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第5章 ルネッサンス攻防編
第624話 それにしても、敵は誰なのか?
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その後、目を覚ましたネロにいろいろと尋ねてみたが、誰かに精神攻撃を受けた記憶は残っていなかった。少しずつ、ゆっくりと洗脳されたのか。はたまた抵抗を許さぬほど一気に意識を染められたのか。
どちらにしても油断のできぬ大敵を思わせる。
「団員が洗脳されるとは、ゆゆしき事態だ」
王家と国家の安寧を使命とする王立騎士団の団長として、シュルツの心は乱れた。ネロの精神が何者かに乗っ取られていたとは。同じようなことが多発すれば、国防上の危機ともなりえる。
事はネロの個人的な問題ではなかった。ネロにも断った上で、シュルは団長として精神攻撃の危険を団員に知らしめた。狙われる可能性、部外者の脅威を説き、団員同士が互いの異変に注意することを呼びかける。
「戦場で背中を預ける同僚を疑わなくてはならないとは、不幸な話です」
マルチェルは騎士たちに同情した。しかし、精神攻撃に対する防御手段を持たない以上、相互監視により異常を早期発見することしか対策がなかったのだ。
「幸いウチには備えがあります」
帰ってきたマルチェルたちから話を聞き、ステファノは一番にそう言った。
ウニベルシタスにはステファノが仕掛けた防御装置がある。放火や爆発などの破壊活動に加えて、精神攻撃も防御の対象としていた。
「王立騎士団にも同じ仕掛けをしてもらうべきでしょうか?」
「そうもいくまい。王宮はどうする? 各貴族領は? 手を出し始めればキリがない」
マルチェルは馴染み深い王立騎士団が「侵入」を受けたことに危機感を覚えていた。他方でネルソンは現実的な限界を指摘する。ステファノが趣旨を説明しても、王宮の隅々に防御具を設置して歩く許可が下りるとは思えなかった。
「護身具で要人を守るのが精一杯だろう」
それですらギルモア侯爵家の信用をフル活用してようやくできたことだった。
「それにしても、敵は誰なのか? 問題はそこのところだね」
国防上の脅威と知りつつも、ドイルの声は興味本位に面白がっているように聞こえる。仕事を楽しんでいると言うべきか。
「単純に考えれば聖教会ということになりそうだが……」
ネルソンの声は尻すぼみになって、唸り声に変わる。
「ふん。彼らにそんな力があるかね?」
ドイルは懐疑的だった。聖教会は彼にとって敵のようなものだが、国を害するほどの「実力」を持っているとは思わない。
「よどんで腐った、どぶ泥みたいな連中だからね」
「随分な言い方だな。そんなに歪んでいるものだろうか?」
ドリーは、ドイルと聖教会の間に何があったかを知らない。元々、ドイルが唱えた魔術に関する批判論は、聖スノーデンの事績に対する否定として受け取られたのだ。両者の間には埋めがたい溝ができ上がってしまった。
「騎士団と聖教会の接点を見つけるのは困難ですな」
マルチェルは冷静にそう指摘した。平民主体の団員――ネロもその1人だ――にとって、聖教会は遠い存在である。
「むしろ魔術師協会の方が、騎士団と接触する機会が多いでしょう」
「ふむ。彼らなら精神攻撃系魔術を使える者を従えている可能性があるか」
「精神攻撃系ギフトを疑うなら、どこかの貴族家勢力かもしれません」
可能性を語るネルソンに、魔術ではなくギフトでの攻撃である可能性をステファノが指摘した。
「可能性だけでは絞り込めないということですね」
マルチェルが言う通り、結論は出せなかった。
「とにかくウニベルシタスの行動を良しとしない勢力が存在するということさ。しかも、彼らには実力が伴っている」
どこか嬉しそうにドイルがまとめる。未知の存在は常に彼の知性を刺激してやまない。
「王立騎士団の一員を人知れず洗脳して見せるなど尋常の力ではありません」
騎士団の防御が固いことをよく知るマルチェルも警戒心を強めていた。
「で、どうするつもりかね、ネルソン? いや、学長と呼ぶべきか」
「どうするも何も、相手がわからなくては戦いようもない。今まで通りにルネッサンスの種をまき続けるさ」
けしかけるようなドイルに対してネルソンの態度は落ち着いていた。反対者がいるからといってやり方は変えない。
そんなことは初めからわかっていたことだった。
「どこの誰かは知らぬ。強い力を持ち、人の心を染められるようだ。それで、彼は何人の心を染められる? 10人か? 100人か? ならば、我らは1000粒の種をまこう。それしかできぬ。それしか要らぬ」
ネルソンは迷わない。ひたすら為すべきを為す。
「うん、そうだろうね。君はそういう男だ。君はそれでいいだろうが、僕は少々相手に興味がある」
唇をなめまわしてドイルは目を輝かせた。
「ステファノ、君はネロのイドを観たね? ああいうことができるのはどんな奴だと思う?」
現場にこそいなかったが、魔撮影器を介してステファノはネロを観ていた。陰気を放射して、ネロに取りついた異質の思念体を払ってもいる。洗脳者の性質と実力について最も正確に語れるのはステファノだった。
「まずですが、ああいうことができるとは思っていませんでした」
言葉を選びながらステファノは洗脳者について語り始めた。
「僕がこれまで見聞きし、体験した精神攻撃は対象にダメージを与えたり、行動を左右するものでした。しかし、対象の人格そのものを乗っ取る攻撃を観たのは今回が初めてのことです」
ステファノは慎重に語った。
「教えてくれ。君ならあれを再現できるかね?」
ずけずけとドイルは質問を重ねた。
「うーん。どうでしょうか。あれに近いことはできそうな気がしますが……対象を操り続けるには側にいる必要がありますね。魔道具でつながっていれば離れられますが」
ネロの意思は洗脳者の意思によって塗り込められていた。本来ネロのものであるイドを乗っ取って、本人の意思を塗り込め続けるには強力な干渉を継続する必要がある。少なくとも、ステファノにとってはそういうものだった。
「上級魔術師だろうと、遠隔地から洗脳操作するのは無理だと思います」
「つまり、人間技ではないということだね?」
ドイルはにんまりと笑った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第625話 お前に面白がられては、神も迷惑でしょうがね。」
「ドイル、それは相手は人間でないということですか?」
マルチェルが眉を持ち上げた。
「可能性はある。元々この世界の歴史は歪んでいるんだ。人を超えた存在が我々の行動に干渉していることは十分に考えられる」
「神の如きもの」対「まつろわぬもの」。かねがねドイルが指摘していた可能性の存在である。
……
◆お楽しみに。
どちらにしても油断のできぬ大敵を思わせる。
「団員が洗脳されるとは、ゆゆしき事態だ」
王家と国家の安寧を使命とする王立騎士団の団長として、シュルツの心は乱れた。ネロの精神が何者かに乗っ取られていたとは。同じようなことが多発すれば、国防上の危機ともなりえる。
事はネロの個人的な問題ではなかった。ネロにも断った上で、シュルは団長として精神攻撃の危険を団員に知らしめた。狙われる可能性、部外者の脅威を説き、団員同士が互いの異変に注意することを呼びかける。
「戦場で背中を預ける同僚を疑わなくてはならないとは、不幸な話です」
マルチェルは騎士たちに同情した。しかし、精神攻撃に対する防御手段を持たない以上、相互監視により異常を早期発見することしか対策がなかったのだ。
「幸いウチには備えがあります」
帰ってきたマルチェルたちから話を聞き、ステファノは一番にそう言った。
ウニベルシタスにはステファノが仕掛けた防御装置がある。放火や爆発などの破壊活動に加えて、精神攻撃も防御の対象としていた。
「王立騎士団にも同じ仕掛けをしてもらうべきでしょうか?」
「そうもいくまい。王宮はどうする? 各貴族領は? 手を出し始めればキリがない」
マルチェルは馴染み深い王立騎士団が「侵入」を受けたことに危機感を覚えていた。他方でネルソンは現実的な限界を指摘する。ステファノが趣旨を説明しても、王宮の隅々に防御具を設置して歩く許可が下りるとは思えなかった。
「護身具で要人を守るのが精一杯だろう」
それですらギルモア侯爵家の信用をフル活用してようやくできたことだった。
「それにしても、敵は誰なのか? 問題はそこのところだね」
国防上の脅威と知りつつも、ドイルの声は興味本位に面白がっているように聞こえる。仕事を楽しんでいると言うべきか。
「単純に考えれば聖教会ということになりそうだが……」
ネルソンの声は尻すぼみになって、唸り声に変わる。
「ふん。彼らにそんな力があるかね?」
ドイルは懐疑的だった。聖教会は彼にとって敵のようなものだが、国を害するほどの「実力」を持っているとは思わない。
「よどんで腐った、どぶ泥みたいな連中だからね」
「随分な言い方だな。そんなに歪んでいるものだろうか?」
ドリーは、ドイルと聖教会の間に何があったかを知らない。元々、ドイルが唱えた魔術に関する批判論は、聖スノーデンの事績に対する否定として受け取られたのだ。両者の間には埋めがたい溝ができ上がってしまった。
「騎士団と聖教会の接点を見つけるのは困難ですな」
マルチェルは冷静にそう指摘した。平民主体の団員――ネロもその1人だ――にとって、聖教会は遠い存在である。
「むしろ魔術師協会の方が、騎士団と接触する機会が多いでしょう」
「ふむ。彼らなら精神攻撃系魔術を使える者を従えている可能性があるか」
「精神攻撃系ギフトを疑うなら、どこかの貴族家勢力かもしれません」
可能性を語るネルソンに、魔術ではなくギフトでの攻撃である可能性をステファノが指摘した。
「可能性だけでは絞り込めないということですね」
マルチェルが言う通り、結論は出せなかった。
「とにかくウニベルシタスの行動を良しとしない勢力が存在するということさ。しかも、彼らには実力が伴っている」
どこか嬉しそうにドイルがまとめる。未知の存在は常に彼の知性を刺激してやまない。
「王立騎士団の一員を人知れず洗脳して見せるなど尋常の力ではありません」
騎士団の防御が固いことをよく知るマルチェルも警戒心を強めていた。
「で、どうするつもりかね、ネルソン? いや、学長と呼ぶべきか」
「どうするも何も、相手がわからなくては戦いようもない。今まで通りにルネッサンスの種をまき続けるさ」
けしかけるようなドイルに対してネルソンの態度は落ち着いていた。反対者がいるからといってやり方は変えない。
そんなことは初めからわかっていたことだった。
「どこの誰かは知らぬ。強い力を持ち、人の心を染められるようだ。それで、彼は何人の心を染められる? 10人か? 100人か? ならば、我らは1000粒の種をまこう。それしかできぬ。それしか要らぬ」
ネルソンは迷わない。ひたすら為すべきを為す。
「うん、そうだろうね。君はそういう男だ。君はそれでいいだろうが、僕は少々相手に興味がある」
唇をなめまわしてドイルは目を輝かせた。
「ステファノ、君はネロのイドを観たね? ああいうことができるのはどんな奴だと思う?」
現場にこそいなかったが、魔撮影器を介してステファノはネロを観ていた。陰気を放射して、ネロに取りついた異質の思念体を払ってもいる。洗脳者の性質と実力について最も正確に語れるのはステファノだった。
「まずですが、ああいうことができるとは思っていませんでした」
言葉を選びながらステファノは洗脳者について語り始めた。
「僕がこれまで見聞きし、体験した精神攻撃は対象にダメージを与えたり、行動を左右するものでした。しかし、対象の人格そのものを乗っ取る攻撃を観たのは今回が初めてのことです」
ステファノは慎重に語った。
「教えてくれ。君ならあれを再現できるかね?」
ずけずけとドイルは質問を重ねた。
「うーん。どうでしょうか。あれに近いことはできそうな気がしますが……対象を操り続けるには側にいる必要がありますね。魔道具でつながっていれば離れられますが」
ネロの意思は洗脳者の意思によって塗り込められていた。本来ネロのものであるイドを乗っ取って、本人の意思を塗り込め続けるには強力な干渉を継続する必要がある。少なくとも、ステファノにとってはそういうものだった。
「上級魔術師だろうと、遠隔地から洗脳操作するのは無理だと思います」
「つまり、人間技ではないということだね?」
ドイルはにんまりと笑った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第625話 お前に面白がられては、神も迷惑でしょうがね。」
「ドイル、それは相手は人間でないということですか?」
マルチェルが眉を持ち上げた。
「可能性はある。元々この世界の歴史は歪んでいるんだ。人を超えた存在が我々の行動に干渉していることは十分に考えられる」
「神の如きもの」対「まつろわぬもの」。かねがねドイルが指摘していた可能性の存在である。
……
◆お楽しみに。
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