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第6章
第二十四話 焔螺子
しおりを挟む鬼人の恐ろしいところは、貪欲な食欲もさることながら、やはり戦闘力の高さであろう。体躯から想像に難く無い圧倒的な膂力と、その膂力を支える分厚い筋肉が有する頑強さと巨体に見合った生命力。生半可な武器では擦り傷を付けるのが精一杯であり、雑兵がいくら攻めたところで屍の山を増やし合えなく鬼人の胃袋に収まる末路が待っているだろう。
討伐するには、銀級ハンターが最低でも三人が必要とされている。好事家の元から逃げたこの鬼人も他の例に漏れず、仮に人の行き交う街道にでも出没すれば甚大な被害が出ていたに違いない。
──だがこのオーガは運がなかった。
新たに獲物と定めたのが、片や金級に匹敵する実力を有し、片や金級をも超越した強者であったのだから。
手近の太い木を力任せに引き抜くと、鬼人は咆哮を発しながら少女に向けて投げつける。しかし、彼女が振るった長剣の元に一刀の元に両断された。
触れるだけで折れてしまいそうな矮小な存在が発揮するにはあまりにも強大な力。なまじ獣より知性があるだけあって鬼人は目を見開いた。
鬼人が僅かに動揺する最中、ラウラリスの背後からケインが飛び出す。己の指を切り飛ばした人間に、鬼人は動揺以上の怒りを激らせ、岩のように固めた拳を振り上げた。
直撃すれば原型すら残さぬ肉片に成り果てる剛腕が迫る中で、ケインは鬼人に背を向けんばかりに強く躰を捻る。
離れた位置にいる少女にすら筋肉の軋みが聞こえそうなほど捻れから、彼は呟く。
「──焔螺子」
次の瞬間、ケインの放った苛烈な斬撃が、分厚い筋肉と強固な骨によって支えられた胴体をものの見事に断ち切っていた。あまりの衝撃に分かたれた鬼人の上半身が宙に投げ出され宙を舞った。
鬼人の視界に離れた下半身が映り、ようやく己が『斬られた』という実感が湧いた頃には意識は霧散し、大きな音を立てて地面に落ちた。
断面から鮮血が吹き出す残された下半身に一瞥を残し、ケインは刃にこびり付いた血を振り払い鞘に剣を収める。
壱式──焔螺子。
腰を限界にまで捻り上げる事で筋肉と関節に強烈なバネを作り、一気に解放することで得られる加速を斬撃に乗せる技だ。『昇焔』と同じく、最短で高い威力を放つ技だが、性質上腰回りに多大な負荷を強いる。
これらの技に限らず、壱式の技は他の型に比べて肉体への負担が非常に大きいものが殆ど。耐えうるためには柔軟かつ強靭な肉体が求められ、生まれ持った素養も必要になってくる。
事実、獣殺しの刃の中で全身連体駆動を体得する執行官でも、壱式の技を戦闘中に扱う者は全体からして極僅かだ。生半可な肉体と技量で使えば、一つ使うだけで以降のに支障が出るほどの反動が返ってくる。使うたびに躰のどこかしらに不調が出るような技を使う者など、単に愚か以外の何者でも無い。
逆を言えば、壱式の技を戦闘中に放つケインは、技の反動に耐えられる肉体を有していることを意味する。これこそが彼を獣殺しの刃筆頭たらしめていると言っても過言ではなかった。
目的であった鬼人の討伐を終え、念の為に周囲の確認も行ったが他に危険種がいる様子はなかった。この地に集まった小鬼はラウラリス達が討ち取り、あるいは鬼人との戦いに巻き込まれてほとんどが殲滅されたと考えていい。もし討ち漏らしがあったとしても、それはラウラリス達の仕事ではない。
「オーガの死骸や残ったゴブリンについては、機関の処理班に対応してもらう。俺たちの役目はここまでだ」
「人様に迷惑がかかる前に仕留められて良かった。あ、例の貴族にはきっちりとお灸を据えといてくれ」
「無論だ。お前に言われるまでもない。さぁ、帰るぞ」
「あ、ちょっと待っとくれ」
ケインは元来た道に引き返そうと振り向くが、それより先にラウラリスが引き留める。振り向くと、ラウラリスは手近な岩に腰を下ろしていた。
「実はあんたに話しておきたい事があってね。仕事終わりにでも予定を聞こうと思ってたが、今がちょうどいい機会だ」
「この場所だからこそ、というわけか」
離れた地点に鬼人や小鬼の死骸があるだけで、付近にはラウラリスとケインの他には誰もいない。これからラウラリスがする話というのはつまり、ケイン以外には聞かせたくない内容だということだ。
「一晩を明かすほどの長話でなければ付き合おう」
「流石にそこまではね。ただ、ちょっと重たい話ではある」
ラウラリスは一息をつくと、少しばかり様子が改まる。
「これから喋べる内容は、戯言だと断じてもかまわない。シドウに伝えるかもお前さんの判断に任せる。その辺りを留意してくれ」
「随分と改まったものだ。……いいだろう、話してくれ」
ケインの頷きを確認してから、ラウラリスは口を開いた。
「先日の合同会議で、私が名指しされたら何を話すかは、獣殺しの刃には先んじて伝えていたな」
「盟主なる者の存在だな。もちろん覚えている」
ラウラリスは亡国には盟主なる者が存在していると考えていた。非常に有能でカリスマ性のある人物であるに違いないと。これにはシドウやケインらも元から意見を同じくしていた。実態は未だに見えずとも、油断ならぬ存在であると。
「妥当に考えれば、名のある貴族か一角の商人であるのだろうが」
「──実は、あんたらにはまだ伝えてない先があるのさ、こいつには」
ケインの眉間がピクリと揺れた。
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