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35.思いがけない申し出

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 ケビンが復帰したのは、アリスがニールズ子爵の謝罪を受けた翌日の事だった。
 挨拶も無しに復帰するのは気が引けたのか、アリスに面会したいと申し出があったので、アリスは受け入れることにした。
 そして訪ねて来たケビンは、初対面の時の偉そうで強気な態度が嘘だったようにおとなしく、少し痩せたようにも見える。

 「お久しぶりね。ケビン・ニールズ殿」

 「・・・・・・はい」

 アリスが声をかけると、ケビンはぎこちなく返事をした。

 「アリス様。せ、先日は怪我を負わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 「その件はもう良いわ。怪我はその場で治っているし、誤解を招く行動をした私にも非がある」

 片膝をついて深く頭を下げるケビンにアリスは言った。

 「私について勘違いがあったとはいえ、あの時、不審な者を取り押さえようとした貴方の判断は、騎士として正しい」

 「しかし」

 「けれど、貴方の勘違いが起こした行動で、貴方のために頭を下げた人達がいるのは覚えておいて」

 「・・・・・・!」

 ケビンがハッとした表情で顔を上げる。
 今回の件では、ニールズ子爵、ランスロット伯爵夫人、騎士団総団長、皇宮近衛騎士団長がアリスに直接謝罪をし、さらに、祖父である前子爵とケビンの母親からも謝罪の手紙が届いていた。
 騎士学校を卒業したとはいえ、ケビンはまだ十六歳の未成年。それも理由にあるのだろうが、彼の不始末のために六人の大人が動いたのだ。

 「あなたのお父様なんて、『自分も罰を受ける』とまで仰っていたのよ?貴方の事をとても思っているのね。今後は、そこまでしてくれた人達の事を失望させないで」

 「はい・・・・・・」

 「今回は、周囲の人が私の意見を尊重してくれたけれど、もし、そうじゃなかったら、あなたの家族は路頭に迷っていたかもしれない」

 アリスの言葉に、ケビンが唇を噛んで下を向いた。

 「でもね、忠誠心が厚いのは悪い事ではないわ。貴方は剣の腕も立つらしいし、これからの働きで挽回していけば、希望通り皇后陛下付きになれるかもしれないわね」

 「・・・・・・はい。実は、その事でお願いがあります」
 
 「何かしら?」

 一瞬、皇后への口添えをアリスに頼むつもりかと思ったが、ケビンの口から出たのは予想外の頼みだった。

 「自分を、正式にアリス様付きの護衛騎士にして頂けないでしょうか?」




 「えっ。ど、どうして?」

 当然の事ながらアリスは狼狽える。怪我をさせた相手に仕えるなど気まずくないのだろうか。

 「謹慎中、貴女にしてしまった事を後悔していました。あんな無礼を働いたにも関わらず、貴女は自分をかばって下さった。それに、皇后陛下の事を呪いから救って下さったと聞いています。そんな貴女に何も償いができないのは心苦しい」

 「償いは不要だって言ったでしょ?」

 アリスはそう言ったが、ケビンは頑固だった。

 「それでは自分の気がすみません!それに、俺が騎士としての働きで挽回している所を貴女に見て頂きたいのです!!」

 背筋を正して真っ直ぐにアリスを見つめる。

 「誠心誠意お仕え致します!どうか・・・・・・!!」

 今度は両膝をついて頭を下げるケビンを前にして、アリスは頭を抱えてしまう。
 しかし、ここまで頼まれて断るのも忍びなく、最終的には折れてしまった。

 その日のうちにギルバートと皇宮近衛騎士団に話を通す。
 前回の件があるので、しばらくはクロードとの二人体制という条件付きだが、ケビンは晴れてアリスの専属護衛となったのだった。



 さらにその二日後、アリスは皇帝から呼び出された。
 ゆっくり話したいとの事だが、おそらく、クラウディアの差金だろう。

 (私なんかに時間を使っても良いのかしら)

 そんな事を思いながら、アリスは皇宮の中庭へと向かう。
 サブリナが先導し、クロードとケビンがアリスを守るように付き従う。
 まだ就任して二日目だが、ケビンはクロードから素直に学んでいるようだ。
 
 やがて、四方を硝子窓に囲まれた、こぢんまりとした庭に到着する。そこには既に皇帝が待っていた。

 「皇帝陛下。アリス様をお連れ致しました」

 「ああ。よく来たな」

 アリス達に気づいた皇帝が、読んでいた書類から目を離し、アリスを見る。
 てっきりクラウディアも同席していると思っていたアリスは動揺したが、気を取り直して優雅に淑女の礼をとる。

 「本日はお招き頂きましてありがとうございます」

 「堅苦しい挨拶はいらん。座りなさい」

 素っ気なく言ってアリスに着席を促した皇帝は、窓の向こうで待機しているクロードとケビンをちらりと見た。

 「例の騎士を専属護衛にしたそうだな」

 『例の騎士』とはケビンの事だ。

 「はい」

 「大丈夫なのか」

 やはり、一度アリスに怪我を負わせた相手なので、皇帝も気掛かりな様子だ。

 「まだ様子を見ている所ですが、真面目に仕えてくれています。元は素直な方なのでしょう」

 「そうか。そなたがそう言うのならば良い」

 そう言うと、皇帝はお茶を一口飲む。
 そして、暫くの間沈黙の時間が流れた。
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