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第4章 魔術学園奮闘編
第423話 あの……、たまたま今日は調子が良かったんだと思います。
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「どうなった?」
「なくなっちゃった……」
「え? なくなったって、どういうこと?」
生徒たちが騒ぐのも無理はない。空気の塊をまともに食らった標的は首からちぎれて吹き飛んでいた。
残された頭部だけが鎖にぶら下がって揺れていた。
(あー。壊れちゃった。加減がまだ足りなかったのかあ)
思いの外の威力に、ステファノ自身が驚いていた。
「あの、先生。標的を壊してしまってすいません」
こうなったら素直に謝ろうと、ステファノは頭を下げた。
「き、君……。今のは……」
「つい、やりすぎてしまったようです」
「やりすぎって、君……」
動顛した講師は本来入ってはいけないレンジに飛び込み、標的に走り寄った。
首から下の胴体は元の位置から10メートルも奥に転がっていた。
「この標的がちぎれるなんて。一体どれだけの力で……。何だ、この窪みは?」
標的の胸にべこりと大きな窪みができている。空気砲がめり込んだ跡であった。
土魔術を受け止めることのある標的は、衝撃にも強い。滅多なことで変形するものではなかった。
「はあ、はあ。君……何ですか、今の術は? はあ、はあ」
慌ててレンジの外に出てきた講師は係官のデリックにこっぴどく叱られた後、ステファノに尋ねた。
「え? 何って、『メシヤ流遠当ての術』ですけど」
「メシヤ? 遠当てとはどういう術理ですか?」
講師は目の色を変えてステファノに迫った。
「せ、先生。後で説明しますから。ほら、まだ順番を待っている生徒もいますし」
「そうか? そうですね。よ、よし、次! ホセ、前に出なさい……」
残りの生徒に試技をさせる講師だったが、ほとんどうわの空であった。
◆◆◆
「ではステファノ、さっきの術について説明してください」
ステファノだけを試射場に残し、講師は他の生徒を追い帰した上で遠当ての術について説明を求めた。
「遠当ての術は戦国時代に使われていた隠形五遁の術に含まれる技です」
はっきりした記録がないので推測ですがと、ステファノは断りを入れた。
「隠形五遁ですか? 聞き覚えがあります。確か研究報告会で……」
「霧隠れと炎隠れという術を披露しました」
「覚えています。あの術の流れですか。それにしても威力が大きい」
講師は研究報告会の発表会場でステファノのプレゼンを目撃していた。目の前で人間が消えてなくなる衝撃は忘れられない。
「遁術というのは敵から逃げるための目くらましだと思っていました」
「多分その通りだと思います。遁術の本流は逃走術でしょう。その一部に逃走を助ける攻撃術が含まれていたのだと思っています」
敵に背を向けて逃げ出すだけでは身を守りきれない場面もある。けん制のためだけでも攻撃力を示す必要があった。
「そ、それにして攻撃力が強すぎます」
「俺もびっくりしました。敵を気絶させる程度の打撃を与えるつもりだったんですが……」
「気絶どころか、生身の人間ならミンチになっているところです」
講師の言い草は大げさではない。本来破壊困難な標的を真っ二つに引きちぎるなど、威力過剰も良いところであった。
(何だか調子が良かったんだよな。アバターが開放されたせいだろうか?)
術式構築の速度、術の威力共に以前とは大違いであった。
(これはドリーさんのところで、また威力調整の練習をしなくちゃ)
ステファノは2学期の行動予定に「手加減の練習」という一項目を追加した。
「あの……、たまたま今日は調子が良かったんだと思います」
「調子って、君……」
誰が見てもそういうレベルの威力ではないのだが、説明が難しいと見たステファノは「調子が良かった」と言い張ることにした。
限りなく嘘臭いが、嘘だと証明することは不可能である。
言い切ってしまえば、こっちの勝ちだ。
「それで、どういう術理なんですか?」
講師は気を取り直して質問を投げかけた。
「自分のイドで空気の塊を包み、それを土魔法で敵にぶつける技です」
ステファノは目をそらさずに答える。
「ええと、先ずその『イド』とは何ですか?」
「人体始め万物がまとっている非物質の本質なんですが、別の言い方では『気』と呼ぶこともあります」
「ああ、気ですか。あれは迷信ではなかったのですか?」
気を操ると称する武術は昔から存在したが、皆怪しげでインチキ臭かった。
「イドはそのままでは非物質ですが、適切に制御すれば擬似物質化してこの世の物質に干渉することができるんです」
ステファノの説明は単なる言葉である。イドを知覚できない講師にとって即座に信用できるものではない。
しかし、言葉に勝る現実が目の前に存在した。
標的は確かに破壊され、原形を留めずに引きちぎられている。
結果をもたらす理論は「使える理論」なのであった。
「擬似物質化したイドには刃物をはね返すほどの硬度を持たせることができます。閉じ込めた圧縮空気の質量とイドの外殻の硬度。これを土魔法で高速発射し、標的を破壊するわけです」
ステファノは標的を破壊するつもりではなかった。しかし、こういう結果になった以上、「破壊」を前提とした技だと言った方が説明しやすい。
「それです! 『土魔法』とは何ですか? 土魔術ではないのですか?」
この世界には「魔法」という概念が存在しない。
「細かいことを度外視すれば、『魔法』とはメシヤ流の魔力活用法と考えてもらって結構です」
魔法と魔術の違い。事は根本原理の相違であり、哲学の違いでもあるのだが、今それを語っても理解させるのは無理であろう。
ステファノは説明をあきらめて、魔法とはメシヤ流の用語だということにした。
本質を丸ごと端折っているだけで、言っていることに嘘はない。
「それで最後に、『メシヤ流』とは何物ですか?」
講師の疑問は結局そこに行きついた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第424話 わたしも旦那様と同じ見立てでございます。」
数日前のネルソン邸では、「作戦会議」が開かれていた。
「ステファノが実力の一端を示し始めれば騒ぎになるのは当然だね。誘拐騒動でも起こされたら面倒ではないのかい?」
「ドイルの心配はわかる。1学期の段階ではそれを恐れて実力を隠させたのだからな」
「状況が変わったと言いたいのか?」
ドイルの問いにネルソンはゆっくりと頷いた。
「第一にステファノ自身が自衛力を身につけた。今のステファノをさらおうとすれば上級魔術師以上の戦力を用意する必要がある」
……
◆お楽しみに。
「なくなっちゃった……」
「え? なくなったって、どういうこと?」
生徒たちが騒ぐのも無理はない。空気の塊をまともに食らった標的は首からちぎれて吹き飛んでいた。
残された頭部だけが鎖にぶら下がって揺れていた。
(あー。壊れちゃった。加減がまだ足りなかったのかあ)
思いの外の威力に、ステファノ自身が驚いていた。
「あの、先生。標的を壊してしまってすいません」
こうなったら素直に謝ろうと、ステファノは頭を下げた。
「き、君……。今のは……」
「つい、やりすぎてしまったようです」
「やりすぎって、君……」
動顛した講師は本来入ってはいけないレンジに飛び込み、標的に走り寄った。
首から下の胴体は元の位置から10メートルも奥に転がっていた。
「この標的がちぎれるなんて。一体どれだけの力で……。何だ、この窪みは?」
標的の胸にべこりと大きな窪みができている。空気砲がめり込んだ跡であった。
土魔術を受け止めることのある標的は、衝撃にも強い。滅多なことで変形するものではなかった。
「はあ、はあ。君……何ですか、今の術は? はあ、はあ」
慌ててレンジの外に出てきた講師は係官のデリックにこっぴどく叱られた後、ステファノに尋ねた。
「え? 何って、『メシヤ流遠当ての術』ですけど」
「メシヤ? 遠当てとはどういう術理ですか?」
講師は目の色を変えてステファノに迫った。
「せ、先生。後で説明しますから。ほら、まだ順番を待っている生徒もいますし」
「そうか? そうですね。よ、よし、次! ホセ、前に出なさい……」
残りの生徒に試技をさせる講師だったが、ほとんどうわの空であった。
◆◆◆
「ではステファノ、さっきの術について説明してください」
ステファノだけを試射場に残し、講師は他の生徒を追い帰した上で遠当ての術について説明を求めた。
「遠当ての術は戦国時代に使われていた隠形五遁の術に含まれる技です」
はっきりした記録がないので推測ですがと、ステファノは断りを入れた。
「隠形五遁ですか? 聞き覚えがあります。確か研究報告会で……」
「霧隠れと炎隠れという術を披露しました」
「覚えています。あの術の流れですか。それにしても威力が大きい」
講師は研究報告会の発表会場でステファノのプレゼンを目撃していた。目の前で人間が消えてなくなる衝撃は忘れられない。
「遁術というのは敵から逃げるための目くらましだと思っていました」
「多分その通りだと思います。遁術の本流は逃走術でしょう。その一部に逃走を助ける攻撃術が含まれていたのだと思っています」
敵に背を向けて逃げ出すだけでは身を守りきれない場面もある。けん制のためだけでも攻撃力を示す必要があった。
「そ、それにして攻撃力が強すぎます」
「俺もびっくりしました。敵を気絶させる程度の打撃を与えるつもりだったんですが……」
「気絶どころか、生身の人間ならミンチになっているところです」
講師の言い草は大げさではない。本来破壊困難な標的を真っ二つに引きちぎるなど、威力過剰も良いところであった。
(何だか調子が良かったんだよな。アバターが開放されたせいだろうか?)
術式構築の速度、術の威力共に以前とは大違いであった。
(これはドリーさんのところで、また威力調整の練習をしなくちゃ)
ステファノは2学期の行動予定に「手加減の練習」という一項目を追加した。
「あの……、たまたま今日は調子が良かったんだと思います」
「調子って、君……」
誰が見てもそういうレベルの威力ではないのだが、説明が難しいと見たステファノは「調子が良かった」と言い張ることにした。
限りなく嘘臭いが、嘘だと証明することは不可能である。
言い切ってしまえば、こっちの勝ちだ。
「それで、どういう術理なんですか?」
講師は気を取り直して質問を投げかけた。
「自分のイドで空気の塊を包み、それを土魔法で敵にぶつける技です」
ステファノは目をそらさずに答える。
「ええと、先ずその『イド』とは何ですか?」
「人体始め万物がまとっている非物質の本質なんですが、別の言い方では『気』と呼ぶこともあります」
「ああ、気ですか。あれは迷信ではなかったのですか?」
気を操ると称する武術は昔から存在したが、皆怪しげでインチキ臭かった。
「イドはそのままでは非物質ですが、適切に制御すれば擬似物質化してこの世の物質に干渉することができるんです」
ステファノの説明は単なる言葉である。イドを知覚できない講師にとって即座に信用できるものではない。
しかし、言葉に勝る現実が目の前に存在した。
標的は確かに破壊され、原形を留めずに引きちぎられている。
結果をもたらす理論は「使える理論」なのであった。
「擬似物質化したイドには刃物をはね返すほどの硬度を持たせることができます。閉じ込めた圧縮空気の質量とイドの外殻の硬度。これを土魔法で高速発射し、標的を破壊するわけです」
ステファノは標的を破壊するつもりではなかった。しかし、こういう結果になった以上、「破壊」を前提とした技だと言った方が説明しやすい。
「それです! 『土魔法』とは何ですか? 土魔術ではないのですか?」
この世界には「魔法」という概念が存在しない。
「細かいことを度外視すれば、『魔法』とはメシヤ流の魔力活用法と考えてもらって結構です」
魔法と魔術の違い。事は根本原理の相違であり、哲学の違いでもあるのだが、今それを語っても理解させるのは無理であろう。
ステファノは説明をあきらめて、魔法とはメシヤ流の用語だということにした。
本質を丸ごと端折っているだけで、言っていることに嘘はない。
「それで最後に、『メシヤ流』とは何物ですか?」
講師の疑問は結局そこに行きついた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第424話 わたしも旦那様と同じ見立てでございます。」
数日前のネルソン邸では、「作戦会議」が開かれていた。
「ステファノが実力の一端を示し始めれば騒ぎになるのは当然だね。誘拐騒動でも起こされたら面倒ではないのかい?」
「ドイルの心配はわかる。1学期の段階ではそれを恐れて実力を隠させたのだからな」
「状況が変わったと言いたいのか?」
ドイルの問いにネルソンはゆっくりと頷いた。
「第一にステファノ自身が自衛力を身につけた。今のステファノをさらおうとすれば上級魔術師以上の戦力を用意する必要がある」
……
◆お楽しみに。
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