上 下
574 / 624
第5章 ルネッサンス攻防編

第574話 お前は楽しいか?

しおりを挟む
 サントスはいら立っていた。

「俺だけ損してないか、これ……」

 目の前の作業台には作りかけの工作物が転がっている。ステファノの注文だというデザイン画を元に、一から作った模型の1つだ。

「こんな物、一点物の工作だろう? 世の中の役には立たないじゃないか」

 魔法講義を通じて生活魔法を世間に広げる。その第一歩として重要な模型であり、十分世の中の役に立つのだが、そこまで先のことはサントスの頭にない。
 ウニベルシタスから巣立った魔法師たちは、同じような模型を使って自らの弟子を指導するだろう。その時、模型は魔法修業の大事な要素として世間に広がっていくはずだった。

 理科室に飾る人体模型のようなものだ。

 しかし、サントスは自分の発明が世間を驚かすことを期待していた。世界を変える技術を自分は生み出してみせるぞと、意気込んでいた。

「何だよ、洗濯物の模型って?」

 1人でいる時、サントスは饒舌だった。他人といる時は、人間関係のプレッシャーが唇を閉じさせているだけなのだ。胸の内では常に自分の想いを言葉にしていた。

「……作るけどさ」

 ぶつぶつ文句を言いつつサントスは模型を仕上げていく。繊維に見立てたロープに様々な形の「汚れ」粒子が絡みつく模型が、やがて完成した。

「スールーは仕様と納期を指示するだけで終わりだもんなあ。不公平だろ?」

 できあがった工作物を、サントスはしっかりと梱包した。不満はあるが仕事の手は抜かない。それがエンジニアとしてのサントスの意地だった。

「明日ウニベルシタスに行って、言いたいことを言ってやる!」

 サントスには不満が溜まっていた。「何に」と聞かれても上手く答えられない。
 仕事が嫌いなわけではない。
 1人でいるのが寂しいというわけでもない。引き籠り気質のサントスは孤独が苦にならない。

 ただ、何となく味気ないのだ。

 この所、仕事をしていても楽しくない。ワクワクしない。
「情革研」の4人で発明に没頭していた頃のような、魂をかき立てる情熱が感じられない。

 見ている景色から色が抜け落ちてしまったようだ。

「俺は情熱をなくしてしまったのか?」と悩んだこともあった。
 いつからこんな風になってしまったのだろう? そう思って、サントスは過去を振り返ってみた。

(ひょっとして、ステファノがいなくなってからか?)

 サントスの脳裏にステファノのとぼけた顔が浮かんで見えた。人一倍臆病なくせに、誰よりも無茶を言う不器用な天才。

「あいつと会う前もこんな感じだったっけ? ――何だかモヤモヤして思い出せない」

 ステファノと出会う前の1年間、サントスはスールーと情報革命に燃えていたはずだった。だが、思い出そうとして見ても、毎日同じようなことを繰り返していたような気がする。
 努力はしていた。ただ遊んでいたわけではない。しかし、進歩が少なすぎてずっと足踏みしていたように思えてしまう。

 ステファノが加入してからの情革研はそれまでとは全く違うものになった。

(あいつの魔法がすべてを変えた。でも、それだけじゃない。魔法は手段、道具でしかないんだ!)

「こんなことはできませんか?」
「こうしたらいいんじゃありません?」

 ステファノの非常識と言ってもいい発案が、煮詰まっていた議論に刺激を与えたことが幾度もあった。

(あれは非常識じゃなくて、無常識だな。常識であいつは縛れない)

 ステファノと別れてからも、サントスは発明品に取り組んできた。印刷機を改良し、感光剤と定着剤を探し回った。それはそれでやりがいのある仕事だし、人に誇れる成果を上げてもいるのだが……。

「創造じゃない」

 既にそこにあるものを磨き上げているに過ぎない。そこにはサントスが求める魂の燃焼が足りなかった。

「トーマ!」

 サントスは魔耳話器まじわきをダブルタップし、トーマを呼び出した。
 トーマ側の魔耳話器まじわきが振動し、着信を知らせる。

 すぐにトーマからの返事が返ってきた。

『トーマだ』
「こちらサントス。話せるか?」 
『良いけど、場所を変えさせてくれ』
「わかった。そっちからつなぎ直してくれるか?」
『オッケー。じゃ後で』

 1分後、トーマから着信があった。

「サントスだ。邪魔して悪い」
『いや、特に急ぎの用もないから問題ないぜ。久しぶりだな。何かあったかい?』
「楽しくない」
『は? 何だって?』

 突然脈絡なく愚痴をこぼし始めたサントスに、トーマは困惑したようだ。

「サポリに来たらルネッサンスに関われて、毎日が面白くなると思ってた」
『おいおい。何の話だよ?』
「お前は楽しいか?」
『あン? こっちはそれどころじゃねぇ。照準器は売れまくるし、印刷機は注文に追いつかねぇ。楽しいとか、楽しくねぇとか言ってる暇は……』

 要領を得ないサントスの話に、トーマはいささか焦れてまくし立てた。

「ワクワクしないだろう?」

 サントスの声は低く、平坦だった。

『だから何を言ってるんだって?』
「仕事が一番面白い遊びだって、お前は言ったな。今でもそう言えるか?」
『そりゃあ今だって……』

 トーマの声はなぜか上滑りしたものになる。

「嘘をつくな! 胸がときめかねえような仕事が遊びになるわけないだろう!」
『……どうした、サントス?』

 胸に詰まった砂を吐き出すようなサントスの叫びだった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第575話 それができたら面白そうじゃねぇか?」

 トーマの疑問に応える形で、サントスは胸の中のもやもやを吐き出していった。
 話している内にサントスの気持ちも落ち着いてきたようだった。

『ふうん。まあ、そんなもんじゃないの? 仕事ってのは食うためにやるもんだし』
「そうだろうけど……、それじゃあつまらん」

 トーマの言うことくらいサントスもわかっている。「それでも」という話なのだ。
 食うためだけの仕事はしたくなかった。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...