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第4章 魔術学園奮闘編
第479話 ステファノに遠見の魔法具を作ってもらえば良かったな。
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競技場に来てみると、グラウンドの周囲は高い壁で囲われていた。飛び道具や魔術が標的からそれても、観客席まで届かぬように設計されている。
それでも危険はゼロではないが、それが怖ければ競技場になど来るなというのが常識であった。
試合スペースはグラウンドの中央に配置されており、その分、客席からは遠い。これも安全上の配慮である。選手の表情や攻防の詳細を見たい人間は、遠眼鏡を持参すると良いのだが、庶民にはなかなか手が出ない。
魔術が使える人間は「遠見の術」で見ることもできる。目の前に空気のレンズを作り出すこの術は、土魔術に分類されている。生活魔術の1つで大した魔力を必要としないが、拡大した像を安定させるには精密な制御を必要とする。
地味な割には難しいと言われる術であった。
「ステファノに遠見の魔法具を作ってもらえば良かったな」
「なるほど。眼鏡型にして装着すれば両手が使える」
「それだと近くが見えなくなるぜ。上半分を遠見にして下半分を素通しにするか? 遠近両用の『遠眼鏡』ってわけだ」
観客席最前列に陣取ったスールーたちは、こんな時でも発明トークに花を咲かせていた。
「遠くと近くが良く見える遠近両用眼鏡は、魔道具でなくても作れそうだな」
「加工が大変」
「まあそうだな。レンズの上下で形を変えなければいけないからな」
トーマとサントスは技術者トークを始めそうな空気を醸し出していた。
「どっちにしても遠くの物を拡大して見ることはできないのだろう?」
「それは無理」
「そうなると、魔道具の出番だな」
スールーはさりげなくトーマたちを現実に引き戻した。
そうこうする内に、第1試合が始まった。特に開会式などというものもない。
「第1試合は、普通に魔術師同士の戦いだね」
「戦い違う。試技」
「細かいな、サントスは。一応戦闘技術を競うのだから、戦いで良いじゃないか」
「見方は自由だからな。お堅いことを言わずに、好きな見方をすればいいんじゃないか?」
お祭り好きのトーマは、競技にロマンを求めるスールーに味方した。そういう目で見た方が感情移入して盛り上がりやすい。
「始め!」
競技場では、審判によって競技の開始が宣言された。途端に、競技者の2人は標的が乗った台車を押して前に走った。
「ほう? 2人とも積極的だね。良いじゃないか」
「あー、あの2人は魔術試射場で見かけたことがある。積極的と言うより、ああするしかないんじゃないか?」
「どういうことだ?」
接近戦が始まると興奮するスールーに、トーマは残念そうな顔を見せた。
「競技エリアの最前線まで移動しないと、相手に魔術が届かないんだよ」
競技開始時は互いの間に20メートルの距離がある。これでは、「並の生徒」は敵の標的に魔術を当てられないのだ。威力を競うならなおさらであった。
「あいつらの術では、10メートル飛ばすのがやっとだぜ」
「それで2人とも前に出たのか」
互いに自陣の一番前に出たところで、ようやく互いの距離が10メートルになる。普段試射場で練習している距離であった。
「水よ、集え! 我が名のもとに氷となり、鎧となって標的を守れ! 氷結鎧!」
前線まで先にたどりついた少年が、腰から短杖を引き抜き、高らかに呪文を詠唱した。
やがて、標的の周りを冷気が覆い、みしり、みしりと氷が張り出した。
「うーん。トーマ、どうなのかね、あの呪文という奴は? 言わなければいけないものか?」
スールーは顔をしかめて言った。
「言わなければいけないという決まりはないよ。呪文を唱えると、意識を集中しやすいんだ。イメージが具体化するからね。呪文がなくても集中できるなら、省略した方が手っ取り早いな」
「だろうね。長々と詠唱している時間が隙だらけに見えるよ。それに……恥ずかしいし」
戦いにロマンを求める割に、そういうところでスールーは現実的だった。いや、むしろ真にロマンチックなのかもしれない。魔術を使うならスマートに繰り出してほしいのだ。
「時間がかかる割に、氷が薄い」
サントスはあくまでも物理的に観測できる現象に集中していた。
「せいぜい1センチ厚。手裏剣くらいなら止められるが、火球は無理」
手ごろな岩ならぶち抜けそうな装甲であった。
「相手はどうして攻撃しないんだろう?」
これだけのんびりと時間をかけているのに、どうして悠々と防御を固めさせてしまうのか? さっさと攻撃すれば良いものを。
そう思って、スールーは相手方に目を向けた。
「あれは何をしているんだ?」
こっちの少女は指輪を額に当てて、俯いていた。
「あれは、あいつの瞑想法だよ。魔力を練っている最中だろう」
「えぇー、こっちもそんなスピードか? 本当の戦場なら走ってきた敵に、ぶん殴られているな」
「本当の戦場ならな。敵も遅いって知っているから、じっくり魔力を練る余裕があるんじゃないか」
「いやはや。緊張感がない試合だなぁ」
スールーは試合前のわくわくを返せと言わんばかりに、両肩を落とした。
「おっ、こっちの準備が終わったようだぜ」
少女は顔を上げ、一言叫んだ。
「風陣!」
ぶわっと風が巻き起こり、少女の髪が舞い踊った。
「おっ! ようやく魔術を使ったな。トーマ、あれはどんな術だ?」
「風属性の防御魔術だな。標的の前に小さな竜巻を起こしたのさ」
「氷対風か。どっちが強い?」
2つの防御魔術を見て、サントスはトーマに評価を求めた。
「同じ魔力なら氷の方が強いかな。凍っちまえば放っておけるしね」
「そうか。竜巻は気を抜くと止まってしまうのだな」
「なのになぜ風を使う? ……氷が使えない?」
使い勝手の良い氷魔術でなく、風魔術を防御に使った少女の行動に、サントスは疑問を持った。
「ご名答! あいつは水魔術が使えない。さて、いよいよ攻撃が始まるぜ!」
トーマの声に、スールーとサントスは改めて競技場の2人に意識を集中させた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第480話 魔術というものは想像より面倒なものなんだね。」
先に氷で防御を固めていた少年が、攻撃でも少女に先んじて一撃を加えた。
「水よ、集いて敵を撃て。水球!」
少年が振り出す短杖の先に水の玉が生まれ、ぐるぐると回りながらリンゴほどの水球に成長した。
「飛べ!」
頃合いよしと発した少年の気合に乗って、水球は敵の標的目掛けて飛んで行った。時速にすると100キロほどの勢いで10メートルの距離をあっという間に埋めた。
……
◆お楽しみに。
それでも危険はゼロではないが、それが怖ければ競技場になど来るなというのが常識であった。
試合スペースはグラウンドの中央に配置されており、その分、客席からは遠い。これも安全上の配慮である。選手の表情や攻防の詳細を見たい人間は、遠眼鏡を持参すると良いのだが、庶民にはなかなか手が出ない。
魔術が使える人間は「遠見の術」で見ることもできる。目の前に空気のレンズを作り出すこの術は、土魔術に分類されている。生活魔術の1つで大した魔力を必要としないが、拡大した像を安定させるには精密な制御を必要とする。
地味な割には難しいと言われる術であった。
「ステファノに遠見の魔法具を作ってもらえば良かったな」
「なるほど。眼鏡型にして装着すれば両手が使える」
「それだと近くが見えなくなるぜ。上半分を遠見にして下半分を素通しにするか? 遠近両用の『遠眼鏡』ってわけだ」
観客席最前列に陣取ったスールーたちは、こんな時でも発明トークに花を咲かせていた。
「遠くと近くが良く見える遠近両用眼鏡は、魔道具でなくても作れそうだな」
「加工が大変」
「まあそうだな。レンズの上下で形を変えなければいけないからな」
トーマとサントスは技術者トークを始めそうな空気を醸し出していた。
「どっちにしても遠くの物を拡大して見ることはできないのだろう?」
「それは無理」
「そうなると、魔道具の出番だな」
スールーはさりげなくトーマたちを現実に引き戻した。
そうこうする内に、第1試合が始まった。特に開会式などというものもない。
「第1試合は、普通に魔術師同士の戦いだね」
「戦い違う。試技」
「細かいな、サントスは。一応戦闘技術を競うのだから、戦いで良いじゃないか」
「見方は自由だからな。お堅いことを言わずに、好きな見方をすればいいんじゃないか?」
お祭り好きのトーマは、競技にロマンを求めるスールーに味方した。そういう目で見た方が感情移入して盛り上がりやすい。
「始め!」
競技場では、審判によって競技の開始が宣言された。途端に、競技者の2人は標的が乗った台車を押して前に走った。
「ほう? 2人とも積極的だね。良いじゃないか」
「あー、あの2人は魔術試射場で見かけたことがある。積極的と言うより、ああするしかないんじゃないか?」
「どういうことだ?」
接近戦が始まると興奮するスールーに、トーマは残念そうな顔を見せた。
「競技エリアの最前線まで移動しないと、相手に魔術が届かないんだよ」
競技開始時は互いの間に20メートルの距離がある。これでは、「並の生徒」は敵の標的に魔術を当てられないのだ。威力を競うならなおさらであった。
「あいつらの術では、10メートル飛ばすのがやっとだぜ」
「それで2人とも前に出たのか」
互いに自陣の一番前に出たところで、ようやく互いの距離が10メートルになる。普段試射場で練習している距離であった。
「水よ、集え! 我が名のもとに氷となり、鎧となって標的を守れ! 氷結鎧!」
前線まで先にたどりついた少年が、腰から短杖を引き抜き、高らかに呪文を詠唱した。
やがて、標的の周りを冷気が覆い、みしり、みしりと氷が張り出した。
「うーん。トーマ、どうなのかね、あの呪文という奴は? 言わなければいけないものか?」
スールーは顔をしかめて言った。
「言わなければいけないという決まりはないよ。呪文を唱えると、意識を集中しやすいんだ。イメージが具体化するからね。呪文がなくても集中できるなら、省略した方が手っ取り早いな」
「だろうね。長々と詠唱している時間が隙だらけに見えるよ。それに……恥ずかしいし」
戦いにロマンを求める割に、そういうところでスールーは現実的だった。いや、むしろ真にロマンチックなのかもしれない。魔術を使うならスマートに繰り出してほしいのだ。
「時間がかかる割に、氷が薄い」
サントスはあくまでも物理的に観測できる現象に集中していた。
「せいぜい1センチ厚。手裏剣くらいなら止められるが、火球は無理」
手ごろな岩ならぶち抜けそうな装甲であった。
「相手はどうして攻撃しないんだろう?」
これだけのんびりと時間をかけているのに、どうして悠々と防御を固めさせてしまうのか? さっさと攻撃すれば良いものを。
そう思って、スールーは相手方に目を向けた。
「あれは何をしているんだ?」
こっちの少女は指輪を額に当てて、俯いていた。
「あれは、あいつの瞑想法だよ。魔力を練っている最中だろう」
「えぇー、こっちもそんなスピードか? 本当の戦場なら走ってきた敵に、ぶん殴られているな」
「本当の戦場ならな。敵も遅いって知っているから、じっくり魔力を練る余裕があるんじゃないか」
「いやはや。緊張感がない試合だなぁ」
スールーは試合前のわくわくを返せと言わんばかりに、両肩を落とした。
「おっ、こっちの準備が終わったようだぜ」
少女は顔を上げ、一言叫んだ。
「風陣!」
ぶわっと風が巻き起こり、少女の髪が舞い踊った。
「おっ! ようやく魔術を使ったな。トーマ、あれはどんな術だ?」
「風属性の防御魔術だな。標的の前に小さな竜巻を起こしたのさ」
「氷対風か。どっちが強い?」
2つの防御魔術を見て、サントスはトーマに評価を求めた。
「同じ魔力なら氷の方が強いかな。凍っちまえば放っておけるしね」
「そうか。竜巻は気を抜くと止まってしまうのだな」
「なのになぜ風を使う? ……氷が使えない?」
使い勝手の良い氷魔術でなく、風魔術を防御に使った少女の行動に、サントスは疑問を持った。
「ご名答! あいつは水魔術が使えない。さて、いよいよ攻撃が始まるぜ!」
トーマの声に、スールーとサントスは改めて競技場の2人に意識を集中させた。
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ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第480話 魔術というものは想像より面倒なものなんだね。」
先に氷で防御を固めていた少年が、攻撃でも少女に先んじて一撃を加えた。
「水よ、集いて敵を撃て。水球!」
少年が振り出す短杖の先に水の玉が生まれ、ぐるぐると回りながらリンゴほどの水球に成長した。
「飛べ!」
頃合いよしと発した少年の気合に乗って、水球は敵の標的目掛けて飛んで行った。時速にすると100キロほどの勢いで10メートルの距離をあっという間に埋めた。
……
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