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第一話 ここが、あの勇者様のハウスね

お断りします

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「男爵様の熱いセップンと健康な子種さえいただければ、身を粉にして働かせていただきますわよ」
「だから、それがヤバイんだって」
「なんなら、あなたを倒して後釜に就いても構いませんのよ」

 ピクリ、とクーゴンの動きが止まった。

「どうやら、力ずくでもお帰り願ったほうがよさそうだな」
「始めから、そうなさればよろしくて」

 このクーゴンの実力が、どれほどのものかはわからない。
 
 だが、どうせ彼を倒さぬ限り、前には進めないのだ。
 やるしかない。

「表へ出るか?」
「ですわね。男爵を起こすわけに||」

 二人が問答をしていると……。 


「私から話そう」
 さっきまで眠っていたトゥーリ男爵が、ミレイアの眼前に。


「だ、男爵様」
 ミレイアの目にハートが浮かぶ。

 今まで閉じていた黒い瞳が、ミレイアを見つめている。それだけで、ミレイアは達しそうになった。

「トゥーリ様。起きられてはお体に障ります」

「よい。お客様がお見えになっているのだ。ごあいさつをさせてくれ」
 駆け寄ろうとしたクーゴンを、男爵は言葉だけで制する。


 だが、「お客様」という言葉に、ミレイアは言い知れぬ壁を感じた。



「ごあいさつが遅れましたな、レディ。よく、ここが分かりましたな」

 どうやら、トゥーリ男爵はこちらの会話を聞いていなかったらしい。

「元冒険者でしたので、認識阻害魔法も何のその」

 本当は、冒険者になって間がなかった。
 冒険者なのは事実だから、嘘はついていない。



「ヴェスタ村に住む、ミレイアと申します。歳は二一で、スリーサイズは、上から八八、六〇、八九です。伝説の男装剣豪、コージ・ミフネと同じなのが自慢です」

「お手紙の主はあなたでしたか。どうもありがとう」
 さすがのジェントルメンである。華麗に、ミレイアのシモネタをスルーするとは。 

「もったいなきお言葉です、トゥーリ・コイヴマキ男爵。トウリ様と、お呼びしたほうがよろしいでしょうか?」

 トゥーリ・コイヴマキは、本名を
小比類巻こひるいまき 桃李とうり
 というそうな。

 東洋の生まれだとか、別の星から来たとか。とにかく、顔や出で立ちが幼少期から常人離れしていた。

 この大陸を治める国王が、桃李の引退時に帰化させたのだ。
 近隣国との無用なトラブルを避けるために。

 今でも現役で刀を振り回せるのでは、と思わせられる。

「トゥーリと呼んでください、レディ・ミレイア」

「ではトゥーリ様、わたくし只今より、お風呂をお借り致します。旅の汚れを落とし、キレイな身体で夜伽を」



「ではミレイアさん。なにゆえ私めの世話をなさろうと?」
「お慕いしているからですわ。幼き頃、あなたに命を助けて頂いてから」

 真実を交えつつ、ミレイアはウソをつく。

 クーゴンが真相をバラすリスクもある。だが、ここだけは切り抜けたい。せっかく面会がかなったのだから。

「存じ上げませんな。面目ない」

 仕方なかった。
 
 これまで、この老勇者は数多の民衆を救ったのだ。
 助けた者の顔など、いちいち覚えていまい。

「トゥーリ様、本日は、こちらで働かせていただきたくて参りました。どうか」


「お引取りください」

 静かに、しかし重い声が、ミレイアの耳に届く。


「ワタクシはこう見えても冒険者ですわ。腕前なら今にもお見せして」

「この地は、一見穏やかに見えますが、魔物の土地と近い。王はもっと安全な地を提供してくださいましたが、私がここでいいと告げたのです。いざとなれば、すぐにでも魔と相対せるように」

 この老紳士は、まだ戦う気でいるのだ。
 たとえ手が細くなろうと、重い刀や鎧を装備できまいと。

 だったら、なおさら手伝いたい。手伝わねば。

「せめて、身の回りのお世話だけでも」

「お断りします」
 男爵の意思は固い。

「このクーゴンがおります。それに、複数の配下も。ですから、不自由はございませんよ」
「では、妻に……とはいきませんわね」

 ミレイアは、暖炉の上にある写真立てに目を移す。

 世間でも並ぶものなしと呼ばれたミレイアが尻込みするほど、凛とした女性が写真で微笑んでいた。

 彼女が、男爵の想い人なのだろう。だが、この屋敷に女性の気配はない。きっと他に嫁いだか、あるいは……。

 愛人にしてくれ、という言葉を飲み込む。それは、男爵の誠意を踏みにじりかねなかった。なにより、今語るべきではない。さすがに空気は読んだ。

「雑用でも何でも致します!」

「私は過去に、大切な方を戦闘で失いました。どうして彼女のような人類の光が死んで、私が生きているのか」
 悲しい光が、男爵の瞳に映る。

「あなたを、危険な目に遭わせたくないのです」

 男爵様に頭を下げさせてしまった。
 その事実が、ミレイアの心をへし折る。

 これ以上は、何を言ってもムダだろう。

「分かりました。では」
 憔悴した面持ちで、ミレイアはトランクを手に取った。


 次の瞬間、クーゴンが視線を虚空に移し、何度もうなずく。


「何? 分かった」
 何やら、納得したような面持ちで、クーゴンは男爵に断りを入れている。

「どうなさいまして?」
「オマエには関係ない」

「宝物庫でトラブルでもあったのでしょう?」


 立ち止まったクーゴンの瞳に、疑惑の目が浮かぶ。

「どうして、それを?」

「やはり、訳ありですのね」
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