眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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愛のために戦いましょう。

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 ゆらゆらと揺蕩たゆたうような動きを見せるそれに、操られるように振り返る。
 表情を失くした美菜の視線が持ち上がると、徐々に背後の全貌を認めた。
 紙をぞんざいに破ったような、空間に走った歪な切れ目。
 一メートルはあるだろうか、縦型のどす黒い亀裂からは、触手のようなものが伸び出していた。
 
「――は」

 美菜の唇の隙間から、声ならぬ声が漏れる。
 それが言語になる前に、鋭利な影は鞭のようにしなり、小さな背中を打ちつけた。
 弾みで地面から離れた身体が、何も知らず前を歩く沙子の側まで飛んでいく。
 真横に衝撃を感じた沙子は、倒れ込む美菜を見つけ、ようやく異変に気づいた。
 急いでしゃがみ、美菜を起こそうと肩をゆする沙子だが、返ってくるのは苦しげなうめき声だけだった。
 全身にヒビが入ったような痛みに、美菜は悶絶していた。
 
「美菜、美菜っ、おい、どうしたんだ、いきなり何が」

 呼びかける沙子に、闇が落ちる。
 まるでここだけ、夜が被さったようだ。
 それは時の経過とともにさらに範囲を広げ、沙子と美菜を覆うように見下ろしていた。
 植物の蔓に似た突出物は、何本も生き物のようにうねり、その先端は人間の手ように四方に裂けた。

 逃げなければ。
 本能的にそう悟った沙子は、咄嗟に美菜を背負い、全速力で走り出した。
 そんな沙子を嘲笑うかのように、触手は数を増し悠々と伸び続ける。
 
「さ、沙子ぉ、痛いよぉ、なんなのあいつぅ」  
「私だって知りたいよ! とにかく今は逃げな――イッ」

 ――まずいっ。
 沙子が顔を顰めながら、身体のバランスを崩す。
 急激な負担をかけたことで、回復を見せていた軸足が悲鳴を上げた。
 下半身に力が入らず、背中にいた美菜ごと坂道を転がり落ちる。
 やがて止まった先で二人は、うつ伏せになったまま顔だけを上げた。
 その瞳には、前方に浮かぶ肥大化した手の影が映し出されていた。
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