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17.王太子、転落①

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 時間はアリスが皇宮に到着した前日に遡る。
 アリスが婚約破棄を言い渡されてから七日が経っていた。

 レノワール王国王宮の自室で謹慎中のジョナサンはすっかり不貞腐れていた。
 せっかく忌々しいアリス・ハミルトンとの婚約を解消できたというのに、父親である国王に報告すると、謹慎を言い渡されたのだ。

 「頭を冷やせ」と言われたが、どこにそう言われる理由があるのだろう。
 アリスは、愛しいアンジェリカを苛めていたし、何よりも通貨偽造の罪を犯した重罪人なのだ。
 しっかりとした調査結果が出れば、国王も十分納得してくれる筈なのに。

 「アンジェリカはどうしているだろう」

 卒業パーティーの日以来、アンジェリカには会えていないし、手紙を出す事も許されていない。
 きっと今頃寂しがっているに違いない。

 「クソッ。全部あの女のせいだ」

 きっとあの女が、婚約破棄された腹いせに祖父の侯爵に頼んで、国王に何か吹き込んだのだろう。
 そう思っていると、部屋の扉がノックされ、こちらの返事も待たずに開いた。

 「おい!まだ入って良いと言ってないぞ無礼者!」

 「おやおや。随分と威勢がよろしいですね。てっきり反省しておいでかと思いましたが」

 ジョナサンに怒鳴られても飄々としながらそう言ったのは、この国の宰相だ。
 

 「なんで俺が反省しないといけないんだ!?反省するのはあの女の方だろ!!」

 「さて、それはどうでしょうかね。ーー陛下がお呼びです」

 宰相に促されて、ジョナサンは渋々部屋を出た。
 ジョナサンの前を宰相が歩き、左右と後ろに兵士が着いてきた。護衛というよりも、逃げないように監視されているようで、居心地が悪い。

 連れて来られた玉座の間には、既に国王と魔法省長官がいた。

 「おい!アリス・ハミルトンの調査結果はどうなっている!?もうわかっているんだろう!!」

 長官の顔を見るなり、掴みかからんばかりの勢いでジョナサンが怒鳴った。対照的に、長官の方は無表情のまま、ジョナサンの方を見ようともしない。

 「お静かに。国王陛下の御前ですよ」

 宰相に嗜められて父王の方を見ると、眉間に皺を寄せた険しい顔でこちらを見ていた。

 「・・・・・・ジョナサン」

 「父上、聞いて下さい。あの女・・・・・・アリス・ハミルトンは、わたしの婚約者という立場を利用し悪事を働いた重罪人なのです」

 父親に、必死で訴える。

 「そのアリス・ハミルトンについてだが、報告があった」

 国王が静かな声でそう言った。
 国王に目線で促された魔法省長官が頷く。

 「アリス・ハミルトン嬢は、卒業パーティーの翌日にハミルトン家より出奔。昨日、グランディエ帝国に入国したと、我が部下から報告が上がっております」

 魔法省長官が淡々と報告書を読み上げる。
 それを聞いたジョナサンは喜びを抑える事ができずに笑い出した。

 「フッハハハハハ!!あの女!すましていたが、やましい気持ちがあって逃げ出したんじゃないか!!アハハ、いい気味だ!」

 次の瞬間、ジョナサンを襲ったのは何かがぶつかってきたかの様な衝撃。そして、全身に広がる痛み。
 それは国王の魔法によるものだった。魔力を持ちながら滅多に魔法を使う事のない国王が、怒りのあまり魔法を発動させ、ジョナサンを壁に向けて吹き飛ばしたのだ。

 「この大馬鹿者!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」

 何が起こったかわからず呆然とするジョナサンに、怒りを露わにした国王が怒鳴りつける。
 今まで、こんなに怒った父親を見た事がなかったジョナサンは顔を青くし、体を震わせた。

 「何故、そこで帝国の話が・・・・・・。ああ、罪人が帝国に逃げたからですね。それなら、事情を話してあの女を捕らえて送還してもらえば・・・・・・」

 父親の怒りの理由がわからないジョナサンは、必死で頭を働かせて国王を宥める。

 「ふん。お前は知らなかったな。こんな事になるなら、教えておけば良かった」

 いくらか冷静になった国王は、ため息をつくと、玉座に再び腰を下ろした。

 「ーーアリス・ハミルトンの父親の名は、アレックス・ファレ・グランディエだ」

 「グランディエ?・・・・・・帝国の皇族という事ですか」

 あの女、帝国の皇族の血を引いていたのか。面倒な事だ。
 そう思ってジョナサンが答えると、玉座の間がしんと静まり返った。
 その場にいた者達が、信じられないとでも言うような目でジョナサンを見る。

 「・・・・・・お前は隣国の皇帝の名も知らんのか」

 「こ、皇帝!?」

 驚くジョナサンに、国王が苛立ちの混じったため息をつく。

 「嘆かわしい。お前は今まで何を学んできたのだ」

 「殿下は王太子教育から逃げ回り、遊び呆けていらっしゃいましたからなあ。まあ、これは貴族であれば誰でもわかる一般常識ですが」
 
 そう話す宰相も呆れていた。
 学園では試験があったが、ジョナサンはその成績も酷いものだった。基準以上の成績が取れなければ、最悪退学とされているが、それでも無事に卒業できたのは、彼の王太子という身分に学園側が忖度したに他ならない。

 「じゃあ、あの女・・・・・・アリス・ハミルトンは皇帝の・・・・・・?何故、教えてくれなかったのですか?」

 頭は悪くとも、帝国と自国の力の差は流石にわかる。
 ジョナサンが震える声で尋ねた。

 「『知っていれば丁重に扱ったのに』と?今更、随分と虫の良い話だな」

 「・・・・・・」

 国王の冷ややかな言葉に、ジョナサンは何も言えずに俯く。

 「そもそも、ハミルトン家は王女が何度も降嫁した由緒正しい侯爵家。そして、アリス・ハミルトンの母親は、そこにいる宰相の姪だ。それだけでも丁重に扱われるべき家柄ではないか」

 宰相はアリスの祖母の兄で、アリスの祖父とも旧知の仲だった。そして、宰相の亡き娘は国王の王妃で王女を一人儲けている。

 「・・・・・・っ!それは、娘が早死にしたせいで外戚になれなかった宰相こいつが、諦めきれずにあの女を俺に押し付けてきたとーー」

 「口を慎め!!」

 宰相を指差して反論するジョナサンに、国王は怒鳴った。

 「王妃が死んだのはお前の・・・・・・いや、この話は今は良い」
 
 言いかけた言葉を飲み込み、国王は続けた。

 「アリスとの婚約は、側妃の子だったお前の地位を確固たるものにしてくれたというのに、なんと愚かな事を」

 「亡くなった先代も、『二つ目の条件』については最期まで気がかりなご様子でしたなあ」

 宰相は苦笑を浮かべながら国王に同調する。

 「条件?」

 宰相が口にした聞きなれない言葉に、ジョナサンが首を傾げる。

 「・・・・・・今となっては意味を成さない事だ。宰相、もう話しても構わんな?」

 国王が疲れた様子で宰相に尋ねると、

 「ええ。私からお話致しましょう」

 そう言って頷いた宰相が話し始めた。
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