上 下
23 / 81
第二話 あんたんトコのメイドでしょ⁉ はやくなんとかしなさいよ!

事後処理

しおりを挟む
 黒い魔法陣が現れ、無数の細長い手が伸びた。
 溶鉱炉ごとキアーラを連れて行く。

「アカウント削除完了、と」
 煉獄を伝って地上に戻ると、エリザが鬼の形相で待っていた。

「すべて、終わりましたわ」
「なにがよ⁉ あんた死ぬ気だったの⁉」
「ああでもしなければ、被害は拡大していましたわ」

 ミレイアが強く言うと、エリザは口ごもる。実際そうだったから。

 上位種魔族は、天変地異という形で地上に顕現する。
 彼らが現れると、たちまち嵐や台風、大津波を引き起こす。
 そうなれば、地上にどれだけの被害が出るかわからない。

 ミレイアは、単身戦うしかなかったのだ。

「だとしてもよ! あれだけのモンスターを相手に一人で戦うなんて!」
「秒殺でしたわ」

 本当に秒でも殺せた。
 しかし、謝罪の言葉が聞きたかったので、遊んだだけ。
 
 自分たちが優位に立っていると思い込んでいる悪の存在をいたぶるのは、すこぶる気持ちがいい。
 それを配信すると、魔族の犯罪率も激減する。
 少なくとも、小悪党には効果てきめんだ。

「でも、倒せたならいいじゃないですか」
 イルマは、悪党が死んだことで、胸をなでおろしている。

「冗談じゃないわ! あんた、こんな戦い方がいつまでも通用するとでも思ってるの⁉」
「男爵様の愛さえあれば、ワタクシはいつまでも戦えますわ」

「あんた、マジでイカれてるわ」
 ミレイアの揺るぎない決意を聞いてもなお、エリザは認めなかった。

「ところで、伯爵の方は?」
「あれよ」


 干からびた死体が、道端に転がっている。


「娘を止めようとしたみたい。父親だって共犯者だけど、さすがにやりすぎたと自覚したんでしょうね。低級の魔物に殺されていたわ」

「余罪の追求は、本人を問い詰めるしかなさそうですわね」

 エリザが眉間にシワを寄せた。
 ミレイアの発言から、キアーラが死んでいないことを察したらしい。


「退治しなかったの?」
「ええ。楽には殺しませんわ」

 キアーラは、死んだわけではなかった。

 ミレイアは、手加減したのである。

 背信者が最も恐れているのは、死ではない。注目されないことだ。

 この先、キアーラは強制的に労働を強いられる。
 自分が貴族であることも忘れて。
 不眠、不休、無給で、永遠に。
 誰にも知ってもらえず。

「あたしは、あんたが心底恐ろしいわ」
「そうですか。では、ワタクシは帰らせていただきます」
「ええ。そうしてちょうだい」

 エリザとイルマは、騎士団を招集していた。
 住民のケアと、後始末を行うという。
 これこそ、本来の騎士団の仕事なのだ。

「数日はかかるから平気よ。あんたと一緒にいると、また口論になりそう」

「承知いたしました。失礼いたします」
 ミレイアがタクシーを喚び出す。

「ま、待ってください」

 乗り込もうとした瞬間、イルマから呼び止められた。

「えっと、アメスちゃんですけど、我々が戻るまでそちらで預かっていてくださいね」
「逃したら、タダじゃおかないわよ!」

「心得ております。では」
 再び、タクシーを使って屋敷へ。

 シートに腰掛けながら、ミレイアはやきもきしていた。
 貧乏ゆすりが止まらない。
 急いで帰らないと。
 もう三時間も、男爵と接していない。
 ミレイアは、男爵の香りを嗅がないと死ぬ。
 早く、男爵成分を補給せねば。

「旦那様、ただいま戻りまエエエエエエ⁉」
 悪夢のような攻撃を見て、ミレイアは思わず突っ伏しそうになった。

 男爵のヒザ上で、アメスがリンゴを食べさせてもらっていたのである。

「おいしいかい、アメス?」
 またリンゴを食べさせながら、男爵がそっとアメスに問いかけた。

「はい。男爵様」
 麗しの男爵に優しくされて、アメスはすっかり落ち着いている。ネコのように。

「ちょちょちょちょ、ちょ待てよ!」
 東奔西走の働きをして、その仕打ちがこれか! 思わず、口調も変わった。ミレイアはアメスに詰め寄る。

「ママァ!」
 アメスが男爵のヒザから飛び出して、ミレイアに抱きついた。ずっと「ママ、ママ」と言って離さない。

「ママ、ですか?」
「キミのことをママと呼んで、ずっと心配していたんだよ」

 男爵の話だと、そうらしい。

「恐怖体験と、キミの優しさを受けて、幼児退行してしまったようだね」

「そうでしたの、心配させましたわね」
 仕方なく、ミレイアはアメスの頭をなでる。

「まったくだ。いくら最強の魔女の力が憑依しているからって、上位ヴァンパイアまで止めるとは。大したヤロウだ」
「ゴリラにはできない仕事でしたわ。少しは見直しましたか?」
「誰が。身体は平気なんだろうな?」

 アメスを抱っこしながら、ミレイアはくるりとその場で回った。健在をアピールする。

「あなたとは、体の作りが違いますわ」

「やれやれ、心配して損したぜ」
 坊主頭をなでながら、クーゴンは舌打ちをする。

「あらぁ? 気にかけてくださっていたの?」
「そうだよ! お前が魔女に、身体を乗っ取られるのをな!」

 そんなヤワではない。

『なんや? モッテモテやないかい』
「あんたは黙ってなさいませ」


『せやけど、ええんか? この子』


 アメスの処分は、まだ保留状態だ。
 騎士団が戻ってきたら、引き渡さないといけない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢?何それ美味しいの? 溺愛公爵令嬢は我が道を行く

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,301pt お気に入り:5,734

【完結】そう、番だったら別れなさい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,442pt お気に入り:421

お隣さんはヤのつくご職業

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,845

君は僕の道標、貴方は俺の美しい蝶。

BL / 完結 24h.ポイント:369pt お気に入り:803

婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:399pt お気に入り:1,537

悪辣令嬢の独裁政治 〜私を敵に回したのが、運の尽き〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:2,081

あなたに私の夫を差し上げます  略奪のち溺愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:20,577pt お気に入り:134

処理中です...