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第7章 それぞれのクエスト 編

第 409 話 波長

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 創世7神の神殿奥―――手を繋ぎ立つ篤樹とエシャーは、しばらくのあいだ「神々の像」を見つめていた。

「……ユウキとエミの像が出来上がってたら『創世8神』って呼ばれてたのかなぁ?」

 エシャーの言葉に、篤樹は寂し気な笑みを浮かべ首を横に振る。

「川尻と神村は、あの6人のことを想ってここに像を創ったんだ。りこちゃんたちが、後から2人の像を増やそうとした気持ちも分かるけど……」

 後半、覚醒してしまったために篤樹が見逃がした「勇気の情報」によると、りこたちと共に暮らした恵美はこの神殿を築き、50歳を迎える前に病死したそうだ。神像壁の左端に彫られている崩れかかった「7体目」は、川尻恵美の死後、りこたちの手によって作られたものだったらしい。だが、7体目を完成させる直前で神殿は封じられることになった。

 神村勇気は、りこたちの村の村長に推薦されたが固辞し、早い時期から世界を放浪する人生を歩んだ。メシャクは黒魔龍との戦いの中で死に、シャデラは数名の仲間と南方へ移住したと旅の途中で勇気は聞いた。やがて身につけた技術と魔法力で勇気は自分の「小刀」を2つに分け、柄の部分と刃の部分それぞれで2本の「 成者しげるものつるぎ」を創り出した。その2本が数千年の時を超え、今、篤樹の手に握られている。

「せっかくだから、そっちも持って行けば良いのに……」

 崩れかかった「7体目の神像」の台座に、牧田亮が使っていた成者の剣をそっと置く篤樹に、エシャーが声をかける。

「この1本だけで充分だよ……使いこなせないし」

 右手に握る竹刀形状の成者の剣に視線を向け、篤樹は軽く微笑んだ。「それにしても……」と前置きし、顔をエシャーに向け直す。

「神村の『記憶』の魔法……エシャーも一緒に見れたってのは驚いたけど……ショックだったんじゃない?」

「ん? なんで?」

 大きな目をキョトンと見開き、首をかしげエシャーが聞き返す。

「いや……ほら……この世界の始まり……って言うか……エシャーたちが『創られた』理由とかが……」

「アッキー!」

 篤樹の言わんとする内容を理解し、エシャーは強い口調で睨む。

「メシャクやシャデラが感じた気持ち、私は全然理解出来ない! そりゃ『自分が存在してる意味』を、急にあんな風に聞かされたから怒ったのかも知れないけど、私は『だから何?』って思ったよ? 私がいま生きている理由は、私が一番良く分かってる! だから、使命だとか目的だとか、そんなのは私が自分で決める! 光る子どもとか、湖神様とか古の女神とか、サガワとかが決めるんじゃない! 自分の道は自分で決めればいいだけだよ! アッキーだってそうでしょ?」

 文字通りにグイグイ迫られ、篤樹は壁に背を押し付けながらエシャーの気迫に目を白黒させる。コクン、コクンとうなずく篤樹に、エシャーは「ニコッ!」と微笑み、勢いに任せて上げていた かかとを床に下ろした。

「この世界が出来た理由ってのが、すごくすごーく『ちっぽけな理由』だったのはビックリしたけど……でも、おかげで今、私はここに居るし、アッキーと一緒に居られる! だから大満足だよ」

 心底嬉しそうな笑みを向け、小首をかしげ見せたエシャーに、篤樹は思わず吹き出した。

「えー! なんで笑うのぉ?!」

 篤樹の反応に、エシャーは不満げな抗議の声を上げる。

「いや……ゴメン……」

 笑いを洩らしながら、篤樹はエシャーに応えた。

「そうだね……うん! エシャーの言う通りだよ。俺も……色々納得いかないことがあるし、分かんないことだらけだし、あの運転手さんが『あんなヒドい事』を柴田加奈やバスガイドさんにやってたなんて、絶対に許せないとか……色々考えちゃうけどさ……」

 篤樹の応答主旨が読めず、エシャーはキョトンと目を見開き「ん?」と聞く姿勢を改める。篤樹は温かな笑みを浮かべ、エシャーの頭に右手を載せた。

「俺も……今、エシャーと一緒にここに居られることで大満足……って思ってるよ。ありがとうね」

 同年の女子に、自分がこんな対応をするなどと想像もしていなかった篤樹は、極自然に微笑んだあと、急に恥ずかしさを覚えエシャーの頭から手を下ろした。

「あ……ゴメン! なんか偉そうなこと言って……」

「ううん!」

 慌てて言い訳をしつつ下ろした篤樹の手を、エシャーは急いで両手で掴むと、再び自分の頭に載せさせる。

「良かった! アッキーも今の自分に大満足してるのが分かったから!」

 嬉しそうに頬を上げるエシャーの声に、篤樹も微笑み「そうだね……」とうなずき返した。

『ずっと……ずうっと一緒に歩こうね……』

 神殿の通路で、エシャーが語りかけた言葉がフッと脳裏に浮かぶ。神村勇気の「記憶魔法」の影響で、もう、ずいぶん昔に聞いた声のようにも感じる。だが今……エシャーは確かに目の前に居る……篤樹はエシャーの頭を軽く撫でながら、改めて、新鮮な気持ちを口に出した。

「ずっと一緒に……エシャーと一緒に『この世界』を歩けると良いな……」

「うん!」

 エシャーは篤樹の手を頭上で握り締めたまま、大きくうなずき応えた。

「あっ! 分かった!」

 突然、何かに気付いたようにエシャーが声を上げ、手を打つ。驚いた篤樹は再びエシャーの頭部から手を離し尋ねた。

「ど、どうしたの? エシャー……『分かった』って……何が?」

「ユウキの魔法を、私も見ることが出来たワケ!」

 一瞬、何の話かとキョトンとする篤樹に、エシャーは興奮気味に説明を始める。

「さっき、アッキーから『私と同じ波長』を感じ……ううん! 違う! 私の波長が、アッキーと似てるんだ! そう! アッキーたち『チガセ』の内在法力波と、同じ波長が私の中にも在るんだよ!」

「えっと……エシャー?」

 自分1人で理解し納得している様子のエシャーに、篤樹は少し引き気味に尋ね返した。

「ほら! 私たち『ずっと一緒』に今まで居たでしょ? アッキーだけじゃなく、カオリさんやリョウさん、ハルカとも一緒に居る時間が長かったから……法力干渉を受けたんだよ! チガセの皆がもってる『想像力と創造力』の波長の影響だよ!」

「は? 影響……が?」

 エシャーはなぞなぞの答えが分かった幼子のように、得意気にうなずく。

「そう! だからユウキが仕掛けた魔法に、私も反応したんだよ! チガセのために残した魔法に! アッキーたちと同じ波長が出てたから!」

「へ……え……そっか。うん! そうかもね。……俺はまだ、魔法力とか良く分かんないけど……エシャーの発見が正解かもな」

 得意満面に破顔し説明するエシャーの解釈に、篤樹はよく分からないまでも同意の笑みをもって応える。その直後、篤樹とエシャーはハッと何かに気付き、ほぼ同時に広間の入口に顔を向けた。

「なんか……」

 異様な気配……全身に「恐怖」を感じる空気が流れ込んで来るのを篤樹は感じ、エシャーに顔を向ける。エシャーの目に警戒の色が映った瞬間、耳をつんざく激しい轟音と、全身を圧迫する突風が広間に吹き込んで来た。

「うわっ!」

「きゃ……」

 予防的に急ぎ張り巡らせたエシャーの防御魔法のおかげで、2人は身体を支え合う程度の力で踏ん張り、突風に倒されずに済んだ。突如襲いかかって来た「爆風」は広間内の気圧を一気に膨張させた後、再び、神殿入口に向かい流れ出て行く。

「今のは……」

「法撃よ! 神殿の外から攻撃されたんだ!」

 呆然と状況理解を始めた篤樹よりも先に、エシャーは法撃波を感知し駆け出した。篤樹もすぐにその背を追いかける。幸いにも神殿内部の通路は川尻恵美が施した頑強なコーティング魔法のおかげで、全く崩れる事無くほのかな法力光を今も放っている。しかし、神殿入口側に有った未コーティングの石柱や壁は崩れ、瓦礫の破片となって通路に散乱していた。

 法撃……一体……誰が……

 一瞬思い浮かんだガザルの姿は、ピュートに滅消された姿に変わる。ガザルではない……それなら……思いをまとめるよりも、とにかく、状況を確認するため篤樹とエシャーは駆け続けた。

 幸いにも神殿入口は完全に塞がれてはいない。むしろ、法力コーティングが施されていない部分が全て吹き飛ばされ、元々の入口以上に広がってさえ見える。その瓦礫の中に、神殿に同行して来たエグデン兵の1人が倒れていた。

「アッキー! あそこ!」

 すぐに負傷兵に気付き、エシャーが駆け寄る。篤樹はポッカリと開いた神殿入口に視線を向け「敵」の姿が無い事を確認しエシャーに続く。

「大丈夫ですか?! 一体、何が……」

 治癒魔法を施そうとするエシャーの背後から覗き込み、篤樹は負傷兵に声をかけた。だが、兵士の目から見る見る光が消えていくの確認し、視線を下半身の「在るべき空間」へ向ける。一瞬、腰から下は瓦礫に埋もれているのかと思ったが、上半身だけしか残されていない状態だと気付き、篤樹は目を背けた。

「……ダメ」

 エシャーは一旦握り上げた兵士の腕を、静かに床に降ろす。

「他の……人たちは……」

 篤樹は周囲に目を向け、他の同行者たちの姿を探した。兵士の横に屈んでいたエシャーも立ち上がり、外の様子に神経を向ける。

「……外に……何か居るよ……えっ?!……これ……」

「外に居るヤツって……敵? ね……エシャー?」

 法力感知で神殿の外に漂う「敵」の波長を感じ取ったエシャーが、目を見開き言葉を失う。篤樹はエシャーの両肩を背後から支え、耳元で再び小声で尋ねる。

「ねえ? エシャー……外に何が居るの?」

 篤樹の声に反応し、エシャーはハッと息を飲み、大きく見開いた目を向け答えた。

「アイツが……『サガワ』が……外に居る……」
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