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吸血族の城

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 紅葉やブナなど、様々な樹木が取り囲むようにした円には、光の反射や見る角度により色を変える蒼とも翠とも取れる透明度の高い池があった。
 色づいた植林たちの暖色と、小さな泉の寒色が生み出す光景は実に見事であり、穏花はその水面みなもを覗き込もうとした。

「わわっ……!?」 

 バランスを崩し危うく水中に落下しそうになった穏花だったが、その腕を寸前のところで引っ張る力が働いた。

「一体何やってるの、君は」

 勢いよく引き寄せられ、穏花は美汪の胸板に後頭部をつける形で助けられた。
 朱色の落葉とともに舞い降りる美汪の声には、あきれた中にも微かに優しさが混じっている。穏花にはそんな風に思えた。
 
 穏花が体勢を立て直すと、美汪は即座に腕を離し、またそっけなく先を行ってしまう。
 
「あ、ありがとう、美汪! あんまり綺麗だからよく見ようとして落ちちゃうところだった」
「君はこの辺りの生まれなんじゃないの? なら珍しい光景でもないでしょ」
「そうなんだけど、近いから意外とわざわざ見に来ないっていうか、最後に来たのはお母さんもお父さんも生きてた時だったし……なんか、懐かしくて」

 その台詞を聞き、美汪は穏花が両親を早くに亡くしていることを知った。

「……僕と同じか」
「え、なぁに? さっきから声が小さくて聞こえにくいよ~!」
「君みたいに大声出して無駄なエネルギーを消費したくないんだよ」
「ねえ、ねえ、美汪は家族はいるの? 転校して来る前はどこにいたの?」
「……君に人の話を聞かないで賞を授けよう」
「美汪って足速いね、置いてかないで」

 美汪は話そうとしているわけではない。
 なのに、穏花の声には思わず耳を傾けてしまい、そして答えてしまう。
 ――舵を握られているのは、どちらなのだろうか?
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