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16.束の間の休息
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サブリナに連れられて部屋に戻ると、シェリルとナタリーがアリスを出迎えた。
「今夜はゆっくりとお休み下さいませ。明朝、また参ります」
そう言ってサブリナが帰ると、アリスはナタリーと揃いのお仕着せを着たシェリルに向き直る。
「シェリル、着替えたのね」
「はい。こちらの方が落ち着きますわ」
笑顔で答えるシェリルに、アリスの頬も自然と緩む。
働き過ぎではないかと心配した事もあったが、幼い頃からアリスに仕えてきた彼女にとって、アリスの侍女という仕事は生き甲斐そのものなのだろう。
「シェリルさん、着替える前もそうですが、着替えた途端にピンと背筋が伸びてキビキビと動かれて、素敵ですわ!」
ナタリーから尊敬の眼差しを向けられたシェリルは、目を丸くした後、顔を赤くして狼狽えた。
「そんな、ナタリーさんこそ、私よりもお若いのにしっかりされてて・・・・・・」
明らかに動揺しているシェリルを見て、アリスはハッとした。
(そう言えば、シェリルはハミルトン家で一番若い使用人だったのよね)
アリスの乳母だったシェリルの母が、側仕えとして呼び寄せたのがシェリルとその弟だ。
数年後、シェリルの母は体調を崩して職を辞し、弟も一緒に連れて帰ってしまったので、シェリルがハミルトン家の使用人で最年少だった。
それ故に、年上の仕事仲間に囲まれていたシェリルは、アリス以外の年下の者と接する機会はあまり無かったのではと思われる。
しかも、初めてできた年下の同僚に手放しで褒められてどうすれば良いかわからないといった所だろうか。
「いいえ、私なんてこちらにお仕えしてまだ三年も経たないひよっこです。侍女としての経験もアリス様の事もシェリルさんにはとても敵いませんわ!」
ナタリーはシェリルの両手をしっかりと握った。
「女官長は私がシェリルさんの教育係だと仰いましたが、私の方が色々と教わりたいくらいです!いいえ、教えて下さい!!」
「は、はいっ!」
ナタリーの迫力に気圧されながら、シェリルが思わず頷く。
そのやり取りにアリスが思わず吹き出すと、二人は主人を無視して盛り上がっていた事に気づき、慌てて謝罪をする。
「も、申し訳ありません!」
「いいのよ。滅多に見れないシェリルを見れたもの。面白かったわ」
「アリス様ったら・・・・・・!」
アリスに揶揄われたシェリルが恨めしげな顔をしたが、すぐに表情を和らげた。
次にアリスはナタリーの手を取る。
「さっきはきちんと挨拶ができなかったわね。これからよろしくね。ナタリー」
その言葉に、ナタリーの表情がパッと明るくなった。
「はい!よろしくお願い致します!」
彼女の太陽のような笑顔につられて、アリスも自然と笑顔を浮かべるのだった。
その後、空腹よりも疲れが勝っていたアリスは、食事を断って夜着に着替えた。シェリルが淹れてくれたお茶を飲み、久しぶりに寝心地の良いベッドに横になる。
「おやすみなさいませ」
「ええ。おやすみ」
二人が部屋を出て行くと、アリスは小さく息を吐いた。
(あれよあれよと言う間に皇宮に来てしまったけれど、これからどうなるのかしら?)
暗闇を見つめながら一人考える。
父親との初対面は呆気なく終わったが、また話す機会は来るのだろうか。
自分が皇帝の娘として迎えられる事を、皇后や皇太子はどう思ってるのだろうか。
誰も反対しなかったのだろうか。
気になる事は山ほどあったが、考えているうちに、アリスはいつの間にか夢の中へと意識を手放していた。
******
アリスが皇宮に到着した同日、レノワール王国北部へ向かう街道のとある宿で小さな騒ぎが起きていた。
「おい!俺をこんな粗末な宿に泊めようとは何事だ!」
まだ年若い青年が、同伴者の中年男を怒鳴りつけていたのだ。
「そんな事言ったってねえ。この辺りにはここしか宿が無いんだよ。嫌なら野宿しかないよ」
「高貴な俺に外で寝ろと?ふざけるな!!」
男の答えに憤った青年がさらに声を荒げると、男が宿の壁に拳を叩きつけた。
騒がしかった周囲が水を打ったように静まり返る。
「そもそも、あんたが『馬車が揺れる気持ち悪い』っつって何度も馬車を止めなきゃ、今頃は大きな街の上級宿に泊まれたんだよ!ふざけるなはこっちの台詞だ!!」
ギロリと睨まれ怒声を浴びせられた青年は、先ほどまでの勢いが嘘のように青ざめて黙り込んだ。
「で、あんた達、泊まるのかい?泊まらないなら出て行っとくれ」
宿の女将が不機嫌を隠そうともせずに尋ねる。
「・・・・・・泊まる。泊まればいいんだろう!」
そう吐き捨てて女将から奪うように部屋の鍵を受け取ると、部屋に向かって歩き始めた。
「あの女のせいだ・・・・・・あの女・・・・・・アリスがこの国から逃げ出さなければ・・・・・・」
呪詛のように何度も呟く青年は、アリスの元婚約者ジョナサンだった。
「今夜はゆっくりとお休み下さいませ。明朝、また参ります」
そう言ってサブリナが帰ると、アリスはナタリーと揃いのお仕着せを着たシェリルに向き直る。
「シェリル、着替えたのね」
「はい。こちらの方が落ち着きますわ」
笑顔で答えるシェリルに、アリスの頬も自然と緩む。
働き過ぎではないかと心配した事もあったが、幼い頃からアリスに仕えてきた彼女にとって、アリスの侍女という仕事は生き甲斐そのものなのだろう。
「シェリルさん、着替える前もそうですが、着替えた途端にピンと背筋が伸びてキビキビと動かれて、素敵ですわ!」
ナタリーから尊敬の眼差しを向けられたシェリルは、目を丸くした後、顔を赤くして狼狽えた。
「そんな、ナタリーさんこそ、私よりもお若いのにしっかりされてて・・・・・・」
明らかに動揺しているシェリルを見て、アリスはハッとした。
(そう言えば、シェリルはハミルトン家で一番若い使用人だったのよね)
アリスの乳母だったシェリルの母が、側仕えとして呼び寄せたのがシェリルとその弟だ。
数年後、シェリルの母は体調を崩して職を辞し、弟も一緒に連れて帰ってしまったので、シェリルがハミルトン家の使用人で最年少だった。
それ故に、年上の仕事仲間に囲まれていたシェリルは、アリス以外の年下の者と接する機会はあまり無かったのではと思われる。
しかも、初めてできた年下の同僚に手放しで褒められてどうすれば良いかわからないといった所だろうか。
「いいえ、私なんてこちらにお仕えしてまだ三年も経たないひよっこです。侍女としての経験もアリス様の事もシェリルさんにはとても敵いませんわ!」
ナタリーはシェリルの両手をしっかりと握った。
「女官長は私がシェリルさんの教育係だと仰いましたが、私の方が色々と教わりたいくらいです!いいえ、教えて下さい!!」
「は、はいっ!」
ナタリーの迫力に気圧されながら、シェリルが思わず頷く。
そのやり取りにアリスが思わず吹き出すと、二人は主人を無視して盛り上がっていた事に気づき、慌てて謝罪をする。
「も、申し訳ありません!」
「いいのよ。滅多に見れないシェリルを見れたもの。面白かったわ」
「アリス様ったら・・・・・・!」
アリスに揶揄われたシェリルが恨めしげな顔をしたが、すぐに表情を和らげた。
次にアリスはナタリーの手を取る。
「さっきはきちんと挨拶ができなかったわね。これからよろしくね。ナタリー」
その言葉に、ナタリーの表情がパッと明るくなった。
「はい!よろしくお願い致します!」
彼女の太陽のような笑顔につられて、アリスも自然と笑顔を浮かべるのだった。
その後、空腹よりも疲れが勝っていたアリスは、食事を断って夜着に着替えた。シェリルが淹れてくれたお茶を飲み、久しぶりに寝心地の良いベッドに横になる。
「おやすみなさいませ」
「ええ。おやすみ」
二人が部屋を出て行くと、アリスは小さく息を吐いた。
(あれよあれよと言う間に皇宮に来てしまったけれど、これからどうなるのかしら?)
暗闇を見つめながら一人考える。
父親との初対面は呆気なく終わったが、また話す機会は来るのだろうか。
自分が皇帝の娘として迎えられる事を、皇后や皇太子はどう思ってるのだろうか。
誰も反対しなかったのだろうか。
気になる事は山ほどあったが、考えているうちに、アリスはいつの間にか夢の中へと意識を手放していた。
******
アリスが皇宮に到着した同日、レノワール王国北部へ向かう街道のとある宿で小さな騒ぎが起きていた。
「おい!俺をこんな粗末な宿に泊めようとは何事だ!」
まだ年若い青年が、同伴者の中年男を怒鳴りつけていたのだ。
「そんな事言ったってねえ。この辺りにはここしか宿が無いんだよ。嫌なら野宿しかないよ」
「高貴な俺に外で寝ろと?ふざけるな!!」
男の答えに憤った青年がさらに声を荒げると、男が宿の壁に拳を叩きつけた。
騒がしかった周囲が水を打ったように静まり返る。
「そもそも、あんたが『馬車が揺れる気持ち悪い』っつって何度も馬車を止めなきゃ、今頃は大きな街の上級宿に泊まれたんだよ!ふざけるなはこっちの台詞だ!!」
ギロリと睨まれ怒声を浴びせられた青年は、先ほどまでの勢いが嘘のように青ざめて黙り込んだ。
「で、あんた達、泊まるのかい?泊まらないなら出て行っとくれ」
宿の女将が不機嫌を隠そうともせずに尋ねる。
「・・・・・・泊まる。泊まればいいんだろう!」
そう吐き捨てて女将から奪うように部屋の鍵を受け取ると、部屋に向かって歩き始めた。
「あの女のせいだ・・・・・・あの女・・・・・・アリスがこの国から逃げ出さなければ・・・・・・」
呪詛のように何度も呟く青年は、アリスの元婚約者ジョナサンだった。
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