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第6章

第二十二話 ババァの算段

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 脱走現場には人や馬のものとは明らかに異なる足跡が残されていた。足跡の主が向かった先、更に奥へと進むと木々が生い茂り視界も悪くなっていく。ラウラリスとケインも警戒を強め、口数も少なくなっていった。

 しばらく進むと、ケインが無言のまま手でラウラリスを制する。彼は進行方向から少し外れた方向を指差す。二人で歩み寄れば、一本の木の幹が半ばから折れている様が目の当たりになる。

 自然の作用ではない。明らかに外部から大きな力が加わり強引にへし折られた跡だ。

「王都近郊はハンターギルドと連携し、危険種の生態については調査が逐一行われている。近辺でこの太さの木を折れるような力を持った動物ないし危険種はいないはずだ」
「なら、つい最近に来た何かやつの仕業だね。おまけに──」

 辺りを見渡すと、草木が乱雑に踏み荒らされた形跡が残されてた。ラウラリスが追っていた大きな足跡のほかに一回り──否、二周りは小さな足跡ものだ。

「こりゃ大事おおごとだ。想定の範囲内・・・・・・には違いないけどね」
「だいぶ悪い方に振り切れているがな」

 ラウラリスとケインは、土を踏み草を折る音すら最小限に留めながら進んでいく。幸いに、至る所に大勢の何かが通った形跡がくっきりと残っており、道に困ることはなかった。

 やがて、鼻に濃い血の臭いが触れ始める。

 至る所に獣の骨らしき残骸が散乱しており、酷い腐敗臭が漂っている。この程度で顔を顰めたり声を出すほど柔ではなく、二人は手振りで合図を送り合うと、太めの幹に身を顰めて奥を窺った。

 まず一番目を引くのは、倒れた巨木に腰を下ろす巨体。その時点で成人男性を優に超える大きさであり、立ち上がれば四メートルに到達するであろう。筋骨隆々という言葉では足りないほどの巨体。口の端からは、まさしく肉食獣を思わせる鋭い牙が飛び出し、額からは一本の荒々しいツノがそそり立っている。

 あれこそがまさしく鬼人オーガであった。

 手にしているのは、未だ血が滴っている獣の死骸。鋭い牙の生え揃った口を大きく開くと、骨にこびり付いた肉を噛みちぎり咀嚼している。一部、小骨も巻き込んでいたが構わず音を立てて噛み砕いていた。あの口で噛みつかれたら人間の骨などひとたまりもないだろう。

 だが、居るのは人喰い鬼だけではない。周囲には、ちょこまかと動く姿が多数見受けられる。

 大きさは人間の子供程度であるが、似ても似つかない全貌だ。痩せ細った肉と骨だけの躰に肌は緑色。耳障りな声にもならぬ音を口から発し、辺り一体で好き勝手に動き回っている。小競り合いをしていたり、周囲に構わず獣肉を貪っていたりと様々だ。

 小鬼ゴブリンと呼ばれる類で、これも亜人種。集団意識が強く常に複数で行動しており、主に小動物を狩って生活をしている。時には旅人を襲い、奪った武器を扱う程度の器用さを持ち合わせている。

 王都の近郊は定期的に脅威度の高い危険種が相当されているようだが、現在地は森の奥深くだ。ここまで来ると軍も足を運ばず、ハンターも明確な目的がなければ踏み込んでこない。小鬼たちは元々、この辺りを縄張りにしていたのだろう。

(これがあるから、鬼人オーガってのは面倒なんだよ)

 ラウラリスは内心で嘆息を漏らす。ケインに目を向けると、彼も己と同じような表情を浮かべていた。

 危険種として認定されるだけあり、亜人種も非常に獰猛だ。同族以外の動物が現れれば容赦無く襲いかかる凶暴性を秘めている。だが一方で、命惜しさに逃亡し隠れる程度の知性を有してもいる。

 この知性が曲者で、己よりも隔絶して圧倒的に強い存在──特に別の亜人種に対しては、逃げるよりも平伏し従うことがある。獣型の危険種においても似たような傾向はあるが、亜人種はそれらが特に顕著だ。今目の前にある光景がその典型例。この場にいる小鬼たちは全て、鬼人を群れのあるじとして認識している状態だ。

 鬼人からすれば、小鬼が勝手に付き従っているだけだが、いざという時の『食料』が手近にあり、拒絶する理由にはならないのだろう。

 その巨体から想像できるほどに、鬼人の食欲は貪欲で旺盛だ。放置していれば、遠くないうちに近辺に生息する動物は危険種を含めて食い尽くされるに違いない。そうなれば、鬼人はより食料が存在する場所──人の往来がある街道にまで足を延ばす。手勢である小鬼もそれに伴って動き始ま目るだろう。。

 危険種を生息域から運び出した場合に考えられる、最悪の可能性に近しい状況。生態系を破壊する秒読み段階に突入していた。

「ったく、馬鹿な事をしよってからに」

 ラウラリスはこの場にいない貴族に対して苛立ちを吐き捨てた。鬼人に殺された者たちにはお気の毒としか言いようがないが、元いた住処から無理やり連れてこられたのだ。鬼人にとっていい迷惑であったには違いない。

「だからと言って、見過ごしてはやれないんでね」

 一転し、表情を引き締めたラウラリスは長剣を引き抜き、物陰から姿を表す。その様を見たケインも、吐息を一つ漏らしながら同じく剣を掴み彼女の隣に並んだ。

「考えはあるのか?」
「私一人なら多少なりとも算段を付けるが、お前さんケインもいるんだ。この程度なら下手に策を考えるほうが手間がかかる。お前さんだって同じだろう?」
「…………」

 ここでの無言は肯定も同然。ケインも、ラウラリスが考えなしに動いてるわけではないと、いい加減に理解はしている。考えた末が結果的に力押しになっているだけなのだと。分かっていながらも素直に認めるのが嫌だったのか。


「依頼を持ちかけた身が言う台詞じゃないが、無茶をして怪我してくれるな」
「心配してくれるのかい? 随分と優しいじゃないか」
「情けない事に、機関も……総長も少なからずお前の助力に期待しているんだ。忙しくなる前に戦線離脱されたら大いに困る」

「そこは『俺が』って言ってやると、女の子はコロッといっちまうよ。今後のために覚えておきな」
「……善処だけはしておこう」

 ラウラリスは笑みを浮かべ、ケインは面倒くさそうに見返し。

 互いの視線が交錯したところで、同時に駆け出した
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