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第一話 ここが、あの勇者様のハウスね

家出令嬢、メイドに

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「ここが、あの勇者様のハウスね」

 ミレイア・エルヴェシウス改め「ヴェスタ村のミレイア」は、気を引き締める。

 目の前にあるのは、二階建てのこじんまりとしたお屋敷だ。庭は色とりどりの花が咲き、きちんと手入れされていた。白い壁を、太いツタが覆う。貴族の屋敷にしては、おとなしめである。

 しかし、一面が魔力でガードされていた。
 普通の人からすれば、ここは農村のいち民家に見えるだろう。

「おそろしく精巧な認識阻害魔法。ワタクシでなければ見逃しちゃうところですわ」

 魔法で屋敷がコーティングされているのは、すぐに分かった。
 こちらも、認識阻害の魔法を使用しているから。

 今、自分はエルヴェシウス侯爵令嬢ではなく、「ただの一般人 ヴェスタ村のミレイア」にしか見られていないはずだ。

               ◇ * ◇ * ◇ * ◇

 ミレイアは元々、侯爵令嬢である。
 歳を重ねる度に、男爵への想いは募った。
 しかし、親はよりにもよって、ミレイアより若い貴族の息子を花婿にしようとする。
 こちらの気持ちも知らずに。

「年下はお呼びじゃないの」と書き置きを残し、ミレイア・エルヴェシウスは侯爵家を出た。

 すべては、元勇者の老紳士、トゥーリ様の元へ向かうため。相手が貴族だろうが、ガキに興味はない。

 あれから数日、ミレイアはようやく、男爵のお屋敷を見つけた。

               ◇ * ◇ * ◇ * ◇

 この屋敷に住むのは、トゥーリ・コイヴマキ男爵という老紳士だ。
 トゥーリは魔王を倒した直後、力を失って引退する。
 功績を讃えられ、国王から爵位を得た。
 さして政治的に重要ではない、この土地を終の棲家として。

 なんとしても、こちらで働く許可を得ねば。我が心は常に、勇者様のお側にある。

 メガネよし、リボンよし、メイド服よし!
 勝負下着は赤、ヨシ!

「ごめんください。オーウェン家政婦事務所より参りました」

 ミレイアは、鉄柵の向こうから屋敷に呼びかけた。

 男爵のお屋敷で間違いない。
 二度見しても、見まごうはずもなかった。

「もし、返事をしていただけないでしょうか?」

 年季の入った鉄柵に手をかけ、引いてみる。

 なのに返事がない。タダの鉄柵のようだ。

「ごめんくださいましィ!」

 ミレイアは鉄柵にしがみつき、力の限り叫ぶ。
 
 まさかの門前払い⁉ 

「冗談じゃありませんわ! せっかく遥か遠くのエルヴェシウス侯爵家から三日も馬車を乗り継いでやってきたのに!」
 鉄柵をガシガシと押しては引く。

「開けておくんなまし! 決して怪しいものではございませんわ!」
 明らかに怪しい行動なのだが、そこはミレイアだ。
 構いはしない。

「開けなさいよ! いるのは分かってますのよ!」
 鉄柵を蹴って抗議していると、玄関が開く。

「やかましいな。どこの犬がキャンキャン喚いているのだ?」

 現れたのは、男爵ではない。サングラスをかけた褐色の男だった。筋肉質でスキンヘッドである。燕尾服が、絶望的に似合わない。酒場の用心棒でもしていた方が、マシな風貌である。

「どちら様です? ゴリラ様」

 ミレイアは、無礼な態度をとった。

「男爵の使用人だ。クーゴンという。ちなみにゴリラじゃない。ブラックドラゴンだ」

 褐色の男が凄む。

 だが、ミレイアも譲らない。

「ドラゴンにもゴリラにも、用はございませんの」

 認識阻害魔法でなくても、彼が恐ろしく強い存在だとは確認できる。
 
 それでも怖くない。殺気を感じないからだ。

「わたくし、ヴェスタ村に住む元冒険者でメイド、ミレイアと申します。男爵様と面会させてくださいまし。お手紙はよこしましたでしょ?」

「ああ、この手紙の主はオマエか。読ませていただいた」

 岩のようにゴツゴツした手を懐に入れて、ゴリラが封筒を取り出す。

「随分と、熱のこもったラブレターだったな」
「本当にゴリラ並みの知能しかございませんのね。乙女の恋文を、勝手にお読みになさるとは。レディの秘密は勝手にのぞき見しちゃダメと、親に教わらなかったのですか?」
「どこにそんな乙女がいる? それに、ちゃんと主人には先に読ませた。そのうえで拝読した」

 ゴリラでも、多少は礼儀をわきまえているようだ。

「でしたら。ワタクシの愛と熱意は十分伝わったはずです! こちらのメイドとして――」
「アホか。不採用だ」

 クーゴンは、ミレイアの目の前で封筒を燃やす。

「なんでや!? せっかく準備してきたんやぞ!」

 思わず、地元の方言が出た。 

「やかましい。オレたちがタダの人間を採用するとでも思ったのか?」

 そう言われるとツライ。

 年老いたとはいえ、仮にも男爵様は元勇者だ。
 未だに、命を狙われている。

 魔王復活を目論む魔族の生き残りに、だけじゃない。
 貴族にすら妬まれている。

 八方塞がりの状態だ。

 幸い王様は男爵と古くからの友人で、味方してくれるらしいが。

「オマエは、信頼に値しない。オレを見てもションベンをチビらない度胸は認めるが」
「それは遠回しに、『オマエのようなか弱いオナゴを、守りきれない!』とでもおっしゃりたいので?」
「寝言は寝てから言え」

 ミレイアのポジティブ思考を、クーゴンはバッサリ切り捨てる。

「こんな悪党だらけの土地に一人でやってきたから、多少は腕が立つだろうが、どうせ盗賊団なんぞスルーして来ただろうし」

 ミレイアは、数枚の写真を床にばらまいた。

 写っている画像を見て、さっきまで強気だったゴリラが黙り込む。

「てめえ。盗賊団を壊滅させながら、この街まで来たのか?」

 画像には、アヘ顔で気絶した野盗が写っていた。どれも、亀甲縛りのまま役所へ突き出されている。

 街に野盗がうろついているのは知っていた。この近くに勇者が過ごしていると聞きつけ、仲間を集めて襲撃しようとしていたらしい。

 メイドセンターで話を聞き、弱いフリをして野盗共を一網打尽にしたのである。

「野盗共は残さず役所へ突き出しましたわ」
「格闘術はどこで習った?」
「通信教育で護身術程度なら」

「ふざけるな! マジメに聞いているんだ!」

 壁ドンならぬ、鉄柵ドンが飛んできた。

「企業秘密ですわ」

 あくまでも、ミレイアは白を切る。

「採用してくだされば、教えて差し上げますが」

「入れ。仮に採用してやる」

 念願叶い、男爵の寝室へ通された。

 かつて豪腕だった腕はやせ細り、全身の肉付きも頼りない。しかし、細い瞳と立派な白いおヒゲは当時のままだ。

「やはり、ご老人は素敵」


 そう。ミレイアは枯れ専だったのである。
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