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第7章 それぞれのクエスト 編

第 438 話 失われた「力」

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 篤樹にとって目の前の黒魔龍は「柴田加奈と同体」である認識は薄い。神村勇気の情報伝達魔法を「見て来た」とは言え、どうしても「人間の姿」とかけ離れた黒魔龍は「巨大なバケモノ」という認識が強かった。ましてや今……佐川への憎しみが原動力……「生き甲斐」となっている篤樹は、理性と感情の判断が混沌としている。

 同級生殺し? 違う……俺は、佐川の手先であるバケモノを駆逐してるだけだ……

 仇の本命である佐川を「殺る」前に、その右腕とも言うべきバケモノを討つことになんの 躊躇ためらいも感じていない。ゲームで「ラスボス」を倒す前のステージで「中ボス」を倒すような感覚だ。そう……エシャーを失った喪失感以降、篤樹は現実感の無い時間を過ごしている。ゲーム感覚……佐川を倒せる「力」も手に入れた。

 思念体だろうが分身体だろうが……「核」を狙えば良いんだろ? 黒魔龍の「核」は……どこだ?!

 1撃目で黒魔龍を「斬断」出来る手応えを感じた篤樹は、2撃目での「滅消」を狙っていた。時間をかけたくは無い。早く佐川を「殺したい」……その思いに駆られながら着地すると、すぐに天井を見上げる。

 突然の攻撃を受け思いがけない手傷を負った黒魔龍は、先ほど来の「意味不明なうねり悶え」では無く、痛みに苦しみ悶えているように見える。1撃目で尻尾側から3分の1ほどの胴体を斬り裂けたことを篤樹は視認した。

 どこだ……コイツの弱点……「核」が埋まってる部分は……

 自分が攻撃を受けた……誰かが自分の命を狙っている。この空間の中に……自分を苦しめる者が居る! 黒魔龍はとぐろを解き、頭部を動かし周囲を見渡す。その動きで、上部胴体の全容を篤樹は見る事が出来た。

 あった! あそこだ……

 黒魔龍の喉元から10メートルほど下った胴体部に、明らかに「光」を帯びた部位が在るのを篤樹は見つけると、成者の剣をしっかり握り直す。黒魔龍は痛みに悶えながらも、地上に隠れているであろう「敵」を見つけ出そうと頭部を下げ始めて来た。

 今だ!

 その動きを篤樹は見逃さず、再度、周囲の石塊や岩柱を足場にし、一気に宙へ蹴り上がる。空中浮遊の魔法は使えない……「核」が内在する1点を目がけ、弓から放たれた矢のごとく一直線に跳ぶ。その勢いは、黒魔龍の胴体を突き破るに充分な威力をこめた跳躍だった。

 ここだ!

 篤樹が突き上げた剣先は、狙い通り黒魔龍の喉元下に見えた「光る部位」を捉えている。このまま法力強化された跳躍力と、研ぎ澄まされた剣の威力で黒魔龍の胴体を貫き、体内に在る「核」を討ち抜いていく……篤樹は「イメージ」に備え身構えた。しかし……

 狙っていた黒魔龍の肌に剣先が触れた瞬間、篤樹は異常が起きた事を悟る。剣先は黒魔龍の外殻に「刺さりもしない」ばかりか、一瞬にして成者の剣との「同体感」が消えてしまった。

 えっ……? ゴツッ!

 勢いよく黒魔龍の外殻に篤樹自体も激突し、目の前が真っ白になる。同時に、しっかり握り締めていた成者の剣が、信じられないほどの重量に変わった。

 なん……だ……

 激突の衝撃と、高めていたイメージが崩れた驚きで、篤樹は困惑したまま10数メートル下の地面に向かい落ちて行った。


―――・―――・―――・―――


「アッキー!」

 レイラは篤樹の落下位置を予測し、下から2回連続で「突風」を法術発現させた。その間に篤樹の真下へスレヤーは走り込む。先に落ちて来た成者の剣をかわし、落下速度の減速した篤樹を両腕で抱き止め安否を確認する。

「おい! アッキー! しっかりしろ! 大丈夫か?!」

「スレイ! どう?!」

 すぐにレイラも駆け寄った。篤樹はスレヤーのがっしりした両腕に抱かれグッタリしているが、意識は完全には飛んでいない。ただ呆然と目を見開き「なんで……」と呟いている。

「とにかく身を隠して!」

 篤樹の「無事」を確認したレイラの声で、スレヤーは少し離れた岩陰を目指し駆け出す。篤樹を抱えたまま岩陰に転がり込んだスレヤーに続き、レイラも飛び込む。ちょうど張り出している岩の下に潜り込んだお陰で、黒魔龍の視界から外れことが出来た。

「どう?」

 改めてレイラは篤樹の様子をスレヤーに尋ねる。

「軽い脳しんとうね……大きな怪我は無いわ」

 レイラの肩上に立つ美咲がスレヤーよりも先に答え、篤樹の頭部に治癒魔法の光を送る。

「マズいっすね……完全に戦闘モードに入っちまいやがりましたよ……」

 スレヤーは岩間から上を覗き、黒魔龍の動きを注視していた。

「ヤベぇなぁ……」

 襲撃者を探していた黒魔龍の動きが変わり、狭い空間で最大限の鎌首を上げる。赤黒い法力光が、その口に満ちて行く。直後、激しい衝撃波と振動が地面を襲った。

「うおっ!」

「キャッ……」

 身を隠しているため黒魔龍の全容を確認出来ず、攻撃のタイミングも範囲も読めないレイラたちは、岩陰で身を寄せるしか無い。数十秒間の衝撃が終わり、短く間が空いた。

「参ったな……全面無差別攻撃かよ……」

 隙を見て黒魔龍の動きを確認したスレヤーがうんざり声を上げる。

「 やっこさん、はしから順に……黒矢で潰してく算段みてぇっス!」

 会話の途中で再び襲って来た衝撃と破壊音に、スレヤーは怒鳴るようにレイラに告げた。

「ス……レヤー……さん?」

「よう、アッキー。目ぇ覚めたかよ?」

 再び訪れた「黒矢攻撃」の間隙に、篤樹は頭を振りながら身を起こす。

「僕……あの……成者の剣が……」

「拒まれてしまいましたわね、『カミムラの剣』から……」

 レイラの言葉で、さらに意識がハッキリとした篤樹は「ハッ!」と周囲を探る。

「神村くんは……加奈さんを『助けるため』に……あの剣を創り、委ねたのよ。彼女を……『殺す』意志で操った賀川くんに……もう、あの剣は応えてくれないわ」

 発現体にノイズを走らせながら、美咲が篤樹に告げた。一瞬、反論しようと口を開きかけた篤樹は、しかし、力無く自嘲気味に薄く笑み、顔を下げる。

「そう……みたいですね。神村から……さっき……ダメ出しされた気がします。あの馬鹿……この大事な時に……」

「馬鹿はお前ぇさんだろ? アッキー」

 勇気への恨み言を口にした篤樹に、スレヤーは軽い口調ながら厳しく語りかけた。

「大将も前に言ってただろうがよ? 怒りや憎しみってのは『大きな力』にはなるけどよ、そりゃあ『両刃の剣』……コントロール出来なきゃ、自らを焼き尽くす業火になっちまう……ってよ」

「そう……ですね……」

 薄く笑みを残したまま、篤樹は力無く応える。

「でも……憎いんです……到底……赦せませんよ……。なのに……成者の剣も使えないなんて……」

「赦す必要なんて無くてよ? アッキー」

 レイラは篤樹の状態が変わった様子を歓迎するように、温かな笑みを浮かべ語りかけた。

「憎くて当たりまえ。恨んで当然、怒りしか湧かないわ、あんな奴なんか……」

 軽い口調で、演技が掛かった「怒ってますポーズ」をとり、レイラは続ける。

「ただね……あんな奴への怒りや憎しみに飲み込まれてしまうのは、もっと しゃくじゃなくて?」

 篤樹はレイラの言葉に軽くうなずきを返し「ですよね……」と小声でつぶやいた。

 バゴゴゴ……ガーン!

 黒魔龍による「全面無差別攻撃」の黒矢が再び放たれる。近づいている衝撃と破壊音がひと段落すると、スレヤーは体勢を変えた。

「よし! このままここに隠れてても、あと数分後にはやられちまう……行きましょうか?」

「そうね……」

 スレヤーの決断にレイラも同意を示し、視線を篤樹に向ける。

「あの剣が無くても、あなたはもう『 成者しげるもの』よ、アッキー。充分に強い男に成長してるわ」

 レイラから差し出された手を見つめ、篤樹はオズオズと……やがてしっかりと自分の手を伸ばしその手を掴み立った。

「……行きます。佐川を……倒しに……」


―――・―――・―――・―――


 断続的に降り注ぎ、地に立つ岩群を砂塵に変える黒魔龍の黒矢を避け、篤樹たちは卓也の言葉に従い岩壁沿いを移動した。

「あの洞穴ね……」

 すぐに岩壁の下部に窪みを見つけ近付く。洞穴と言うにも、かなり小規模な「窪み」にしか見えないが、卓也の指示したルートからはこの「2メートル四方も無い窪み」以外には該当する穴は無かった。

「移動は1人ずつって感じすかねぇ……」

 狭い場所がさほど得手ではない大柄のスレヤーは、苦笑しつつ確認する。

「私はこのままここに……」

 美咲はレイラの肩で、今にも消えそうに薄らぐ身体を揺らしながら告げた。

「ええ……」

 レイラは美咲の「体力」を考慮し、左手で優しく掴むと洞穴上の岩肌に下ろす。

「んじゃ、誰から行きますか?『向こう』でいきなりサガワと御対面ってこともありますし……」

 スレヤーは篤樹、そしてレイラの順に視線を向けた。

「僕から……行きます」

 思いがけない篤樹からの立候補に、レイラとスレヤーは眉を上げる。

「そんな……ここはスレイから……」

「だぜ? アッキー……無理は……」

「大丈夫です。どっちみち……ですから」

 再び響く黒魔龍の攻撃音に顔を向け、篤樹は続けた。

「先に行きます!」

 そう告げると、篤樹は身を屈めて「洞穴」に入る。

「おい! アッ……キー?」

 覗き込んだスレヤーの目に、すでに篤樹の姿は映らない。

「気の早い『道』ですこと……」

 レイラも呆れたように呟いた。

「それじゃ、私たちも……」

 身を屈めようとしたレイラは、突然聞こえた「声」に反応し振り返る。

「何だ?!」

 同じタイミングでスレヤーも声を上げた。洞穴の上に立つ美咲も、右手をこめかみに当てて「声」に反応している。

 タスケテ……ダレカ……オネガイ……

 聴覚に届く声では無い。脳内に直接響くような……伝心よりもさらに「近く」で訴えるような少女の声に3人は顔を見合わせる。

「加奈……さん……」

 美咲の声に反応し、レイラとスレヤーは顔を上に向けた。洞窟の天井近くまで鎌首を上げている黒魔龍の無表情な視線は、ようやく見つけた「敵」を冷ややかに見下ろしていた。
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