眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
133 / 175
眠りの巫女の運命は?

1

しおりを挟む
 その夜、夢穂は夢を見た。
 癒枕寺神社を背景に、こちらを振り向き優しく笑いかける業華の姿。
 幼かったあの日も、これと同じ光景が浮かんだ。
 するとその翌日に、業華が孤児院に迎えに来た。
 出会った瞬間、この人についていかなければと感じた。理屈ではなく、導かれるように自然と信じることができた。
 業華は眠りの巫女としての役割と、その大切さを言って聞かせた。
 ただ、そこに至る経緯は、何も話さなかった。夢穂も聞かなかった。
 家族がおらず寂しかった夢穂は、お兄ちゃんと呼べる存在ができたことがたまらなく嬉しかった。
 あの時はその気持ちだけで、永遠に迷わずに、眠りの巫女として生きていけると信じていた。
 揺れない人間などいない。
 特に大人と子供の狭間である未成熟な思春期は、ささいなことにも過敏に反応するものだ。
 あたたかな海の中に沈み込んだような、それと一体化してしまいそうな、恐怖と不安。
 業華は、誰を見ていたのだろう?
 千年以上も変わらないこの場所で。
 これは、私ではない……眠りの巫女の、記憶――?

 そんな思いが浮かんでは消えた頃、夢穂は誰かに呼ばれたような気がして、海の彼方に手を伸ばした。
 すると引っ張り上げらる感覚とともに、仄暗い底から息を吹き返す。
 思うように動かない瞼を懸命にこじ開けると、ぼやけた光の粒が見えた。
 その先にある夜空のような瞳は、心配そうに夢穂の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫か? うなされていたが」

 「夢穂、夢穂」と何度も呼ぶ声は影雪だった。
 目を大きく開いた夢穂は、見慣れた和室の天井にここがどこであるかを思い出した。
 額に染み出す汗を手の甲で拭いながら、ゆっくりと上体を起こすと、徐々に意識が鮮明になってくる。
 ――ああ、そっか、私……帰ってきたんだ。
 祭りの余韻を楽しむ暇もなく、空間の亀裂から急いで人間の世界に戻った。
 その後のことは、あまり覚えていない。
 ふと視線を手元に落とせば、かけ布団から覗く浴衣は薄紅色だ。
 どうやら寝巻きに着替えてから、すぐに眠ろうとしたらしい。
 影雪も業華が寝巻きにと用意した、雪色の浴衣を身につけていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

黄龍国仙星譚 ~仙の絵師は遙かな運命に巡り逢う~

神原オホカミ【書籍発売中】
キャラ文芸
黄龍国に住む莉美は、絵師として致命的な欠陥を持っている。 それは、右手で描いた絵が生命を持って抜け出してしまうというものだ。 そんなある日、住み込み先で思いを寄せていた若旦那が、莉美に優しい理由を金儲けの道具だからだと思っていることを知る。 悔しくてがむしゃらに走っているうちに、ひょんなことから手に持っていた絵から化け物が生まれてしまい、それが街を襲ってしまう。 その化け物をたった一本の矢で倒したのは、城主のぼんくらと呼ばれる息子で――。 悩みを抱える少女×秘密をもった青年が 国をも動かしていく幻想中華風物語。 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。 〇構想執筆:2022年、改稿投稿:2024年

さくらと遥香(ショートストーリー)

youmery
恋愛
「さくらと遥香」46時間TV編で両想いになり、周りには内緒で付き合い始めたさくちゃんとかっきー。 その後のメインストーリーとはあまり関係してこない、単発で読めるショートストーリー集です。 ※さくちゃん目線です。 ※さくちゃんとかっきーは周りに内緒で付き合っています。メンバーにも事務所にも秘密にしています。 ※メインストーリーの長編「さくらと遥香」を未読でも楽しめますが、46時間TV編だけでも読んでからお読みいただくことをおすすめします。 ※ショートストーリーはpixivでもほぼ同内容で公開中です。

和菓子屋たぬきつね

ゆきかさね
キャラ文芸
1期 少女と白狐の悪魔が和菓子屋で働く話です。 2018年4月に完結しました。 2期 死んだ女と禿鷲の悪魔の話です。 2018年10月に完結しました。 3期 妻を亡くした男性と二匹の猫の話です。 2022年6月に完結しました。 4期 魔女と口の悪い悪魔の話です。 連載中です。

虹 ~君の人生にはいつも希望を抱く虹が輝いていた・・・

さくら水織
恋愛
この話は主人公・虹の人生を、幼少期・青年期・成人期・老人期の4つに分類して、それぞれを短編でまとめたものです。長い話が好きな人にはものたりないかもしれないですが、隙間時間にちょっと見たいという人にはいいのではないかと思います。 虹の人生を通して、改めて生きていることの意味を見つめ直すきっかけになったら嬉しいです。

きみは大好きな友達!

秋山龍央
キャラ文芸
pixivの「僕だけのトモダチ」企画の画にインスパイアされて書きました。このイラストめっちゃ大好き! https://dic.pixiv.net/a/%E5%83%95%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%81?utm_source=pixiv&utm_campaign=search_novel&utm_medium=referral 素敵な表紙はこちらの闇深猫背様からお借りしました。ありがとうございました! https://www.pixiv.net/artworks/103735312

処理中です...