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4巻

4-2

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「私は一番守りが堅そうな箇所を狙ってただけだよ」

 さらっと言ってのけたラウラリスに、ケインは口をへの字にゆがめた。
 守りが堅い場所というのはつまり、その奥に最も重要なものが存在している証拠だ。ラウラリスの考えは合理的だが、やりかたが非合理的だった。そしてその合理的で非合理的な判断を実行できる能力があるのだから始末が悪い。

「アレだ。私とケインの判断が合致したってことは、いよいよこの奥に親玉がいる可能性が高くなったわけだ」

 ラウラリスは長剣を担ぎ直すと、意気揚々いきようようと通路の奥へと歩き始めた。その気軽な背中を見て溜息を一つこぼし、ケインは後を追った。


 奥へと向かう途中、幾度か構成員やそれらに使役された危険種と遭遇はしたが、彼らを止めるにはあまりにも役者不足であった。
 一般人では太刀打ちできない危険種ではあるものの、このとりでで飼育され使役されている種はさほど強い部類ではない。銅級ブロンズのハンターであっても油断しなければ倒せる程度だ。構成員にしても同程度。
 特に奇をてらった展開はなくラウラリスとケインはすんなりと『亡国』の幹部の一人――ビスタの元に辿り着いた。

「我らの尊き使命を理解せぬ愚者どもが! 死してその魂が彼の皇帝を称えるかてとなることを喜ぶがイイ!」

 小太りの壮年の男――ビスタの外見を一言で言い表すならそんなところであろう。これまで遭遇してきた幹部と比べるといささか個性に欠ける。町で探せばどこにでも見つかりそうな普通の男に思えた。
 だが、ラウラリスたちの意識はわめく小太り男ではなく、その背後にいる巨大な存在に向けられていた。
 一見すれば、蜥蜴とかげのような爬虫類。だが、全身がうろこに覆われたそれの頭にはねじれた鋭い角が生えている。ここに来る間に遭遇した狼の頭に生えていたそれとは雄々おおしさがまるで違う。
 人の頭など容易たやすくかみ砕けそうなあごから生え揃った牙に、鎧を纏っていてもバターのように易々と切り裂けそうな鋭い爪。体長は、大柄な熊の倍以上はありそうだ。
 竜種――危険種の中でも特に危険とされている存在である。
 一般人なら出会った瞬間に死を覚悟する。ハンターであろうともそれは同じ。銀級シルバーですら、一人では絶対に太刀打ちできない相手。討伐には金級ゴールドのハンターが必要とされるほど。記録には、たった一頭の竜によって、国が一夜にして壊滅したという事例もある。

「なんでこんなテロリストのアジトに『竜』がいるんだい。明らかに出てくる場面を間違えてるよ。もうちょい盛り上がる状況シチュエーションとかだろ、普通は」
「場面がどうのこうのという問題ではないだろ。……ビスタが飼育する危険種の中に、こいつの情報はなかった。おそらく、徹底的に秘匿ひとくしていたんだろう」

 だというのに、それを前にしたラウラリスとケインは、道中と変わらぬ調子で言葉を交わす。悲愴感どころか、危機感すら匂わせない二人の様子に、意気揚々いきようようと叫んでいたビスタの顔が引きつるほどである。

「わ、我らの研究はついに竜をも制御するすべを生み出した。この竜は私の意に従い、思うがままに動かすことができる。それがどういう意味かわかるか⁉」

 わめき散らすビスタに、冷たい目を向けるラウラリスとケイン。虎の威を借る狐――ならぬ竜の威を借る小太り男であろう。
 ビスタの研究とやらもハッタリの一言で済ませられるものではない。竜はうなり声を上げながら静かにたたずみ、ラウラリスたちを睨みつけている。一方で、側にいるビスタには敵意を向けていない。
 危険種の生態も動物と同じ千差万別であろうが、少なくとも自身の側で叫ぶ存在を無視はしないだろう。ビスタが殺されずに無事であることが、竜の使役に成功しているという証左だ。

「でもまぁ、私たちが一番乗りで良かったね。他の奴らじゃぁちと荷が重い」

 ラウラリスの剣がひるがえる。ただそれだけで空気がうねり風が巻き起こる。

「ひぃっ⁉ や、やれぇ! 奴らを殺せぇぇ!」

 ただならぬ気配を感じ取ったビスタは喉から悲鳴をしぼり出すと、いよいよ竜をけしかける。すると、竜はとりで全域に響き渡る咆哮ほうこうを発し、地鳴りを響かせラウラリスたちへと向かってきた。
 そのかたわら、ビスタは引きつりながらも笑みを浮かべ、奥へと消えていった。おそらく、正面と裏手の他にも緊急用の脱出通路があるのだろう。

「俺はビスタを追う。任せても大丈夫か?」
「あんなの、慣れりゃぁただのさ」
「その妙に自信に満ちた態度も変わらずか。だが、この場は任せたぞ」

 ラウラリスに告げてから、ケインは駆け出す。竜を避けるように大回りに走り、ビスタが消えた方へと向かう。当然、竜ははばもうと動くが。

「貴様の相手は私だ」

 声に竜の意識が吸い寄せられる。声の主が秘める危険性を察知したのか、首を巡らせそちらを見ると、ラウラリスがいた。

「あの愚か者に操られているのだろう。……野に放つわけにもいかないからな。見過ごせない以上、悪いがこの場でち取らせてもらう」

 ラウラリスは伝わらないとわかっていつつも、一つのケジメとして竜へと告げ、やいばを振るうのであった。


 ――十分後。
 とりでの内部を大方制圧したグスコを含むハンターたちは、幹部と思われるビスタの元へと急ぐ。ラウラリスとケインが先行しているのは知られており、その加勢に向かっているのだ。
 銀級シルバーハンターが十余名。誰もがその顔に強い緊張を貼り付けていた。なぜなら、尋問した構成員の一人から、驚くべき情報を告げられていたからだ。
 ――ビスタは竜種の制御に成功している。
 それを告げた構成員の顔は、拘束こうそくされていながらも愉悦にゆがんでいた。どれほど劣勢に追い込まれようとも、最終的に勝つのは自分たちだと確信している――そういったたぐいの顔だった。

(いくらお嬢さんとあの隊長さんが強いからって、竜種に二人で挑むなんてのは無謀むぼうすぎる……)

 内心でラウラリスの身を案じつつ、グスコは走る。
 グスコや他のハンターたちも、剣姫ラウラリスの実力は聞き及んでいる。加えて、国から派遣されてきた騎士たちの強さも、戦う場面を目にしており、彼らをひきいるケインの強さも並大抵ではないとはかれる。
 だがそれでも、竜種を相手にするには無理がある。
 銀級シルバーハンターであれば人数を揃え、作戦を立てて地の利を生かし、万全の態勢を整えて挑むのが通常だ。突発的な遭遇戦であれば、迷わず退却。もし不可能であった場合、戦っても全滅する可能性が高い。
 構成員が吐いた情報がハッタリであることも考えられた。しかし残念ながら、この場にいる全員がとりで全域に響き渡る咆哮ほうこうを耳にしている。少なくともアレを発することが可能な危険種が存在しているのは間違いない。最低限、情報の真偽を確認する必要はあった。
 そうであってほしくないと皆で願いつつも、最悪の可能性を覚悟し、ビスタがいるというとりでの奥へと進む。
 最中に、とりでを揺らすほどの地響きが断続的に伝わってくる。積もったほこりがパラパラと落ちてくる中、その揺れは徐々に大きくなっていく。
 ついにはビスタがいるとされる部屋の前に辿り着く。
 いつの間にか、断続的に響いていた揺れが途絶えていた。ハンターたちは一度それぞれ顔を見合わせるが、意を決した表情になり、勢いよく扉を開く。


「あ、お疲れさん」


 覚悟を決めたハンターたちを出迎えたのは、一人の少女が発した気軽な声。そしてその後ろには首を断たれ頭を失った巨大な獣がいた。



   第二話 ババァの誇りと傷


 グスコを始め、ハンターたちは揃って唖然あぜんとなる。

(なんだか前にも似たようなことがあったなぁ……)

 既視感を覚え拍子抜けしてしまうグスコだったが、だからこそ他の者よりも立ち直りが早く、咳払いをして調子を取り戻す。

「……お嬢さん、いろいろと聞きたいことはあるんだが、その後ろにいるやつは?」
「これかい? ビスタって奴が飼ってた竜だよ。ああ、ケインはそのビスタを追って先に行った。そろそろ戻ってくるんじゃないかねぇ」
「ってことは、その……お嬢さん一人でその竜を倒したのか?」
「まぁね」

 戦果を誇示こじするでもなく、実力をひけらかすでもない。事実を淡々と認めるその様は、圧倒的強者の気品を感じさせる。

「まったく……ちょっとは強くなったと思ってたんだがなぁ。これじゃ自信なくすぞ、俺は」

 扉を開く前まで抱えていた緊迫感などとうに霧散むさんしてしまった。改めて見せつけられた力量の差に、肩を落とすグスコ。剣を担ぎ腰に手を当てたラウラリスが大きく笑う。

「はっはっは。せいぜい精進しょうじんすることだ。あんたなら、あと五年も真面目に頑張ってりゃぁ、このくらいできるようになるかもしれないよ」
「簡単に言ってくれるよ、本当に……」

 ラウラリスの冗談に、グスコは吐息をらしながら笑った。
 ただ、ラウラリスとしては完全に冗談というわけではない。このまま五年、真摯しんしに実力をつちかい、いくらかの幸運が重なればあるいはと推測していた。

「やれやれ、本当に一人で倒してのけるとはな……」

 奥から戻ってきたケインが、多分な呆れと若干の驚きを内包した声を発する。
 その片手には、ボロボロになったビスタが引きずられていた。うめき声がれ聞こえているので、生きてはいるようだ。

「どうやら馬鹿は捕まえられたようだね。ご苦労さん」
「こいつ自体は完全な研究職だったからな。追いついてしまえばどうとでもなる」

 ケインはぞんざいな手つきでビスタをラウラリスの前に放り投げる。両腕がどちらもあらぬ方向に曲がっているのはきっと、自殺を防ぐためだろう。
 ビスタは地面にいつくばりながら痛みにうめき、顔を巡らせると忌々いまいましげにラウラリスとケイン、ハンターたちを睨む。
 ところが、ふと首なしの竜を見て目を見開く。

「わ……私の竜が。帝国最強の戦力となり得るはずだった私の研究成果が……そんな馬鹿な」
「あの程度が帝国最強とは、片腹痛い」
「――ッ」

 ラウラリスからにじみ出す冷酷な気配に、ビスタが凍り付く。悲鳴を上げたいというのに、声の出し方がわからなくなるほどの威圧感。

「少なくとも、今の私一人に勝てないようでは、その看板は背負えないな」
「ひ、一人で……だと――ッッ⁉」

 かつての帝国で最も強かったのはまぎれもなく、悪徳皇帝ラウラリス・エルダヌス。今のラウラリスはその全盛期にはまだ及ばない。それに負けるようでは、帝国最強を名乗るのもおこがましい。

「危険種を使役しようという発想自体が、そもそもの失敗だ」
「何を――」
「あの竜が、危険種本来の強さを有していたら、もう少し手こずっていた。その辺りを理解できていなかった時点で、貴様の研究とやらは前提からして破綻はたんしていたのだよ」

 人の制御が行き届くように調教されれば、それだけ野生の本能が薄くなる。そのからだを十全に動かすために最適化された思考をいじられてしまえば、弱くなって当然だ。
 軍で運用される騎馬は、品種改良されている特別製だ。人を乗せて戦うことを前提に配合され育成されており、だからこそ戦場で能力を発揮できるのだ。
 危険種の場合、人が操れる程度にとされてしまえばもはや危険種ではない。ただの家畜かちくに成り下がる。
 膨大なコストをかけて調教した危険種が、危険種本来の強さを失ってしまえば意味がない。過去に帝国で行われた研究が頓挫とんざしたのも、結局はこの辺りが理由だ。

「無駄な努力、誠にご苦労だった。己の無駄骨を存分に悔やむがいい」
「――――ッッッッ」

 自らの成果を徹底的におとしめられ、ビスタはいよいよ涙を流し始める。感情が暴発し、ラウラリスの威圧がなくなろうとも声を出すことを忘れて、喉から声にならない悲痛な音をらす。

「おい、下手にあおるな。舌を噛まれて死なれでもしたら困る。こいつからはまだ何も聞き出していないんだからな」

 ケインはビスタのからだを押さえつけると、今にも舌を噛み切らんばかりの口に縄をませた。

「どうせ何も吐かないんだ。今死ぬか後で死ぬかの違いだろ」
「だとしても、だ」

 とがめるような視線を向けるが、ラウラリスは腕を組み、ぷいっとそっぽを向く。まるで己に非はないと言わんばかりだ。
 その仕草は、直前まで冷酷な強者の気配をにじませていたとは考えられないほど、外見年齢相応の可愛らしいものであった。

「なんだかよくわからんが……お嬢さんには隊長さんも苦労してるみたいだな」
「わかってくれるか。本当にこの女ときたら。化け物みたいに強いのは承知してるが、だからこそ悩むところだ」
「ちょっとまて、そこで妙な団結力発揮しないどくれよあんたら⁉ 化け物呼ばわりは百歩譲って良いけど、苦労をかけた記憶はあまりないよ!」
「「気苦労が……ちょっと酷くてな」」
「溜めまでシンクロしてる⁉」

 心が通ったように頷き合うグスコとケイン。あまりの扱いに、百戦錬磨の美少女(内面八十歳超えババァ)も傷つくのである。
 ――なおこの間、他のハンターたちは目の前の状況にどう対応すれば良いのか考えあぐね、黙って見続けることしかできなかった。
 そしてビスタは途中から完全に無視されるというありさまに、とうとう精神が限界を迎えて気を失っていた。


『亡国』の拠点は壊滅。詰めていた構成員のほぼ全てを排除ないし無力化した上に、組織の幹部であるビスタの生け捕りにも成功。一方で作戦に参加した者の人的被害は皆無に等しく、作戦は文句なしの大成功であった。
 それから幾日か経過した頃――

「報酬が入った後の飯は格別に美味うまいね」
「久々に見たが……本当によく入るな、その量が」

 ご機嫌にフォークとナイフを進めるラウラリス。彼女のテーブルにうずたかく積み上がった皿を目にしながら、対面に座るグスコは杯に注がれた酒をあおる。ラウラリスの規格外にいちいち驚いていてはキリがないという、もはや諦めの極致である。
 ラウラリスはハンターたちと共に、酒場で作戦の打ち上げをしていた。そして他のハンターとの会話に花を咲かせつつもずっと食を進めていた。その食いっぷりもうわさたがわぬということで、ある種の尊敬に近い眼差しを集めたのはご愛敬あいきょう
 今は慣れ親しんだ者たち同士で騒いでおり、ラウラリスも知った顔であるグスコとの会話を楽しんでいた。

「しかし、やっぱりお嬢さんはすげぇなぁ。まさか竜を一人で仕留めちまうなんて。特例で、今回は買い取り報酬も出るんだろ?」
「さんざん調教されて危険種としての本能がかなり薄れてたからねぇ。ありゃぁ、あんたらでも十人いれば普通に倒せるくらいに弱まってたよ」
「それでも十人は必要なのか……とんでもねぇな。ほんと、先はまだ長いか」

 しみじみと呟きながら、再び酒に口を付けるグスコ。その表情は投げやりとは違った、見据える先を改めて定めた者の顔つきをしていた。
 ラウラリスは内心でほくそ笑んだ。この男グスコはまだまだ伸びる。次に会う時が楽しみだ、と。

「それで、今回の仕事は終わったわけだが、この後はどうするつもりなんだい」

 グスコは親指で、酒を浴びるように飲んでいる他のハンターを指す。ラウラリスたちの視線に気がついたのか、酒精で顔を真っ赤にしながら、上機嫌に持っている杯をかかげた。ラウラリスたちも軽く手を挙げて返した。

「あいつらに次の仕事に誘われててな。物資の補充が済んだら、ぼちぼちここを出発するつもりさ。そういうお嬢さんは?」
「私はのんびりと、この町の手配犯たちをしばいてから考えるよ」
「のんびりってなんだっけかなぁ…………」

 ぼやいたグスコだったが、こちらに近付いてくる姿に「ん?」と顔を向ける。ラウラリスもそちらに目をやると、少しばかり神妙な様子のケインがいた。

「仕事明けの飲み会でしけた顔なんかするもんじゃないよ」
「………………」

 ラウラリスの側まで来ると、ケインは額に手を当て悩ましげな声をらす。場にそぐわない重苦しい様子に、グスコが問いかける。

「隊長さん、何かあったのかい?」
「あったと言うべきか、これからあると言うべきか……」
「あんたにしちゃぁ要領を得ないね」

 ラウラリスとグスコに揃って目を向けられ、やがてケインは溜息をついてからラウラリスに言った。

「先頃、ギルドを経由して領主からの言伝ことづてが届いた。『此度こたびの作戦で奮闘した者をねぎらうためにパーティーをもよおす。ついては最も大きな功績を上げた剣姫けんきを是非とも招待したい』と――」
「断る」

 もはや反射的とも呼べるにべもない即答であった。それを受けたケインの顔は相変わらず渋い。

「隊長さん、最初からお嬢さんが断るってわかってただろ」
「……俺としても、頷いてもらえるとは思っていなかった。だが、今回の作戦を行うに当たって、領主にも便宜べんぎを図ってもらったからな。無下むげにもできん」
「これがハンターだったら、二つ返事なんだけどなぁ」

 今度はケインとグスコの視線を浴びるラウラリスだったが、彼女は腕を組んでフンと鼻を鳴らす。
 この近辺を治める領主にとって『亡国を憂える者』などという危険組織は、いつ爆発するかわからない火薬箱のような存在であったはず。
 幸運なことに、ビスタたちはあのとりでを拠点として以降、目立った活動を行っていなかった。『危険種の使役』という無駄な研究に専念するために引きこもっていたのだろう。
 本格的に行動を起こし、被害が出る前に壊滅したとあらば喜ぶべきことだ。特に、拠点の頭目であり組織の幹部だったビスタを捕縛できたのは間違いなくラウラリスの活躍が一番大きい。感謝を込めてねぎらおうとする領主の気持ちもわからなくはないが。

「そもそも私はハンターじゃないしね。私は今の根なし草暮らしが気に入ってるんだよ。自分から囲われるつもりは毛頭ないよ」
「ま、お嬢さんならそう言うか。権力者と少しでも繋がりができるのを嫌がって、ハンターになるのをやめた女だからな」
「理解が早くて助かる。ねぎらいが全部嘘ってわけじゃぁないだろうが、唾付けとこうって魂胆こんたんが丸見えだ」

 むしろハンターではない分、ラウラリスはスカウトしやすいとでも考えているのか。だが、ラウラリスにとっては権力者との繋がりは一番避けたいしがらみだ。
 ラウラリスがそういった人間であることはケインにもわかっているだろうに。

「私が断ると最初からわかっていた上で頼み込んでくるか。どういう風の吹き回しだい」
「……今回だけは俺の顔を立てると思って、折れてくれないだろうか」

 詳細を濁してはいるが、このままでは頭を下げかねない勢いだ。

「俺はちょっと席を外した方がいいか?」

 居心地の悪さを感じたのか、グスコが気まずげに言うがケインは首を横に振った。

「一番功績の大きい剣姫けんきを是非にとは言ったが、パーティーには作戦に参加したハンター全員が呼ばれている。一足先に彼女に伝える形となったものの、まもなくそちらにも通達があるはずだ」
「そうなのか。じゃぁ俺は遠慮なく参加させてもらう。ここで顔を売っとけば、指名依頼のきっかけになるからな」

 ハンターであるグスコはパーティーへの参加を二つ返事で答えた。
 腕っ節で成り上がれるハンターではあるが、さらに上を目指すのであればこういった人脈も何かと必要になってくる。チャンスを逃さないという点で、グスコの選択は正しい。

「で、お嬢さんはどうするんだい?」
「…………………………」

 グスコの問いかけを受け、ジロリと鋭い視線をケインに投げかけるラウラリス。先ほどから変わらず、ケインは渋い顔のままだ。
 およそ一分近くそうした後に、ラウラリスは目つきを緩めた。

「あんたにそこまで頼まれちゃぁ仕方がない。良いだろう。今回は特別だ」
「……助かる」

 ケインは申し訳なさそうにラウラリスに礼を述べた。そんな彼に、一本立てた指を突きつける。

「だが、こいつはあんたへの一つ貸しだから、覚えときな。それと、引き抜き関連の話には一切付き合うつもりはない。どこかの誰かが一言でも言い出した時点で帰らせてもらう。コレが最低条件だ」
「了解した。徹底するように先方には伝えておこう」

 とりあえずの承諾を得られて、ケインの肩から若干だが力が抜けた。ラウラリスの鋭い視線に気圧けおされていたのもあったのかもしれない。

「……隊長さん、大丈夫か? お嬢さんに借りを作っちまうのって結構ヤバくない?」
「いかにこいつが化け物じみた常識外れでも、人道に外れるような要求は出してこないはず……と俺は祈ってる」
「なんであんたらもう仲良さげなのさ⁉」

 ラウラリスの絶叫は、周囲の馬鹿騒ぎにまぎれて消えていった。


 ハンターという職業は、時に『荒くれ者が一攫千金を狙う阿漕あこぎな商売』と思われることがある。事実、そういった点があるのも否定はできない。
 あまりにも戦闘職に不向きな幼い子供や可憐かれんな女性を除けば、よほどのことがなければハンターになるための資格は求められない。
 ただそれも銅級ブロンズの上位。あるいは銀級シルバーれば印象が変わる。
 どの分野、業種であっても入るのは簡単でも、そこから成り上がるのは難しい。銅級ブロンズの上位の時点で、既に経験豊富。銀級シルバーともなれば一流だ。当然、依頼される内容も難易度が増していき、単に危険種を狩猟していけばよいというわけではなくなる。
 特に、銀級シルバーハンターにもなると貴族からの指名依頼が舞い込んでくることもある。貴重な資源の採取や、護衛など。これらを完遂できれば確かな実績となり、さらなる依頼を呼び込むこととなる。
 そして、貴族などの権力者や富裕層にとってもハンターは重要な位置をめている。名のあるハンターとの繋がりは一種のステータスであり、また純粋な力になり得る。彼らの手に入れた資源を得ることができれば、それだけ自領の利益となるからだ。
 貴族とハンター。一見すればまるで関わりのない立ち位置にいるようであって、その実は案外持ちつ持たれつの関係なのだ。
 それだけに、有能な者ほどハンターというものをよく理解している。基本は根なし草の彼らに貴族のしきたりを強要することはない。必要最低限の礼儀と法さえ守っていれば、大概のことはおとがめなしだ。
 つまりは、土地を治める領主様が開もよおするパーティーであろうとも、よほど薄汚れていなければどんな服装であってもさほど気にされないのだ。むしろ、仕事中の装備を着てほしいと頼まれる場合もあったりする。
 ところが、何事にも例外というのはつきものだ。
 ハンターをねぎらうパーティーに無所属の賞金稼ぎが参加していたり。そしてその賞金稼ぎが同性すらうらやむほどの美しい少女であったり。また、その少女が単なる町娘で軽鎧と普段着しか持っていなかった場合だ。

「……やっぱり断わっておきゃぁよかったかね」


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