 今回の旅はまじタウンまでの短いものだった。旅人の顔ぶれがマランツ、ドリー、ステファノの「魔法師チーム」だったため、今回は滑空術で飛んできた。
 馬車なら2日かかるところを1日で到着できた。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

処理中です...