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第4章 魔術学園奮闘編
第326話 メシヤ流って知っているか?
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噂は衝撃を以て、ある種の方面に走った。
「今年のアカデミー新入生に、わけのわからない奴がいる」
「職人の服装で現れ、人の魔術をかすめ取った」
「魔術の制御が繊細至極。針先のレベルで魔力を使う」
「ただただ異色。隠形五遁の術は恐るべき完成度。目の前で人が消える」
恐るべき天才魔術師が現れたかと思えば、そこが本質ではないと言う者がいる。
「魔術は工夫すれば真似できる。真の驚きは彼の生み出す魔道具だ」
「単純に見えて、意外。底が見えない」
「どれだけ調べても、入学後1カ月で数々の発明品を作り出していることに間違いない。理解不能」
評価不能の異才としてステファノの名が鳴り響いた。
しかし、と評判には但し書きがつく。
「その少年は獅子の庇護下にある」と。
うかつに手を出せば、ギルモアの怒りを買うことになる。
「さすがは獅子の子飼い。見るだけにしておけよ。手を出せば、腕を失うことになるぞ」
「平民をアカデミーに押し込むとは、ギルモアの本気が見える。触ってはいけない奴だ」
どこでこんな素材を拾って来るのだと、ギルモア家の慧眼に舌を巻く声が多かった。
目が離せぬという評価と共に、1つの言葉が恐れと興味を以て語られるようになった。
「メシヤ流」
それが少年の操る流儀であると。
救世主を名乗る大胆不敵な流儀には、魔術、体術、そして魔道具作りまで含まれるらしい。
商いに敏感な筋では、キムラーヤ商会とネルソン商会がその恩恵にあずかっているらしいと密かな評判になっていた。噂が世間に広がる前に、両商会につなぎをつけておこうと接触に躍起となる向きもあった。
ネルソンは相手にせず、キムラーヤはこれ幸いと相手を利用した。共通していたのは、彼らと組んだ商売相手は例外なく商いを伸ばしたということだ。
特に発明品を売り出すことに熱心なキムラーヤ商会には、事業の機会を求める商売人が殺到した。その熱気が新たな機会を生み出し、ネットワークを形作る。
1人の異才が生み出す以上の刺激と活動を、組織のネットワークが生み出そうとしていた。
「メシヤ流って知っているか?」
「いや。何の流儀だ?」
「魔術らしいぞ。透明になる術を使うらしい」
「違うだろう。数メートル跳躍し、素手で人を投げ飛ばす体術らしいぞ」
「そんな馬鹿な。確か、棒とか箱とかを魔道具にする魔術付与術だと聞いたが」
「わけがわからないわ。そんな流儀があれば、今まで人に知られていないのはおかしいじゃない」
「アカデミーの1年生がメシヤ流の使い手らしい」
「1年生?」
「末弟ってことか?」
「師匠は誰なんだ?」
興味は畢竟そこに行きついた。
誰がその術を伝え、教えたのか。
それがわからない。とてつもない実力者であるはずなのに、そんな存在の記録がない。
それはそうだろう。そんな流儀は存在しないのだから。
ネルソンのもとには、それらの情報が漏れなく集まっていた。
「ふふふ。3カ月でこの有様か。やはり世の中はステファノを放っておかないか」
「体術の修業も休んでいないようですね」
「弟子の評判が気になるかね、マルチェル?」
アインスベル公国での仕事を終え、マルチェルは呪タウンに戻っていた。
「そうですな。『柔』なる体術を学び、代わりに私が伝えた型を教えているらしい。どのような進歩を遂げているのか、興味は尽きません」
「聞いているぞ。『鉄壁の型』と呼んでいるそうだな。面白い名を名乗るものだ」
「先日の研究報告会では衆目環視の中で、『忍びの術』を使って見せたそうです」
「忍びとはまた古風な」
マルチェルは温かい微笑みを浮かべた。
「アレにとっては古いも新しいも、関係ないのでしょう。自分にとって新しければすべて学びの対象となる」
「そばで教えてやれぬことが寂しいのではないかね?」
兄弟同然に心を開いたネルソンだからこそ、マルチェルに問える言葉であった。
「そうですな。アレほど教えることが楽しみとなる弟子もいませんからな」
「弟子というよりせがれのようなものかもしれないな」
「息子ですか。年の差で言えばそうかもしれませんが……」
「考えたことはないか」
親の温もりなど知らぬ「鴉」として育てられたマルチェルであった。親子とはどのようなものか、頭ではわかっていても、自分の身に当てはめて考えることができなかった。
「私も人のことは言えぬ。義理の息子とはいえコッシュには寂しい思いをさせてしまった」
「奥様がご存命であれば、また違ったのでしょうが……」
「私は家族の縁が薄い生まれのようだ」
ネルソンもまた、己の人生を研究に捧げて来た人間であった。
「ぶしつけなことを申せば、今からでも妻をめとり、子をもうけてよろしいのでは?」
「どうかな? 人並みの安寧を求める気持ちが薄れてしまったな。それになさねばならぬこともある」
「まだ、でございますか?」
半生を抗菌剤や医薬品の開発に捧げて来たネルソンである。まだ足りないのでしょうかと、マルチェルは尋ねたかった。
「『ルネッサンス』とやらを始めねばならない」
「『復興』ですか」
「解放なのかもしれないがな。古きくびきからの」
600年停滞していた科学の進歩が復活する時、氷漬けになっていた支配構造もまた動き始める。
それは逃れられない歴史の必然であった。
ここ数ヵ月ルネッサンスについて考え続けて来たネルソンが思うことはただ一つ。
「流れる血はできるだけ少なくあってほしいものだ」
「血を流さぬ支配交代などありましょうか?」
「わからぬ。これまでなかったことだ。だが、目指してはいかぬということもなかろう?」
「ふふふ。旦那様もアレにお染まりになった様子で」
微笑ましいものを見るように、マルチェルは目を和らげた。
「『不殺』などという面倒な誓いを立てているようだな、アレは」
「若さゆえの理想論ではありましょう。ですが、理想を持たぬ若さなど、意味がないかと」
「はは。そうだな。アレはそれを貫くために日々努力を重ねている。ならば、大人が楽をしている場合ではあるまい」
「乗ってみますか、メシヤ流?」
マルチェルは主人の中に決意が芽生えていることを読み取った。
「うむ。事を起こすには『看板』が必要だからな。王祖聖スノーデンを担がせて頂こう」
「なるほど。聖スノーデンの理想を復興しようと」
「メシヤ流ウニベルシタスを立ち上げる」
ネルソンは静かに宣言した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第327話 アレも獅子の子の1人だ。潰されはせんよ。」
「ウニベルシタスとは聞かない言葉ですが」
「共同体、共同組織という意味だ。王室でも国家でも、都市でもない。われら自身が志を1つにして集まり、学問の府を作るという意味を込めた」
何でもないことのように聞こえるが、教育機関が行政や宗教から独立して存在することは当たり前のことではない。知識や技術は独占してこそ利益を生む。そう考えることが人間社会では自然なことなのだ。
教育こそ支配の第一歩なのである。
ルネッサンスにおいて、知識と技術、そして芸術の解放は欠くことのできない中心理念であった。
「平たく言えば『メシヤ学院』というところだな」
「なるほど。『メシヤ』という看板だけで人を呼べそうです」
……
◆お楽しみに。
「今年のアカデミー新入生に、わけのわからない奴がいる」
「職人の服装で現れ、人の魔術をかすめ取った」
「魔術の制御が繊細至極。針先のレベルで魔力を使う」
「ただただ異色。隠形五遁の術は恐るべき完成度。目の前で人が消える」
恐るべき天才魔術師が現れたかと思えば、そこが本質ではないと言う者がいる。
「魔術は工夫すれば真似できる。真の驚きは彼の生み出す魔道具だ」
「単純に見えて、意外。底が見えない」
「どれだけ調べても、入学後1カ月で数々の発明品を作り出していることに間違いない。理解不能」
評価不能の異才としてステファノの名が鳴り響いた。
しかし、と評判には但し書きがつく。
「その少年は獅子の庇護下にある」と。
うかつに手を出せば、ギルモアの怒りを買うことになる。
「さすがは獅子の子飼い。見るだけにしておけよ。手を出せば、腕を失うことになるぞ」
「平民をアカデミーに押し込むとは、ギルモアの本気が見える。触ってはいけない奴だ」
どこでこんな素材を拾って来るのだと、ギルモア家の慧眼に舌を巻く声が多かった。
目が離せぬという評価と共に、1つの言葉が恐れと興味を以て語られるようになった。
「メシヤ流」
それが少年の操る流儀であると。
救世主を名乗る大胆不敵な流儀には、魔術、体術、そして魔道具作りまで含まれるらしい。
商いに敏感な筋では、キムラーヤ商会とネルソン商会がその恩恵にあずかっているらしいと密かな評判になっていた。噂が世間に広がる前に、両商会につなぎをつけておこうと接触に躍起となる向きもあった。
ネルソンは相手にせず、キムラーヤはこれ幸いと相手を利用した。共通していたのは、彼らと組んだ商売相手は例外なく商いを伸ばしたということだ。
特に発明品を売り出すことに熱心なキムラーヤ商会には、事業の機会を求める商売人が殺到した。その熱気が新たな機会を生み出し、ネットワークを形作る。
1人の異才が生み出す以上の刺激と活動を、組織のネットワークが生み出そうとしていた。
「メシヤ流って知っているか?」
「いや。何の流儀だ?」
「魔術らしいぞ。透明になる術を使うらしい」
「違うだろう。数メートル跳躍し、素手で人を投げ飛ばす体術らしいぞ」
「そんな馬鹿な。確か、棒とか箱とかを魔道具にする魔術付与術だと聞いたが」
「わけがわからないわ。そんな流儀があれば、今まで人に知られていないのはおかしいじゃない」
「アカデミーの1年生がメシヤ流の使い手らしい」
「1年生?」
「末弟ってことか?」
「師匠は誰なんだ?」
興味は畢竟そこに行きついた。
誰がその術を伝え、教えたのか。
それがわからない。とてつもない実力者であるはずなのに、そんな存在の記録がない。
それはそうだろう。そんな流儀は存在しないのだから。
ネルソンのもとには、それらの情報が漏れなく集まっていた。
「ふふふ。3カ月でこの有様か。やはり世の中はステファノを放っておかないか」
「体術の修業も休んでいないようですね」
「弟子の評判が気になるかね、マルチェル?」
アインスベル公国での仕事を終え、マルチェルは呪タウンに戻っていた。
「そうですな。『柔』なる体術を学び、代わりに私が伝えた型を教えているらしい。どのような進歩を遂げているのか、興味は尽きません」
「聞いているぞ。『鉄壁の型』と呼んでいるそうだな。面白い名を名乗るものだ」
「先日の研究報告会では衆目環視の中で、『忍びの術』を使って見せたそうです」
「忍びとはまた古風な」
マルチェルは温かい微笑みを浮かべた。
「アレにとっては古いも新しいも、関係ないのでしょう。自分にとって新しければすべて学びの対象となる」
「そばで教えてやれぬことが寂しいのではないかね?」
兄弟同然に心を開いたネルソンだからこそ、マルチェルに問える言葉であった。
「そうですな。アレほど教えることが楽しみとなる弟子もいませんからな」
「弟子というよりせがれのようなものかもしれないな」
「息子ですか。年の差で言えばそうかもしれませんが……」
「考えたことはないか」
親の温もりなど知らぬ「鴉」として育てられたマルチェルであった。親子とはどのようなものか、頭ではわかっていても、自分の身に当てはめて考えることができなかった。
「私も人のことは言えぬ。義理の息子とはいえコッシュには寂しい思いをさせてしまった」
「奥様がご存命であれば、また違ったのでしょうが……」
「私は家族の縁が薄い生まれのようだ」
ネルソンもまた、己の人生を研究に捧げて来た人間であった。
「ぶしつけなことを申せば、今からでも妻をめとり、子をもうけてよろしいのでは?」
「どうかな? 人並みの安寧を求める気持ちが薄れてしまったな。それになさねばならぬこともある」
「まだ、でございますか?」
半生を抗菌剤や医薬品の開発に捧げて来たネルソンである。まだ足りないのでしょうかと、マルチェルは尋ねたかった。
「『ルネッサンス』とやらを始めねばならない」
「『復興』ですか」
「解放なのかもしれないがな。古きくびきからの」
600年停滞していた科学の進歩が復活する時、氷漬けになっていた支配構造もまた動き始める。
それは逃れられない歴史の必然であった。
ここ数ヵ月ルネッサンスについて考え続けて来たネルソンが思うことはただ一つ。
「流れる血はできるだけ少なくあってほしいものだ」
「血を流さぬ支配交代などありましょうか?」
「わからぬ。これまでなかったことだ。だが、目指してはいかぬということもなかろう?」
「ふふふ。旦那様もアレにお染まりになった様子で」
微笑ましいものを見るように、マルチェルは目を和らげた。
「『不殺』などという面倒な誓いを立てているようだな、アレは」
「若さゆえの理想論ではありましょう。ですが、理想を持たぬ若さなど、意味がないかと」
「はは。そうだな。アレはそれを貫くために日々努力を重ねている。ならば、大人が楽をしている場合ではあるまい」
「乗ってみますか、メシヤ流?」
マルチェルは主人の中に決意が芽生えていることを読み取った。
「うむ。事を起こすには『看板』が必要だからな。王祖聖スノーデンを担がせて頂こう」
「なるほど。聖スノーデンの理想を復興しようと」
「メシヤ流ウニベルシタスを立ち上げる」
ネルソンは静かに宣言した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第327話 アレも獅子の子の1人だ。潰されはせんよ。」
「ウニベルシタスとは聞かない言葉ですが」
「共同体、共同組織という意味だ。王室でも国家でも、都市でもない。われら自身が志を1つにして集まり、学問の府を作るという意味を込めた」
何でもないことのように聞こえるが、教育機関が行政や宗教から独立して存在することは当たり前のことではない。知識や技術は独占してこそ利益を生む。そう考えることが人間社会では自然なことなのだ。
教育こそ支配の第一歩なのである。
ルネッサンスにおいて、知識と技術、そして芸術の解放は欠くことのできない中心理念であった。
「平たく言えば『メシヤ学院』というところだな」
「なるほど。『メシヤ』という看板だけで人を呼べそうです」
……
◆お楽しみに。
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