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第7章
第十二話 変わる風向き
しおりを挟むところ変わって、二人は街路から少し外れた縁石に腰を下ろした。
「まぁた懲りずに抜け出したのかい。そろそろ警備の奴らにゃ文句を言わんとな」
周囲には王妃も城勤めの人間もいないので、ラウラリスの口調は初めて会った時の気さくなそれであった。アベルとしてもこちらの方が話がしやすいだろう。
「その……僕が勝手に出てきただけなので、彼らにはお手柔らかに」
「自覚があるのに抜け出してきた、何気ないお前さんの図太さも大概だがね」
アベルは曖昧な笑みを浮かべていた。手にはラウラリスが半ば強引に渡したパンが握られている。半眼混じりに呆れるラウラリスは、彼を一瞥してから手にしたパイ生地に肉を挟んだ名称もよくわからない料理を頬張る。中々の美味である。
「ほら、遠慮しないであんたも食べな。私の奢りだ」
「で、では……いただきます」
促されたアベルは、オズオズと手元のパンを口に運ぶ。小さく一齧りして咀嚼すると、パッと顔が明るくなる。お気に召したようで二口目の咀嚼は中々に早いものであった。
ラウラリスが休暇中であるのはアベルも知っていたようで、もしかしたら会えるかと思って抜け出したのだと食事の合間にアベルは語った。
それで城下町に繰り出し人混みの中を探してみれば、本当に偶然ラウラリスを見かけたのだ。ただそこから、どう声をかけようかと考えあぐね、迷っているうちに隠れながら尾行する形になったという。
「下手くそではあったが、下手なりに様にはなってたな。かくれんぼとか得意だったかい?」
「特にそんなふうには。……ああでも、ラウラリスさんが初めて教えてくれた時以降から、誰にも見つからずに抜け出すのが上手くなった気がします」
「ああ、なるほど」
ほんのとっかかり部分とはいえ、全身連帯駆動を体得した影響だ。身を隠す際に、躰の細部にまで動作が行き渡り、自然と気配を殺すことができていたのだ。
ラウラリスのような卓越者や戦いに身を置いている者の前では児戯にも等しいが、素人相手ではまぁまぁ見つからないのも道理だ。
そこではたと気が付く。
全身連帯駆動を教えたことが、アベルが城を抜け出す一助となったのであれば。
「あれ? 回り回って私が怒られる流れじゃね?」
責任の所在は教えた人間かそれを使った教え子か。
……黙っていればバレないだろう。
「歳を取ると物忘れが激しくなって困るよ」と小さくボヤき、都合の良い時だけ年寄りムーブして忘れるラウラリス。気を取り直し、改めてアベルに問いかける。
「んで、昨日の今日でどうしたってんだい。稽古をつけて欲しいって流れじゃないだろ」
「それは…………」
ここにきてアベルが躊躇いを露わにした。
ラウラリスに見つかってからここに座るまでの間、アベルはどことなく気まずげな雰囲気を纏っていた。彼女を目的で城を抜け出してきた割には積極性に欠けるというべきか。城下町の路地裏で初めて会った時から城で再会するまであれだけ明るかったというのに。
口の中で言葉を惑いアベルに、ラウラリスは口を挟むことなくじっと待つ。
「……ラウラリスさんは、母上のことをどうお思いなんでしょうか?」
「母上ってぇと……セディア様のことかい?」
怪訝な反応を見せるラウラリスに、アベルはゆっくりとだが頷いた。
「第一印象は……教育熱心で子煩悩なお母様ってところだ」
質問の意図は一旦棚上げし、ラウラリスは率直な意見を述べていく。
「昨日会ってそいつが変わったかな。落ち着いて話をすれば相当に頭の切れる女性だ。ちょっと言葉を交わすだけで思慮の深さが伝わってきたよ」
献聖教会の三権分立の一柱を務める女性枢機卿を思い出す。壮年でありながら騎士団を率いる女傑であり、たおやかな物腰の裏側に数多の修羅場を潜ってきた深みがあった。分野は大きく違えど、そういった意味ではセディアに通ずるものがあった。
「けど、こいつはどうやらお前さんの求めている答えじゃなさそうだ」
素直な感性でラウラリスは答えたが、アベルの反応は優れなかった。今の意見は確かにラウラリスなりの本音ではあったが、彼が聞きたいのはきっと、そうした『当たり前』なものではないらしい。
「身内だからこそ聞きにくいことってのはあるんだろうが、私は外様だ。とりあえず思ったもんをぶちまけてみ?」
これが大人相手であれば尻を叩いて追い返すが、相手は子供だ。であれば先達として手助けなり何なりしてやりたいというのが年寄りの人情だ。
「教会の懺悔室みたいに気の利いた台詞は返せないだろうけど、それでも口の硬さにゃ定評があるつもりだ。吐き出してみて楽になることあるだろうしね」
ラウラリスなりに優しく促すと、アベルはオズオズと口を開いた。
「……母上は息子の僕から見てもとても聡明な人です。あまり僕の前では仕事の話はしてくれませんが、それでも人伝によく聞きます。国政においても呪具の開発においても多大な貢献をしていると」
セディア王妃は家庭にあまり仕事を持ち込むタイプではないらしい。
「ただ、最近の母上はちょっとおかしいというか変な気がしまして」
「あぁ……あの人もあの人なりに多忙だろうしね」
ラウラリスには語っていない部分でも、セディアが非常に忙しい立場にあるのは想像に難くない。直轄近衛騎士隊の命令系統の他にも様々なところで同盟に関わっているのだろう。
もしかしたらその辺りで滞りが出ているのか、とラウラリスは勘繰るが。
「頻繁にアイゼンと秘密の話をしているんです。昨日だって、夜に母上の部屋を訪ねたのですが、その時もあの二人で何やら話し込んでいたんです」
「ん?」
──なんだか風向きが変わったな。
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