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第5章 ルネッサンス攻防編
第573話 り、料理と比較するか……。
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「おかげで属性魔力の引き出し方と、術の授け方がわかりました。マランツ先生に暗示をかけてもらえば、生徒の習得が早くなりそうです」
ステファノはどの段階でどのような誘導をしてほしいか、マランツとの役割分担を詳細に練り上げた。
「お前が編み出した生活魔法は、これまでの生活魔術とは似て非なるものじゃな」
「利用する因果はほぼ似たようなものですけどね」
一言で言って従来の生活魔術は単純な現象を呼び出すに過ぎなかった。
種火の術では小さな火をともす。微風の術では弱い風を吹かせる。清水の術では少量の水を作り出す。
そういうシンプルな術だ。
便利ではあるが、魔術が使えなくともその程度のことは普通にできる。初級魔術師が冷遇されるのはそのためだった。
「生活魔法とは『結果』をもたらすものなんじゃな?」
マランツから見ると、洗浄魔法は衣類をきれいにするという結果を、掃除魔法はゴミを取り除くという結果をもたらす。風が吹くという「現象」を目的とする魔術とは、目指す方向がまったく違っていた。
「そうですね。こうしたいなという願望から作り上げた術式なので、それが反映されているかもしれません」
ステファノは事もなげに言った。
(こいつはそれがどれ程の偉業であるか、わかっているのか?)
自分が求める結果を導くために術式を練り上げる。それは、一流の魔術師たちが人生をかけて取り組むべき課題であった。
「誰かに言われましたね。術式を作り上げるのは、俺にとって料理のレシピ作りと同じなのかもしれません」
「り、料理と比較するか……。確かに似ているのかもしれんが……」
ステファノが生み出した術式は、しばしば複合魔法になっていた。
「掃除魔法などは土魔法と風魔法の複合になっているらしいが、初学者に使いこなせるのか?」
「大事なのは手順です。土属性とか風属性を含むというのは重要じゃありません」
「そこが術式の根幹ではないのか?」
術に対するアプローチが自分とまるで違う。マランツはステファノの考え方に置いていかれそうになる。
「大事なのは『結果のイメージ』なんで。『異物を分離して集める』っていうことが、掃除と洗濯の中核ですね」
魔術行使においてイメージが大切だということは理解できる。しかし、属性を無視するほどにイメージを優先するとは。
マランツの常識にはないことであった。
「しかし、目に見えぬ物をイメージせよと言われてもな……」
「そこなんですよねぇ。俺の場合はギフトで対象のイドを認識するんですが……」
ステファノは腕組みをして考え込んだ。
「掃除魔法の方はまだマシですね。ほうきで床を掃くことを想像すれば、ゴミを集めるイメージはできるでしょう」
「まあな。床のゴミは目に見えるからな」
掃除をしたことがない貴族や金持ちには、実際に床掃除をさせてやれば良い。
「問題は洗濯です。汚れは目に見えていても異物として捉えにくい」
「洗濯をさせても汚れが衣類から離れるところは見えぬからな」
「対象が小さすぎるんですよねえ……」
小さすぎて見えない、小さすぎて見えないとつぶやきながら、ステファノは頭をかいた。
「そうだ! 大きくして見せればいいんだ!」
ステファノは顔を明るくした。
「魔示板を応用して、洗濯物を拡大して映せば汚れが落ちるところが見えるはずです!」
「そんなことができるのか?」
魔法を教えるために魔道具を作るだと? マランツはそんな方法を聞いたことがなかった。
「待てよ? イメージするためなんだから、何も実物じゃなくていいのか? 洗濯物を拡大した模型を作ればいい!」
衣類の繊維に汚れの粒子が絡まっている姿を模型にする。それを土魔法で動かしてやれば汚れ落ちのイメージとなる。
「模型で術式を覚えさせて、拡大鏡で実物を見ながら練習させればいい!」
「術の結果を見ながらイメージを固めていくわけじゃな。うむ。理にかなっておる」
ステファノは早速模型のデザインを描き始めた。サントスに送って作ってもらうつもりだった。
模型と拡大鏡で術式をイメージさせるという教授法は、他の生活魔法にも応用できる。
マランツとの打ち合わせは順調に進み、ステファノの手元には模型のデザイン画が溜まっていった。
◆◆◆
【マランツの日記】
8月〇日。
ステファノと生活魔法教授方法について打ち合わせる。術に対するアプローチが自分とは大きく異なることに驚かされた。
魔術師は手に入れた因果を最大に生かす術式を磨くが、ステファノは得たい結果に合わせて因果を選ぶ。
複合術式を特別なものと考えずに、平気で使いこなす。
魔力に属性はないと言い切る。
そして誰もが上級魔術師になれると、ステファノは言った。
ジローよ、お前が上級魔術師を目指して努力してきたことをわしは知っている。
だが、上級魔術はゴールではない。メシヤ流にとっては出発点に過ぎぬのだ。
ジローよ、まったく新しい時代が始まるぞ。
この現実を不運と取るか、幸運と取るかはお前次第だ。
彼らが語る「ルネッサンス」というものが、ようやく朧気に見えてきた。
未来とは靄だ。確定せぬ可能性の集まりだ。
そこに意味を与え、1つの未来を選び出すのが人間の意志だ。
ジローよ、お前はどの明日を選ぶ?
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第574話 お前は楽しいか?」
サントスはいら立っていた。
「俺だけ損してないか、これ……」
目の前の作業台には作りかけの工作物が転がっている。ステファノの注文だというデザイン画を元に、一から作った模型の1つだ。
「こんな物、一点物の工作だろう? 世の中の役には立たないじゃないか」
……
◆お楽しみに。
ステファノはどの段階でどのような誘導をしてほしいか、マランツとの役割分担を詳細に練り上げた。
「お前が編み出した生活魔法は、これまでの生活魔術とは似て非なるものじゃな」
「利用する因果はほぼ似たようなものですけどね」
一言で言って従来の生活魔術は単純な現象を呼び出すに過ぎなかった。
種火の術では小さな火をともす。微風の術では弱い風を吹かせる。清水の術では少量の水を作り出す。
そういうシンプルな術だ。
便利ではあるが、魔術が使えなくともその程度のことは普通にできる。初級魔術師が冷遇されるのはそのためだった。
「生活魔法とは『結果』をもたらすものなんじゃな?」
マランツから見ると、洗浄魔法は衣類をきれいにするという結果を、掃除魔法はゴミを取り除くという結果をもたらす。風が吹くという「現象」を目的とする魔術とは、目指す方向がまったく違っていた。
「そうですね。こうしたいなという願望から作り上げた術式なので、それが反映されているかもしれません」
ステファノは事もなげに言った。
(こいつはそれがどれ程の偉業であるか、わかっているのか?)
自分が求める結果を導くために術式を練り上げる。それは、一流の魔術師たちが人生をかけて取り組むべき課題であった。
「誰かに言われましたね。術式を作り上げるのは、俺にとって料理のレシピ作りと同じなのかもしれません」
「り、料理と比較するか……。確かに似ているのかもしれんが……」
ステファノが生み出した術式は、しばしば複合魔法になっていた。
「掃除魔法などは土魔法と風魔法の複合になっているらしいが、初学者に使いこなせるのか?」
「大事なのは手順です。土属性とか風属性を含むというのは重要じゃありません」
「そこが術式の根幹ではないのか?」
術に対するアプローチが自分とまるで違う。マランツはステファノの考え方に置いていかれそうになる。
「大事なのは『結果のイメージ』なんで。『異物を分離して集める』っていうことが、掃除と洗濯の中核ですね」
魔術行使においてイメージが大切だということは理解できる。しかし、属性を無視するほどにイメージを優先するとは。
マランツの常識にはないことであった。
「しかし、目に見えぬ物をイメージせよと言われてもな……」
「そこなんですよねぇ。俺の場合はギフトで対象のイドを認識するんですが……」
ステファノは腕組みをして考え込んだ。
「掃除魔法の方はまだマシですね。ほうきで床を掃くことを想像すれば、ゴミを集めるイメージはできるでしょう」
「まあな。床のゴミは目に見えるからな」
掃除をしたことがない貴族や金持ちには、実際に床掃除をさせてやれば良い。
「問題は洗濯です。汚れは目に見えていても異物として捉えにくい」
「洗濯をさせても汚れが衣類から離れるところは見えぬからな」
「対象が小さすぎるんですよねえ……」
小さすぎて見えない、小さすぎて見えないとつぶやきながら、ステファノは頭をかいた。
「そうだ! 大きくして見せればいいんだ!」
ステファノは顔を明るくした。
「魔示板を応用して、洗濯物を拡大して映せば汚れが落ちるところが見えるはずです!」
「そんなことができるのか?」
魔法を教えるために魔道具を作るだと? マランツはそんな方法を聞いたことがなかった。
「待てよ? イメージするためなんだから、何も実物じゃなくていいのか? 洗濯物を拡大した模型を作ればいい!」
衣類の繊維に汚れの粒子が絡まっている姿を模型にする。それを土魔法で動かしてやれば汚れ落ちのイメージとなる。
「模型で術式を覚えさせて、拡大鏡で実物を見ながら練習させればいい!」
「術の結果を見ながらイメージを固めていくわけじゃな。うむ。理にかなっておる」
ステファノは早速模型のデザインを描き始めた。サントスに送って作ってもらうつもりだった。
模型と拡大鏡で術式をイメージさせるという教授法は、他の生活魔法にも応用できる。
マランツとの打ち合わせは順調に進み、ステファノの手元には模型のデザイン画が溜まっていった。
◆◆◆
【マランツの日記】
8月〇日。
ステファノと生活魔法教授方法について打ち合わせる。術に対するアプローチが自分とは大きく異なることに驚かされた。
魔術師は手に入れた因果を最大に生かす術式を磨くが、ステファノは得たい結果に合わせて因果を選ぶ。
複合術式を特別なものと考えずに、平気で使いこなす。
魔力に属性はないと言い切る。
そして誰もが上級魔術師になれると、ステファノは言った。
ジローよ、お前が上級魔術師を目指して努力してきたことをわしは知っている。
だが、上級魔術はゴールではない。メシヤ流にとっては出発点に過ぎぬのだ。
ジローよ、まったく新しい時代が始まるぞ。
この現実を不運と取るか、幸運と取るかはお前次第だ。
彼らが語る「ルネッサンス」というものが、ようやく朧気に見えてきた。
未来とは靄だ。確定せぬ可能性の集まりだ。
そこに意味を与え、1つの未来を選び出すのが人間の意志だ。
ジローよ、お前はどの明日を選ぶ?
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第574話 お前は楽しいか?」
サントスはいら立っていた。
「俺だけ損してないか、これ……」
目の前の作業台には作りかけの工作物が転がっている。ステファノの注文だというデザイン画を元に、一から作った模型の1つだ。
「こんな物、一点物の工作だろう? 世の中の役には立たないじゃないか」
……
◆お楽しみに。
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