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夕方近く帰宅すると、兄一家も家にいた。
リビングの扉を開くと足になにかがドカっとぶつかってきた。
「いたぁーいっ!!!!」
叫び声に驚き下を見ると、甥の太陽が転がって被害状況をアピールしていた。
「ああ、ごめんごめん」
勝手にぶつかってきておいて太陽は謝る奈々子の足を一度叩いてからビーと泣きながら母親の元に戻っていった。
「奈々さんにもお土産あるのよ」
義姉がそう言って袋を突き出した。
「あ、ありがとう。どこに行ってきたの?」
腕を伸ばしたまま有名な遊園地の名前を口にする義姉を、その膝に乗る太陽がいきなり叩いた。
「なぁに、タイちゃん。ママ痛いわ」
義姉は笑いながら太陽の腕を取り、奈々子へのお土産を放り出した。
ため息をついてそれを拾い、お礼を言おうとした奈々子に、わざわざ母親の膝から降りて太陽が飛び掛った。
「あらダメよ!タイちゃん乱暴なんだから!」
口だけじゃなくて体で止めて欲しいわ、と今度は腕を蹴られた奈々子はキッチンに逃げた。
「ああ、買ってきてくれた?ありがと」
そう言った母がため息をついた。
「明日、あの子らもいるんだって」
小声で付け足した。
「まぁアヤさんの話聞いたら、今時のあのくらいの子はみんなああだってね。うるさくて落ち着きがないんだって。太陽なんか大人しいくらいって言うけど、そんなもん?」
保育士である奈々子への質問。
いつもなら調子を合わせて、そんなわけない、太陽は特別うるさいよ、と言うのだが、今日はダメだ。太陽はうるさくて良いのだと思った。
「5歳くらいで分別なんかあっちゃおかしいよ。あれでいいの。子供なんかもっと我がままでもいいのよ」
帰り道ずっと健介を哀れんでいた。
「デパートで昨日言ってた父子家庭の子に会ったのよ。それが、お父さんでも彼女でもなく違う人に連れられてて、その人がね、耳の聞こえない障害者なのよ」
「あら……」
「すっごく明るく笑ってて、その人の代わりに買い物なんかもしてあげてて、まだ5歳でよ?」
「可哀想ねぇ……」
「そうでしょ?!」
わがままな太陽は幸せだと思った。
好き勝手に乱暴を働く太陽は健全だと思った。
「まだ5歳で、まるで介助者よ。あんまりだわあの父親……」
本気でそう思った。
同い年の太陽は家族に囲まれて我がまま一杯で育っている。
それを、事情は知らないが片親で、しかも気に入らない女が同居していて、そして障害者の介助まで健介君はさせられている。
「だけど保育園としてはきっと何もできないのよ。虐待なんかないんだから」
社会はこんなふうに難しい。
社会人一年生は痛感している。
「お前が保育園で優しくしてやればいいじゃない」
「もちろんそうするけど……」
「虐待?」
兄嫁がスキャンダラスな言葉だけ耳聡く聞きつけてくる。
「やっぱりあるのよね。私たち普通の家庭では考えられないことだけど」
したり顔で頷きながら語る義姉に、今日は腹を立てる気にはならなかった。
リビングの扉を開くと足になにかがドカっとぶつかってきた。
「いたぁーいっ!!!!」
叫び声に驚き下を見ると、甥の太陽が転がって被害状況をアピールしていた。
「ああ、ごめんごめん」
勝手にぶつかってきておいて太陽は謝る奈々子の足を一度叩いてからビーと泣きながら母親の元に戻っていった。
「奈々さんにもお土産あるのよ」
義姉がそう言って袋を突き出した。
「あ、ありがとう。どこに行ってきたの?」
腕を伸ばしたまま有名な遊園地の名前を口にする義姉を、その膝に乗る太陽がいきなり叩いた。
「なぁに、タイちゃん。ママ痛いわ」
義姉は笑いながら太陽の腕を取り、奈々子へのお土産を放り出した。
ため息をついてそれを拾い、お礼を言おうとした奈々子に、わざわざ母親の膝から降りて太陽が飛び掛った。
「あらダメよ!タイちゃん乱暴なんだから!」
口だけじゃなくて体で止めて欲しいわ、と今度は腕を蹴られた奈々子はキッチンに逃げた。
「ああ、買ってきてくれた?ありがと」
そう言った母がため息をついた。
「明日、あの子らもいるんだって」
小声で付け足した。
「まぁアヤさんの話聞いたら、今時のあのくらいの子はみんなああだってね。うるさくて落ち着きがないんだって。太陽なんか大人しいくらいって言うけど、そんなもん?」
保育士である奈々子への質問。
いつもなら調子を合わせて、そんなわけない、太陽は特別うるさいよ、と言うのだが、今日はダメだ。太陽はうるさくて良いのだと思った。
「5歳くらいで分別なんかあっちゃおかしいよ。あれでいいの。子供なんかもっと我がままでもいいのよ」
帰り道ずっと健介を哀れんでいた。
「デパートで昨日言ってた父子家庭の子に会ったのよ。それが、お父さんでも彼女でもなく違う人に連れられてて、その人がね、耳の聞こえない障害者なのよ」
「あら……」
「すっごく明るく笑ってて、その人の代わりに買い物なんかもしてあげてて、まだ5歳でよ?」
「可哀想ねぇ……」
「そうでしょ?!」
わがままな太陽は幸せだと思った。
好き勝手に乱暴を働く太陽は健全だと思った。
「まだ5歳で、まるで介助者よ。あんまりだわあの父親……」
本気でそう思った。
同い年の太陽は家族に囲まれて我がまま一杯で育っている。
それを、事情は知らないが片親で、しかも気に入らない女が同居していて、そして障害者の介助まで健介君はさせられている。
「だけど保育園としてはきっと何もできないのよ。虐待なんかないんだから」
社会はこんなふうに難しい。
社会人一年生は痛感している。
「お前が保育園で優しくしてやればいいじゃない」
「もちろんそうするけど……」
「虐待?」
兄嫁がスキャンダラスな言葉だけ耳聡く聞きつけてくる。
「やっぱりあるのよね。私たち普通の家庭では考えられないことだけど」
したり顔で頷きながら語る義姉に、今日は腹を立てる気にはならなかった。
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