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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ
林道を歩く、一人の少女がいた。
誰もが魅了される美貌と可憐さ、加えて女性的な豊かさを有しているが、それよりもさらに目を引くのは背中に帯びた長い剣。
剣の全長は少女の身の丈を超えるほどにもかかわらず、彼女は苦もなくそれを背負っているようで、その姿は非常に様になっている。
空に燦々と輝く太陽を眩しげに見上げるその少女の名前は、ラウラリス・エルダヌス。
かつては世界を従えたエルダヌス帝国の女帝として君臨したが、その悪逆非道な暴政から、人々に『悪徳女帝』として恐れられた。
しかし実情は、世の憎悪を一身に集めたのち、自らが勇者に討たれることで諸悪の根源となった己を排除し、長きにわたる世界平和の礎を築いた英傑である。
己の人生を世界のために捧げた彼女は、その功績を神に認められることとなり、新たな肉体を与えられ、三百年後の世で第二の人生を送ることとなったのだ。
今のラウラリスは、国の行く末も、世界の未来も背負ってはいない。
気の向くまま思うままに、新たな人生を楽しんでいた。
――のではあるが。
「そういやぁ、犬も歩けばなんとやらって諺を聞いたことがあるねぇ」
犬も歩けば棒にあたる。
出歩けばなにかと災難に遭遇したり、逆に幸運と出会ったりするというたとえ。
今のラウラリスにとっては前者であり、そしてある意味では後者でもあった。
「おい嬢ちゃん、随分と余裕な態度じゃねぇか」
ラウラリスに声をかけたのは、明らかに堅気ではない風貌の男。その周囲にいる数人の男も、似たり寄ったりの格好をしていた。
「実際に余裕だからね」
男たちはぞんざいに言葉を返されて、頬を引きつらせる。
言うまでもなく、彼らは野盗と呼ばれる類いの悪党だ。
ラウラリスは、新たな躰を手に入れてから初めて訪れた町で、警備隊を立て直したり、『危険種』と呼ばれる人に危害を加える獣を倒したりした後、次の町を目指してのんびりと歩いていた。
そんなラウラリスの前に、悪党たちは現れたのだ。
なんとも運の悪い――野盗であろうか。よりにもよって、ラウラリスの前に姿を現してしまうとは。これほど運の悪いこともないだろう。
「お、そういえば」
気怠げな表情であったラウラリスは、ふと背嚢を下ろし、中に手を入れる。そうして取り出したのは、ハンターに配られる手配犯の人相書きであった。
ラウラリスは手元の手配書と、目の前にいる野盗の顔を見比べる。
「やっぱりそうかい。あんたは手配犯のガマスだね」
ガマスはこの辺りを根城にする野盗の頭目であり、道行く旅人を襲っては荷物を奪う悪党だ。捕縛の推奨は銅級。
ハンターは、レベルが低い順に石級、鉄級、銅級、銀級、金級、金剛級と六つの階級に分かれている。
銅級といえば、一人前のハンターでも苦戦するレベルの相手だ。
「それがどうした。ようやく手前がどういう状況なのか理解したのか、嬢ちゃん」
野盗――ガマスは下衆な笑みを浮かべる。彼の頭の中は、すでにラウラリスをどうしてやるか、ということでいっぱいなのは、想像に難くない。
ラウラリスの容姿は、非常に整っている。これほど美しい少女は、滅多にお目にかかれない。貴族のお嬢様と言われてもなんら違和感がないほどだ。
そんな少女が護衛もつけずたった一人で、ガマスの縄張りを歩いていたのだ。これを狙わなければ野盗をやっている意味はないだろう。男たちで楽しむもよし。あるいは手をつけずに高値で売り払うもよし。どちらにせよ、ラウラリスは彼らにとってお宝に等しい。
そんなお宝はポツリと呟いた。
「次の町で腰を据えてからと思ってたけど、手間が省けたかね」
一見すれば、野盗と遭遇したという事実は不幸であろう。
けれどもラウラリスにとっては、『飯の種』に出会えて幸運であった。
「あんたに選ばせてやる」
ラウラリスは手配書をしまい背嚢を地面に下ろすと、腕組みをして告げた。
「素直に三分の二殺しになってギルドに突き出されるか、抵抗して五分の四殺しにされてからギルドに突き出されるか。私としちゃぁ、あんたらみたいなクズなんぞ一瞬で仕留めるほうが楽でいいんだが、残念ながら、殺しちまうと報酬が半減しちまうからね」
不遜すぎる物言いに、ガマスを含め野盗たちの顔が引きつった。
「……舐めた口を利いてくれるじゃねぇか、嬢ちゃん。人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって」
ガマスは唐突にラウラリスに手を伸ばした。なにか意図があったわけではない。あえて言葉にするならば「カッとなってやった」というやつだ。
――大概の場合、この後には「後悔している」と続く展開に陥る。
伸ばされるガマスの腕を、ラウラリスが無造作に掴んだ、その瞬間。
「――――?」
ガマスは首を傾げた。ラウラリスに掴まれた途端、腕がピクリとも動かなくなったのだ。まるで彫像にでもなったかのように。
ガマスはゆっくりと、異常さに気がつき始めた。さらに力を込めても、押そうが引こうが腕はまるで動かない。
「て、テメェ……いったいなにを……」
ガマスは歯を噛み締め、顔を真っ赤にし、あらん限りの力を込めるが、腕は微動だにしない。
そして――
メギョリッ。
「ぎっ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ⁉」
ガマスの口から絶叫が迸った。
見れば、ラウラリスに握られていた腕の一部が、本来の数分の一の太さになっていた。ラウラリスの握力が、ガマスの腕を骨や筋肉ごと握り潰したのだ。
至近距離で発された悲鳴に、ラウラリスはうるさそうに顔をしかめて手を放した。
ガマスは激痛の走る腕を抱え込み、必死になってラウラリスとの距離をとる。手下たちは頭目の悲鳴を聞いてもなお、未だになにが起こったのか理解できなかった。
「て、テメェら! やっちまえ! 殺しても構わん!」
そんな手下に、ガマスは怒鳴った。もはや、ガマスの目に美しい少女など映っていない。ラウラリスが、美しい少女の皮を被った化け物にしか見えていなかった。
状況はわからずとも頭目の言うことは絶対だ。野盗の一人はいち早く指示に従い、刃こぼれした剣を鞘から引き抜くと、ラウラリスに向けて振り上げる。
ところがその剣は、天を向いたところでピタリと止まる。それどころか、剣を持った野盗自身の動きも止まった。
――そして、野盗の脳天から股間にかけて一筋の赤い線が生じ、それを境に躰が左右に分かれた。
「言っとくが……」
長剣を振り下ろした格好のラウラリスが言う。
この時になってようやく、ガマスをはじめ野盗たちは、彼女が剣を抜いていたことに気がついた。
誰も、彼女の剣筋を見た者はいなかった。
「そこのガマス以外に関しては、人相書きに特に生死は書かれていない。その意味はわかるな?」
両手で剣を構えたラウラリスの姿は、まるで処刑人のようであった。
「選べ。ここで私に殺されるか、十分の九殺しにされて捕まるか」
――この日、ハンターギルドも手を焼いていた野盗の集団が、一夜にして壊滅したのである。
第一話 不幸な野盗とババァ
次なる町に到着したラウラリスは、早速ハンターギルドへと赴いた。
ラウラリスは、前の町にいた時同様、ハンターギルドに所属せず、フリーの賞金稼ぎとして働くことを決めていた。ギルドに手配犯を引き渡せば、暮らしには困らない程度の報奨金を得ることができるのである。
「こ、こちらが……報奨金に……なり……ます」
「おお、ありがとよ」
戦々恐々といった風のギルドの職員から、貨幣がたんまり詰まった革袋を受け取り、ラウラリスはホクホク顔になる。顔だけを見れば、絵になるような可愛らしい笑みだ。十人に問えば十人が可憐だと答えるだろう。
ただし、その背後にボロボロでくちゃくちゃになっている、男たち数十名がいなければの話だ。
その男たちは全員、辛うじて原形をとどめている程度に顔が変形していた。彼らは一列になるようにして、各々の腰が縄で繋がれている。言うまでもなく、ラウラリスが壊滅させた野盗の一味だ。
彼らの頭目であるガマスは手配犯であることから、すでにギルドの職員に引き渡してある。
最初の数人を物言わぬ亡骸にした時点で、野盗たちは降伏した。
本来の彼らなら、その程度の被害は気にも留めない。だが、ラウラリスのあまりの容赦のなさと発する殺気から、自分たちが相手にしているのが、紛うかたなき化け物であると悟ったのだ。
野盗たちは命は保証されたものの、十分の九殺しでも恐れる者もいた。そこで、ラウラリスは付け加えたのだ。
「あんたらがため込んでいる金銀財宝の在り処を吐き、ついでにその運搬を担えば、半殺し程度で止めてやる」と。
それでも半殺しではあるが、半分生きているだけでも儲けものだと彼らは思った。結果、ガマスを含めた全員がラウラリスの条件を呑み、両手に木箱を抱えてお縄についたのである。
容姿端麗で可憐な美少女が、金品が満載の木箱を抱え、縛られた男たちを引き連れる光景は、かなり凄まじいものだった。職員だけでなく屈強なハンターでさえドン引きするほどである。
ラウラリスが革袋を受け取ったことを確認し、ギルドの職員は恐る恐る口を開く。
「それでは……後はこちらで処理いたしますので。お、お疲れさまでした」
かなり腰が引けている職員は、ぎこちなく頭を下げた。
「はいはい、じゃぁね」
それに対して、ラウラリスはスキップしそうなほど軽やかな足取りでギルドを後にした。
まだ日が高く、人の多い通りを歩くラウラリスはご機嫌だ。ついでに、すれ違う男たちの幾人かは彼女の豊かな躰を見つめていたが、それはいいとして。
「なかなかため込んでいたねぇ、あいつら」
ラウラリスがご機嫌だった理由は、思った以上にあたたまった懐であった。
ガマスに懸けられていた賞金は、結構な額だ。普通に暮らせば一ヶ月は困らないほど。
だが、ラウラリスが得た報酬は、それだけではなかった。
ハンターギルドの規則では、ハンターが手配犯を捕縛した場合、手配犯が所持していた金品は全てギルド預かりとなる。手配犯の被害にあった者たちに返却するためだ。とはいえ、被害者が生存していなかったり被害届が出ていなかったりと、様々な要因で返却が困難な場合もある。そうなると、貨幣であればギルドの財源に、物品はオークションに回されることとなる。
さて、ここで思い出してほしい。
――そう、ラウラリスはハンターではない。
様々な特典を得られない代わりに、ラウラリスはギルドが制定する規則に従う義務がない。ここで述べた『手配犯が所持していた金品』に関する決まりに従う必要もないのだ。
故に、盗品の中にあった高価そうな宝石を数点、懐に忍ばせていたのだ。これなら、さほどかさばらずに持ち運ぶことができる。仮に発覚してもお咎めは一切ない。
売却すると目立つような代物は避けた。お咎めなしとはいえ、窃盗の疑いをかけられたら面倒だからだ。元女帝である彼女は芸術品の目利きもできるので、品の良し悪しは判断可能だ。その中で無難なものを失敬した。
ちなみに、ハンターが金品をギルドに提出せず無断で懐におさめると、処罰の対象となる。
大概の者は実入りとリスクを天秤にかけて素直にギルドに金品を提出するが、中には魔が差す者だっている。そして、案外この手の違反は発覚しやすい。
手配犯を捕まえた後に不自然に金回りが良くなったハンターがいれば、ギルドが秘密裏に調査する。そこで着服が発覚するのである。
だが、そんなリスクを持たないラウラリスは、早速臨時収入の使い道を考え始める。
「ま、とりあえず美味いもんでも食うかね」
まずは腹ごしらえということで、ラウラリスは街の食事処を探すのであった。
ふらふらと歩いていると、ラウラリスはとある定食屋の前を通りかかった。昼食時ということもあり、店内からは食欲をそそられる香りが漂ってくる。
鼻孔をくすぐるその香りに、ラウラリスの『胃』が告げた。
――迷うな……行け。
そんなわけで、己の直感(胃)に従って、ラウラリスは通りすがりの定食屋に突入した。
そして、数十分後。
「ふぅぅぅ……満足満足。いや、美味かったね」
満足げに腹をさするラウラリスが、椅子の背もたれに体重をかける。彼女がついているテーブル席には、空の皿が積み上がっていた。恐らく五人前は超えているだろう。
昼時だけに、店内は喧噪に包まれている。だが、ラウラリスの周囲だけは異様な空気が漂っていた。誰だって、可憐な美少女が五人前の料理をペロリと平らげたらビビる。
「腹八分程度だが、これ以上はやめとくかい」
あれで満腹じゃねぇのかよ! と周囲の客や近くを通りかかった店員は心の中で叫んだ。
このババァは武力だけではなく、食事の量も規格外であった。
とはいえ、ラウラリスだっていつもこの量を食べているわけではない。こんな食事を毎度のようにしていれば、どれほど手配犯を捕まえていてもすぐに破産してしまう。
普段の彼女は同世代の男性と同じか、少し多い程度で済ませている。今回は数日ぶりの人里であり、手配犯を捕まえたことで予想外の収入があったため、ご褒美のようなものだ。
そのご褒美を堪能した彼女は、改めて今後の予定を考え始めた。
「どうしたものかねぇ」
神に新たな若い躰と人生を与えられはしたものの、今のラウラリスには目標がない。当てもなくぶらりと旅に出たはいいが、進むべき道しるべがないと、やはり張り合いがないものだ。
かつて悪徳女帝と呼ばれた頃のラウラリスは、日々悪い輩を制裁してきた。それはラウラリスの仕事であり使命であったが、彼女自身が好んで行っていた節もある。
手配犯を捕縛することは、悪党を捕まえて金品を得られ、まさに趣味と実益を兼ねている。しかし、旅の目的とするには少し違う気がする。
なにより、前世ではずっと闘争に明け暮れていたのだ。今世では少し違った生き方をしてみたいとずっと考えている。
だが、その少し違った生き方が、見当もつかないわけで。
「あ、いかんいかん。ループし始めてる」
思考が最初に戻ってしまった時点で、ラウラリスは一旦考えるのをやめた。
今までの経験から、同じことをグルグルと思考し始めたら、気持ちを切り替えない限りいつまでもその考えに囚われ続ける。それならば、一度区切って別のことを考えたほうが建設的だ。
ラウラリスは、近くを通りかかった店員にテーブルの皿を下げさせ、代わりに茶を注文したのちに呟く。
「幸い路銀はあるし、この町は料理も美味そうだ。しばらく滞在しても悪くはなさそうだが……」
それもどうかねぇ、と茶をすするラウラリス。
前世では人生の全てを確固たる目標に捧げた彼女にとって、何気ない日常が続くというのは味気なかった。
何事もなく平和に過ごせることに対して、不満を抱くのは贅沢だと承知しているが、前世から引き継いでしまった気質というのはなかなか変えられない。
「……そういやぁ、こいつがあったか」
ふと、ラウラリスは思い出し、懐から一枚の札を取り出した。
その材質は金属であり、表面には幾何学模様が彫り込まれている。中心部には、鮮やかな緑色の球体がはめ込まれていた。
「気になって、ついつい持ち出しちまったが……」
これは、ガマス一味が根城に貯め込んでいた財宝の一つだ。
ラウラリスは金に換金しやすく目立ちにくい宝石を懐におさめていたが、財宝の中に埋もれていたこの金属札に、どうにも目を引きつけられてしまった。気がつけばこれも失敬していた次第だ。
「こっちの分野は専門じゃないから断言できないけど、それなりの品には違いなさそうだ」
素人目にはちょっとした美術品に見えるこの札の正体に、ラウラリスは心当たりがあった。彼女の推測が正しければまさにちょっとした一品である。
「あー、でもこれも盗品だろうし……やっぱり今からでもギルドへ返しに行ったほうがいいかね?」
もし仮に持ち主が生きているとすれば、きっとこの札を捜していることだろう。
だが生きていないとすればオークションにかけられ、ギルドの運営費になってしまう。
「なぁんか気になるんだよねぇ」
ラウラリスの中に宿っているのは、世界最強と恐れられた、帝国を統べた女帝の魂。その鮮烈な人生の経験則が、妙にうずくのだ。
――彼女の勘が証明される機会は、奇しくもすぐに訪れた。
「ん?」
ラウラリスが顔を上げると、ちょうど店の扉が開かれ、数人の男が店に入ってくる。武装しているから、ハンターだろうか。彼らは店内を少し見回すと、その視線をある一点で留めた。
「やっべ。目が合っちまった」
嫌な予感を覚えたラウラリスは、とりあえず手元の札を胸の谷間に押し込んだ。特別な意図はなく、彼女にとってはそこが大事なものを一番守りやすい場所だからだ。
だが、男たちは近くの店員を邪魔そうに押しのけながら、ラウラリスのもとへ近づいてくる。
「こりゃ、場所を移したほうがいいか」
ラウラリスは席から立ち上がると、壁に立てかけてあった長剣を背負う。そしてテーブルの上に食事代を置くと、店の出入り口に向かった。
当然、店の入り口から歩いてくる男たちとは、正面から向かい合うことになる。
ラウラリスは男たちとすれ違うように扉へと進もうとした。そして当然のように、男たちは彼女の道を塞ごうとする。
――けれども、ラウラリスの躰は、するりと男たちの間をすり抜けた。
「――――?」
男たちには、目の前からラウラリスが忽然と姿を消したように見えただろう。そして近くにいた客たちは、男たちが自ら道を譲ったように見えただろう。
実際には、ラウラリスが男たちの『死角』を見抜き、自然な動作でそこに入り込んだのだ。
男たちが次にラウラリスの居場所に気がついた時、ラウラリスはちょうど店から出ていこうとしていた。彼女が扉を開いた音で、彼らはやっと振り向く。
「やれやれ。面倒なことになりそうだよ」
店の外に出たラウラリスは、小さくため息をついた。
それからしばらくして、ラウラリスは路地裏を歩いていた。やがて彼女は、周囲を建物に囲まれた袋小路に辿り着く。壁が正面にまで迫ったところで、ラウラリスは振り向いた。
彼女の視線の先には、先ほど店内にいた男たちがいる。
「私の勘違いで終わってくれりゃぁよかったんだが、さすがに、そりゃ望みすぎか」
ラウラリスは口ではそう言うが、男たちの狙いが自分か、あるいは自分が持っているなにかだということに疑いの余地はない。
ここまで来る間、男たちはずっと近すぎず遠すぎない距離を保ち、ラウラリスの後を追っていた。
店内ですれ違った際のラウラリスの動きに、警戒心を抱いたからだろう。小娘相手なら脅し一つで言うことを聞かせられるが、その手が通じるような相手ではないと察したのだ。
だからこうして、派手に動いても騒ぎにならない場所にラウラリスが来るのを待ってから、彼女の前に姿を現したのだ。単なる無頼の輩ではなさそうだった。
「で、私になんの用だい?」
ラウラリスが肩を竦めながら尋ねると、一人の男が口を開いた。
「……お前が、ガマスを捕まえたというハンターか?」
「ガマスを捕まえたって点に限ればそうだよ」
ラウラリスは嘘を言わずに答えると、男は仲間に目配せをしてさらに続けた。
「ならば、お前がガマスから奪ったものを返してもらいたい。アレは、本来は我々の所有物だ」
「奪ったものってのは、こいつのことかい?」
ラウラリスが胸の谷間から金属札を取り出すと、男たちの顔が少し強張った。
「それをこちらに渡してもらおう。ハンターが手配犯を捕縛した場合、手配犯の保有していた財産は、本来の持ち主へと返却する決まりになっているはずだ」
「……ああ、その通りだ。いや、悪かったよ。珍しい品だったんで、つい手癖がね。直そうとは思ってるんだが、どうにも」
ラウラリスはあえて、その金属札について指摘しなかった。素直に金属札を渡してもらえると思ったのか、男たちは若干だが肩の力を抜く。
「別に構わない。それを返してもらえれば、こちらとしても事を荒立てるつもりはない」
「お、そうなのかい。そりゃ助かる」
にっひっひ、とラウラリスは笑みを浮かべた。だが、彼らの目の前にいるのは一筋縄どころか百筋縄でもどうにもならない女傑である。男たちが思うように、そう簡単に話がうまく進むはずがなかった。
「じゃ、一旦ハンターギルドに行くかね」
「……なにを言っている?」
ラウラリスの言葉に、男が眉をひそめる。彼女は飄々と答えた。
「なにって……金属札をギルドに返しに行くのさ。当然じゃないか」
「それは我らの所有物だと言っているだろう」
「別にあんたらを疑っているわけじゃあないんだよ。ただ私は、ギルドの規則に従ってるだけさ」
ハンターギルドの規則では、手配犯が所持していた品はギルドに返却することになっている。盗品を直接持ち主に返すことは、実は規約違反なのだ。何故なら、持ち主と偽って不当に盗品を得ようとする者が必ず出てくるからだ。それを阻止するために、一度ギルドを介する必要がある。
「……ここでそいつを返してくれるのならば、相応の礼はさせてもらう」
男はそう言うが、ラウラリスは首を横に振った。
「盗品をネコババしてんだ。少しでも筋を通してギルドからの心証を良くしておきたいんだよ」
「すぐにでも、それが必要なんだ」
「ったく、どうしてもギルドに行くのが嫌らしいね」
それとも、とラウラリスは目を細める。
「ギルドに行けない理由でもあるのかい? ……実はこいつは、本当はあんたらのものじゃない。あるいは、ギルドに届けを出していない……とか?」
「――っ」
男の眉がピクリと動いた。どうやら図星らしい。言葉に出さなくとも、その反応だけでラウラリスを確信させるには十分すぎた。男は説得を諦めたように、ラウラリスに対して凄む。
「……お前の規則違反を、ギルドに報告しても構わないんだぞ?」
「ああ、その心配は無用だよ」
にやりと、ラウラリスはいたずらに成功した子どものように笑った。
「だって私、ハンターじゃないからね」
「………………は?」
ラウラリスは、ハンターでもなんでもない。その事実を認識するのに、男たちは時間を要した。
「はっはっは! 予想通りの反応を、どうもありがとよ!」
笑い声を発するラウラリスを見て、ようやく男たちは気がついた。
――自分たちは、カマをかけられたのだと。
ラウラリスが己を『ハンター』と認めた台詞は、一つとしてない。嘘は言っていないだろうが、事実も言っていなかったのだと。
「もし、あんたらがちゃんとギルドの人間に話を通していたら、こうはならなかっただろうね」
仮に男たちがギルドへと正式に盗品の届けを出し、ガマスが引き渡された後に話をしていれば、捕縛者であるラウラリスがハンターでないことは伝わっていたはずだ。
つまり、最初から男たちが不当に金属札を狙っていたということは間違いない。
その予想を確信に変えるために、ラウラリスはわざわざ話に付き合っていたのである。
「残念だけど、あんたらみたいな怪しい奴に、ハイそうですかって品を渡すほど、私もお人好しじゃないんでね。きっちりと通すところに筋を通してから出直してきな」
ラウラリスは再び、金属札をしまった。
男はハメられたことへの苛立ちで舌打ちするが、それでも冷静さを保ったまま、腰に携えている剣に手を掛けた。他の男たちもそれにならい、武器を手に取り始める。
「できることなら……穏便に済ませたかったのだがな」
幸い、ここは表通りから離れた路地裏だ。多少の荒事が起こったところで、人目につきにくい。
「ちょいと思い違いをしてやしないかい?」
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