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第5章 ルネッサンス攻防編
第565話 トゥーリオにはギフト『陽炎』があります。
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ウニベルシタスに着くと、初対面の挨拶もそこそこにドリーはヤンコビッチ兄弟についてネルソンに知っていることを告げた。そこにはマルチェルが控えており、ヨシズミも呼び寄せられていた。
「マルチェル、お前はその兄弟のことを知っているか?」
ステファノの目撃情報まで聞き取ると、ネルソンはマルチェルに尋ねた。「ギルモアの鴉」の重鎮であるマルチェルは、裏社会の事情に詳しい。
「噂だけは。兄の方は根っからの殺人愛好者だと聞いております」
「ふむ。弟の方は?」
「弟は知恵が足りないとか聞きました。小児並みの知力だとか」
マルチェルの持つ情報はドリーが集めた情報と一致していた。彼女はクリードのために兄弟について調べていたことがある。
「わたしの持つ情報でも同じです。弟のミケーレは兄のトゥーリオに依存しており、兄の言いなりだと」
「俺が見た様子でも、ポトス、いえミケーレは甲斐甲斐しくトゥーリオの介抱をしていました。兄弟愛が強いのは間違いないと思います」
ドリーの情報に対し、ステファノは自分の目で見、感じたことをつけ加えた。
「ステファノの観相は一流だッペ。おめェがバケモンだって見たなら、そりゃァバケモンに違いなかッペ」
「ゴダール一座にいるアーチャーとポトスは、トゥーリオとミケーレのヤンコビッチ兄弟と見て間違いないだろう」
ネルソンの言葉で2人の正体はヤンコビッチ兄弟だという前提で動くことが決まった。
「残る3人が兄弟の正体を知っているかどうかはわからんな。5人全員が一味である可能性を含めて捜索に当たらせよう」
5人とも犯罪者であった場合、うかつに近づけば命取りになる。ネルソンはその思いをマルチェルに伝えた。
「ごもっともです。所在を掴んでも一座に近づかぬよう、鴉どもには念を押しましょう」
ステファノが彼らと出会い、別れたのは3日前だと言う。ネルソンはコーヒーテーブルの上に地図を広げ、馬車による行動範囲を推測した。
「途中の分かれ道で方向を変えたとしても、行けるのはこの範囲だろう」
馬車には病人のトゥーリオが乗っている。無茶なスピードは出さないはずだった。
「この円の外側から始め、内側へと捜索を進めさせよう。幸い相手は目立つ。聞き込みをしながら網を狭めていけば、逃さずに済むはずだ」
「かしこまりました。見つけたら、いかがいたしましょう?」
「うむ。始末するにしても並大抵の武力では足りんだろうな」
ミケーレだけなら所詮怪力というだけで、腕利きを集めれば討伐できる。問題はトゥーリオだった。
「トゥーリオにはギフト『陽炎』があります」
ドリーがトゥーリオの能力について、その場の人間に改めて説明した。トゥーリオと向かい合ったものは、彼の「存在」を見失う。
「ふうむ。幻術や目くらましではないのだな?」
「違います。幻術、催眠の類なら痛みなど強い刺激で術が解けるが、トゥーリオの能力はそれでは破れないそうです」
ネルソンが探るように投げた問いに、ドリーははっきりと答えた。
「厄介な能力ですね。しかし、多勢で弓などの攻撃を仕掛ければ良いのでは?」
1人にしか陽炎の効果がないのであれば、人数で圧倒することができそうだ。マルチェルはそう問いかけた。
「誰もがそう考えますね。しかし、『その状況』を作り出すのが至難の技なんです」
ドリーが答えた。
多対一の状況を作り出すのは簡単でない。考えられるのは「待ち伏せ」か「不意打ち」だ。
「だが、そもそも奴らは尻尾を掴ませない。犠牲者は皆殺しなので目撃者が残らないのです。クリード卿はもう息がないと思われたので生き延びました」
更にトゥーリオは病的に注意深く、異常なほど辛抱強い。追手の気配を感じたら、何日でも潜伏していられる。
「そして、どうやら奴は礫術の達人らしい。万一囲まれた場合は、追手を1人ずつ狙撃して囲みを破るんです」
最後にドリーはステファノを見た。
ステファノから心を抜き取り、獣の心を代わりに押し込んだとしたらトゥーリオのような化け物ができ上がるのではあるまいか。
ドリーは背筋に寒気を覚えて、そのおぞましい想像を頭から消し去った。
「やはり鴉どもには手出し無用と伝えましょう。最後はわたしが1対1で始末をするか――」
正面から近づけばマルチェルとて危うい。あくまでも忍び寄って不意を突く。マルチェルはトゥーリオを暗殺するつもりで言った。
「それともあいつのギフトが及ばぬほど遠くから倒すか」
終始表情を硬くしていたステファノが口を開いた。
「俺なら1キロ離れて、遠当てをぶつけることができます」
「ステファノ。お前に自ら手を下す覚悟がありますか?」
マルチェルはステファノを包み込むような眼をして、そう言った。
「いいですか? トゥーリオ・ヤンコビッチは、捕らえられてもその能力で周りの人間を殺すでしょう。化け物は息の根を止めぬ限り、犠牲者を生み続けます」
「知っています。アレは人食い熊と同じ存在です。一刻も早く、誰かがアレを殺さなければなりません。これ以上死人を出さないために」
「ステファノ、お前は……」
マルチェルは痛みをこらえるように目を伏せた。
「俺がこの仕事を一番上手くできます。だから、俺がトゥーリオ・ヤンコビッチを殺しに行きます」
(そうですよね? ネオン師匠、ジェラート師匠?)
ステファノは迷いを捨てた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第566話 お前はまず二流を目指しなさい。」
ステファノは鴉たちに配るためにゴダール一座の似姿を手早く描いた。それを魔示板でサントスに送り、大量に複製させる。
マルチェルの指示を受けて、ステファノは各地の拠点に手配書を持って飛んだ。
久しぶりに「ギルモアの獅子」を描いた遠眼鏡が、身分証代わりに役立った。
鴉の連絡係は手配書と似姿の束を受け取ると、あいさつもせずに姿を消した。
……
◆お楽しみに。
「マルチェル、お前はその兄弟のことを知っているか?」
ステファノの目撃情報まで聞き取ると、ネルソンはマルチェルに尋ねた。「ギルモアの鴉」の重鎮であるマルチェルは、裏社会の事情に詳しい。
「噂だけは。兄の方は根っからの殺人愛好者だと聞いております」
「ふむ。弟の方は?」
「弟は知恵が足りないとか聞きました。小児並みの知力だとか」
マルチェルの持つ情報はドリーが集めた情報と一致していた。彼女はクリードのために兄弟について調べていたことがある。
「わたしの持つ情報でも同じです。弟のミケーレは兄のトゥーリオに依存しており、兄の言いなりだと」
「俺が見た様子でも、ポトス、いえミケーレは甲斐甲斐しくトゥーリオの介抱をしていました。兄弟愛が強いのは間違いないと思います」
ドリーの情報に対し、ステファノは自分の目で見、感じたことをつけ加えた。
「ステファノの観相は一流だッペ。おめェがバケモンだって見たなら、そりゃァバケモンに違いなかッペ」
「ゴダール一座にいるアーチャーとポトスは、トゥーリオとミケーレのヤンコビッチ兄弟と見て間違いないだろう」
ネルソンの言葉で2人の正体はヤンコビッチ兄弟だという前提で動くことが決まった。
「残る3人が兄弟の正体を知っているかどうかはわからんな。5人全員が一味である可能性を含めて捜索に当たらせよう」
5人とも犯罪者であった場合、うかつに近づけば命取りになる。ネルソンはその思いをマルチェルに伝えた。
「ごもっともです。所在を掴んでも一座に近づかぬよう、鴉どもには念を押しましょう」
ステファノが彼らと出会い、別れたのは3日前だと言う。ネルソンはコーヒーテーブルの上に地図を広げ、馬車による行動範囲を推測した。
「途中の分かれ道で方向を変えたとしても、行けるのはこの範囲だろう」
馬車には病人のトゥーリオが乗っている。無茶なスピードは出さないはずだった。
「この円の外側から始め、内側へと捜索を進めさせよう。幸い相手は目立つ。聞き込みをしながら網を狭めていけば、逃さずに済むはずだ」
「かしこまりました。見つけたら、いかがいたしましょう?」
「うむ。始末するにしても並大抵の武力では足りんだろうな」
ミケーレだけなら所詮怪力というだけで、腕利きを集めれば討伐できる。問題はトゥーリオだった。
「トゥーリオにはギフト『陽炎』があります」
ドリーがトゥーリオの能力について、その場の人間に改めて説明した。トゥーリオと向かい合ったものは、彼の「存在」を見失う。
「ふうむ。幻術や目くらましではないのだな?」
「違います。幻術、催眠の類なら痛みなど強い刺激で術が解けるが、トゥーリオの能力はそれでは破れないそうです」
ネルソンが探るように投げた問いに、ドリーははっきりと答えた。
「厄介な能力ですね。しかし、多勢で弓などの攻撃を仕掛ければ良いのでは?」
1人にしか陽炎の効果がないのであれば、人数で圧倒することができそうだ。マルチェルはそう問いかけた。
「誰もがそう考えますね。しかし、『その状況』を作り出すのが至難の技なんです」
ドリーが答えた。
多対一の状況を作り出すのは簡単でない。考えられるのは「待ち伏せ」か「不意打ち」だ。
「だが、そもそも奴らは尻尾を掴ませない。犠牲者は皆殺しなので目撃者が残らないのです。クリード卿はもう息がないと思われたので生き延びました」
更にトゥーリオは病的に注意深く、異常なほど辛抱強い。追手の気配を感じたら、何日でも潜伏していられる。
「そして、どうやら奴は礫術の達人らしい。万一囲まれた場合は、追手を1人ずつ狙撃して囲みを破るんです」
最後にドリーはステファノを見た。
ステファノから心を抜き取り、獣の心を代わりに押し込んだとしたらトゥーリオのような化け物ができ上がるのではあるまいか。
ドリーは背筋に寒気を覚えて、そのおぞましい想像を頭から消し去った。
「やはり鴉どもには手出し無用と伝えましょう。最後はわたしが1対1で始末をするか――」
正面から近づけばマルチェルとて危うい。あくまでも忍び寄って不意を突く。マルチェルはトゥーリオを暗殺するつもりで言った。
「それともあいつのギフトが及ばぬほど遠くから倒すか」
終始表情を硬くしていたステファノが口を開いた。
「俺なら1キロ離れて、遠当てをぶつけることができます」
「ステファノ。お前に自ら手を下す覚悟がありますか?」
マルチェルはステファノを包み込むような眼をして、そう言った。
「いいですか? トゥーリオ・ヤンコビッチは、捕らえられてもその能力で周りの人間を殺すでしょう。化け物は息の根を止めぬ限り、犠牲者を生み続けます」
「知っています。アレは人食い熊と同じ存在です。一刻も早く、誰かがアレを殺さなければなりません。これ以上死人を出さないために」
「ステファノ、お前は……」
マルチェルは痛みをこらえるように目を伏せた。
「俺がこの仕事を一番上手くできます。だから、俺がトゥーリオ・ヤンコビッチを殺しに行きます」
(そうですよね? ネオン師匠、ジェラート師匠?)
ステファノは迷いを捨てた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第566話 お前はまず二流を目指しなさい。」
ステファノは鴉たちに配るためにゴダール一座の似姿を手早く描いた。それを魔示板でサントスに送り、大量に複製させる。
マルチェルの指示を受けて、ステファノは各地の拠点に手配書を持って飛んだ。
久しぶりに「ギルモアの獅子」を描いた遠眼鏡が、身分証代わりに役立った。
鴉の連絡係は手配書と似姿の束を受け取ると、あいさつもせずに姿を消した。
……
◆お楽しみに。
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