眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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眠りの巫女の運命は?

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「私……なんて言ってたの?」
「……『連れて行かないで』と」

 影雪の答えに、夢穂は小さく「そっか」とつぶやいた。
 伏せ目がちに静まり返る夢穂に、影雪は不安げな面持ちのまま続ける。

「前から気になっていたのだが……お前は眠れているのか?」

 夢穂の表情が一転した。
 眉を寄せ、噛みしめ震える唇が、苦悩のすべてを物語っていた。

 眠りの巫女というくらいだ、きっとその眠りは常に安らかで上質であるに違いない。
 影雪は最初、そう思い込んでいた。
 しかし、度重なるあくびと、目元にうっすらできた黒ずみ、助けを乞うような寝言が、隠しようのない事実を指していた。

「やはり」
「お兄ちゃんには言わないで!」

 夢穂は影雪の胸元の布を掴み、必死に訴えた。
 そして数秒視線を絡ませたのち、力なくうなだれた。
 
「眠りの巫女が不眠症だなんて、笑えないでしょ……」

 小刻みに震える小さな両手が、影雪の着物に皺を作ってゆく。
 「いつからだ」と影雪が問えば「覚えてない」と夢穂が返す。

「でも、ご祈祷をしてるから、みんなの眠りは大丈夫なはず……だと、思ってたの。だって影雪も、ここに来てよく眠れたって言ってたし、周りの人たちだって」

 夢穂からぽつり、ぽつりとこぼれる文字を、影雪は拾い上げるように相槌を打ち、手のひらを重ねた。

 歪みの原因が自分だとわかった時、まったく心当たりがないわけではなかった。
 もしかしたらと思いながらも、大丈夫だと言い聞かせ知らないふりをしていた。
 必ずしも、すぐに人々の眠りに影響を及ぼすとは限らなかったのに。
 大きな病ほど上辺には現れず、静かに奥で進行し、気づいた時には手遅れになる。
 夢穂の中で、眠りの巫女という存在の全貌が明らかになりつつあった。
 しかしその都度、記憶に蓋をした。
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