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第6章

第四十六話 容赦が消えるババァ

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 二面からの同時突入は功を成し、拠点制圧作戦はおおよそ・・・・は順調に進んでいた。

「順調なんだかそうじゃ無いんだか、わかったもんじゃ無いな」
「それだケ、亡国の行いが許されざるものだということダ」

 ラウラリスが嘆く様に息を吐くと、隣を進むアイゼンが声を発する。

 作戦に参加している騎士の数は総勢で三十名。半分を入り口に残し、建物に突入した時点で十五名。

 けれども現在ではラウラリスとアイゼンを除けば残り三名にまで減少していた。

 とはいえ、何も負傷の類で戦線を離脱したわけではなかった。

 突入してからというもの、誤算に近しいものが嬉しいものとそうで無いものが一つずつ発生していた。

 まずは嬉しい方の誤算。

 この拠点が薬物製造の大元であるためか、戦闘員よりも明らかに内職向きの研究員の方が多かった。秘匿された場所にあったこともあり、これまで襲撃を受けることもなかったのだろう。
研究員たちの抵抗はもちろんあったが、武装した騎士の集団では叶うはずもない。当初の想定よりも制圧そのものは楽に行えそうであった。

 そして嬉しく無い誤算。

 調査の段階で、付近の街や村から行方不明者が続出していることは確認されていた。

 行われている研究が薬物によって判断力を失ったところを洗脳し、亡国の信者を増やすというもの。当然、その実験体として無辜の一般人が捕まっていることは想像に難く無かった。建物の内部には他所から誘拐された者たちが拘束されていると考えられていた。

 だが、実際に捕まっていた一般人は、想定されていた数を二回りほど上回っていた。おそらく、近隣の街からだけではなく遠方から連れてこられて者もいるようだった。

 しかも、監禁場所は一箇所ではなく、施設の様々な場所に転々と隔離されていた。一致団結されて反抗されるのを恐れてのことだろう。既に洗脳を受けている状態の者もおり、片手間で対処できる範囲を大きく超えていた。

 おかげで、人的被害はほぼ無いが、制圧が進むにつれて保護を含んだ対応に部隊の規模がどんどん縮小していくこととなったのである。

「別働隊の方でモ、おそらくは同じ状況だろウ。よくもまぁこれだけ集めたものダ」
「感心してる場合かい。おかげで手が足りなくて仕方がないよ」
「無論、私なりに憤りを感じてはいル」

 それについてはラウラリスも同じ意見だ。

 薬物を服用させられたばかりの者はまだいい。酒に酔ったような軽い酩酊状態であるものの、しばらく安静にすれば薬も抜けて元の状態に戻るであろう。

 しかし、中には既に洗脳が行われている者もおり、それらは決まって重度の中毒症状を持っていた。亡国以外の人間を目撃すると攻撃的な反応を見せたり、逆に全くの無反応という場合もあった。

 特に、無反応に至っていた中毒者はひとまとめにされて部屋に押し込められていた。ろくな世話もされずに放置されていたのか、彼らの状態は余りにも酷かった。扉を隔てても外に漏れ出すほどの据えた匂いで、どの様な扱いを受けていたかが伺える。

 あらかじめ覚悟があったにも関わらず、扉を経た先にあった光景に、ラウラリスも歯噛みを禁じ得なかった。むしろそこから先の対応はアイゼンら近衛騎士隊の方が迅速だったほどだ。

 ラウラリスは悪党が相手であれば容赦無く叩き潰し、外道であれば残虐を行使するのも厭わない悪徳皇帝としての側面を有している。それでも、一般人への非道に何も感じないほどに人間性を失ってはいない。

 無辜の民が理不尽を被る光景を、ラウラリスはもっとも嫌悪していた。

「わかっちゃいたのに動揺しちまうとは、私も焼きが回ったか」
「むしロ、それが正常な反応であろウ。私は感情があまり顔に出ないだけダ」
「…………そいつは、隊長さんなりの冗談と受け取っていいのかね?」

 どこをどうツッコミを入れていいのか、ラウラリスはアイゼンの覆面を凝視しながら迷った。彼女の芳しくない反応に、アイゼンは頭部鎧フルフェイスの顎部に指を当てる。

「ふム……王妃様からモ、私の冗談は笑えないとのお言葉を賜っているのだガ……貴殿の反応を見るト、その通りなのかもしれないナ」

 ラウラリスが隊員たちを見れば、彼らはなんとも言えない微妙な顔になっていた。概ね彼女と同じ認識だが、隊長を相手には表立って言えなかった──という表情だ。

 ともあれ、アイゼンなりにラウラリスを気遣っているのは伝わった。おかげで胸中に渦巻く憤りを胸の奥に押し込める程度の余裕を得られた。

 通路をしばし進んでいくと、曲がり角の死角から小さな影が飛び出してきた。アイゼンが手を挙げれば、ラウラリスや騎士たちが剣を構えて臨戦体制に移る。ところが、現れたのはようやく十代に届くかという少女であった。

 彼女は通路の壁に手をつき、おぼつかない足取りでこちらに近づいてくる。

「これ以上人数は割きたくないガ、見つけた以上放っておくわけにもいかんカ」

 アイゼンの目配せに騎士の一人が頷き、少女に向けて駆け寄っていく。

 己に向かってくる姿に、少女は呆けた顔を浮かべながら近づいていき──。

「──っ、下がれ!」

 鋭い警告を発したのは、一瞬で加速したラウラリスだ。

 少女を抱き抱えて保護しようとした騎士の肩を掴んで強引に引き剥がし、同時に少女を突き飛ばした。騎士はどうにか体勢を保ったが少女はそのまま力無く地面に投げ出される。

「ラウラリス殿、一体何を!?」
「……よく見なよ」

 騎士から非難の声を浴びながら、ラウラリスは険しい表情を浮かべながら、倒れた少女を指差す。倒れた衝撃で意識を失ったその手元付近には、抜き身のナイフが転がっていた。

 他の者たちと同じく、亡国によって誘拐された一般人なのだろう。亡国によって既に洗脳されており、ラウラリスたちを襲う様に仕向けられていたのだ。

「相手が子供だからって油断するな。あのまま抱きかかえてりゃぁ、ナイフで首を掻っ切られてたよ」

 ラウラリスは倒れた少女の側まで近づくと、ナイフを拾い上げた。

「ここまできて今更だが、仲間以外を目にしたら敵だって思っておいた方がいい。たとえそれが保護すべき人民だろうと、年端も行かない子供だろうがな。今回みたいな場合は特にだ」

 もしラウラリスの判断が遅ければ、犠牲者が出ていたに違いない。しかもそれは一人の死だけに留まらない。幼い子供に殺人の罪を背負わせることになっただろう。

 事情があるだけに、法で裁かれるようなことはないはずだ。しかし、事実は間違いなく彼女の手に残る。人を殺したという記憶が、少女の人生に大きく苛むかもしれなかった。

「その子の手足を拘束してから外に運び出セ。なるべく丁重にナ」

 改めてアイゼンが指示を出す。意識が戻ったときに暴れられた時の対処であり、実に適切だ。最後の付け足しは、相手が子供であることを加味して、今できる最大限の譲歩だった。

 騎士はもう一度頷くと、装備していた縄で子供の手足を縛り、丁寧に抱えてこの場を離れていった。

 曲がり角を経て見えなくなってから、アイゼンが口を開く。

「先ほどまでとは違イ、随分と冷静だナ」
「そうかい? これでも結構キテる・・・んだがねぇ。外からそう見えてんなら、私の見せかけはったりもなかなかに捨てたもんじゃぁない」

 ラウラリスは手に持っていたナイフを宙に放り投げと、一息に長剣を走らせる。ナイフは砕け散り、パラパラと床にばら撒かれた。

 見守るアイゼンや騎士たちは無言だが、ラウラリスの背中からほのかに立ちこめる怒気は感じ取っていた。

「いよいよ、容赦を挟む理由が無くなったぞ」

 その呟きは、死を告げる断罪者の宣言にも等しかった。
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