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第6章

第三十八話 同族嫌悪とババァ

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 その日の休息は、二人にとっては意外なほどに穏やかなものであった。

 賑やかな王都の露天商や服飾展を巡り。

 昼食はケインが予約していた店の料理にラウラリスは舌鼓を打ち。

 何の気なしに王都の街並みを歩き回り。

 夕暮れ時には、ラウラリスが見つけた隠れた名店で逆にケインの舌を唸らせた。

 騒ぎも起こさず起こされず、ただただ僅かな休みを楽しむ人々に埋没するほど。

 ともすれば記憶に残らないようなありふれた一日であったかもしれない。

「どうだい。王都こっちに来てから見つけたんだが、今の頃合いが一番なんだ」
「ああ、確かに。王都に居を構えてしばらくになるが、ここは知らなかったな」

 二人が訪れたのは、少し高台となった見晴し台。街並みの奥ばったところにあり、いくつかの細道を経由して辿り着ける穴場のような立地であった。遠くを見れば建物の隙間から覗く地平線に夕陽が落ちていくのが見える。彼方は夕焼け色を残し、けれども徐々に闇が広がっていく様は不思議な美と哀愁があった。

 見晴し台の手摺りに肘を預けながら、ラウラリスはぼやく。

「こういった光景が、私らの生まれるよりずっと前から繰り返されてきたって考えると、亡国やらなんやらで騒いでることがちっぽけに感じられるよ」
「まるで詩人のような言い様だな。……残念ながら、そのちっぽけなものに右往左往させられている俺たちもまた、小さな存在なんだろうな」
「そりゃぁ確かに」

 緩やかな風が吹き、ラウラリスは柔らかく髪を抑える。

 微笑みを讃えながら風を感じる彼女の姿に、ケインは不思議と魅入られていた。

 ただの日常の一幕でありながらも、それだけで値千金にも匹敵する光景を生み出せるのはある種の才能かもしれない。

 ここだけを見れば、飛び抜けて美しくはあるものの、争いとは無縁のただの少女がそこにいた。王国の暗部を率いる傑物にあるいは届くかもしれない猛者であるとは誰も信じられないだろう。

 そんな彼の視線に気がついたのかラウラリスはクスッと笑った。

「ありがたく拝んでおきなよ。絵にすりゃぁ金一封ぐらいにはなりそうな美女の一景をただで見れるんだからね」
「……………」

 ラウラリスはニマっと笑みを浮かべる。悔しいながら、そのからかいを含む顔さえ偽りなく美しいとさえ言えるのだから卑怯であった。

 だが──普段ならここで不機嫌そうに言葉を返すケインが、今は無言であった。返し言葉もなく、真剣味すら帯びる眼差しを向けていた。

 いつもとは違う雰囲気に、ラウラリスは軽く息を吐くと、改めてケインに向き直る。

「どうした。何か言いたいことでもあるのかい?」
「──知れば知るほど、お前という人間がわからなくなる」

 険しい表情から吐き出された声には、切実な感情が篭っていた。

 冷静沈着で自他共に厳しい男が、この時は不思議と道に惑う迷子にも見えた。

「今回の対亡国同盟によって大きな失態が発生した場合、総長が責任をとることになる。彼自身が亡国と繋がっていたというありもしない罪を被り、世間からは悪として周知されながら死刑台に登ることになるだろう」
「ああ、そいつは聞いてるよ。いけすかないヤツではあるが、腹を切られちゃ寝覚めが悪い。そうならないことを私も祈ってる」

 ラウラリスの隣に立つとケインは手すりを握る。木製のそれが今にも握りつぶされそうなほどに力を込めながら、胸中を吐き出すように言葉を連ねる。

「歴代の総長の中には、そうして罪人の汚名を被り名誉と命を捨てて獣殺しの刃の存在を守り通してきたものも少なくない。それによってこの国の平和は保たれてきた。その覚悟がなければ、獣殺しの刃を率いる資格はないんだろう」
「建国から三百年も目立った戦争もせずに平和を維持してきたんだ。綺麗事だけじゃぁ済まないのは分かりきってたよ」

 この国が保ち続けてきた三百年の平和は、決して楽な道のりではない。表社会での平穏は、水面化における誰かしらの流した血によって支えられているのだ。獣殺しの刃を統括する総長たちの血も、そこに含まれている。

 人によれば犠牲の上に成り立つ偽りの平和と呼ぶのかもしれない。

 だが、人生の半ばで汚名を背負った獣殺しの総長たちも、根幹にあるのは平和への切なる願い。無辜の人々が穏やかに暮らせる日々が尊いことを知っており、だからこそ命を賭す価値があるのだと。

 きっと、彼らだけではない。歴史の影に埋もれながらも、名もない者たちの小さな願いや想いが連なって、今の平和が保たれているのだ。

「……ラウラリス、お前と総長は似ているよ」
「はぁっ!? いきなりなんだいっ、冗談はよしとくれ!!」

 唐突に投げかけられたケインの言葉に、ラウラリスは珍しく素っ頓狂な声をあげてしまった。盛大に、そして嫌そうに顔を顰める彼女に、ケインは続けて投げかける。

「誰よりも強く、誰よりも聡明でありながら、必要があればどれほどの罪禍を背負う事も厭わない。全くもってそっくりだ」
「──ッ」

 この時になってラウラリスはようやく、シドウに対して抱いていた感情の正体に気が付く。

 言動ややり口はともかく、おそらく根の部分ではケインの言う通りにラウラリスとシドウは似ている。それを直感的に察していたが故に、認めたくがない故の同族嫌悪に陥っていたのだ。

「ああくそっ、私も焼きが回ったもんだ」

 心の底から遺憾ではあったが、こればかりはラウラリスも認めるしかなかった。
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