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第7章 それぞれのクエスト 編

第 428 話 宣告

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 飛び散った美咲の肉片と真っ赤な体液が、篤樹の顔と身体に付着する。目の前で起きた惨劇に、篤樹は声も出せず立ち尽くした。

 ぎゅヴぁ……ヴぇちゃ……

 土柱は泥土化し、まるでスライムのように美咲の断片を飲み込んでいく。

 ナ……ナニガ……オキタ……ノ……

「フー! ムー!」

 美咲の 痕跡こんせきが土中に消えていく様を、呆然と立ち尽くし見ている篤樹の耳に、土柱に捕らわれもがく直子の呻き声が聞こえた。ゆっくり視線を向けると、怒りの光を宿す直子の瞳と目が合う。

 セ……セン……生……これって……

 泣き出しそうに顔を歪ませた篤樹に、直子は力強い視線を向けた。

「安心しなさい、賀川くん」

 背後から佐川の声が投げかけられる。篤樹は恐る恐る振り返った。

「私たち4人は、この世界では『死なない存在』だから、美咲ちゃんもその内に再生するよ。これまで、何度も何度も繰り返して来たことだから、全く問題は無い。まあ、その度に文字通り『死ぬほどの痛みと苦しみ』を味わうことにはなるけど、自業自得の罰なんだから仕方無いさ!」

「なん……で……」

 心底愉しそうな笑顔で語る佐川に、篤樹は困惑の表情を向ける。

「だから、さっきから言ってるだろ? 大学出たての馬鹿なションベン臭い小娘のクセに、この世界のルールである私に対し美咲は不遜な言動を繰り返したんだ。だから当然の報いとして罰を受けることになった。まあ、今回はそれでも、キミがさっさと私に謝罪をすれば『生かしたまま』の罰にして上げるつもりだったんだがね」

 佐川はそう告げると、まっすぐ右手を伸ばし、人さし指を下に向けた。

「もう一度言うよ、賀川くん。私との約束を破ったキミは、私に謝罪する義務がある。キミがちゃんと義務を果たせば、そっちの先生は『生かしたまま』の罰に変えて上げても良いんだがね?」

 え……

 篤樹はこの段になり、ようやく自分の立場を理解する。と同時に、先ほど直子が語っていた言葉が思い出された。

『言葉巧みに自分の正当性を相手に刷り込み、支配し、コントロールする……そういう「 狡猾こうかつなオトナ」にあらがうのは……子どもにとって簡単なことでは無いわ』

 佐川は理不尽な謝罪要求をしているだけではない……「人質」を盾に、篤樹を支配しようとしている……いや! 袋小路に追い込まれ、苦しむ篤樹を見て「愉しんでいる」のだ。状況を理解した篤樹の目に、怒りと不満の色が浮かぶ。

 なん……なんだよ……なんなんだよ、この人!……絶対に許せない!

「おやおや? どうしたんだい賀川くん。自分が悪いクセに、私に向かって随分と反抗的な目を見せるじゃないか?」

 圧倒的な力の差は、佐川の表情にも心にも「余裕」を与えている。当然、佐川は考えていた。篤樹が指示通りに服従した場合、その後はどんな 蹂躙じゅうりんたのしもうか? 反抗した時は、どんな苦しみを与えて愉しもうか……。悦に浸る緩んだ笑みを浮かべ、篤樹を「玩具」として楽しむ佐川の内には、これまでにない「輝く星」が きらめいている。

「キミの態度……その言動で、先生が受ける罰も変わるし、キミ自身が受ける罰も変わるんだよ? 全て、キミの自己責任だ。さあ……どうする?」

 佐川の言葉を聞きながら、篤樹の心は段々明確な「怒りの炎」に包まれていく。元の世界に居た時も、こちらの世界に来てからも、これほどの「怒り」を感じたことは無かった。生まれて初めて、篤樹は「理不尽なオトナ」に対する明確な怒りを自覚する。

 このヒト……マジでムカつく!

 篤樹は背中に負う「 成者しげるものつるぎ」の存在を感じた。

 アイツまで……20メートルくらいか……3秒弱……スタートをクラウチングにして、すぐに剣を握って法力走に移れば……1秒を切れるかも……

「分かり……ました……」

 怒りを飲み込み隠し、篤樹は表情を改め佐川を見る。悟られないよう右足で地面に くぼみを作り足掛かりを確かめると、そのままゆっくり身を屈め始めた。佐川はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたまま「ほう……」とうなずき、篤樹が「土下座する様子」を見ている。上体を曲げ、右ひざを地に着け、両手を地面に置く。そのまま、立てている左足を引き、ひざを着けば「土下座」の体勢になる。だが篤樹は右足の足掛かりを確かめ、タイミングを計りつつ右ひざを浮かせた。

 行ける!

 スタートダッシュは身体に刻み込まれている。走りながら背負う剣を抜き斬りつける抜剣術も、スレヤーとの特訓で身に付けた。身体で覚えた一連の動きを合わせ、篤樹は地を蹴り飛び出すと、1秒の間も無く佐川に迫り、その上体に向け「成者の剣」を袈裟斬りで打ちつける。

 バチンッ!

 だが、振り抜こうとした剣柄を握る篤樹の右手に激しい衝撃が走り、竹刀状の成者の剣は佐川の身体手前10センチほどの空間で、稲妻のような閃光と共に弾き返された。

「ウ……」

 辛うじて剣を落とす事無く持ち堪えた篤樹は、一瞬にして佐川から羽交い絞めにされてしまう。

「何をやってんだ? 人を騙して斬り殺そうってのか? こんな近くまで踏み込んで来られるなんて怖いねぇ……最近のガキは……。オトナを舐めてんじゃねぇぞ?」

 耳元に語りかける佐川の声に、言葉ほどの「怒り」はこもっていない。むしろ、ウキウキした笑いさえ含まれているようだ。佐川は篤樹が苦し紛れに持ち上げた「成者の剣」先端の物打ち部と柄を両手で掴み、背後から篤樹の首を締め上げる。

「なんで俺の手が『斬れない』か不思議かぁ? そりゃこんなモン、俺にとっちゃただの棒っ切れだからだよ……」

 篤樹の心を読み取るように、佐川は笑いを噛み殺しながら告げた。

「さぁて、賀川くん……キミはまた『助けを求める相手』を間違ってしまったなぁ。自分のほうが私より強いとでも思ったのかな? 剣があるから勝てるとでも? これだからアホなガキってのは嫌いなんだ……よッ!」

 佐川は成者の剣で篤樹の首を一旦さらに強く締め上げると、今度は剣を外し、即座に腰を蹴り押す。体勢を崩した篤樹は前のめりで地面に倒された。

「ゲホッ……ゲホッ……」

 のどぼとけを強く締められたせいでむせる篤樹の横に、成者の剣が投げよこされる。

「ガキの玩具だな。そんなんじゃ、チャンバラごっこも出来やしないぞ? さて……」

 佐川の声色が変わった。篤樹はかすんだ意識のまま尚もむせ返っていたが、佐川の様子に片目を開き、前を向く。20メートルほど先には、土柱に拘束されている直子と、その数メートル横に透明な囲いに閉じ込められたエシャーの姿が見える。2人とも、篤樹に向かい何かを必死に訴えているが、声としては届いて来ない。

 先……生……。エシャー……

「何の『怒り』か知らないけど、子どもが大人に歯向かうってのは、一番やっちゃいけない選択だったね、賀川くん。おかげで……」

「ウグッ……」

 土柱に捕らわれている直子の表情が大きく歪む。

 ヤ……ヤメ……

 篤樹の叫びが、痛めた喉から発せられる間も無かった。目を背けることも出来ない内に、直子の身体も美咲同様に締め潰され四散する。絶望的な光景に、篤樹は脳内がジンジンと痺れるような嫌悪感に襲われた。

「……という事だ。キミの判断ミスで、彼女も死ぬほどの痛みと苦しみを罰として受けることになってしまったな。可哀想に……全部、キミのせいだよ、賀川くん」

 泥土が直子の断片を貪り、飲み込んでいく様を凝視し、篤樹は意識と感覚が分離していくような虚無感に呆然とする。

「さあて……では、この『星』にもそろそろ罰を与えないとな。ただのゴミを、アイツらが勝手に『世界』に変えてしまったから、元通りにしないと」

 満足そうに宣言する佐川の声が背後に聞こえ、篤樹は無意識に振り返ってしまう。

 コノ……ヒト……イッたい……なにを……言ってるんだ?

 生気を失いかかった篤樹の視線を嬉しそうに受け止め、佐川は笑みを浮かべている。

「先生と美咲ちゃんはまた再生するよ。でも、その前にしっかり縛り上げておかないと、また性懲りも無く悪さをしちゃうからね、あの2人は。あと5回か10回は、絶望的な痛みと苦しみの死を罰に与えて教えてやらないとな。ついでに、アイツらが散らかした『この世界』が、元通りの『ゴミ』になっていく姿を見せてやろう。あの2人には見届ける責任があるだろ?」

「ヤ……ヤメ゛……ロ゛……」

 声帯に痛みと違和感を感じながら、篤樹は地面に四つ這いのまま声を絞り出す。佐川は醜悪な汚物を見るような冷めた目で篤樹を見下ろし、溜息を吐いた。

「口のきき方を間違えるなよ、ガキが……『やめて……下さい』だろうが!」

 佐川は黒のローファーを履く右足で篤樹の あごを蹴り上げた。法力強化では無い、ただの「大人の力」が込められた蹴りで、篤樹は仰向けに蹴り倒される。佐川はズレた制帽を被り直しながら語り続けた。

「1つゲームをしようじゃないか、賀川くん。私は『下』で、先生と美咲ちゃんの調教をしながらキミをしばらく待っていて上げよう。キミが本当に助けを乞うべき相手が誰かを理解し、心からの謝罪をしに来れば2人の調教タイムは終わりにして上げるよ。もちろん、逃げたって構わない。どうせこの星は最後にはぶっ壊すからね。先生たちの気が狂うのが先か、この星がぶっ壊れるのが先か……それとも、キミが改心して私の前に謝罪に来るのが先か……」

 泥土化し始めた地面に、光球体に包まれた佐川がゆっくり沈み始める。

「加奈! お前も来い! 久し振りに『肉体』で復活したから、先生たちが再生するまで遊んでやるよ!」

 イヤらしい笑みを見せ、佐川は黒水晶に顔を向けた。黒水晶はかすかに震えたが、やがて、諦めたようにゆっくり地面へ沈み始める。

「ちゃんと謝りに来いよ? 賀川くん」

 沈みゆく2人を呆然と見送る篤樹に、佐川は視線を向けニヤリと笑みを浮かべた。

「何で……なんで……僕が……」

 泥と鼻血と……美咲の肉片に汚れ、泣き出しそうな情けない顔で篤樹は呟く。佐川は満足そうに笑みを浮かべ鼻で笑う。

「面白いからだよ! 舐め切ったガキが、ボロボロになってくのを見るのがさ。胸がスカッとする。良いな? 早く詫びに来いよ。途中で死ぬなよ? 最後まで私を愉しませてくれれば、キミも悪いようにはしないから……あ、そうだ!」

 球体の半分ほどまで泥土に沈んだ佐川は、ふと、何かを思い出したように右手を顔の位置まで持ち上げた。視線は篤樹から外れ、その背後を見ている。……その視線を追い、篤樹はゆっくり振り向いた。「見えない壁」に捕らわれたエシャーが、必死に「壁」を内側から叩き、何かを叫んでいる。だが、その声は外には聞こえない。

 あ……そうだ……エシャーを……助けなきゃ……

「キミとあの子? こっちの世界に降りた時から『見てた』けど、まあ、正直言って何だね……今まで『見て来た』中では結構楽しませてもらったほうだよ。頭の悪いガキ共の恋愛ってのは、どうしてこうも笑えるんだろうねぇ……」

「え……『見て』……た?」

 佐川の言葉に反応し、篤樹は視線を向ける。佐川は帽子のつばの陰から篤樹を見ると、悪趣味な笑みを浮かべた。

「ああ……『乗客』の動向は全て見ていたさ……職業病みたいなもんだろうな。キミのお友だちもみんな、ゴミみてぇな人生に悩み苦しみながら幕を下ろしていったなぁ……」

 光球体は4分の3ほどまで地中に沈んでいる。篤樹は佐川の表情と声色……その目線に胸騒ぎを覚える。

 どこを……見てる?……俺……じゃ……無い……

 佐川の視線がエシャーを見続けている事に気付き、篤樹は慌てて立ち上がり駆け出した。

「エシャー! 逃げ……」

「ゴミは処分しとかないとな……」

 背後から佐川の声と指を鳴らす音が、駆け出したばかりの篤樹の耳に届く。次の瞬間……篤樹と視線を合わせていたエシャーの姿は、大きな爆煙に飲み込まれた……
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