飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
449 / 694
第4章 魔術学園奮闘編

第449話 錬金術って魔法の一種なのだろうか?

しおりを挟む
「錬金術とは無から有を生む業ではありません。良く勘違いする人がいますがね」

「錬金術(初級)」の講師オデールは教壇からそうクラスに話しかけた。

「錬金術とは自然現象の再現に過ぎません。言うなれば、『そのままでは起こりづらい変化を魔力によって促してやること』と定義できるでしょう」

 わかりますかとオデールは教室を見回す。

「例を挙げましょう。ここにグラスがあります。こちらの水差しには常温の水が入っています」

 オデールは水差しからグラスに水を注いだ。

「さて、この水を沸かすとしましょう。魔術師であれば、火魔術を使うところです。グラスを火であぶれば中身を湯に変えることができます」

 オデールはグラスの上に片手をかざした。

「我々錬金術師であれば、火は使いません。魔力の干渉によって直接水の状態を変化させます。水からお湯へ」

 しばらくするとグラスから湯気が立ち、小さな気泡が上がり始めた。

「わたしは水に直接働きかけ、『水の粒』がより活発に動く因果を書き込みました」

 水の温度がさらに上がり、水蒸気がグラスの底からボコボコと上がり始めた。

「よろしいですか? このように火を使わずとも湯を沸かすことができます」

 オデールは手を引っ込めて、煮え立ったグラスを生徒に示した。

(あれって「魔法」だよね。錬金術って魔法の一種なのだろうか?)

 ステファノにとっては見慣れた現象であった。魔かまどに取り入れた術式と同じである。魔法が「世界」の事象に働きかけ因果を改変する業であるならば、目指すところは錬金術と同じなのかもしれない。

「先生、錬金術と魔術との違いはどこにありますか?」

 ステファノは許可を得て、オデールに質問した。

「良い質問です。その質問に対する答えは立場によって変わります。魔術師一般からは、錬金術とは不完全な魔術と言われています。その一方で錬金術師の多くは、錬金術を科学の一種だと考えています」
「大分違いますね」
「そうですね。しばしば論争が行われています。しかし、大切なのは錬金術をどう見るかではなく、錬金術で何を為すかだと思います」

 こういう議論は散々行ってきたのだろう。オデールは淡々と自説を述べた。

「わたし自身は、錬金術とは対象物の科学的な特性に働きかける方法論であると考えています」

 オデールは手をひらひらと動かして、魔示板マジボードに図を表示させた。火の上に掛けられた鍋の絵に見える。鍋には水が満たされていた。

「魔術師は何もないところに火を起こします。しかし、燃えているのは何でしょうか? 彼らはその疑問を放棄しますが、錬金術師はそれを拾い上げます。我々の関心は『その時何が起こっているか』にあるのです」

 オデールは図に描かれた炎を指し示す。

「火が燃えるには『可燃物』と『空気』と『熱』が必要です。普通空気はどこにでもあるので、準備しなければならないのは『可燃物』と『熱』ですね」

 火魔術の対象が可燃物そのものであれば、熱さえ生み出せば火は燃える。だが、「何もないところ」に火を生み出すにはどうするのか?

「火球の術のような場合、空間に火を生み出します。この時に燃えているのは何か?」

 クラスに語りかけながら、オデールは手のひらを差し出して小さな火球を生み出して見せた。

「これはむしろ科学の問題ですね。ドイル先生の講義を聞くと、皆さんの参考になるかもしれません」

 万能科学総論は人気のない講座なので、魔術科学生のほとんどは耳にしたことさえないだろう。錬金術の教室に集まった少数の学生にとってさえそうだった。

「雷気を通すと水は『水素』と呼ばれる気体と『酸素』と呼ばれる気体に分解されます。水素は可燃性の高い気体であり、酸素は物が燃える時に必要な空気の一部です」

 オデールは火球を消し、再び魔示板マジボードに向かった。

「水素と酸素を混合し、熱を加えれば水素が燃えて、再び水に戻ります。一般に火魔術とは空気中に水素を作り出し、熱を加えることによって燃焼させるという因果を術理で再現したものです」

 初めに必要な水は空気中に含まれている。これを集め凝縮し、電気分解しながら熱を加える。
 それだけの工程を一気に行っているのが火魔術であった。

「魔術師は火球で敵を攻撃するという『結果』を求めます。我々錬金術師は『変化』を求めます。物質の状態変化、それが錬金術の目的です」

 オデールは魔示板マジボードの図から火を消し去った。

「先程、私は常温の水を沸騰する湯に変えました。そうするのに火は必要ありません。水の温度を上げれば良いのです。水を構成する粒子をより活発に振動させてやれば、水温は上がります」

 生徒の1人が手を挙げた。

「先生、錬金術は世の中の役に立つのでしょうか? 魔術は戦いや生活に役立っていると思いますが」
「うん。湯を沸かせたところで意味はないと思いましたか? そう思うのも無理はありません。錬金術は日々の暮らしに役立たせるものではありませんからね。もちろん戦いの道具でもありません」

 生徒は当惑に顔をしかめた。

「それでは一体何のために、錬金術を研究するのですか?」
「科学のためです。物質や事象の性質をより深く、より詳しく知るためにそれらを操作する。それこそが錬金術本来の使い道なのです」

 オデールは誇らしげに語った。

(ドイル先生、錬金術の能力に覚醒してお誂え向きだったね。誰よりもあの人にふさわしい)

 ステファノは胸に温かいものを感じた。

(ドイル先生には遠く及ばないが、錬金術は俺にとってもためになる。生活魔法の精度を上げながら、宇宙の法則をより深く理解することに通じるだろう)

 そのためには近道はない。1つ1つの知識を拾い集めるように身につけようと、ステファノは思った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第450話 錬金術が魔法の役に立つのか?」

 電気分解の概念はステファノにとって新鮮な驚きであった。水が水素と酸素からできているという事実にも驚愕した。

 錬金術の授業で生じた疑問は図書館で調べ、それでも解けなければ研究室にドイルを訪ねた。

「やれやれ、そんなこともわからないのかね?」

 口ではそう言いながら、ドイルは楽しそうにステファノに知識を与えてくれた。彼もまた愛弟子の成長がうれしいのだ。
 知識は疑問を呼び、疑問が研究を要求する。そして研究はまた新たな知識をもたらした。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

おっさんが雑魚キャラに転生するも、いっぱしを目指す。

お茶飲み人の愛自好吾(あいじこうご)
ファンタジー
どこにでも居るような冴えないおっさん、山田 太郎(独身)は、かつてやり込んでいたファンタジーシミュレーションRPGの世界に転生する運びとなった。しかし、ゲーム序盤で倒される山賊の下っ端キャラだった。女神様から貰ったスキルと、かつてやり込んでいたゲーム知識を使って、生き延びようと決心するおっさん。はたして、モンスター蔓延る異世界で生き延びられるだろうか?ザコキャラ奮闘ファンタジーここに開幕。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

処理中です...