上 下
29 / 81
第三話 汚え花火ですわ

アイアン・ゴーレム

しおりを挟む
 この数時間の間にミレイアが抱いたシオン博士の印象は、「アグレッシブな人」である。

 狙われていると言うから、てっきり引きこもっているとばかり思っていた。

 ミレイアの抱いていたイメージと、実際のシオン博士は随分とかけ離れている。

 数分進んだ先に、ラボはあった。その割には、小さい気もするが。

「博士、隠れてください」
 ラボ周辺をうろついている人影が。

 ミレイアは身構えようとしたが、博士に止められる。

 庭をうろついていたのは、一体のゴーレムだった。パイプ状の手足を動かし、のっしのっしと家の周りを巡回している。


「あれは平気。ワタシが作ったゴーレムだから、敵意はない」
「鉄製のゴーレム、ですか」

「とにかく入って」
 ドアを開けた。

 科学者の部屋だ。さぞゴチャッとしているのだろう、とミレイアは袖をまくった。これは片付け甲斐があるぞと。

「上がってよ」

 しかし、現れた部屋は、病的なまでに何もなかった。
 いわゆる「ミニマリスト」と言うべきか。

「ささ、夕飯にしようか」
 酒瓶をテーブルに置いて、シオン博士は冷蔵庫を開ける。

 やはり、中には残り物らしき大量のツナ缶が。缶詰は、ショップでもよく見かけた。非常に安価で、品質も問題にならない。安全な食料として広まっているようだ。

「では、調理いたします」
 買い物かごからトマトやレタスを出して、簡単なサラダを作る。

「そのまま食べてもいいんじゃ? いつもやってるよ?」

「お野菜もありますので、消費していきます」
 鶏肉を焼き、チキンソテーに。

 博士は急いている。手の込んだ料理より、手早くさっと調理したほうが喜ばれそうだ。

「あの、こちらは本当に、博士のお部屋なのでしょうか? 何もありませんが?」

 フラスコや書籍、薬品類など、まるで散らかっていなかった。あるべき場所にあり、散らかしようがないほど物がなかったのである。

「別室で仕事をしているのがデフォから、家にはさほど顔を出さないんだ。ここには、寝に帰るだけだよ」
 座り心地の悪そうな木製のイスに、シオン博士はあぐらをかく。

「なるほど。書籍の類などもありませんよね」

「書籍は図書館が近いから、そちらを利用している」
 言って、博士は酒を瓶のままであおる。

「博士。こんな生活で、落ち着きますか?」

 科学者とは手元に本がないと眠れない人種だと、言い聞かされたが。

「図書館だと、読み捨てても片付けてくれる人がいるでしょ? 家だと自分でしまわないといけないじゃん」
「ほ、ほう……」

 そうか。ようやく、わかった。
 シオン博士は、超がつくほどの合理主義なのだ。

 人がいる場所では集中できないという思い込みが、ミレイアの中からフッと消える。

 そもそも博士は実験主義だ。
 何でも試すため、家ではできない。
 爆発するかも知れないから。
 そうなると、自分で片付ける必要がある。
 だったら、お外でやるかーという判断なのだろう。

 おそらく冷蔵庫を開発したのも、「残り物を保存するためだ」とか言い出すに違いない。

「おまたせしました」
 調理時間が短いながら、ミレイアは手早く数品を作り終えた。

「ありがとう! いっただっきまーす!」
 博士はツナサラダをもしゃもしゃと頬張っては、酒をグビグビとラッパ飲みする。

 普段からアルコールを嗜まないミレイアから見ても、気持ち良さげな飲みっぷりだ。

「おいしい! さすがトゥーリのメイドだね!」
「ありがとうございます。それより、質問が」

 部屋に入った当初、ミレイアは目を疑った。
 冷蔵庫に、金属製の四肢が付けられていたから。

「あれはたしかに冷蔵庫、ですわよね?」
 手足の付いた冷蔵庫など、聞いたことがないが。

「そうだよ。ワタシの弟子一号」
「お弟子様は、人間ではありませんでしたのね?」
「うん。人造人間」

 言われてみれば、シオン博士の弟子が人間であるなんて聞いていなかった。

 確かに、天井部分に乗っかっているのは半球状の頭とも言える。2つレンズが目のように光っていた。

「あんまり貴族が協力しろってうるさいから、『これどうぞ』ってあげたんだよ。労働力として」

 仕方ないという風に、貴族はゴーレムを連れて帰ったらしい。
 二足歩行できるとはいえ簡単な構造なので、悪用もしづらいだろうと。

 だが、ゴーレムは貴族の秘密を知ってしまう。

「情報を伝える前に死んじゃったから、データも残っていないんだ。このまま捨てるのもアレだしと思って、リサイクルした」
 冷蔵庫を見つめながら、シオン博士はより多く酒を流し込む。

「カメラ機能でも付けておけばよかったな。映像として残しておけば、貴族を追っ払える証拠が手に入ったのに」
 悔しそうに、博士は酒瓶をテーブルにドンと置く。

 随分と、不機嫌な顔になったなと、ミレイアは思う。

「あれ、お酒が回りすぎたかな……」
 博士は目を、手で拭った。

「なるべく人間に似せないように作ったんだけどね。ダメだ」
 鼻をすすりながら、シオン博士はなおも酒を飲む。

 無機物のために、涙を流せるなんて。

 アイアンゴーレムは、博士にとっては家族も同然だったのだろう。


「飲みすぎです。お控えになって」
「ワタシは、弟子を殺したやつを許さない。キミに、犯人の討伐を依頼したい」

 真剣な眼差しを、博士は向けてくる。

「わかりましたから……!」

 上空に、強力な魔力の反応が。

「博士、伏せてください!」
 急いで、シオン博士をテーブルの下に伏せさせた。

 
 直後、轟雷が研究所に落下する。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

BL / 連載中 24h.ポイント:1,093pt お気に入り:10,027

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:32,337pt お気に入り:6,549

ヤクザに医官はおりません

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:802

処理中です...