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『横暴』(SIDE 芝浜 楓)
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♡皇 五香(すめらぎ ごこう) 38歳
天才脳外科医。
父親が有名な脳神経外科医で、影響を受けている。
手術の腕は天才的だが、精神的に未熟な部分も。生意気で、自分以上の腕の医師はいないと自負しているが、先輩医師の野崎には一目置いている。
相対的に物事を判断する広い視野を持つ野崎にいつも助けられている。
ダークブラウンの髪色。毛先が軽く外に跳ねた髪型。
♡芝浜 楓(しばはま かえで) 38歳
皇の同期で、いつも手術でペアを組んでいる。
顎まで長さのある黒髪。ぺたりとボリュームがなく撫でつけたような髪型。表情が乏しい。冷めた表情で、後ろ向きな発言をする、根暗な男。
皇といつも比べられてきたので、「どうせ俺なんて、」が口癖になっている。
サポート役が性分に合っている。
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『横暴』(SIDE 芝浜 楓)
「おい、楓、何度言ったらわかるんだよ。」
皇 五香の横暴さは今に始まったことじゃない。
俺の一日は、彼のこのセリフから始まることが多い。いわゆる八つ当たりというやつだ。
内容の9割が理不尽なもので、俺は彼のイライラを受け止めて昇華させる役目を医学部時代からずっと担っている。
脳外科は特殊な科で、手術は繊細、過酷を極める。まともな神経じゃとても務まらない。
生まれ持った手先の器用さや繊細さ、鍛錬を積む根気や執着心、長時間の手術に耐えうる体力が常に必要とされる。
そんな科で長年医師として闘おうと思ったら、プライベートを切り捨てるという選択が一番簡単だ。
うちの脳外科医は、変わり者が多い。
変わり者の種類は、2パターン。
自信過剰な目立ちたがり屋の俺様気質か、じめっとした根暗な陰キャ。
自分で言うと虚しいけれど、俺は後者に当てはまる。
うちの科でどちらにも当てはまらないのは、野崎先生だけだ。
うちの科唯一の常識人で、人格者。仕事も出来る。
自分が一番と思っている連中も、彼には一目置いている。
暴君と陰キャの数が奇跡的に合っているので、うちの科はなんとか回っている。
五香のイライラは、天才外科医として常に期待されていることへのプレッシャーや、手術のノルマから来る仕事のストレスが元凶だ。
彼は自意識過剰の自信家なのに、メンタルが弱い。豆腐並みのメンタルで、よくこの仕事を続けていられると思う。
そして誰よりも五香のそばにいてそのとばっちりを食うのは、パートナーの俺だったりする。
五香は天才外科医のくせにものすごく感情的な人間だからすぐにイライラして理不尽な怒りを俺にぶつけてくる。
貶されたり、八つ当たりされたり、俺のせいにされたり、は日常茶飯事で、もはや何も感じない域まできてしまった。
「楓、17時からミーティングって俺言ったよな。」
担当患者との面談に時間がかかってしまった。
16時50分を少し過ぎて慌ててデスクに戻ったら、五香が頭に怒りマークを浮かべて待ち構えていた。
「ごめん、ごめん。時間押してて。」
「お前、俺と患者のどっちが大事なんだよ。」
彼はめちゃくちゃなことを平気で言う。
理不尽だし、常識外れの鬼畜発言を連発しても、自分が正しいと本気で思っている。
「いや、それは患者さんでしょ。」
信じられないという顔で、俺を睨み付けながら、さらに鬼畜発言。
「はぁ?俺に決まってるだろ。」
彼は自分の感情に素直に従ってものを言っているだけなのだ。
天才とは、凡人にとって理解に苦しむ厄介な対象でしかない。
振り回されっぱなしで気が付いたら疲弊しきっている俺の日常。
それが医学部時代からの俺の日常だったけれど、先週五香の家に泊まった夜から、彼との関係に不協和音が生じてしまった。
職場ではいつも通りに話しているけれど、俺も五香も相当動揺しているし、二人でいると落ち着かない。
俺たちは手術でパートナーを組むことが多いから、関係性にヒビが入るようなことは絶対に避けなければならないのに。
付かず離れずの良い距離感を保つべきなのに、近付き過ぎてしまったのだ。
♢♢♢♢♢♢
「楓、お前この資料付け加えとけって言っただろ?ほんと鈍臭えな。・・・って、楓!お前、聞いてんのかよ?」
「いや、だからそれ無理だって、昨日言ったじゃん。」
「無理をなんとかすんのがお前の役目だろ。ったく使えねぇ。」
いつも通り、五香が無理なことを言い出して言うことを聞かないので、俺はイライラしていた。
いつもならハイハイ、と言って彼の気が済むまで付き合うか、彼が妥協できるポイントを踏まえた提案をして落ち着かせる。
彼の性格を知り尽くしている俺だから出来ることだ。
週明けに担当患者の大きな手術を控えていた俺は、いつものような心の余裕がなかった。
プレッシャーに負けたのだ。
今までプライベートを全て切り捨ててまで、この仕事に尽くしてきた。
五香の無理難題に付き合うのも、全て仕事のためだ。
ブチギレた俺は、五香をソファーに押し倒して羽交い締めにしてしまった。
驚いた彼が目を丸くして俺を見上げて、10数秒固まっていた。
日頃のストレスが溜まりに溜まっていた俺は、文句を言おうと口を開いた彼に心底腹が立って、気付くと彼の唇を塞いでいた。
自分が何をしたのか一瞬わからなかった。
怒りは人を狂わせる、というのは本当だ。
俺は身をもって実感した。
五香の唇は柔らかく、欲求不満の俺の身体は衝動的に本能を満たそうと動いた。
舌を深く差し込んで、彼の舌に絡める。
五香が苦しそうに喘ぎ、大きく息継ぎをした。
いつも自信家で人を見下す彼を黙らせるのは気分が良かった。
彼のことは尊敬している。
大学の同期、職場の同僚として、友人として、いつでも尊重したいと思っている。
それでもこちらの気持ちや都合をまるで考えない彼の態度には時々心底腹が立って爆発してしまうのだった。
流石にやりすぎたと我に返った時にはもう遅かった。
「五香・・・あ・・・ごめん。」
「楓・・・お前・・・俺のこと好きだったのか?」
五香はいつもの横暴な態度からは想像もつかないようなしおらしい態度でそう言った。
「え?あ~、いや・・・えっと、」
面倒なことになった・・・。内心そう思ったけれど、咄嗟に巧い言い訳が思いつかずうやむやになってしまった。
それからというもの、横暴な五香の態度に変化があった。
「楓・・・それは俺がやっておく。」
いつも俺に押し付けていた雑用を進んでやると言う。
「え・・・いつもは俺にやれって言うじゃん。」
「いいから。お前は早く帰って休めよ。」
急に優しくなった彼の態度に戸惑う。
それはそれでものすごくやり難い。
横暴な彼の方がよっぽど扱いやすかったと、後悔する日々を送る羽目になった。
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