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第7章 それぞれのクエスト 編
第 422 話 エシャーと古の女神たち
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「ミサキさん!」
エシャーは空中の光球体内に居る美咲の名を呼んだ。美咲は不思議そうに振り返る。
「えっと……あなたは……」
「ルエルフ族のエシャーよ」
直子が代わりに美咲に答えた。その返答に曖昧にうなずき、美咲は視線をエシャーに戻す。
「えっと……エシャー……さん? どうして私の名前を知ってるの?」
思わず声をかけてしまったエシャーはバツが悪そうに言い淀みつつ、神村勇気の残した「情報伝達魔法」の中で出会ったことを伝えた。合点のいった美咲は納得顔でうなずくと、直子に顔を向ける。
「やるじゃないですか、神村くん。やっぱり発想力が豊かな子ですね! 私が『見せた』魔法を自分で会得し、アレンジまで出来るなんて!」
「そうね。日本の教育や社会環境だと、あの子の自由な発想や能力を抑えつけるだけだったから……『この世界』だと本領を発揮出来たのかもね……」
2人の会話を不思議そうに見上げ聞きつつ、エシャーは声をかけ直す。
「あの……だから……」
ついつい自分たちの会話に意識を向けていた2人の「神々」は、エシャーの声でハッと視線を下げた。
「黒魔龍の中に居る子……シバタ・カナを……あの子を助けて上げる方法って在るんでしょうか?! 私に出来ること……何かありませんか!」
思いがけないエシャーからの申し出に、直子と美咲は驚きを見せる。エシャーは慌てて言葉を繋ぐ。
「あの……あの子……カナは……サーガワーや『元の世界』の両親から受けた傷や恐怖のせいで……どうしようもなくって命令に従ってるだけだって……すごく苦しんでるハズだから……だから……」
「優しい子ね、エシャーは」
直子が微笑みながら応える。
「彼女の記憶……私たちもこの世界に来て初めて知ったわ。『向こう』では情報としての認識しか出来ないけれど、ここでは『追体験』のように共有出来たから……。その上で、私たちの結論はね……」
美咲と視線をかわし、うなずき合うと、直子は続けた。
「柴田さんを『助けて上げる』方法は……何も無いわ」
「え……」
湖神……小宮直子なら何らかの対策をもっているものと期待し問いかけたエシャーにとって、「助けて上げる方法は無い」という言葉は予想外の回答だった。絶句するエシャーに、美咲が言葉を続ける。
「今は……無意識化で黒魔龍となり、佐川さんの支配でマインドコントロールされている加奈さんを無力化させること……これ以上、佐川さんの命令で他者を傷付けないように落ち着かせることが優先事項なのよ……」
「そ、それって!……創世7神のように……彼女を滅消するってこと?!」
エシャーの脳裏に、神村勇気と川尻恵美の「後悔」が思い出される。美咲も、自分自身が過去に指示した「緊急退避策」を後悔しているのか、目線を下げ唇を噛む。すぐに直子がやわらかな笑みでエシャーに応えた。
「大丈夫よ、エシャー……安心して。彼女は今、自分自身の『心』を守るために、無意識下で黒魔龍という『人格』を生み出してるの。だから、柴田さん自身の人格意識が回復すれば、黒魔龍は消えるわ」
直子の説明を明確に理解出来ないが、エシャーはゆっくりうなずき了解を示す。
「彼女を……黒魔龍を……滅消させるワケでは無い……ってことですよね?」
「ええ……」
直子は笑みを向け、エシャーに力強く応える。
「私のクラスの大事な大事な生徒を……滅消なんて絶対にしないわ!」
―――・―――・―――・―――
チッ……まだ足り無ぇなぁ……まさか妖精王なんて「作りモン野郎」に「あの分身体」がやられるなんて……計算外だったぜ。それに「あの女ども」……結局、追いついてきやがったか。リスクを考えてメインの分身体を別々に動かしたのに……クソ生意気な奴らだ!
佐川は篤樹に心を読み取られないよう、演技がかった「優しい笑み」を浮かべつつ、予定外に「力の集束」が遅れている事態に苛立ちを感じていた。
直子と美咲によって創られた「地核の檻」に捕らわれ数万年の時が経っている。もちろん、佐川も直子も美咲も「この世界」においては「元世界」のような時間概念から解き放たれているため、時の長さそのものは「苦」では無い。ただ……「あらゆる能力で男に劣る女ごときに支配されているという屈辱」が、佐川の精神を苛立たせ続けて来た。
俺が創って捨てた「ゴミ星」を勝手に改造しやがった挙句、この世界の支配者に選ばれた俺にまでくだらねぇ「ルール」を負わせやがって……。「この世界」を潰した後、アイツらの身体と精神にキッチリ「罰」を与えてやらないとな……
「あの……運転手さん……」
つい意識を分散させていた佐川は、呼びかけられた篤樹の声に一瞬不思議そうな視線を向けた。そこに居るのが篤樹だと認識し、慌てて笑みを作る。
「あの……大丈夫ですか?」
「あ、ああ! ごめんごめん、ちょっと考え事をしてて……」
「今の揺れ……何でしょう?」
篤樹の問いの意味をすぐに理解出来なかった佐川は「ああ……あれねぇ……」と言葉を 濁しながら状況把握に努める。ま、いいか……
「例の『光る子ども』の仕業だろうね。ここは地盤も強くは無いし……」
口からの出まかせでも、篤樹がそれなりに納得顔でうなずいたことに佐川は気を良くした。やはりこのガキはチョロい!
「えっと……とりあえずエシャー……外の子に話をして来ます! この運転手さんは『本物』だから攻撃しちゃダメだって……」
塔の入口に向かおうと動き出した篤樹を、佐川は慌てて引き止める。
「ちょ……ちょっと待ちなさい!」
外の様子は佐川には「見えて」いる。エシャーを飲み込もうとした分身体が小宮直子と加藤美咲により滅消され、今まさに柴田加奈本体を核とする黒魔龍と外の3人が対峙している状況……佐川の指示通りに加奈が働けば、もっと時間稼ぎが出来る。佐川は予定外に遅れている「力の集束」を優先したかった。
「おじさんはね……佐川……佐川良一という名前なんだ。『運転手さん』ではあるけど、名前で呼んでもらいたいな」
篤樹を引き止めるためとは言え、自分が発した言葉に佐川は失笑気味の苦い笑みを浮かべる。だが、その「自然な笑み」がかえって篤樹には好意的に受け止められた。
「え? あ……はい……知ってます。あの! 『記憶』の中で……聞いたから……」
どことなくバツが悪そうに応じる篤樹に、佐川は軽くうなずきを見せた。
「そうか……そうだろうね。まあ、だから……『佐川』と呼んでくれ」
右肩を左手で押さえながら、佐川はゆっくり右手を差し出す。篤樹は一瞬 躊躇いを見せたが、その握手に応じた。
「あ……じゃあ……エシャーたちに話して来ますね、『佐川さん』」
「ああ。上手く説明して来てくれよ。賀川くん」
佐川は篤樹の手を力強く握り、笑みを浮かべて応じつつ、視線を塔の入口に向けた。外の様子が篤樹に伝わらないよう、こっそり張っていた遮音壁魔法を解除する。途端に、激しい戦闘音が塔内に飛び込んで来た。
あーあ……派手にやってやがんなぁ……
知見通りとは言え、その騒ぎに佐川は苦笑する。だが状況を知らない篤樹は、突然の騒ぎにビクッと反応し入口に振り返った。
「こ……この音は……」
「分からない! とにかく、気を付けるんだよ! もし『先生たち』とも出会ったら、上手く説明をして上げてくれ!」
話の途中で駆け出す篤樹の背に、佐川は声を投げ掛けた。
「さて……」
佐川は左手を右肩から下ろし、制帽を被り直す。エシャーから右肩に受けた法撃の傷跡は消え去り、シワの無い真っ白なカッターシャツには血の跡も無い。左手に履くドライバーグローブも、新品のように真っ白だ。愉しそうな笑みを浮かべ、佐川は 身嗜みを確かめると、左右の手で交互に肩から腕にかけ埃を掃う。
「『力』を溜めなきゃ『力』を出せない……なんてクソみたいなルールに従うのは面倒だが……まあいい。もう少し、お遊びに付き合ってやるか……」
上機嫌に口笛を鳴らしながら、佐川は塔の奥へ歩き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
美咲の光球体に「同乗」させてもらったエシャーは、直子たちと共に黒魔龍が構える上空へ昇っていた。
「あの! 湖神……さま……」
光球体の中で美咲の足下に座り、思い悩んでいたエシャーは、意を決して直子に語りかける。
「ん? なあに、エシャー」
黒魔龍から視線を外し、直子はエシャーに顔を向けた。
「さっきの……お言葉ですが……」
エシャーは「湖神様」にこのような「 不遜な問い」をしても良いかどうかと迷いつつ、言葉を選ぶ。直子は「ん?」と頬を上げ、エシャーの言葉を待った。
「あの子を……シバタカナを『助けて上げる方法は無い』って……でも、今、お2人は彼女を『助けるため』に動かれてるんですよね? 私……よく理解出来なくて……」
「ああ!」と合点がいった表情を浮かべ、直子はやわらかく応じる。
「柴田さんは……エシャーも『知ってる』と思うけど、元の世界で実のお母さまからも酷い暴力を受けて来たの……お母さまが連れて来た『男』からは、もっと酷い目に遭わされていた……。その時から彼女は自分の『心』を守るために『別の自分』を創り出すようになったのよ。この世界のように想像による創造で『具現化』は出来ないけれど……被害に遭っているのは『お母さんの大嫌いな蛇』であって『自分』では無い……お母さんの大嫌いな蛇が『酷い目に遭ってる』のだと……」
直子は平静を保ちながらも、怒りと哀しみに声が震えていた。
「こちらに来てからは……佐川さんからさらに酷い虐待を受けることになってしまった。向こうはまだ『他人の目』が有ったけど、ここでは佐川さんと柴田さんだけしか居なかったから……」
思い出したくも無い、佐川による加奈へのあらゆる凌辱行為が脳裏を 過る。直子は一瞬眉根を寄せて目を閉じ、呼吸を整えた。
「エスカレートする佐川さんの行為に……柴田さんは自分と身体の意識を切り離して『心』を守っていた。……そして、私たちが創った『この星』に来てからはその姿が具現化したのよ。佐川さんの支配の中に在る『黒魔龍としての柴田さん』と、自分以外の全てから身を守る『黒水晶の中の柴田さん』とに……」
「だからね……」
球体内に立つ美咲の声に、エシャーは顔を上げる。
「佐川さんに支配されている『黒魔龍としての加奈さん』を解放する方法は、佐川さんから切り離すこと……その支配が及ばないように『助け出す』ことは可能かも知れない。でも、黒水晶の中に居る加奈さん自身を『助けて上げる』方法は無いのよ。加奈さんが、自分自身で解く以外には……」
「自分……自身で……」
エシャーは2人の説明をボンヤリと理解し、自分なりの解釈で飲み込んだ。
「あの子が……自分で創り出した黒水晶の『防御魔法』を解かないと、外には出て来れない……」
その理解に直子はあたたかな笑みでうなずいた。
「誰かが彼女に『して上げられる助け』は無いの。でも、彼女自身が黒水晶を解くことは……簡単なことではない。それだけの傷を負わされて来たのだから……。私たちにいま出来る事は、佐川さんの手から柴田さんを引き離し守って上げることだけ……」
エシャーは空中の光球体内に居る美咲の名を呼んだ。美咲は不思議そうに振り返る。
「えっと……あなたは……」
「ルエルフ族のエシャーよ」
直子が代わりに美咲に答えた。その返答に曖昧にうなずき、美咲は視線をエシャーに戻す。
「えっと……エシャー……さん? どうして私の名前を知ってるの?」
思わず声をかけてしまったエシャーはバツが悪そうに言い淀みつつ、神村勇気の残した「情報伝達魔法」の中で出会ったことを伝えた。合点のいった美咲は納得顔でうなずくと、直子に顔を向ける。
「やるじゃないですか、神村くん。やっぱり発想力が豊かな子ですね! 私が『見せた』魔法を自分で会得し、アレンジまで出来るなんて!」
「そうね。日本の教育や社会環境だと、あの子の自由な発想や能力を抑えつけるだけだったから……『この世界』だと本領を発揮出来たのかもね……」
2人の会話を不思議そうに見上げ聞きつつ、エシャーは声をかけ直す。
「あの……だから……」
ついつい自分たちの会話に意識を向けていた2人の「神々」は、エシャーの声でハッと視線を下げた。
「黒魔龍の中に居る子……シバタ・カナを……あの子を助けて上げる方法って在るんでしょうか?! 私に出来ること……何かありませんか!」
思いがけないエシャーからの申し出に、直子と美咲は驚きを見せる。エシャーは慌てて言葉を繋ぐ。
「あの……あの子……カナは……サーガワーや『元の世界』の両親から受けた傷や恐怖のせいで……どうしようもなくって命令に従ってるだけだって……すごく苦しんでるハズだから……だから……」
「優しい子ね、エシャーは」
直子が微笑みながら応える。
「彼女の記憶……私たちもこの世界に来て初めて知ったわ。『向こう』では情報としての認識しか出来ないけれど、ここでは『追体験』のように共有出来たから……。その上で、私たちの結論はね……」
美咲と視線をかわし、うなずき合うと、直子は続けた。
「柴田さんを『助けて上げる』方法は……何も無いわ」
「え……」
湖神……小宮直子なら何らかの対策をもっているものと期待し問いかけたエシャーにとって、「助けて上げる方法は無い」という言葉は予想外の回答だった。絶句するエシャーに、美咲が言葉を続ける。
「今は……無意識化で黒魔龍となり、佐川さんの支配でマインドコントロールされている加奈さんを無力化させること……これ以上、佐川さんの命令で他者を傷付けないように落ち着かせることが優先事項なのよ……」
「そ、それって!……創世7神のように……彼女を滅消するってこと?!」
エシャーの脳裏に、神村勇気と川尻恵美の「後悔」が思い出される。美咲も、自分自身が過去に指示した「緊急退避策」を後悔しているのか、目線を下げ唇を噛む。すぐに直子がやわらかな笑みでエシャーに応えた。
「大丈夫よ、エシャー……安心して。彼女は今、自分自身の『心』を守るために、無意識下で黒魔龍という『人格』を生み出してるの。だから、柴田さん自身の人格意識が回復すれば、黒魔龍は消えるわ」
直子の説明を明確に理解出来ないが、エシャーはゆっくりうなずき了解を示す。
「彼女を……黒魔龍を……滅消させるワケでは無い……ってことですよね?」
「ええ……」
直子は笑みを向け、エシャーに力強く応える。
「私のクラスの大事な大事な生徒を……滅消なんて絶対にしないわ!」
―――・―――・―――・―――
チッ……まだ足り無ぇなぁ……まさか妖精王なんて「作りモン野郎」に「あの分身体」がやられるなんて……計算外だったぜ。それに「あの女ども」……結局、追いついてきやがったか。リスクを考えてメインの分身体を別々に動かしたのに……クソ生意気な奴らだ!
佐川は篤樹に心を読み取られないよう、演技がかった「優しい笑み」を浮かべつつ、予定外に「力の集束」が遅れている事態に苛立ちを感じていた。
直子と美咲によって創られた「地核の檻」に捕らわれ数万年の時が経っている。もちろん、佐川も直子も美咲も「この世界」においては「元世界」のような時間概念から解き放たれているため、時の長さそのものは「苦」では無い。ただ……「あらゆる能力で男に劣る女ごときに支配されているという屈辱」が、佐川の精神を苛立たせ続けて来た。
俺が創って捨てた「ゴミ星」を勝手に改造しやがった挙句、この世界の支配者に選ばれた俺にまでくだらねぇ「ルール」を負わせやがって……。「この世界」を潰した後、アイツらの身体と精神にキッチリ「罰」を与えてやらないとな……
「あの……運転手さん……」
つい意識を分散させていた佐川は、呼びかけられた篤樹の声に一瞬不思議そうな視線を向けた。そこに居るのが篤樹だと認識し、慌てて笑みを作る。
「あの……大丈夫ですか?」
「あ、ああ! ごめんごめん、ちょっと考え事をしてて……」
「今の揺れ……何でしょう?」
篤樹の問いの意味をすぐに理解出来なかった佐川は「ああ……あれねぇ……」と言葉を 濁しながら状況把握に努める。ま、いいか……
「例の『光る子ども』の仕業だろうね。ここは地盤も強くは無いし……」
口からの出まかせでも、篤樹がそれなりに納得顔でうなずいたことに佐川は気を良くした。やはりこのガキはチョロい!
「えっと……とりあえずエシャー……外の子に話をして来ます! この運転手さんは『本物』だから攻撃しちゃダメだって……」
塔の入口に向かおうと動き出した篤樹を、佐川は慌てて引き止める。
「ちょ……ちょっと待ちなさい!」
外の様子は佐川には「見えて」いる。エシャーを飲み込もうとした分身体が小宮直子と加藤美咲により滅消され、今まさに柴田加奈本体を核とする黒魔龍と外の3人が対峙している状況……佐川の指示通りに加奈が働けば、もっと時間稼ぎが出来る。佐川は予定外に遅れている「力の集束」を優先したかった。
「おじさんはね……佐川……佐川良一という名前なんだ。『運転手さん』ではあるけど、名前で呼んでもらいたいな」
篤樹を引き止めるためとは言え、自分が発した言葉に佐川は失笑気味の苦い笑みを浮かべる。だが、その「自然な笑み」がかえって篤樹には好意的に受け止められた。
「え? あ……はい……知ってます。あの! 『記憶』の中で……聞いたから……」
どことなくバツが悪そうに応じる篤樹に、佐川は軽くうなずきを見せた。
「そうか……そうだろうね。まあ、だから……『佐川』と呼んでくれ」
右肩を左手で押さえながら、佐川はゆっくり右手を差し出す。篤樹は一瞬 躊躇いを見せたが、その握手に応じた。
「あ……じゃあ……エシャーたちに話して来ますね、『佐川さん』」
「ああ。上手く説明して来てくれよ。賀川くん」
佐川は篤樹の手を力強く握り、笑みを浮かべて応じつつ、視線を塔の入口に向けた。外の様子が篤樹に伝わらないよう、こっそり張っていた遮音壁魔法を解除する。途端に、激しい戦闘音が塔内に飛び込んで来た。
あーあ……派手にやってやがんなぁ……
知見通りとは言え、その騒ぎに佐川は苦笑する。だが状況を知らない篤樹は、突然の騒ぎにビクッと反応し入口に振り返った。
「こ……この音は……」
「分からない! とにかく、気を付けるんだよ! もし『先生たち』とも出会ったら、上手く説明をして上げてくれ!」
話の途中で駆け出す篤樹の背に、佐川は声を投げ掛けた。
「さて……」
佐川は左手を右肩から下ろし、制帽を被り直す。エシャーから右肩に受けた法撃の傷跡は消え去り、シワの無い真っ白なカッターシャツには血の跡も無い。左手に履くドライバーグローブも、新品のように真っ白だ。愉しそうな笑みを浮かべ、佐川は 身嗜みを確かめると、左右の手で交互に肩から腕にかけ埃を掃う。
「『力』を溜めなきゃ『力』を出せない……なんてクソみたいなルールに従うのは面倒だが……まあいい。もう少し、お遊びに付き合ってやるか……」
上機嫌に口笛を鳴らしながら、佐川は塔の奥へ歩き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
美咲の光球体に「同乗」させてもらったエシャーは、直子たちと共に黒魔龍が構える上空へ昇っていた。
「あの! 湖神……さま……」
光球体の中で美咲の足下に座り、思い悩んでいたエシャーは、意を決して直子に語りかける。
「ん? なあに、エシャー」
黒魔龍から視線を外し、直子はエシャーに顔を向けた。
「さっきの……お言葉ですが……」
エシャーは「湖神様」にこのような「 不遜な問い」をしても良いかどうかと迷いつつ、言葉を選ぶ。直子は「ん?」と頬を上げ、エシャーの言葉を待った。
「あの子を……シバタカナを『助けて上げる方法は無い』って……でも、今、お2人は彼女を『助けるため』に動かれてるんですよね? 私……よく理解出来なくて……」
「ああ!」と合点がいった表情を浮かべ、直子はやわらかく応じる。
「柴田さんは……エシャーも『知ってる』と思うけど、元の世界で実のお母さまからも酷い暴力を受けて来たの……お母さまが連れて来た『男』からは、もっと酷い目に遭わされていた……。その時から彼女は自分の『心』を守るために『別の自分』を創り出すようになったのよ。この世界のように想像による創造で『具現化』は出来ないけれど……被害に遭っているのは『お母さんの大嫌いな蛇』であって『自分』では無い……お母さんの大嫌いな蛇が『酷い目に遭ってる』のだと……」
直子は平静を保ちながらも、怒りと哀しみに声が震えていた。
「こちらに来てからは……佐川さんからさらに酷い虐待を受けることになってしまった。向こうはまだ『他人の目』が有ったけど、ここでは佐川さんと柴田さんだけしか居なかったから……」
思い出したくも無い、佐川による加奈へのあらゆる凌辱行為が脳裏を 過る。直子は一瞬眉根を寄せて目を閉じ、呼吸を整えた。
「エスカレートする佐川さんの行為に……柴田さんは自分と身体の意識を切り離して『心』を守っていた。……そして、私たちが創った『この星』に来てからはその姿が具現化したのよ。佐川さんの支配の中に在る『黒魔龍としての柴田さん』と、自分以外の全てから身を守る『黒水晶の中の柴田さん』とに……」
「だからね……」
球体内に立つ美咲の声に、エシャーは顔を上げる。
「佐川さんに支配されている『黒魔龍としての加奈さん』を解放する方法は、佐川さんから切り離すこと……その支配が及ばないように『助け出す』ことは可能かも知れない。でも、黒水晶の中に居る加奈さん自身を『助けて上げる』方法は無いのよ。加奈さんが、自分自身で解く以外には……」
「自分……自身で……」
エシャーは2人の説明をボンヤリと理解し、自分なりの解釈で飲み込んだ。
「あの子が……自分で創り出した黒水晶の『防御魔法』を解かないと、外には出て来れない……」
その理解に直子はあたたかな笑みでうなずいた。
「誰かが彼女に『して上げられる助け』は無いの。でも、彼女自身が黒水晶を解くことは……簡単なことではない。それだけの傷を負わされて来たのだから……。私たちにいま出来る事は、佐川さんの手から柴田さんを引き離し守って上げることだけ……」
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