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第5章 ルネッサンス攻防編
第626話 お前に面白がられては、神も迷惑でしょうがね。
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「ドイル、それは相手は人間でないということですか?」
マルチェルが眉を持ち上げた。
「可能性はある。元々この世界の歴史は歪んでいるんだ。人を超えた存在が我々の行動に干渉していることは十分に考えられる」
「神の如きもの」対「まつろわぬもの」。かねがねドイルが指摘していた可能性の存在である。
「面白いね。これまでは理論的に存在を仮定してきたにすぎないが、初めて証拠らしいものが目の前に現れた」
「お前に面白がられては、神も迷惑でしょうがね」
マルチェルはやれやれというように肩をすくめた。
「嫌われているのは神からだけじゃない。魔術師協会からも疎まれているさ」
ドイルにとって誰かに憎まれることは特別なことではない。
「魔術師協会ケ。そっちはどうなんだッペ?」
日頃多くを語らないヨシズミが、めずらしく興味を示した。
「やっぱりウニベルシタスのすることに反対してんだッペか?」
ネロを始めとする反魔抗気党の面々は、ウニベルシタスは聖教会の教義に反すると言っていた。では、魔術師たちの立場はどうなのか?
「いい気はしていないだろう。ウニベルシタスでは魔術を危険なものだと批判するし、万人に魔法を広めて彼らの既得権益を脅かそうとしているのだからな」
ヨシズミの疑問に答えたのはネルソンだった。
「学びの機会ととらえる人もいませんか? マランツ先生みたいに」
マランツと、その影響を受けたジロー・コリントは積極的に飯屋流魔法を吸収しようと態度を変えた。柔軟な発想があればそういう反応もありうるのだ。
「変化に対する受け止め方の違いだろうな。現状に満足しているものは変化を嫌うものだ」
「その理屈で行くと、魔術師協会の上層部は我々を嫌っていることになるよ、ネルソン」
「そうかもしれない。否定はせんよ」
だからといって慌てないネルソンの構えに対して、わざわざ波風を立てたいというのがドイルの発想だった。
「サンプルが足りない。データが欲しいね」
「お前はダメだ、ドイル。サンプルが集まる前に争いが始まるからな」
フィールドワークと称して魔術師協会に乗り込みそうなドイルに、ネルソンは先手を打って釘を刺した。
「ふん。臆病なことだ。閉じこもっていては社会など変えられないぞ」
鼻を鳴らすドイルの言い分にも一理はある。意見を異にする勢力のぶつかり合いが、新しい文化や技術を生むこともあるのだ。
「魔術師協会の調査なら、お前よりも適任がいるさ」
ネルソンが名前を挙げたのは、ドリー、ステファノ、そしてマランツの3人だった。
「どういう基準でその3人を選んだか、聞いていいかね?」
「まずは魔力視の能力でドリーとステファノを選んだ。彼らに匹敵する人材はヨシズミだけだが、ヨシズミは表に出したくない」
迷い人であるヨシズミの素性は世の中には知らせることができない。その知識や能力を悪用しようとする勢力が必ず現れるからだ。
「人脈という観点でドリーとマランツに利がある。ドリーはガル師の身内だ。マランツはかつて有能な魔術師として派閥を形成していた」
現在は魔力を失っているとはいえ、「疾風のマランツ」は魔術界で名を知られる存在だった。
「理解した。その2人だけでも調査はできそうだが、ステファノを加える理由があるのかな?」
「ステファノは理外の理だ。予測不能の事態に備えてもらう」
「ふふふ。それは適任だね」
相手は人外の存在かもしれない。何が起こるかわからなかった。
ステファノは不測の事態に備える「ワイルド・カード」であった。
「あの、褒められている気がしませんけど」
「もっともな感想だ。褒めてはいないからな」
「あははは」
予測不能なものには予測不能な男をあてる。案外理にかなっているのかもしれなかった。
「大人が一緒だからな。交渉や問答はマランツに任せるといい」
「俺も22になったんですけどね」
「ステファノ、歳の話はやめよう。お互い悲しくなるだけだ」
ステファノはもちろん、ドリーもいまだに独り身のままだった。世間の常識では伴侶や子供がいてもおかしくない。
同世代の知人に会えば自分の生き方が普通と違うことを再認識させられる。しかし、ドリーに不満はなかった。思うがまま、剣と魔法の限界に挑み続けられる境遇は何物にも代えがたかった。
「今度は魔術師協会の総本山に乗り込むわけか。王立騎士団の時とは違う意味で心が躍るな」
ドリーは魔術師協会の重鎮であるガル師を叔父に持つが、その血縁を利用して魔術師協会に無理を通した経験はない。精々短時間の見学をさせてもらった程度だった。
「どうせなら研究交流会とでも銘打って、技術と知識を競い合う機会にしようか?」
「それもまた一興だな。そうだ。儂の方からジローに連絡しておこうか? あいつは協会本部に援助を受けて研究室を持っているはずだ」
ウニベルシタス留学後アカデミーに復帰したジローは、学年の首席として卒業した。以前の環境であれば王国軍に組み込まれるか宮廷魔術師として雇われるところだったろう。しかし、戦乱が終わり平和が訪れた状況では戦闘力としての魔術師は必要とされなくなった。
ジローは研究者としての人生を歩み始めたのだった。
「それなら色々と情報交換できますね。ジローがどんな新魔法を研究しているか興味があります」
ステファノはジローとの再会を純粋に楽しみにしていた。ウニベルシタスが危機にさらされるかもしれない時にのんきなものだが、ステファノについてはそれでいいというのが皆の思いだった。
ステファノが悩み、答えを見いだせないというならば、それは世の中全体に不幸が訪れるということに違いない。その時、ステファノは世の中を、人々を救うために躊躇なく自分の身を投げ出すだろう。
「ああ、楽しみだな。ジローの奴も成長していることだろう」
ステファノに笑みを返しながら、ドリーは自分自身の誓いを胸に抱く。自分はここで「守護者」になろう。たとえ相手が人を超える存在であろうとも、ステファノを支え、ウニベルシタスの一員として世の中を守る。
(ああ、これが人生に目的を得た充足感か。わたしは今、生きている――)
ウニベルシタス学長室に集まった人々の顔には、悩みや迷いは欠片も見られなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第627話 刺激を与えて反応を見よう。」
魔術教師としてのマランツは、ネルソンたちが想像したよりも魔術師協会員に名前を知られていた。かつての弟子たちがそれぞれの場所で活躍した結果だった。
「マランツ一行」による魔術師協会との交流会は、揉めることもなく円満に受け入れられた。
今回の旅は呪タウンまでの短いものだった。旅人の顔ぶれがマランツ、ドリー、ステファノの「魔法師チーム」だったため、今回は滑空術で飛んできた。
馬車なら2日かかるところを1日で到着できた。
……
◆お楽しみに。
マルチェルが眉を持ち上げた。
「可能性はある。元々この世界の歴史は歪んでいるんだ。人を超えた存在が我々の行動に干渉していることは十分に考えられる」
「神の如きもの」対「まつろわぬもの」。かねがねドイルが指摘していた可能性の存在である。
「面白いね。これまでは理論的に存在を仮定してきたにすぎないが、初めて証拠らしいものが目の前に現れた」
「お前に面白がられては、神も迷惑でしょうがね」
マルチェルはやれやれというように肩をすくめた。
「嫌われているのは神からだけじゃない。魔術師協会からも疎まれているさ」
ドイルにとって誰かに憎まれることは特別なことではない。
「魔術師協会ケ。そっちはどうなんだッペ?」
日頃多くを語らないヨシズミが、めずらしく興味を示した。
「やっぱりウニベルシタスのすることに反対してんだッペか?」
ネロを始めとする反魔抗気党の面々は、ウニベルシタスは聖教会の教義に反すると言っていた。では、魔術師たちの立場はどうなのか?
「いい気はしていないだろう。ウニベルシタスでは魔術を危険なものだと批判するし、万人に魔法を広めて彼らの既得権益を脅かそうとしているのだからな」
ヨシズミの疑問に答えたのはネルソンだった。
「学びの機会ととらえる人もいませんか? マランツ先生みたいに」
マランツと、その影響を受けたジロー・コリントは積極的に飯屋流魔法を吸収しようと態度を変えた。柔軟な発想があればそういう反応もありうるのだ。
「変化に対する受け止め方の違いだろうな。現状に満足しているものは変化を嫌うものだ」
「その理屈で行くと、魔術師協会の上層部は我々を嫌っていることになるよ、ネルソン」
「そうかもしれない。否定はせんよ」
だからといって慌てないネルソンの構えに対して、わざわざ波風を立てたいというのがドイルの発想だった。
「サンプルが足りない。データが欲しいね」
「お前はダメだ、ドイル。サンプルが集まる前に争いが始まるからな」
フィールドワークと称して魔術師協会に乗り込みそうなドイルに、ネルソンは先手を打って釘を刺した。
「ふん。臆病なことだ。閉じこもっていては社会など変えられないぞ」
鼻を鳴らすドイルの言い分にも一理はある。意見を異にする勢力のぶつかり合いが、新しい文化や技術を生むこともあるのだ。
「魔術師協会の調査なら、お前よりも適任がいるさ」
ネルソンが名前を挙げたのは、ドリー、ステファノ、そしてマランツの3人だった。
「どういう基準でその3人を選んだか、聞いていいかね?」
「まずは魔力視の能力でドリーとステファノを選んだ。彼らに匹敵する人材はヨシズミだけだが、ヨシズミは表に出したくない」
迷い人であるヨシズミの素性は世の中には知らせることができない。その知識や能力を悪用しようとする勢力が必ず現れるからだ。
「人脈という観点でドリーとマランツに利がある。ドリーはガル師の身内だ。マランツはかつて有能な魔術師として派閥を形成していた」
現在は魔力を失っているとはいえ、「疾風のマランツ」は魔術界で名を知られる存在だった。
「理解した。その2人だけでも調査はできそうだが、ステファノを加える理由があるのかな?」
「ステファノは理外の理だ。予測不能の事態に備えてもらう」
「ふふふ。それは適任だね」
相手は人外の存在かもしれない。何が起こるかわからなかった。
ステファノは不測の事態に備える「ワイルド・カード」であった。
「あの、褒められている気がしませんけど」
「もっともな感想だ。褒めてはいないからな」
「あははは」
予測不能なものには予測不能な男をあてる。案外理にかなっているのかもしれなかった。
「大人が一緒だからな。交渉や問答はマランツに任せるといい」
「俺も22になったんですけどね」
「ステファノ、歳の話はやめよう。お互い悲しくなるだけだ」
ステファノはもちろん、ドリーもいまだに独り身のままだった。世間の常識では伴侶や子供がいてもおかしくない。
同世代の知人に会えば自分の生き方が普通と違うことを再認識させられる。しかし、ドリーに不満はなかった。思うがまま、剣と魔法の限界に挑み続けられる境遇は何物にも代えがたかった。
「今度は魔術師協会の総本山に乗り込むわけか。王立騎士団の時とは違う意味で心が躍るな」
ドリーは魔術師協会の重鎮であるガル師を叔父に持つが、その血縁を利用して魔術師協会に無理を通した経験はない。精々短時間の見学をさせてもらった程度だった。
「どうせなら研究交流会とでも銘打って、技術と知識を競い合う機会にしようか?」
「それもまた一興だな。そうだ。儂の方からジローに連絡しておこうか? あいつは協会本部に援助を受けて研究室を持っているはずだ」
ウニベルシタス留学後アカデミーに復帰したジローは、学年の首席として卒業した。以前の環境であれば王国軍に組み込まれるか宮廷魔術師として雇われるところだったろう。しかし、戦乱が終わり平和が訪れた状況では戦闘力としての魔術師は必要とされなくなった。
ジローは研究者としての人生を歩み始めたのだった。
「それなら色々と情報交換できますね。ジローがどんな新魔法を研究しているか興味があります」
ステファノはジローとの再会を純粋に楽しみにしていた。ウニベルシタスが危機にさらされるかもしれない時にのんきなものだが、ステファノについてはそれでいいというのが皆の思いだった。
ステファノが悩み、答えを見いだせないというならば、それは世の中全体に不幸が訪れるということに違いない。その時、ステファノは世の中を、人々を救うために躊躇なく自分の身を投げ出すだろう。
「ああ、楽しみだな。ジローの奴も成長していることだろう」
ステファノに笑みを返しながら、ドリーは自分自身の誓いを胸に抱く。自分はここで「守護者」になろう。たとえ相手が人を超える存在であろうとも、ステファノを支え、ウニベルシタスの一員として世の中を守る。
(ああ、これが人生に目的を得た充足感か。わたしは今、生きている――)
ウニベルシタス学長室に集まった人々の顔には、悩みや迷いは欠片も見られなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第627話 刺激を与えて反応を見よう。」
魔術教師としてのマランツは、ネルソンたちが想像したよりも魔術師協会員に名前を知られていた。かつての弟子たちがそれぞれの場所で活躍した結果だった。
「マランツ一行」による魔術師協会との交流会は、揉めることもなく円満に受け入れられた。
今回の旅は呪タウンまでの短いものだった。旅人の顔ぶれがマランツ、ドリー、ステファノの「魔法師チーム」だったため、今回は滑空術で飛んできた。
馬車なら2日かかるところを1日で到着できた。
……
◆お楽しみに。
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