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エピローグ
ラストエピローグ ― ボクらのクエスト ―
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あの事故から1年―――ボクらは無事に3年2組を巣立ち、それぞれの進路に歩み出していた―――
「お? 川村ァ!」
初夏を感じる夕暮れ、川村克己は懐かしい声に呼び止められ振り返る。
「あ、亮くん?! 久し振り、元気?」
3年2組の同窓生、牧田亮が駆け寄って来た。だが、真っ白なコックコートの上にジャンパー着用という亮の「料理人姿」に克己は目を丸くする。
「それ、制服なの?」
「ん? ああ……学校のじゃなくて、香織さんトコのね」
卒業文集にも書かれていたが、どうやら亮は本当に高木香織の家に「 婿養子」に入るつもりらしい。
あの事故の後、亮と香織が同じ病院だったと聞いていたが、まさかその期間に2人が付き合い始めるとはクラスの誰も予想だにしていなかった。しかも、香織の実家が営む料亭に、まさかまさかの「弟子入り・婿入り」を亮が進路希望で出すなんて、担任の小宮直子も両家御両親も怒りや動揺を通り越し呆れるばかり。
ただ、わずか数ヶ月の「付き合い」とは思えない2人の真剣な姿勢に、最後は大人たちも折れることとなった。
『とにかく年相応の男女のお付き合いは認める。婿養子だの結婚だのという話は二十歳を過ぎてから! 調理科のある高校で学びを修め、高卒資格を取る。放課後は勉学の支障にならない程度に、香織の実家でアルバイトとして働く』……これが亮に課せられた「お付き合いの条件」だった。もちろん、亮も香織もこの条件を大満足の内に受け入れたことで、両家でのお付き合いが始まった……らしい。
「……亮くんが料理に興味があったなんて……最初は驚いたよ」
2人並んで歩きながら、克己はぎこちなく口を開いた。卒業から2ヶ月も経っていないのに、隣を歩く亮が「大人っぽく」なったように感じる。
「ああ……だろうね。香織さんと付き合い始めてさ、そしたらやたらと料理関係の番組とか気にして観るようになって……で、魚をさばいてる場面を見た時に『これだ!』って思ったんだよね。なんか……ウロコを剥がしてる場面で、変な話だけど『心が震えた』んだよ」
楽しそうに語る亮の顔を、克己は愛想笑いを浮かべ見返した。
「あ! お前もやっぱ『変な動機』って思っただろ? 良いんだよ、どうせ。俺の中に湧き上がる『感動』を理解してくれるのは香織さんだけなんだ!」
「いや……相変わらず熱々……ってか、熟年夫婦っぷりだね……」
克己は久し振りに見た亮の「おのろけ」に、肩をすくめ笑みを浮かべる。
「……亮くんはさ……」
少しの間を置き克己が尋ねる。
「『魚料理』とか『ウロコ剥がし』って言うか……包丁さばき? 刃物自体に 惹かれてる……って感覚は……無い?」
「ん? 変なこと聞くなぁ……。まあ、刃物って言うか、包丁ってのは料理人の命だし、それを扱う技術ってのは芸術だなぁって感じてるよ?」
「たとえば……」
亮の返答を受け、克己は立ち止まり真剣な目を向けた。
「たとえばさ! それって……『事故の間』に体験したことが記憶に残ってるからとか……考えられない?」
「はぁ?」
突然向けられた克己からの真剣な視線と「意味不明な質問」に、亮は首をかしげ困惑の笑みを返す。
「なんだよ『事故の間』って。昏睡状態の時ってことか? んなもん、覚えて無ぇよ。グッスリ寝てただけだし……大丈夫か?」
「……だよ……ね」
少し寂し気な笑みに変わった克己を、亮は心配そうに見る。
「ゴメン……変なこと聞いて。お仕事頑張ってね!」
克己はもう一度亮に笑みを向けると、ちょうど差し掛かった交差点で別れを告げ、自宅方面に駆け出した。
「……なんだぁ、アイツ?……まだ事故の後遺症が残ってんのかなぁ? っと、ヤベッ! 遅刻じゃん! 親父さんにドヤされる!」
スマホで時間を確認した亮も、夕暮れの町角を慌てて駆け出して行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいまー!」
結局自宅まで駆け帰った克己は、勢いよく玄関に飛び込み2階の自室に駆け上がる。
「お帰……克己! 何を慌ててんのさ!」
階下から聞こえる母親の声に、克己は「大丈夫! 何でもない!」と声をかけつつ自室の扉を開いた。
ベッドの上に荷物を放り出し、勉強机に向かう。卓上の電気スタンドに手を触れると、電球色の灯りが室内を照らし出した。
荒い呼吸を整えながら椅子に腰かけ、卓上に立てかけている卒業アルバムと文集に視線を向ける。克己は一瞬迷ったが、卒業文集に手を伸ばし開く。いつものように、「ありがとう。」と書かれた小さなメモを大事そうに卓上に置き、同級生たちが書いた「思い出と将来の夢」のページを開く。しばらくパラパラとめくり読み……深い溜息を吐いた。
やっぱり……誰も……「あの日」の事を……「あの世界」のことを覚えていないんだ……
「みんな……どうして忘れちゃったんだろう……あんな……特別な体験を……」
ポツリと声に洩らし、克己は椅子をゆっくり回転させる。
「ねえ?……… モンマ」
振り返って視線を向けた押入れの中段に、10歳前後の男の子がちょこんと腰かけていた。妖精王タフカの子どもの1人、男児妖精モンマは大人びた表情で首をかしげ見せる。
「さあね? 別に、ぼくが忘却魔法をかけたワケじゃないからね。『光る子ども』が、みんなを返す時に何かしたんだろ? むしろ、なんでカツミだけ今も覚えてて、しかもぼくの姿まで見えるのか……そっちのほうが不思議だ。ハルさんにも、カガワアツキにも見えないってのに……」
少し寂しそうにモンマは口を尖らせ、視線を下げた。
「賀川くんかぁ……。彼も全然覚えて無いみたいだったよね。……最後にあの運転手さんを倒した『勇者』なのにさ」
しばらくの沈黙の後、モンマが話題を変える。
「この世界の文字を勉強した。『その本』を読みたかったから……」
「本? ああ……卒業文集?」
克己は卒業文集を持ち上げて見せた。
「うん……。で、気が付いたことがある」
「ん? 何?」
モンマの言葉に興味を持ち、克己は視線を向ける。
「カツミは『やりたいこと』を書いていない。他はみんな、これからのことを書いているのに、カツミだけは『未定』って書いていた。まだ決めてないって意味だよね?」
「ああ……」
克己は「なぁんだ……」と呟きながら文集を卓上に置く。表紙には大きく「3年2組」の文字が刷られている。
「みんな凄いよね……。中3なのに……あ、今は高1だけどさ……15歳で将来の仕事とか人生でやりたい事なんか……普通、決められないって!」
「そうなのか?」
モンマは不思議そうに聞き返した。克己は面白くも無さそうに「そうだよ……普通……」と答え、モンマに視線を向ける。
「モンマだって困るだろ? こんな『何も分からない世界』に放り込まれて、将来、何になりたいかなんて聞かれたらさ? 同じだよ。義務教育が終わる直前に『将来なにになりたいか?』なんて聞かれても、答えられないよ」
「……ぼくは決めてるよ?」
克己は、自分の言葉を即座に否定したモンマをジト目で睨む。
「……何だよ。言ってみろよ」
モンマは押入れの中段板に立ち上がると、右手を上に突き上げた。
「妖精王に、俺は、なる!!」
「・・・」
「……なんだよ……その目……」
突き上げた腕をゆっくり下げながら、モンマは少し恥ずかしそうに克己を睨む。
「お前……また留守中に録画アニメ観てたんだろ? さすがに、テレビ点いたら親にも怪しまれるからヤメろって言っただろ?」
「だって……面白いから……続きを観たかったんだもん……」
拗ねた顔でつぶやくモンマに、克己は呆れ顔で軽く笑む。
「また、一緒に観てやるからさ。で? 今のはネタ? 本気? 妖精王って……タフカさんだけがなれるものじゃないの?」
「それは分からない……同族に確かめたいけど、まだこの世界の妖精種に1人も出会えて無い……U国って所にも妖精種はいなかった。また、他を探しに行く」
「へぇ……そうなんだ」
しばらくの間を置き、モンマが口を開く。
「カツミも、やりたいことを見つけたら良いと思う」
「やりたいこと? ねぇ……」
回転椅子を揺らしながら、克己はモンマの言葉を復唱し、机上のペンを手に持つ。
やりたいこと……なんか……まだ全然……
手持無沙汰にペンを指回転させながら、振り返りモンマを見る。
「……みんなが……」
声に出した克己の言葉に、モンマは反応し首をかしげた。
「みんなが……忘れてしまった『あの世界』の話……書いてみようかな……」
「……記録を残すってことか?」
克己の言葉にモンマが応じる。
「いや、記録っていうか……物語だよ。ファンタジーってやつ。そうだ! モンマが好きなアニメみたいな感じで……絵は書けないけど、とりあえず文章だけでなら……」
「作家ってやつか? 面白そうだ!」
「そうだろ?!『あの世界』を舞台にしたファンタジーを……いつか書いてみたいなぁ……。そうだ、タイトルは……」
視線を卓上に落とすと、文集の表紙が目に入る。「3年2組」というタイトル文字をしばらく見つめ、克己はペンを握った。
あの世界で過ごした日々を……ボクらの……物語を……
「決まったのか? やりたいこと」
背後から届くモンマの声を聞きながら、克己はペンを走らせる。
「ああ! 考えたよ、タイトル! えっと……」
笑顔で振り返った克己は…………卓上スタンドの灯りに照らされる薄暗い部屋を見渡す。開きっ放しになっている押入れの戸……いつ開けたんだろ?
「寒ッ……」
突然、寒気を感じた。カーテンが揺れている……克己は手に持つ文集を卓上に置き、風に揺れるカーテンを開いた。窓が……全開に開いている。
いつ開けたっけ?……朝から……開けっ放し……だった?
「克己ー! ご飯よー」
「はーい!」
階下から響く母親の声に応じ、一瞬よぎった頭痛に顔をしかめる。
5月の終わりでも、やっぱり夜風は寒いや……
窓を閉めて錠を下ろし、カーテンを閉めた克己の目に卓上の文集が映った。
あれ?
表紙にペンで落書きがされている……近付き確認すると、文集タイトルの「3年2組」の下に文字が書き込まれていた。自分の筆跡だが、いつ書いたものなのか、全く身に覚えが無い―――克己は不思議そうに口に出して読む。
「3年2組……ボクらの…… 物語?」
―――・―――・―――・―――
「いつか……キミが全てを思い出し……その作品を書き上げる日が来るのを待ってるよ。カワムラカツミ……」
克己の家の屋根に立ち、満面の笑みを浮かべた男児妖精モンマは、宵闇に包まれる家々の屋根を伝い、音も無く駆け出して行った―――
(ラストエピローグ ―― ボクらのクエスト ―― 完 )
「お? 川村ァ!」
初夏を感じる夕暮れ、川村克己は懐かしい声に呼び止められ振り返る。
「あ、亮くん?! 久し振り、元気?」
3年2組の同窓生、牧田亮が駆け寄って来た。だが、真っ白なコックコートの上にジャンパー着用という亮の「料理人姿」に克己は目を丸くする。
「それ、制服なの?」
「ん? ああ……学校のじゃなくて、香織さんトコのね」
卒業文集にも書かれていたが、どうやら亮は本当に高木香織の家に「 婿養子」に入るつもりらしい。
あの事故の後、亮と香織が同じ病院だったと聞いていたが、まさかその期間に2人が付き合い始めるとはクラスの誰も予想だにしていなかった。しかも、香織の実家が営む料亭に、まさかまさかの「弟子入り・婿入り」を亮が進路希望で出すなんて、担任の小宮直子も両家御両親も怒りや動揺を通り越し呆れるばかり。
ただ、わずか数ヶ月の「付き合い」とは思えない2人の真剣な姿勢に、最後は大人たちも折れることとなった。
『とにかく年相応の男女のお付き合いは認める。婿養子だの結婚だのという話は二十歳を過ぎてから! 調理科のある高校で学びを修め、高卒資格を取る。放課後は勉学の支障にならない程度に、香織の実家でアルバイトとして働く』……これが亮に課せられた「お付き合いの条件」だった。もちろん、亮も香織もこの条件を大満足の内に受け入れたことで、両家でのお付き合いが始まった……らしい。
「……亮くんが料理に興味があったなんて……最初は驚いたよ」
2人並んで歩きながら、克己はぎこちなく口を開いた。卒業から2ヶ月も経っていないのに、隣を歩く亮が「大人っぽく」なったように感じる。
「ああ……だろうね。香織さんと付き合い始めてさ、そしたらやたらと料理関係の番組とか気にして観るようになって……で、魚をさばいてる場面を見た時に『これだ!』って思ったんだよね。なんか……ウロコを剥がしてる場面で、変な話だけど『心が震えた』んだよ」
楽しそうに語る亮の顔を、克己は愛想笑いを浮かべ見返した。
「あ! お前もやっぱ『変な動機』って思っただろ? 良いんだよ、どうせ。俺の中に湧き上がる『感動』を理解してくれるのは香織さんだけなんだ!」
「いや……相変わらず熱々……ってか、熟年夫婦っぷりだね……」
克己は久し振りに見た亮の「おのろけ」に、肩をすくめ笑みを浮かべる。
「……亮くんはさ……」
少しの間を置き克己が尋ねる。
「『魚料理』とか『ウロコ剥がし』って言うか……包丁さばき? 刃物自体に 惹かれてる……って感覚は……無い?」
「ん? 変なこと聞くなぁ……。まあ、刃物って言うか、包丁ってのは料理人の命だし、それを扱う技術ってのは芸術だなぁって感じてるよ?」
「たとえば……」
亮の返答を受け、克己は立ち止まり真剣な目を向けた。
「たとえばさ! それって……『事故の間』に体験したことが記憶に残ってるからとか……考えられない?」
「はぁ?」
突然向けられた克己からの真剣な視線と「意味不明な質問」に、亮は首をかしげ困惑の笑みを返す。
「なんだよ『事故の間』って。昏睡状態の時ってことか? んなもん、覚えて無ぇよ。グッスリ寝てただけだし……大丈夫か?」
「……だよ……ね」
少し寂し気な笑みに変わった克己を、亮は心配そうに見る。
「ゴメン……変なこと聞いて。お仕事頑張ってね!」
克己はもう一度亮に笑みを向けると、ちょうど差し掛かった交差点で別れを告げ、自宅方面に駆け出した。
「……なんだぁ、アイツ?……まだ事故の後遺症が残ってんのかなぁ? っと、ヤベッ! 遅刻じゃん! 親父さんにドヤされる!」
スマホで時間を確認した亮も、夕暮れの町角を慌てて駆け出して行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいまー!」
結局自宅まで駆け帰った克己は、勢いよく玄関に飛び込み2階の自室に駆け上がる。
「お帰……克己! 何を慌ててんのさ!」
階下から聞こえる母親の声に、克己は「大丈夫! 何でもない!」と声をかけつつ自室の扉を開いた。
ベッドの上に荷物を放り出し、勉強机に向かう。卓上の電気スタンドに手を触れると、電球色の灯りが室内を照らし出した。
荒い呼吸を整えながら椅子に腰かけ、卓上に立てかけている卒業アルバムと文集に視線を向ける。克己は一瞬迷ったが、卒業文集に手を伸ばし開く。いつものように、「ありがとう。」と書かれた小さなメモを大事そうに卓上に置き、同級生たちが書いた「思い出と将来の夢」のページを開く。しばらくパラパラとめくり読み……深い溜息を吐いた。
やっぱり……誰も……「あの日」の事を……「あの世界」のことを覚えていないんだ……
「みんな……どうして忘れちゃったんだろう……あんな……特別な体験を……」
ポツリと声に洩らし、克己は椅子をゆっくり回転させる。
「ねえ?……… モンマ」
振り返って視線を向けた押入れの中段に、10歳前後の男の子がちょこんと腰かけていた。妖精王タフカの子どもの1人、男児妖精モンマは大人びた表情で首をかしげ見せる。
「さあね? 別に、ぼくが忘却魔法をかけたワケじゃないからね。『光る子ども』が、みんなを返す時に何かしたんだろ? むしろ、なんでカツミだけ今も覚えてて、しかもぼくの姿まで見えるのか……そっちのほうが不思議だ。ハルさんにも、カガワアツキにも見えないってのに……」
少し寂しそうにモンマは口を尖らせ、視線を下げた。
「賀川くんかぁ……。彼も全然覚えて無いみたいだったよね。……最後にあの運転手さんを倒した『勇者』なのにさ」
しばらくの沈黙の後、モンマが話題を変える。
「この世界の文字を勉強した。『その本』を読みたかったから……」
「本? ああ……卒業文集?」
克己は卒業文集を持ち上げて見せた。
「うん……。で、気が付いたことがある」
「ん? 何?」
モンマの言葉に興味を持ち、克己は視線を向ける。
「カツミは『やりたいこと』を書いていない。他はみんな、これからのことを書いているのに、カツミだけは『未定』って書いていた。まだ決めてないって意味だよね?」
「ああ……」
克己は「なぁんだ……」と呟きながら文集を卓上に置く。表紙には大きく「3年2組」の文字が刷られている。
「みんな凄いよね……。中3なのに……あ、今は高1だけどさ……15歳で将来の仕事とか人生でやりたい事なんか……普通、決められないって!」
「そうなのか?」
モンマは不思議そうに聞き返した。克己は面白くも無さそうに「そうだよ……普通……」と答え、モンマに視線を向ける。
「モンマだって困るだろ? こんな『何も分からない世界』に放り込まれて、将来、何になりたいかなんて聞かれたらさ? 同じだよ。義務教育が終わる直前に『将来なにになりたいか?』なんて聞かれても、答えられないよ」
「……ぼくは決めてるよ?」
克己は、自分の言葉を即座に否定したモンマをジト目で睨む。
「……何だよ。言ってみろよ」
モンマは押入れの中段板に立ち上がると、右手を上に突き上げた。
「妖精王に、俺は、なる!!」
「・・・」
「……なんだよ……その目……」
突き上げた腕をゆっくり下げながら、モンマは少し恥ずかしそうに克己を睨む。
「お前……また留守中に録画アニメ観てたんだろ? さすがに、テレビ点いたら親にも怪しまれるからヤメろって言っただろ?」
「だって……面白いから……続きを観たかったんだもん……」
拗ねた顔でつぶやくモンマに、克己は呆れ顔で軽く笑む。
「また、一緒に観てやるからさ。で? 今のはネタ? 本気? 妖精王って……タフカさんだけがなれるものじゃないの?」
「それは分からない……同族に確かめたいけど、まだこの世界の妖精種に1人も出会えて無い……U国って所にも妖精種はいなかった。また、他を探しに行く」
「へぇ……そうなんだ」
しばらくの間を置き、モンマが口を開く。
「カツミも、やりたいことを見つけたら良いと思う」
「やりたいこと? ねぇ……」
回転椅子を揺らしながら、克己はモンマの言葉を復唱し、机上のペンを手に持つ。
やりたいこと……なんか……まだ全然……
手持無沙汰にペンを指回転させながら、振り返りモンマを見る。
「……みんなが……」
声に出した克己の言葉に、モンマは反応し首をかしげた。
「みんなが……忘れてしまった『あの世界』の話……書いてみようかな……」
「……記録を残すってことか?」
克己の言葉にモンマが応じる。
「いや、記録っていうか……物語だよ。ファンタジーってやつ。そうだ! モンマが好きなアニメみたいな感じで……絵は書けないけど、とりあえず文章だけでなら……」
「作家ってやつか? 面白そうだ!」
「そうだろ?!『あの世界』を舞台にしたファンタジーを……いつか書いてみたいなぁ……。そうだ、タイトルは……」
視線を卓上に落とすと、文集の表紙が目に入る。「3年2組」というタイトル文字をしばらく見つめ、克己はペンを握った。
あの世界で過ごした日々を……ボクらの……物語を……
「決まったのか? やりたいこと」
背後から届くモンマの声を聞きながら、克己はペンを走らせる。
「ああ! 考えたよ、タイトル! えっと……」
笑顔で振り返った克己は…………卓上スタンドの灯りに照らされる薄暗い部屋を見渡す。開きっ放しになっている押入れの戸……いつ開けたんだろ?
「寒ッ……」
突然、寒気を感じた。カーテンが揺れている……克己は手に持つ文集を卓上に置き、風に揺れるカーテンを開いた。窓が……全開に開いている。
いつ開けたっけ?……朝から……開けっ放し……だった?
「克己ー! ご飯よー」
「はーい!」
階下から響く母親の声に応じ、一瞬よぎった頭痛に顔をしかめる。
5月の終わりでも、やっぱり夜風は寒いや……
窓を閉めて錠を下ろし、カーテンを閉めた克己の目に卓上の文集が映った。
あれ?
表紙にペンで落書きがされている……近付き確認すると、文集タイトルの「3年2組」の下に文字が書き込まれていた。自分の筆跡だが、いつ書いたものなのか、全く身に覚えが無い―――克己は不思議そうに口に出して読む。
「3年2組……ボクらの…… 物語?」
―――・―――・―――・―――
「いつか……キミが全てを思い出し……その作品を書き上げる日が来るのを待ってるよ。カワムラカツミ……」
克己の家の屋根に立ち、満面の笑みを浮かべた男児妖精モンマは、宵闇に包まれる家々の屋根を伝い、音も無く駆け出して行った―――
(ラストエピローグ ―― ボクらのクエスト ―― 完 )
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みんなの感想(3件)
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普通に面白いです。
24hポイントのエッセイ(だっけ?)で貴方を知ったんですが、此処までクオリティの高いものをこんなに長く続ける人はいないと思いますよ、ていうかいません!他にハーメルンとpixiv見てるけどいませんでした。
流行りになるきっかけ…来るといいですね。これだったら十分乗れますよ。
僕は小説を書き始めた身ですが、小説家の真髄みたいなのを教えられた気がします。
ちょっと回りくどく言いました(多分)が、僕が言いたいのは
面白いです!頑張ってください!
フォッチキス様、身に余る高評価な感想をいただきまして、嬉しいやら気恥ずかしいやら……恐縮です(^^ゞありがとうございました♪
お気に入りと投票させて頂きます。
エッセイのほうで詳しく返信ありがとうございます! 操作がいまいちなので何度も感想してたらすいません。
現在応募中1位ですよ!すごいですね!これからも応援します。
うおざる様、お気に入り登録&感想コメントありがとうございました(^^ゞ御懸念の重複感想は削除しておきました(^_-)……ちなみにWEBコンテンツ大賞順位ですが投票開始初日は応募作品全てが「現在1位」と暫定で表示されるんですよねぇ(^^;)長期連載の埋もれ作で流行の展開でも無い拙著なので1000位以内に入れたら御の字かと。まあ、それでも9月は何とか毎日1話更新を頑張っていこうと思っていますので御笑読にて応援下されば感謝です♪
すごく丁寧に書かれてますね。
普通に面白いですよ。
あさゆきっと様、ご感想お寄せ下さりありがとうございました。アルファポリス投稿で初めてのコメントをいただき(しかもポジティブな内容を)大変嬉しく存じます。モチベーション上がりましたー!