アオハルのタクト

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
4 / 70
余興曲(バディヌリー)

3

しおりを挟む
 左手に見える天文科学館は、小学生時代の遠足の定番やった。そのすぐ先には、学問の神様が祀られた神社がある。普段は初詣さえ億劫に感じるくせに、受験の時にはやたらと通った。
 なだらかな坂を越えて角を曲がり、平坦な道をしばらくゆくと、ライトグレーの長方形をした戸建てが見えてくる。
 家を囲む低いレンガ造り塀、その中央にある黒い西洋風の門扉前に、一つの人影を見つけた。カットソーにショートパンツ、サンダルを身につけた小さな後ろ姿。
 
「あらまぁ、ゆうちゃん、来てくれたんやね」

 俺よりも早く反応したんは母さんやった。それに続いて父さんは頷くと、気持ち急いで家の外観と同色のガレージに車を停めた。
 紙袋を一旦横の椅子に置き、シートベルトを外していると、左側のドアが開いた。父さんはいつも行動が早い。テキパキしていて、すべてをそつなくこなす。なのになんで、俺はこんなにぼんやりしてるんやろう。
 きっと母さんに似たせいなんて、都合が悪いことは親のせい、ええことは自分のおかげ。止める相手がおらんと、脳は勝手ばかりする。ブレーキになってくれる人間は、今はもう、おらんから。
 開けてもらったドアから外に出て、家の方に向かうと、すぐに母さんの後ろ姿が見える。急いで車を降りて、彼女の元に駆けつけたからや。母さんに隠れるようにして、前方に立つ小柄な幼馴染。

「あっ……! おめでとう、たっちゃん!」

 俺の姿を見つけた途端、パッと花開くような笑顔で祝いの言葉を口にする。淡い茶色のふわりとしたセミロングの髪に、穏やかな垂れ目をした沢井さわい優希ゆうき。優しい希望と書いて優希や。めちゃくちゃええ名前やろ。名は体を表すって言うけど、まさに彼女にピッタリや。名前にそぐわん性格の人間もおるけど――。
しおりを挟む

処理中です...