122 / 151
第6章
第三十七話 成長期なババァ
しおりを挟む
街に繰り出した二人は、まずは朝食を取ろうと店を探しに並んで歩く。
「やぁラウラリスの嬢ちゃん。今日はデートかい?」
「あら、ラウラリスさん。カッコいいお連れさんがいて羨ましいわ」
「ラウラリスちゃん、ご機嫌いかが?」
そんな最中に、道ゆく人々がちょくちょくと声をかけていく。ラウラリスは誰に対しても分け隔てなく、陽気に言葉を返していった。全員、彼女が王都に来てから知り合った住民たちである。
「王都に来てまだ一ヶ月程度なのに、よくもまぁあれだけ仲良くなれるな」
「そうかい? 私としちゃぁ、ちょっと話をしたり悩みを聞いていたりしただけなんだがね」
ケインの呆れと驚きが混ざったセリフに、ラウラリスは何気なく答えた。
王都に来てからというもの、ほぼ宿と図書館を行き来する日々であったが、それだけに終始していたわけでもなかった。息抜きに露天を巡ったり飲食店で料理に舌鼓を打ったり、時にはお節介を焼いて困った老人を助けたり喧嘩する若者を鉄拳で仲裁したりといったこともしていた。今では、ラウラリスが出歩くだけでその辺りの治安が少し良くなるほどである。
ラウラリスは皇帝当時、為政者としての苛烈な辣腕を振るう一方で、時折には小綺麗で気さくな貴婦人として市井に降っていた。これは上から覗くだけでは見えてこない庶民の暮らし振りを観察するだけではなく、日々の重圧から解放された休息も兼ねていた。
──最も、その傍らで困った勤勉な商売人に助言をしたり、職に困った若者に働き口を探してやったり、路頭に迷った親無しの子に里親を紹介したり、あるいはそういった善良な者たちを食い物にする悪辣どもを懲らしめたりと、単なる休暇とは言い難いかもしれなかったが、少なくとも彼女にとっては良い気晴らしではあった。これらの下地があることによって、ラウラリスのコミュニケーション能力は破格と称しても過言ではなくなっていた。
彼女自身はこれを特別な事とは思っていなかった。多少の聞き上手程度の認識であり、そうした気取らないところもまた人々に慕われる一因でもあったのだろう。
あと、声をかけてくる割合が壮年から老人当たりなのはやはり、彼女の人徳所以であった。
いつの間にか、彼女の手にはいくつかの紙袋が抱えられていた。どれも、道ゆく顔見知りや、露天の飲食店で貰ったものだ。中身は持ち運びができる出来立ての料理や果物だ。
「いつもそんなに貰うのか?」
「ちょくちょく貰ったりはするが、ここまでの量は今日が初めてだよ。とりあえず、朝飯には困らないか。あんたもどうだい」
「……頂こう」
袋の一つを受け取り、中身を頬張るケイン。
しばらく二人で朝食をパクつきながら歩く。
傍目からすると、顔の整った美男美少女のカップルが買い食いをしている様に見えただろう。
「ところで、この後の予定はあるのかい?」
「一応は昼食に店を予約しているが、その前後は特に決めてはいない。お前もその方がいいだろう」
「最低限の甲斐性は持ってて安心したよ。これで完全に無計画だったら、シドウの教育方針に文句をつけなきゃならんかったよ」
「お前は俺の母親か」
ほっと胸に手を当てたラウラリスに、流石のケインもムッとなる。精神年齢的には、祖母と孫あたりだ。
手元の朝食を食べ終えたラウラリスがふと口を開いた、
「思い返してみると、あんたと街を歩くのも久しぶりだな。初めて組んだ時がなんだか随分と昔に感じちまうよ」
『亡国を憂える者』に初めて関わり合いを持ち、ケインと出会った出来事。実際にはまだあれから一年ほどしか経過していないであろうが、あれからこれまでの事を省みると騒動の連続であった。
ラウラリスが自ら首を突っ込んだものや、意図せずに巻き込まれたこともあった。あるいはケインが持ち込んだものが発端だった件もある。仕事を共にしたり依頼される事はあっても、並んでゆっくり歩くのは、出会った時以来である。
「初めて組んだ時は、まさかここまで長い付き合いになるとは思っていなかったがな」
「長いっつっても、一年かそこらだろうに。思っていなかったってのは同感さね」
切っ掛けは間違いなく偶然であったには違いない。だが、偶然から今に続く関係になったのは必然だった。
「……そういえば、初めて会った頃よりも少し背が伸びたか?」
「お、わかるもんかい。実はこっちに来てから服を仕立て直したんだ」
ラウラリスの体は、肉体的にはまだまだ育ち盛り。王都に向かう道中で、着ている服が窮屈になっていることに気がついたのだ。王都についてから早々に、服飾屋に赴いて丈を直してもらったのだ。
「あんたは……背は変わりないねぇ」
「お前と違って、こちらは既に成長期が終わっているからな。……あれだけの量を食いながら、その程度の成長で留まっている事が俺としてはむしろ不思議で仕方がない」
と、ケインの目が不意に止まったのは、ラウラリスの胸元であった。
「…………」
すぐに視線を逸らしたが、もちろんラウラリスは気が付いていた。だが、あえて指摘してやらないのは剣士の情けである。むしろ、女性に対しての礼儀も多少は備わっているようで安心する。
ここだけの話、実は革鎧の一部も息苦しさを覚えるようになっていた。ラウラリスが食事で得た栄養が、背丈だけではなくそこにも注がれていたのは紛れも無い事実であった。
(前世と同じくらいに育つんなら、背丈もこっちもまだ伸びるんだろうなぁ)
今の服は、ラウラリスが転生したばかりの頃に訪れた街で仕立てたもの。それなりの愛着があるが、いずれは丈直しでは限界が来るだろう。その時になればいよいよお別れだ。まだ先の話ではあるが、考えると少しだけ寂しく思える。
「仕事仲間以外に、休日に会ったりする友人とかいないのかい」
「あいにくと、王都に住処はあるが一年の半分近くは空にしているからな。方々を飛び回って、誰かと交流を深める時間はない」
「ま、そりゃぁそうか」
「アマンあたりは酒飲み友達もいるらしいがな。あいつは俺と違って世渡りが上手い。いい塩梅の付き合い方をしているようだ」
補佐官であり情報屋でもあるアマンはむしろ、出先で人脈を形成するのも仕事のうちだ。ケインが赴く前に現地入りし、任務に関わる情報を集める必要がある。
「奴も近頃は酒盛りをする暇もなく忙しくしているが」
「ここ一ヶ月あたりは、裏方の連中も大変だったろうねぇ。こっからは私たちの番なんだろうけど」
ラウラリスの耳にも、近々に作戦が行われることは届いている。
まもなく過ぎれば、対亡国同盟における仕事に掛かりっきりになる。しばらくの間はこうして呑気に王都の街並みを歩く機会も無くなってしまうだろう。
今日は、ラウラリスにとってもケインにとっても最後の休息日であった。
「やぁラウラリスの嬢ちゃん。今日はデートかい?」
「あら、ラウラリスさん。カッコいいお連れさんがいて羨ましいわ」
「ラウラリスちゃん、ご機嫌いかが?」
そんな最中に、道ゆく人々がちょくちょくと声をかけていく。ラウラリスは誰に対しても分け隔てなく、陽気に言葉を返していった。全員、彼女が王都に来てから知り合った住民たちである。
「王都に来てまだ一ヶ月程度なのに、よくもまぁあれだけ仲良くなれるな」
「そうかい? 私としちゃぁ、ちょっと話をしたり悩みを聞いていたりしただけなんだがね」
ケインの呆れと驚きが混ざったセリフに、ラウラリスは何気なく答えた。
王都に来てからというもの、ほぼ宿と図書館を行き来する日々であったが、それだけに終始していたわけでもなかった。息抜きに露天を巡ったり飲食店で料理に舌鼓を打ったり、時にはお節介を焼いて困った老人を助けたり喧嘩する若者を鉄拳で仲裁したりといったこともしていた。今では、ラウラリスが出歩くだけでその辺りの治安が少し良くなるほどである。
ラウラリスは皇帝当時、為政者としての苛烈な辣腕を振るう一方で、時折には小綺麗で気さくな貴婦人として市井に降っていた。これは上から覗くだけでは見えてこない庶民の暮らし振りを観察するだけではなく、日々の重圧から解放された休息も兼ねていた。
──最も、その傍らで困った勤勉な商売人に助言をしたり、職に困った若者に働き口を探してやったり、路頭に迷った親無しの子に里親を紹介したり、あるいはそういった善良な者たちを食い物にする悪辣どもを懲らしめたりと、単なる休暇とは言い難いかもしれなかったが、少なくとも彼女にとっては良い気晴らしではあった。これらの下地があることによって、ラウラリスのコミュニケーション能力は破格と称しても過言ではなくなっていた。
彼女自身はこれを特別な事とは思っていなかった。多少の聞き上手程度の認識であり、そうした気取らないところもまた人々に慕われる一因でもあったのだろう。
あと、声をかけてくる割合が壮年から老人当たりなのはやはり、彼女の人徳所以であった。
いつの間にか、彼女の手にはいくつかの紙袋が抱えられていた。どれも、道ゆく顔見知りや、露天の飲食店で貰ったものだ。中身は持ち運びができる出来立ての料理や果物だ。
「いつもそんなに貰うのか?」
「ちょくちょく貰ったりはするが、ここまでの量は今日が初めてだよ。とりあえず、朝飯には困らないか。あんたもどうだい」
「……頂こう」
袋の一つを受け取り、中身を頬張るケイン。
しばらく二人で朝食をパクつきながら歩く。
傍目からすると、顔の整った美男美少女のカップルが買い食いをしている様に見えただろう。
「ところで、この後の予定はあるのかい?」
「一応は昼食に店を予約しているが、その前後は特に決めてはいない。お前もその方がいいだろう」
「最低限の甲斐性は持ってて安心したよ。これで完全に無計画だったら、シドウの教育方針に文句をつけなきゃならんかったよ」
「お前は俺の母親か」
ほっと胸に手を当てたラウラリスに、流石のケインもムッとなる。精神年齢的には、祖母と孫あたりだ。
手元の朝食を食べ終えたラウラリスがふと口を開いた、
「思い返してみると、あんたと街を歩くのも久しぶりだな。初めて組んだ時がなんだか随分と昔に感じちまうよ」
『亡国を憂える者』に初めて関わり合いを持ち、ケインと出会った出来事。実際にはまだあれから一年ほどしか経過していないであろうが、あれからこれまでの事を省みると騒動の連続であった。
ラウラリスが自ら首を突っ込んだものや、意図せずに巻き込まれたこともあった。あるいはケインが持ち込んだものが発端だった件もある。仕事を共にしたり依頼される事はあっても、並んでゆっくり歩くのは、出会った時以来である。
「初めて組んだ時は、まさかここまで長い付き合いになるとは思っていなかったがな」
「長いっつっても、一年かそこらだろうに。思っていなかったってのは同感さね」
切っ掛けは間違いなく偶然であったには違いない。だが、偶然から今に続く関係になったのは必然だった。
「……そういえば、初めて会った頃よりも少し背が伸びたか?」
「お、わかるもんかい。実はこっちに来てから服を仕立て直したんだ」
ラウラリスの体は、肉体的にはまだまだ育ち盛り。王都に向かう道中で、着ている服が窮屈になっていることに気がついたのだ。王都についてから早々に、服飾屋に赴いて丈を直してもらったのだ。
「あんたは……背は変わりないねぇ」
「お前と違って、こちらは既に成長期が終わっているからな。……あれだけの量を食いながら、その程度の成長で留まっている事が俺としてはむしろ不思議で仕方がない」
と、ケインの目が不意に止まったのは、ラウラリスの胸元であった。
「…………」
すぐに視線を逸らしたが、もちろんラウラリスは気が付いていた。だが、あえて指摘してやらないのは剣士の情けである。むしろ、女性に対しての礼儀も多少は備わっているようで安心する。
ここだけの話、実は革鎧の一部も息苦しさを覚えるようになっていた。ラウラリスが食事で得た栄養が、背丈だけではなくそこにも注がれていたのは紛れも無い事実であった。
(前世と同じくらいに育つんなら、背丈もこっちもまだ伸びるんだろうなぁ)
今の服は、ラウラリスが転生したばかりの頃に訪れた街で仕立てたもの。それなりの愛着があるが、いずれは丈直しでは限界が来るだろう。その時になればいよいよお別れだ。まだ先の話ではあるが、考えると少しだけ寂しく思える。
「仕事仲間以外に、休日に会ったりする友人とかいないのかい」
「あいにくと、王都に住処はあるが一年の半分近くは空にしているからな。方々を飛び回って、誰かと交流を深める時間はない」
「ま、そりゃぁそうか」
「アマンあたりは酒飲み友達もいるらしいがな。あいつは俺と違って世渡りが上手い。いい塩梅の付き合い方をしているようだ」
補佐官であり情報屋でもあるアマンはむしろ、出先で人脈を形成するのも仕事のうちだ。ケインが赴く前に現地入りし、任務に関わる情報を集める必要がある。
「奴も近頃は酒盛りをする暇もなく忙しくしているが」
「ここ一ヶ月あたりは、裏方の連中も大変だったろうねぇ。こっからは私たちの番なんだろうけど」
ラウラリスの耳にも、近々に作戦が行われることは届いている。
まもなく過ぎれば、対亡国同盟における仕事に掛かりっきりになる。しばらくの間はこうして呑気に王都の街並みを歩く機会も無くなってしまうだろう。
今日は、ラウラリスにとってもケインにとっても最後の休息日であった。
138
お気に入りに追加
13,802
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。