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眠りの巫女の運命は?
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その夜、夢穂は夢を見た。
癒枕寺神社を背景に、こちらを振り向き優しく笑いかける業華の姿。
幼かったあの日も、これと同じ光景が浮かんだ。
するとその翌日に、業華が孤児院に迎えに来た。
出会った瞬間、この人についていかなければと感じた。理屈ではなく、導かれるように自然と信じることができた。
業華は眠りの巫女としての役割と、その大切さを言って聞かせた。
ただ、そこに至る経緯は、何も話さなかった。夢穂も聞かなかった。
家族がおらず寂しかった夢穂は、お兄ちゃんと呼べる存在ができたことがたまらなく嬉しかった。
あの時はその気持ちだけで、永遠に迷わずに、眠りの巫女として生きていけると信じていた。
揺れない人間などいない。
特に大人と子供の狭間である未成熟な思春期は、ささいなことにも過敏に反応するものだ。
あたたかな海の中に沈み込んだような、それと一体化してしまいそうな、恐怖と不安。
業華は、誰を見ていたのだろう?
千年以上も変わらないこの場所で。
これは、私ではない……眠りの巫女の、記憶――?
そんな思いが浮かんでは消えた頃、夢穂は誰かに呼ばれたような気がして、海の彼方に手を伸ばした。
すると引っ張り上げらる感覚とともに、仄暗い底から息を吹き返す。
思うように動かない瞼を懸命にこじ開けると、ぼやけた光の粒が見えた。
その先にある夜空のような瞳は、心配そうに夢穂の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫か? うなされていたが」
「夢穂、夢穂」と何度も呼ぶ声は影雪だった。
目を大きく開いた夢穂は、見慣れた和室の天井にここがどこであるかを思い出した。
額に染み出す汗を手の甲で拭いながら、ゆっくりと上体を起こすと、徐々に意識が鮮明になってくる。
――ああ、そっか、私……帰ってきたんだ。
祭りの余韻を楽しむ暇もなく、空間の亀裂から急いで人間の世界に戻った。
その後のことは、あまり覚えていない。
ふと視線を手元に落とせば、かけ布団から覗く浴衣は薄紅色だ。
どうやら寝巻きに着替えてから、すぐに眠ろうとしたらしい。
影雪も業華が寝巻きにと用意した、雪色の浴衣を身につけていた。
癒枕寺神社を背景に、こちらを振り向き優しく笑いかける業華の姿。
幼かったあの日も、これと同じ光景が浮かんだ。
するとその翌日に、業華が孤児院に迎えに来た。
出会った瞬間、この人についていかなければと感じた。理屈ではなく、導かれるように自然と信じることができた。
業華は眠りの巫女としての役割と、その大切さを言って聞かせた。
ただ、そこに至る経緯は、何も話さなかった。夢穂も聞かなかった。
家族がおらず寂しかった夢穂は、お兄ちゃんと呼べる存在ができたことがたまらなく嬉しかった。
あの時はその気持ちだけで、永遠に迷わずに、眠りの巫女として生きていけると信じていた。
揺れない人間などいない。
特に大人と子供の狭間である未成熟な思春期は、ささいなことにも過敏に反応するものだ。
あたたかな海の中に沈み込んだような、それと一体化してしまいそうな、恐怖と不安。
業華は、誰を見ていたのだろう?
千年以上も変わらないこの場所で。
これは、私ではない……眠りの巫女の、記憶――?
そんな思いが浮かんでは消えた頃、夢穂は誰かに呼ばれたような気がして、海の彼方に手を伸ばした。
すると引っ張り上げらる感覚とともに、仄暗い底から息を吹き返す。
思うように動かない瞼を懸命にこじ開けると、ぼやけた光の粒が見えた。
その先にある夜空のような瞳は、心配そうに夢穂の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫か? うなされていたが」
「夢穂、夢穂」と何度も呼ぶ声は影雪だった。
目を大きく開いた夢穂は、見慣れた和室の天井にここがどこであるかを思い出した。
額に染み出す汗を手の甲で拭いながら、ゆっくりと上体を起こすと、徐々に意識が鮮明になってくる。
――ああ、そっか、私……帰ってきたんだ。
祭りの余韻を楽しむ暇もなく、空間の亀裂から急いで人間の世界に戻った。
その後のことは、あまり覚えていない。
ふと視線を手元に落とせば、かけ布団から覗く浴衣は薄紅色だ。
どうやら寝巻きに着替えてから、すぐに眠ろうとしたらしい。
影雪も業華が寝巻きにと用意した、雪色の浴衣を身につけていた。
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