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第五話 湯けむりメイドの事件簿

クーゴンのブレス

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「この戦況を、切り抜けられますのね?」
『もちろん、あるで。メチャメチャリスキーやけどな』
「で、その方法は?」

『あんたが、彼らにかかった魔法を一手に引き受けるんや』

 魔女のパワーを最大限に使えば、あの霧をミレイアだけに浴びせることが可能だという。

「完全に魔法が解けた状態で、リッカに攻撃をしてもらえばいい、と?」
『飲み込みが早くて、助かるわ』

 どうやら正解だったらしい。

『せやけど、注意しいや。魔女のパワーをありったけ使うからな、ウチの方がダメになるかもしれん』
「と言いますと?」

『あんたの方が、眠ってしまう』

 住民数百人を眠らせた精神攻撃を、一人で請け負うのだ。
 まともに立ってもいられないだろう。 

『それだけやない。夢の中で、ウチと戦うコトになる』

 悪夢の中で、ミレイアはアジ・ダ・ハーカと戦うことになる。

『これだけ濃い精神魔法を喰らったら、いくらウチでも正気ではいられへん。悪夢に取り込まれて、あんたを敵と認識するやろう』

 話を聞いている間にも、エリザ姫とイルマの強制ストリップは展開されていた。

 答えなんて、とっくに決まっている。

「フン、そうですか。それは困りましたね」

 鼻で笑いながら、ミレイアは身体を前に反らした。

『呑気やなぁ。人の話聞いとったんか?』 

「ではリッカさん、後はお願いしますわ!」
 大きく胸を反らし、ミレイアは霧を一気に吸い込む。

 霧が、ミレイアの呼吸器へと吸い上げられていく。

「バカねん。たった一人でこれだけの霧をかき集めるなんて……なん!?」

 ミレイア一人の力で、街中の霧が薄れていった。

「これが、聖女の呼吸法ですわ!」

 視界を遮るほどだった霧が、段々と晴れていく。

「わわあ。なんなのん、なんなのん!?」

 慌ててプーヤンがサンマを燃やすが、間に合っていない。

『命がけの戦いになるんやで! ええのん?』

 オバサンの怒声を無視して、ミレイアは吸引を続ける。
 魔女の意見など、聞く耳を持たない。

 後のことなど、関係ない。

 リッカに託せば、後は切り抜けられる。

 仮にもクーゴンの妹だ。きっちり働くだろう。

 姫のことは個人的にはキライだが、男爵の友人だ。
 穢すわけにはいかない。

『ホンマに、あんたはおもろいな! チャンスがあったら、何のためらいもない!』

 なかばヤケクソ気味に、魔女も大笑いする。

『せやったら、ウチも腹をくくるわ!』
 魔女も、覚悟を決めたらしい。

 ミレイアによる捨て身の奇策が功を奏したのか、村人が正気に戻っていった。
 エリザ姫とイルマが拘束を解かれる。

「どうしてなのん!? 魔法が薄れていくわん!」
 ウチワで必死に霧を集めるが、プーヤンにもはや人を操る力は残っていなかった。

「低級魔族如きが、我々にケンカを売ったのが運の尽きですわ」

 とうとう、プーヤンを守る霧は完全消滅した。
 七輪の火も、すっかり霞む。

「あとは、あなただけですわね?」
「くそー、今一度催眠をかけてやるのねんっ。今度はあんたらにも通用するようなとびっきりを」

 再び、プーヤンが七輪に火をおこし始める。

 しかし、弓矢に変形したエリザ姫の武器によって、七輪は粉々に砕け散った。
 炭火も、イルマが杖から水流を呼び出して消化済みだ。
 もう、再び炎を上げることはない。

「わっちゃあああ! 火が火が!」

 炭を被って、アイマスクに火が燃え移る。

「残念ね。あたしの仲間は、ヘンタイなの。あんたなんか、及びも付かないほどにね!」
「ひいいいい!」

 逃げ足の速さも強化されたらしく、プーヤンは驚異的な速度で逃走を図った。

「おとなしく逃がすと思ったのかい? ドラゴン・ラリアットォ!」

 リッカの豪腕が、プーヤンのノドを粉砕する。

「ぎゃいん!」

 身体が一回転して、ドールが首と胴体に分かれた。
 アイマスクが、地面にべたりと落ちる。

「このままでは済ませないのねん。もっと丈夫な身体に乗り移って!」

 往生際が悪く、アイマスクは地べたを這いつくばった。
 サンマを拾おうと。

 そこへ、影よりも黒い存在が。
「げええ、クーゴンなのねん!?」

 太い指が、サンマをつまみ上げた。クーゴンは大きく口を開けて、サンマを一飲みする。
 
「テメエに次なんて、ねえんだよ」
 クーゴンが、口から黒炎を吐く。空気さえ焼き尽くすブレスを。

「あひいい!」
 漆黒のブレスを浴びせられ、アイマスクはチリと化した。

「とにかく、全員が無事だな」
 安全を確認し、クーゴンがため息をつく。

「ママ、大丈夫?」
 アメスが、ミレイアに駆け寄った。

「大丈夫ですわ。少々めまいがしますが」
 言っている側から、ミレイアはガクンと膝を曲げる。

「おっと」
 地面に倒れる寸前で、男爵に抱え上げられた。
 これ以上ない至福のひとときだ。
 というのに、軽口の一つも出ない。

「無理だね。プーシャヤンスタの妖力はまだ体内に随分と残っている。全部絞り出さなきゃ」
 シオン博士が、ミレイアのまぶたを確認した。

「ですわね。魔女も、こちらの呼びかけに応じません」

「とにかく、安全な場所で休ませよう」
 男爵に抱えられて、宿まで向かう。

「ありがとうございます。あとは、こちらで処理致しますわ」 
 ベッドで横にしてもらった途端、ミレイアは意識を手放した。
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