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第6章
第二十三話 デザートなババァ
しおりを挟む小鬼に関わる依頼をハンターギルドが発行する際には、狩猟では無く『討伐』とされることが殆ど。なぜなら、他多くの危険種に比べて小鬼の亡骸から採取できる素材がほとんど存在せず『狩猟』という形ではほぼ利益を得られない。
しかし、脅威度という点では他の危険種に負けずとも劣らず。場合によっては非常に厄介な存在だ。二足歩行を行う亜人種らは、手に武器を持ち扱う程度の知能を有している。特に、小鬼は一度に出没する数が非常に多い。一匹を見かけたら、付近には最低五匹。万全を喫するなら十匹がいると想定するのが妥当なほど。それ以上の数が現れることもざらにある。
木の棒であろうが武器を持ち、十を超える数の徒党を組んだ小鬼が一斉に襲い掛かれば、一般人は一溜りもない。時には危険種の専門家であるハンターでさえ、小鬼の集団に飲み込まれて亡骸を晒すこともあるのだ。
どれほど矮小で非力だろうが危険種には違いない。新人ハンターの中には小鬼を侮って返り討ちに遭う場合は少なく無く、手堅いハンターであるほど気を引き締めて挑むほど。中には、小鬼を優先的に討伐する専門家がいるとさえ言われるほどだ。
──もっともな話、油断を微塵も含まない凄腕の戦士二人が挑めば何ら問題は無いわけで。
「フゥッ──ッッ」
小さく息を吐きながら振るわれたケインの刃が、ゴブリン数匹を纏めて両断する。どこかで拾ったのか、あるいは誰かしらを襲って奪った刃毀れした剣やボロボロの盾を構える個体もあったが、まったくのお構いなしだ。勢いが乗り鋭く苛烈な一刀の元に諸共断ち切られる。
「せいやぁぁっっ!」
ラウラリスもケインに負けてはいない。彼女の長剣が翻るたびに、ゴブリンが纏めて薙ぎ払われる。時には、間合いの内側に入った木々すらも巻き込み一息で叩き切っていく。
ギンっ!
「お?」
調子に乗っていると、転がっていた岩も斬っていたようだ。切断面はまるで研いだかのような滑らかさを表しており、何気なく振るわれた彼女の太刀筋が見事以上であることを証明していた。
自身らの縄張りに踏み込んできた侵入者に、小鬼たちは気色ばみ騒がしく踊りかかった。最初こそ仲間の被害も気にせず数に任せて挑んでいたが、剣士二人の異様な強さに徐々に勢いが失われていった。
剣筋が立ち回りがどうこうのと判断できるほどには、小鬼の知能は高くない。だがそれだけに、野生生物としての本能がラウラリスとケインが己たちの及び得ない圧倒的な強者であると深く認識し始めていた。
瞬く間に同族が討ち取られる光景に、気圧されていく。最後尾にいる小鬼は命惜しさに逃げ出そうと振り返った。しかし、最初の数歩を踏み出したところで、巨大な影が小鬼に覆い被さった。
──ギィィィィィィィ!?
小鬼の叫びがあたりに響いた。それはあまりにも悲痛に満ちた声であり、小鬼たちは何事かと背後を振り返る。ラウラリスとケインも剣を構えたままであるが視線を向ければ、小鬼の頭部を鷲掴みにした鬼人がこちらに迫ってきていた。
しばらくは逃れようと喚き踠き続けていた小鬼であったが、鬼人が僅かに腕に力を込めれば頭蓋ごと頭を握りつぶされ、それっきり動かなくなった。
鬼人は物言わぬ亡骸となった小鬼の胴体に歯を立て噛みちぎった。痩せ細りほとんど皮しか残っておらず骨ごとであるが、小枝が折れる音を響かせながら咀嚼し飲み込むと、残った残骸は無造作に投げ捨てた。
「悪食にも程があるな」
「つっても、あまりお気には召さなかったらしい」
凶暴な面構えをラウラリスたちに向け、歩を進める鬼人。足元にはいるゴブリンは煩わしげに蹴散らしあるいは踏み潰して構わず直進する。
鬼人に殺されることを恐れ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す小鬼たち。だが当の鬼人の眼中には勝手に群れていた手下は既に無く、新たにやってきた新鮮な肉に集中していた。
徒歩はやがて、地響きを伴う駆け足になっていた。鬼人は両腕を大きく広げながらラウラリスたちに向けて走る。遠目からではゆっくりに見えるが、そもそも人間とは体格が違う。獣の疾走に近しい速度で迫り来る。
「私たちはさながら、食後の口直しってところかね?」
鬼人が力任せに打ち下ろした腕を、華麗な歩調で避けるラウラリス。目を動かした鬼人が次に捉えたのはケイン。反対側の腕を薙ぎ払うが。
「鬼人の餌になるのは御免被る」
ケインの下段から打ち上げる形の斬撃を繰り出すと、鬼人の丸太のような腕も真上へと弾き飛ばされる。
──少し遅れて、ボトリと何かが地面に落ちた。
鬼人の手から切り飛ばされた指だ。自身の一部が失われたことに気がつき、鬼人は目を見開いた。
ケインの持つ剣は、ラウラリスのように特別に重量があるわけでもなく、せいぜいシドウの持つ両手半剣に近い。いくら全身連帯駆動の使い手とはいえ、鬼人の剛腕を弾くには心許ない。
ラウラリスはその仕掛けを早々に見抜いていた。
(『昇焔』か)
ケインが扱う、全身連帯駆動・壱式。
四つある全身連帯駆動の型の中で最も攻撃力に秀でてはいるが、最大威力を発揮するにはある程度の溜めが必要となる。つまりは最初の一撃が最も攻撃力が低い状態なのだ。
昇焔は、下段から繰り出す斬撃の軌道上であえて地面を抉ることで『溜め』を作り、地面から抜けた瞬間に一気に解放し威力を飛躍的に高める技。
最短距離かつ最短で大きな威力を発揮できるが、斬撃の途中で地面を抉る都合上、斬撃の始動から威力が発揮されるまでの間に独特の時間差が生じる。扱うには経験則からくる当て勘が求められるが。
(鈍重だったとはいえ、失敗すれば致命傷になりうる攻撃を前に迷わず使うか。たいした度胸だ)
肩を並べるに足る実力者の存在に、ラウラリスの口角が自然と釣り上がった。
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