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第7章 それぞれのクエスト 編

第 440 話 思いよ、届け……

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「 成者しげるものつるぎを使えば……可能かも知れないわ……」

 美咲の提案にレイラとスレヤーは唖然とする。すぐにスレヤーが抗議の声を上げた。

「アッキーの剣……って……いや! ちょ……ちょっと待って下さいよ! んじゃ、何ですかい? あんたはまた、創世7神ん時みてぇに『あの子』を滅してしまえってんですかい!? そりゃ、あまりにも……」

 ズイと身を乗り出したスレヤーの胸前に、レイラが手を差し出し制する。だが、レイラ自身も疑念の籠った瞳を美咲に向けたまま、静かに尋ねた。

「ミサキさん……スレイが言うように、彼女を『滅消する』なんてお話しなら……私たちは到底聞くことは出来ませんわよ?」

 美咲はしばらく2人の顔を見つめ、決心したように口を開いた。

「『消し去られる』としたら……加奈さんではなく…………あなたたち……」

 思いがけない返答に、疑念に満ちていたレイラとスレヤーの目は、瞬時に困惑の色に変わる。

「は……はあ? そりゃ……」

「それは……どういう意味かしら?」

 2人からの問いを受け、美咲は視線をそらしがちに説明した。

「私と直子先生……加奈さん……そして佐川さんは『この星のルール』を定める前にこちらに来たから……『 不死者イモータリティー』となった……光る子ども自身が『不滅』であるようにね。何度も再生するし、想像と創造の力もほぼ無制限……。でも『この星の世界』を創った私と直子先生は、『光る子ども』と違って、結局『限界』があるから……それがここのルールに適用されてるの……」

 チラッと視線を向けた美咲に、レイラは続きを促す。「つまり……」と前置きし、美咲は続けた。

「この星の世界を『創造した後』に運ばれて来た子たちを含め、この星の生命体は全て『命』に終わりが定められてる……みんな……死ぬのよ」

「そうね……それが自然の ことわりだわ」

 レイラは当然のこととしてうなずき見せたが、スレヤーは腑に落ちない表情で尋ねる。

「ってこたぁよ……ミサキさんと湖神様が『限界無し』にこの世界を創っておきゃ、誰も死な無ぇ世界も創れてたってことかい?」

「そうね……。でも、私たちは『死なない世界』も『死後の世界』も知らない。我が身がそうだとしても不死者の原理も知らないから……イメージが出来ない。人々が作った色んな『死後の世界』のイメージがあったとしても、真理を見て来た知識があるワケではないから……確信を持ったイメージなんか創れるハズも無かった」

 美咲の返答に納得し、スレヤーは両手を挙げ了解の意を示す。

「だから……この世界の命在る者は全て『死ぬ』わ。そしてその後、その存在がどうなるのか……私も直子先生も知らないの……。人格を持たない『からっぽ人間』なら、ただ地に倒れ組成が分解され、物質の循環に組み入れられるだけだろうけど……」

 チラリとレイラを見た美咲は、申し訳なさそうに続ける。

「どうして妖精種が『木霊』になるのか……天に消えゆくあの光の粒子が何なのか、創った私たち自身にも分からない。妖精種だけでなく、人間も獣人も……人格をもって生きた人々が肉体の命を終えた後、どこにその人格……その存在を移すのか……分からない……『消え去ってしまう』のよ」

「つまり……」

 レイラは美咲の論点を理解した。

「ミサキさんの提案というのは、私とスレイが『消し去られる』ような方法……ということかしら?」

 美咲はうなずきながらも、その問いには直接答えず話を続ける。

「……他の存在がどうなってしまうのかは分からない。でも、『子どもたち』については分かっている。彼らは…… 不死者イモータリティーでこそ無いけれど、その存在はこの世界の『魔法力』という形で存在し続けている。地脈を巡り、全地を満たす法力……『想像と創造の力』としてね。そして、彼らの『人格』は光る子どもの手に握られ1つ所に捕えられている。相沢くん……タクヤ大法老はその場所を見つけ、光る子どもと交渉し、その場所を管理する者となった……後に訪れる友への道しるべとなるために……」

「それがこの場所……『タクヤの塔』……地脈法力の最大集束点……ということね?」

「そう……」

 レイラの相槌に応え、美咲は続けた。

「ある子は生きている内に……ある子は『死んだ後』に、自分たちが連れて来られた『この世界』が何であるのかを知ったわ。もちろん、加奈さんのことも……。その彼らの『思い』を含めた強力な法力が、今、賀川くんの成者の剣には充たされている」

「想像と創造の『力』に過ぎない法力に……みんなの『思い』……シバタカナへの想いも詰まってる……ということ?」

 レイラの言葉に美咲はうなずいた。

「相沢くんは、この最大集束点に集められた同級生たちの『強い思い』が溶け込む法力を、あの剣に充たしたのよ。賀川くんが佐川さんと向き合っていたなら……佐川さんを憎む全ての思いが彼の戦う『力』となっていたかも知れない」

「……でもアッキーはカナに向かってさえ『憎しみの力』を向けちまった……そりゃ、使用者資格を失っちまうワケだ!」

 スレヤーは小さく鼻で笑う。レイラも溜息混じりに笑みを浮かべ、美咲に尋ねた。

「でも、あの剣はアッキーや選ばれたチガセしか持つことが出来ないものでしょ? どうやってその『力』を私たちに使わせるおつもりかしら?」

「それは……そんなに……難しく……」

 点滅のように濃淡を繰り返していた美咲の小さな身体が、突如、大きなノイズと共に完全に薄れ始める。美咲は最後の視線を、安否を気遣い顔を近付けたスレヤーに向けた。

「な……」

 開きかけたスレヤーの口の中に、美咲は最後の力を使い飛び込む。

「ウゲッ……」

「ミサキさん!?」

 スレヤーの口の中に姿を消した美咲を案じ、レイラはスレヤーの両頬を叩くように手を当て、無理やり口を開き覗き見る。

「あがが……んぐッ!」

『大丈夫……これで……剣を……握……』

 喉を鳴らしたスレヤーの口から、細く聞こえたのを最後に、美咲の声は完全に消えてしまった。

「……どういう……つもりだよ……ミサキさんはよぉ……」

 前触れも無く異物を飲み込んでしまった不快感に顔をしかめ、スレヤーは喉を押さえる。レイラはしばらくスレヤーの両頬に手を当てたままだったが、笑みを浮かべ直すと手を下ろした。

「『成者の剣』を貴方が持てるようになった……という事らしいわね、スレイ」

「え? あの剣を……俺がっスか?」

 2人は視線を合わせる。笑みを浮かべるレイラと、虚を突かれたように呆然とするスレヤー……

「参ったなぁ……」

 やがて苦く笑みを浮かべ、スレヤーは頭を掻く。

「『女神の肉片』を食わされる人生になるなんざ、想像もしてませんでしたからねぇ……」

 レイラはクスッと笑い、大きく呼吸を整えた。

「御託宣通りに剣の継承者となったかどうか、先ずは確認ね」

 方々の岩場を、今も黒矢で次々に破壊する黒魔龍を見上げ、2人は移動を始める。数十メートルほど進むと、篤樹が落とした「成者の剣」を見つけ出した。淡い法力光を今も放つ成者の剣は、新たな使い手を招いているようにも見える。

「なるほど……ねぇ」

 すぐに剣のそばまで移動し、スレヤーは剣柄を握りそれを拾い上げた。何の抵抗も重量感も感じない。手に完全に馴染む成者の剣を、スレヤーは呆れたように見つめたが、途端に表情を失った。

「どうしたのスレイ? スレイ?」

 突然の変化にレイラが心配そうに尋ねると、スレヤーは一瞬キョトンとした顔を向け、すぐに笑みを浮かべた。

「今……カミムラユウキに会って来ました」

「え?」

 スレヤーの言葉に、今度はレイラが目を丸くする。だが、すぐに意味を理解した。

「そう……さすが『選ばれし者』ですわね。それで? どのくらいの『夢』を見ていらしたのかしら?」

「数十年…… やっこさんの生きていた日々を……ですね。なるほど……確かにこの剣には、アッキーの同級生たちの思いが充ちとりますわ!」

 改めて剣身を眺めうなずき、スレヤーは視線をレイラに向け直した。

「レイラさん……」

「なあに? スレイ」

 真剣な目で見つめるスレヤーに、レイラはかえって悪戯っぽい視線を返す。だが、スレヤーはいつもと様子の違う真面目な口調で続けた。

「ここから……この場所から逃げといて下さい。あの螺旋階段の中にでも……」

「あら? なあに? 私を邪魔者扱い……」

「聞いて下さい!」

 軽く受け流そうとするレイラの言葉を遮り、スレヤーは力説する。

「ミサキさんが言った言葉は比喩じゃ無ぇ……。この剣に宿ってるあいつらの『思い』を、殻ん中に居るカナの領域にブチ込んだとすりゃ……とんでも無ぇ規模の法力激発を招きます! こんな狭ぇ空間で発すれば……俺らの身体は滅消するどころの騒ぎじゃ無ぇ……」

「だから?」

 しかしレイラはなおも微笑を絶やさず、スレヤーに小首をかしげ見せた。スレヤーはフッと肩を落とし、呟くように言葉を洩らした。

「貴女に……死んでもらいたかぁ無いんです。この役は俺一人で……」

 バチンッ!

 うなだれたスレヤーの両頬を、レイラの平手が痛打と共に包む。

「痛ッ……」

「スレイ?」

 両頬をレイラに叩き包まれた状態で、スレヤーは目を見開く。レイラは変わらず温かな微笑を浮かべたまま、教え諭すように語る。

「言わなかったかしら? わたくし、貴方と出会えたことをとても喜んでましてよ? 200数十年間生きて、初めて『いつまでも共に居たい』と思った殿方とここで別れたなら、残された700年間、わたくしはどう過ごすことになるとお思い?」

「そん……な……レイラさん……」

 突然の言葉に、スレヤーは動揺を隠す事も出来ず声を震わせた。

「いけねぇ……そんな……勿体無ぇこと……」

「あら、何が? この先に残される退屈な700年間と、貴方と最後に過ごすこの数十秒……私にとっては、今のこの時のほうが 値高あたいたかいものよ」

 呆然と目を見開くスレヤーの唇に、レイラは自分の唇を静かに、そして熱く重ねる。右手に剣を握ったまま、しばらくその置場に迷っていたスレヤーの両手が動き、レイラを強く抱きしめた。

「それに……」

 抱擁の力が緩むと、レイラは唇を離して言葉を続ける。

「あなた一人では、その剣に宿る『思い』を放つ術は無いでしょ、スレイ」

「……そっすね……俺ぁ、法術に関しちゃ子犬以下の素人っスからね……」

 レイラの思いをしっかり抱きしめたスレヤーの目に、もう迷いは無かった。

「来ますわよ……指示通りに、しっかり構えて下さるかしら? 『放出』は私がやりますから……」

 2人は視線を上に向ける。成者の剣が放つ法力波に気付いた黒魔龍が、レイラとスレヤーを見下ろしていた。

「喉元下……15メートルほどです」

 スレヤーは「核」の位置を確かめ、レイラに告げる。

「そう……もう少し右に……いいわ、そこで……」

 レイラはスレヤーが構える成者の剣に向け、両腕を伸ばす。真っ白な法力光がその腕を包んだ。

「私たちと……お友だち方の思いよ、カナ。……あなたは独りぼっちじゃ無い。受け入れて……その思いを……」

 法術態勢を整えたレイラは、スレヤーに視線を合わせると……エシャー顔負けの満面の笑みを浮かべる。

 全ての陰さえ塗りつぶし、形あるものが消えるほどにまばゆい白光が……レイラとスレイ、そして黒魔龍と洞窟の隅々を包み込み、広がっていった―――
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