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第7章
第十三話 ババァの気休め
しおりを挟む「えっと……アイゼンはセディア様直轄の近衛騎士で、しかもその隊長だ。セディア様の部屋にいるのもあまり不思議じゃないけどね」
「でも、ただの上司と部下という括りにしてしまうには、あのお二人の関係は違う気がするんです。妙に親しげというか距離が近いというか」
悲壮感やら切羽詰まった風にアベルが連ねる。
まさか王妃と騎士隊長の禁じられた四方山か。貴族のお嬢様やら井戸端の婦人たちが垂涎で待ち侘びているようなネタじゃないだろうか。アベルの口からその手の話が出てくるのはあまりに予想外である。
ようやく、アベルの態度が曖昧だった理由が分かってきた。
そりゃそうだ。身内であればなおさらに聞けず、他人にだって話すのは躊躇われる。だからと言って自身の内に溜め込むには厄介すぎる。というか、十代半ば前の、思春期に突入し始める年頃で出していい話題じゃない。
「昨日にラウラリスさんにご指導いただけるように取り計らって頂いたお礼をしようと母上の部屋に赴いたんですが、その時に扉越しに二人の会話が少しだけ聞こえたんです。父上や僕の前での時とは明らかに雰囲気が異なっていました。まさかあの二人は──」
「たんまたんま! 勝手に加熱するんじゃないよ!」
ラウラリスはペシンと、語り口が止まらなくなり始めていたアベルの頭を叩いて正気に戻す。軽く衝撃を受けた彼はハッと我に帰った。
「ご、ごめんなさい。なんだか悪い方向にばかり考えがいってしまって」
「気持ちは分からんでもないが、落ち着きなさいな」
雇用主と被雇用者の禁じられた関係というのは、ラウラリスにとっては馴染み深いものだ。支配階級の間ではこうしたよもやま話は探せばいくらでも見つかる。皇帝時代には耳を塞いでもこれでもかというほどに滑り込んできたものだ。
貴族の男性であれ女性であれ、身分違いの者との『関係』を一種の遊戯と捉え、刺激的な非日常を謳歌していた者は多い。中には嗜みとすら考えていたものもいる。
が、ここに『後継ぎ』の要素が絡んでくると途端に厄介になる。
許されぬ男女の秘密の関係を続けていれば当然、一夜を共にする事だってある。それが単なる火遊びに収まる範疇であればまだいいが、まかり間違って女性が身籠ると大変なことになる。
男側が貴族であれば、側室に迎え入れたり手付金を払ってすっぱり関係を断ち切るなりやりようがある。貴族は血統と同じく面子を重んずる。こうした話題は後々まで他家に擦られ続けるのが相場だ。
既婚のご婦人が夫以外の子を作ったりすると更に大問題だ。不倫の末に子供ができたとなれば、醜聞の責任として勘当の末、女性の生家にまで咎が及ぶ場合もある。
徹底的に隠し通し、夫が没した後にことが露見し気がつけば過去から続いていた血統が絶えていた──なんて話もあったりする。中には、それが末端貴族ではなく王族の場合があるからとんでもない。
アベルも色々と学んでいる上で、『貴族の醜聞』についても知る機会があったのだろう。万が一の『可能性』として頭に過ってしまい、焦りが抑えきれないのだ。
「ラウラリスさんたちが今、非常にお忙しい立場なのはわかっています」
多少なりとも落ち着きを取り戻したアベルが、俯き気味に言う。
「父上も母上も『件のお触れ』を堺にそれらにより拍車が掛かっているのは、城内の空気からしても感じていました。なのに、僕はまだ国政に関われる歳ではありません。でも、曲がりなりにも王族の一員として何か出来ないかと……」
「だから、城を抜け出してまで私に相談しにきたってのかい」
まさかすぎる相談事に少し驚きはしたものの、根にあるのは焦りだ。何も出来ない自分へのもどかしさが、彼を駆り立てたのである。
「にしても、セディナ様とアイゼンがねぇ……」
「僕は一体どうしたら」
正直な感想を述べると、ラウラリスにはいまいちピンとこない。
これは直感に近いものであるが、世界を相手に海千山千を経た元悪徳皇帝の勘だ。
前世の皇帝時代において、男女間の痴情のもつれは腐るほど見てきている。明らかに繋がっていると思われていた両者が清廉潔白であり、逆に予想もしなかった組み合わせが裏で熱い一夜を過ごしていたりもした。
そうした経験から言わせてもらうと──。
「私はセディア様ともアイゼンとも、アベルほど長く接してたわけじゃないから気休めにしか聞こえんだろうけどね。あの二人はそうした感情はほぼ無だと思うよ」
「本当でしょうか……」
「だから気休めだって」
両者と話した感触としては、色恋沙汰に発展するような熱は全くといっていいほどなかった。
ただ、アイゼンについては主君に多大な恩を抱いているのは聞いている。
セディアに命を救ってもらい近衛騎士隊長として取り立てて貰ったと。
語り口こそ落ち着いていたものの、奥底に揺るがぬ忠義が宿っているのを感じ取れた。もしかすればそれは、かつて己に従っていた忠臣たち──四天魔将らが抱いていたものと同質だったのかもしれない。
極端な話、セディアに命じられれば、自分の首筋に躊躇なく刃を突き立てるくらいはするかもしれない。それほどに深く固い忠誠心である。
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