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第5章 ルネッサンス攻防編
第574話 お前は楽しいか?
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サントスはいら立っていた。
「俺だけ損してないか、これ……」
目の前の作業台には作りかけの工作物が転がっている。ステファノの注文だというデザイン画を元に、一から作った模型の1つだ。
「こんな物、一点物の工作だろう? 世の中の役には立たないじゃないか」
魔法講義を通じて生活魔法を世間に広げる。その第一歩として重要な模型であり、十分世の中の役に立つのだが、そこまで先のことはサントスの頭にない。
ウニベルシタスから巣立った魔法師たちは、同じような模型を使って自らの弟子を指導するだろう。その時、模型は魔法修業の大事な要素として世間に広がっていくはずだった。
理科室に飾る人体模型のようなものだ。
しかし、サントスは自分の発明が世間を驚かすことを期待していた。世界を変える技術を自分は生み出してみせるぞと、意気込んでいた。
「何だよ、洗濯物の模型って?」
1人でいる時、サントスは饒舌だった。他人といる時は、人間関係のプレッシャーが唇を閉じさせているだけなのだ。胸の内では常に自分の想いを言葉にしていた。
「……作るけどさ」
ぶつぶつ文句を言いつつサントスは模型を仕上げていく。繊維に見立てたロープに様々な形の「汚れ」粒子が絡みつく模型が、やがて完成した。
「スールーは仕様と納期を指示するだけで終わりだもんなあ。不公平だろ?」
できあがった工作物を、サントスはしっかりと梱包した。不満はあるが仕事の手は抜かない。それがエンジニアとしてのサントスの意地だった。
「明日ウニベルシタスに行って、言いたいことを言ってやる!」
サントスには不満が溜まっていた。「何に」と聞かれても上手く答えられない。
仕事が嫌いなわけではない。
1人でいるのが寂しいというわけでもない。引き籠り気質のサントスは孤独が苦にならない。
ただ、何となく味気ないのだ。
この所、仕事をしていても楽しくない。ワクワクしない。
「情革研」の4人で発明に没頭していた頃のような、魂をかき立てる情熱が感じられない。
見ている景色から色が抜け落ちてしまったようだ。
「俺は情熱をなくしてしまったのか?」と悩んだこともあった。
いつからこんな風になってしまったのだろう? そう思って、サントスは過去を振り返ってみた。
(ひょっとして、ステファノがいなくなってからか?)
サントスの脳裏にステファノのとぼけた顔が浮かんで見えた。人一倍臆病なくせに、誰よりも無茶を言う不器用な天才。
「あいつと会う前もこんな感じだったっけ? ――何だかモヤモヤして思い出せない」
ステファノと出会う前の1年間、サントスはスールーと情報革命に燃えていたはずだった。だが、思い出そうとして見ても、毎日同じようなことを繰り返していたような気がする。
努力はしていた。ただ遊んでいたわけではない。しかし、進歩が少なすぎてずっと足踏みしていたように思えてしまう。
ステファノが加入してからの情革研はそれまでとは全く違うものになった。
(あいつの魔法がすべてを変えた。でも、それだけじゃない。魔法は手段、道具でしかないんだ!)
「こんなことはできませんか?」
「こうしたらいいんじゃありません?」
ステファノの非常識と言ってもいい発案が、煮詰まっていた議論に刺激を与えたことが幾度もあった。
(あれは非常識じゃなくて、無常識だな。常識であいつは縛れない)
ステファノと別れてからも、サントスは発明品に取り組んできた。印刷機を改良し、感光剤と定着剤を探し回った。それはそれでやりがいのある仕事だし、人に誇れる成果を上げてもいるのだが……。
「創造じゃない」
既にそこにあるものを磨き上げているに過ぎない。そこにはサントスが求める魂の燃焼が足りなかった。
「トーマ!」
サントスは魔耳話器をダブルタップし、トーマを呼び出した。
トーマ側の魔耳話器が振動し、着信を知らせる。
すぐにトーマからの返事が返ってきた。
『トーマだ』
「こちらサントス。話せるか?」
『良いけど、場所を変えさせてくれ』
「わかった。そっちからつなぎ直してくれるか?」
『オッケー。じゃ後で』
1分後、トーマから着信があった。
「サントスだ。邪魔して悪い」
『いや、特に急ぎの用もないから問題ないぜ。久しぶりだな。何かあったかい?』
「楽しくない」
『は? 何だって?』
突然脈絡なく愚痴をこぼし始めたサントスに、トーマは困惑したようだ。
「サポリに来たらルネッサンスに関われて、毎日が面白くなると思ってた」
『おいおい。何の話だよ?』
「お前は楽しいか?」
『あン? こっちはそれどころじゃねぇ。照準器は売れまくるし、印刷機は注文に追いつかねぇ。楽しいとか、楽しくねぇとか言ってる暇は……』
要領を得ないサントスの話に、トーマはいささか焦れてまくし立てた。
「ワクワクしないだろう?」
サントスの声は低く、平坦だった。
『だから何を言ってるんだって?』
「仕事が一番面白い遊びだって、お前は言ったな。今でもそう言えるか?」
『そりゃあ今だって……』
トーマの声はなぜか上滑りしたものになる。
「嘘をつくな! 胸がときめかねえような仕事が遊びになるわけないだろう!」
『……どうした、サントス?』
胸に詰まった砂を吐き出すようなサントスの叫びだった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第575話 それができたら面白そうじゃねぇか?」
トーマの疑問に応える形で、サントスは胸の中のもやもやを吐き出していった。
話している内にサントスの気持ちも落ち着いてきたようだった。
『ふうん。まあ、そんなもんじゃないの? 仕事ってのは食うためにやるもんだし』
「そうだろうけど……、それじゃあつまらん」
トーマの言うことくらいサントスもわかっている。「それでも」という話なのだ。
食うためだけの仕事はしたくなかった。
……
◆お楽しみに。
「俺だけ損してないか、これ……」
目の前の作業台には作りかけの工作物が転がっている。ステファノの注文だというデザイン画を元に、一から作った模型の1つだ。
「こんな物、一点物の工作だろう? 世の中の役には立たないじゃないか」
魔法講義を通じて生活魔法を世間に広げる。その第一歩として重要な模型であり、十分世の中の役に立つのだが、そこまで先のことはサントスの頭にない。
ウニベルシタスから巣立った魔法師たちは、同じような模型を使って自らの弟子を指導するだろう。その時、模型は魔法修業の大事な要素として世間に広がっていくはずだった。
理科室に飾る人体模型のようなものだ。
しかし、サントスは自分の発明が世間を驚かすことを期待していた。世界を変える技術を自分は生み出してみせるぞと、意気込んでいた。
「何だよ、洗濯物の模型って?」
1人でいる時、サントスは饒舌だった。他人といる時は、人間関係のプレッシャーが唇を閉じさせているだけなのだ。胸の内では常に自分の想いを言葉にしていた。
「……作るけどさ」
ぶつぶつ文句を言いつつサントスは模型を仕上げていく。繊維に見立てたロープに様々な形の「汚れ」粒子が絡みつく模型が、やがて完成した。
「スールーは仕様と納期を指示するだけで終わりだもんなあ。不公平だろ?」
できあがった工作物を、サントスはしっかりと梱包した。不満はあるが仕事の手は抜かない。それがエンジニアとしてのサントスの意地だった。
「明日ウニベルシタスに行って、言いたいことを言ってやる!」
サントスには不満が溜まっていた。「何に」と聞かれても上手く答えられない。
仕事が嫌いなわけではない。
1人でいるのが寂しいというわけでもない。引き籠り気質のサントスは孤独が苦にならない。
ただ、何となく味気ないのだ。
この所、仕事をしていても楽しくない。ワクワクしない。
「情革研」の4人で発明に没頭していた頃のような、魂をかき立てる情熱が感じられない。
見ている景色から色が抜け落ちてしまったようだ。
「俺は情熱をなくしてしまったのか?」と悩んだこともあった。
いつからこんな風になってしまったのだろう? そう思って、サントスは過去を振り返ってみた。
(ひょっとして、ステファノがいなくなってからか?)
サントスの脳裏にステファノのとぼけた顔が浮かんで見えた。人一倍臆病なくせに、誰よりも無茶を言う不器用な天才。
「あいつと会う前もこんな感じだったっけ? ――何だかモヤモヤして思い出せない」
ステファノと出会う前の1年間、サントスはスールーと情報革命に燃えていたはずだった。だが、思い出そうとして見ても、毎日同じようなことを繰り返していたような気がする。
努力はしていた。ただ遊んでいたわけではない。しかし、進歩が少なすぎてずっと足踏みしていたように思えてしまう。
ステファノが加入してからの情革研はそれまでとは全く違うものになった。
(あいつの魔法がすべてを変えた。でも、それだけじゃない。魔法は手段、道具でしかないんだ!)
「こんなことはできませんか?」
「こうしたらいいんじゃありません?」
ステファノの非常識と言ってもいい発案が、煮詰まっていた議論に刺激を与えたことが幾度もあった。
(あれは非常識じゃなくて、無常識だな。常識であいつは縛れない)
ステファノと別れてからも、サントスは発明品に取り組んできた。印刷機を改良し、感光剤と定着剤を探し回った。それはそれでやりがいのある仕事だし、人に誇れる成果を上げてもいるのだが……。
「創造じゃない」
既にそこにあるものを磨き上げているに過ぎない。そこにはサントスが求める魂の燃焼が足りなかった。
「トーマ!」
サントスは魔耳話器をダブルタップし、トーマを呼び出した。
トーマ側の魔耳話器が振動し、着信を知らせる。
すぐにトーマからの返事が返ってきた。
『トーマだ』
「こちらサントス。話せるか?」
『良いけど、場所を変えさせてくれ』
「わかった。そっちからつなぎ直してくれるか?」
『オッケー。じゃ後で』
1分後、トーマから着信があった。
「サントスだ。邪魔して悪い」
『いや、特に急ぎの用もないから問題ないぜ。久しぶりだな。何かあったかい?』
「楽しくない」
『は? 何だって?』
突然脈絡なく愚痴をこぼし始めたサントスに、トーマは困惑したようだ。
「サポリに来たらルネッサンスに関われて、毎日が面白くなると思ってた」
『おいおい。何の話だよ?』
「お前は楽しいか?」
『あン? こっちはそれどころじゃねぇ。照準器は売れまくるし、印刷機は注文に追いつかねぇ。楽しいとか、楽しくねぇとか言ってる暇は……』
要領を得ないサントスの話に、トーマはいささか焦れてまくし立てた。
「ワクワクしないだろう?」
サントスの声は低く、平坦だった。
『だから何を言ってるんだって?』
「仕事が一番面白い遊びだって、お前は言ったな。今でもそう言えるか?」
『そりゃあ今だって……』
トーマの声はなぜか上滑りしたものになる。
「嘘をつくな! 胸がときめかねえような仕事が遊びになるわけないだろう!」
『……どうした、サントス?』
胸に詰まった砂を吐き出すようなサントスの叫びだった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第575話 それができたら面白そうじゃねぇか?」
トーマの疑問に応える形で、サントスは胸の中のもやもやを吐き出していった。
話している内にサントスの気持ちも落ち着いてきたようだった。
『ふうん。まあ、そんなもんじゃないの? 仕事ってのは食うためにやるもんだし』
「そうだろうけど……、それじゃあつまらん」
トーマの言うことくらいサントスもわかっている。「それでも」という話なのだ。
食うためだけの仕事はしたくなかった。
……
◆お楽しみに。
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