132 / 149
第6章
第四十七話 怒り心頭なババァ
しおりを挟む例に漏れず、エルダヌス帝国も薬物を用いた研究が行われていた。
敵国に中毒性の強い薬を流通させることで国力を低下させ、そこを攻め込むというもの。この試みは幾つかの小国を対象に行われ、一定の成果を得ることには成功していた。
ただこれは、まさしく国を腐らせる毒であった。国家の礎たる人々を誘惑し、破滅へと向かわせる腐毒。この魅力に取り憑かれた者は、自身の全てを切り売りして薬を求めた。友人、妻、夫、子供、親。代償にあらゆるものを払って薬を求める様はまるで生ける亡者だ。
エルダヌス帝国が他国を侵略していたのは、本来は衰えた国内の生産力を補う為である。だが、薬物によって腐敗した国を手に入れたところで、得るものはほとんどなかった。その為、表立っては使用を禁止された。
しかし、その本分を忘れて『侵略』そのものに意義を見出していた一部の軍閥では、密かに研究は続けられ、作戦に用いられることもあった。
『洗脳』もそうした研究の過程で生まれたものだ。快楽を強制的に植え付け、正気が薄れたところに外部から思考を誘導し、都合の良い駒に仕立て上げる。薬漬けにした民を先導し内乱を起こさせるというもの。
亡国を憂える者が生産しているのはこの類の薬である。
研究の初期で生まれた薬は、中毒性が強く数度の使用で正気を失うほど。一方で、洗脳で用いられる薬は、中毒性を抑えながら服用者を酩酊状態に陥らせるもの。
強弱はあれど、酷い中毒の危険性があるのには変わりはない。たとえ一度でも服用してしまえば、その魅力から抜け出すのは非常に困難だ。数多くの手助けが必要となり、仮に脱したところで何かの拍子にまた取り憑かれる事も少なくはない。
ましてや体の出来上がっていない子供であればその影響は計り知れない。大人には問題なくとも、子供が飲めば身体に多大な負荷を与える薬というのもある。危険性のある薬ともあれば尚更だ。
つまり──ラウラリスは非常に腹を立てていた。
ただでさえ後始末が面倒な薬物を罪のない者に使用した上、まだ年端もいかない子供にまで服用させた。
「──ってなわけだ。個人的にはとっとと首を刎ねてやりたいところだが、生きて捕えろとのお達しだ。きっちり半分殺す程度で我慢してやろう」
「それで素直に投降する者は皆無だろうナ」
怒り心頭で悪徳皇帝の顔が漏れ出すラウラリスに、アイゼンは落ち着いて言葉を挟む。
要救助者の対応によってついに彼女とアイゼンの二人だけとなってしまったが、戦力的には問題なかった。
拠点の管理者が使っていたと思わしき部屋は、すでにもぬけの殻。ただ、突然の強襲によって慌てていたことは、内部の荒れ具合で把握できていた。道中では別の入り口から制圧を始めた別部隊の傭兵や獣殺しの構成員とも出会うようになり、拠点全域の制圧が着々と進んでいることがわかった。
やがて行き当たったのは、植物の栽培所。建物の内部にありながら天井からは燦々と光が発せられており、よく見れば呪具のようだ。太陽の光を取り込み、室内でも日光の光を再現するために用いられるものだ。
薬物の材料を外部からの供給だけではなく、一部は自給していたわけのようだ。非常に手の凝った内装である。
「くそ、もうここまで来たか──ッ」
栽培所の一番奥でモタモタと動いているのが、この拠点の管理者。
亡国を憂える者の幹部であり、薬物を用いての洗脳を行っていた首謀者『パラス』だ。
元々はどこかの貴族のお抱え薬師であったが、立場を利用して裏では違法な薬の製造売買に手を出し、それが露見したことで出奔。行き着いた先が亡国であったというのが、獣殺しによる事前に発覚した身辺の情報だ。
ラウラリスが部屋の扉を破壊して入ってきたところで、床に膝をついてゴソゴソと何かをしていたのが確認できていた。
「隠し通路の類カ。一応、考えうる通路の出口に人員は配置してあるはずだガ」
「亡国の奴らが新しく作った可能性もある。ここで逃がしていい道理はない」
パラスの傍には一抱え以上もある鞄が置かれている。身辺のものを掻き集めて詰め込んだものだろうか。亡国についての情報や薬物の精製方法も、おそらくはあの中に収められているはずだ。
「──あの鞄だけ持って帰ればいいんじゃないか?」
「もう少し殺気を抑えロ。反射的に剣を向けそうになル」
アイゼンの静止にラウラリスが舌打ちをする。もし仮に彼が居なければ、躊躇わずに首を刎ねていたかもしれない。そう確信させるほどにラウラリスは静かな殺意を溢れ出させていた。
二人が未だにパラスの確保に動いていない理由は、その前に立ち塞がる者がいるからだ。
武装した男女二人組。まるで騎士のように甲冑を着込み、静かにラウラリス達を見据えている。他の構成員とは明らかに纏っている雰囲気が異なっている。
ラウラリス、アイゼンが共に、気軽に手を出すのを思い留まるほどだ。
「まったく趣味が悪い。あれは旧帝国の騎士鎧だ」
「博識だナ。私にハ、この国の鎧でないとしか分からなかったガ」
「全く自慢できるものではないが、旧帝国の文化については詳しいほうだ。間違いない」
以前に、伝聞だけで伝わっていた情報を元に、帝国で話題になった衣装を再現してみせた職人と出会ったことがある。その時は笑い話ですんだが、今回はまるで違う。ただでさえ苛立ちを募らせているラウラリスの神経をさらに逆撫でしていた。
「そこの二人。提案だが、パラスをこちらに差し出せば、お前らは見逃してやろう」
「……我らは国の義を背負っている立場なのだガ?」
ラウラリスが発したセリフに、アイゼンが引き気味になった。
847
お気に入りに追加
13,797
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。
重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。
少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である!
番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。
そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。
離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。
翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。