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第7章 それぞれのクエスト 編

第 383 話 時差

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「サッカーが出来なくなるワケじゃないから……」

 田中和希は、自身の左足に向けられる同級生たちからの視線に軽く笑みを浮かべて応える。

「カズキと一緒にプレー出来ないのは残念だけど、『アンプティ』でもプレーは続けられるから……ダブルカズキでオリ・パラ同時出場だって狙えるんだし……だから……そんな目で見ないでくれる?」

 同情と憐れみをみんなの視線に感じた和希は、微笑のまま少し苛立ちの籠る声で語った。

「スマン……」

 申し訳なさそうに視線を外し、牧野豊が応じる。

「生き抜いて来られたってだけで、奇跡みたいなモンだよな……確かに」

「まさかリアルで『異世界転移』するなんて思って無かったから……」

 豊の言葉につなぐように、大田康平も口を開く。

「もう少し『こういう世界』のことを勉強しておけば良かったよ。ここじゃ……僕は本当に役立たずだ」

「康平はパソコン部だろ? ネット調べりゃ『こういう世界』の情報なんか、腐るほど溢れてたんじゃ無いの?」

 話の流れが変わった雰囲気に、田中和希も明るい声で応じる。

「エロゲーばっか、やってたんじゃ無ぇの?」

 短剣を布で包み腰紐に差しながら、上田一樹が軽い口調で加わった。そのひと言に、康平はムキになり反論する。

「そんなの、やった事なんか無いよ! それに、僕はパソコン組んだりプログラミングするのが好きなんだ! ネットで調べるのはそっち関係の情報とかだけだよ!」

 なぜか後半は、隣に座る小平洋子へ説明するように顔を向けていた。そんな他愛もないやり取りに、これまで硬い表情を崩さなかった小林美月の頬が緩む。その変化を和希は見逃さなかった。

「小林さん……」

 名指しされた美月がピクッと反応し、再び表情を硬くする。しかし和希はふわふわとした笑顔を向けて話を続けた。

「良かった! やっと少し笑ってくれたね。やっぱり小林さんは笑顔が似合うよ」

「私……」

 美月は動揺したようにポツリと声を洩らす。しかし、続く言葉が見当たらずに押し黙ってしまったのを確認し、牧野豊が代理のように口を開いた。

「田中くんさぁ……もうちょっと小林の気持ちを考えて話せよな。こんな状況で、笑えるワケなんか無ぇだろ?」

「1人だけで背負い込むなって言ってんだよ、田中は」

 すぐに上田一樹が和希の援護に入る。

「どこだかワケの分かん無ぇ異世界とかに突然放り込まれて、原始人みてぇな連中やらバケモンどもに命を狙われて……そいつらを殺しながら……行く当てもないまま生き延びて来て……『夢』を奪われる大怪我負わされて……。でも、それは俺らみんな同じ『傷』なんだからさ。美月1人だけで、抱え込むなよってこと」

 美月に向けられた一樹の言葉は、自身も含め、その場の全員に向けての言葉だった。2人ずつの3組6名それぞれが歩んで来たこの3ヶ月間、右も左も分からない森の中をさまよい、荒野で苦しみ、襲撃者から逃げまどい過ごした日々……自分と「仲間」を守るため、バケモノや獣だけでなく、襲って来る人間までも「殺して生きて来た罪悪感」。
 その苦しみや葛藤を、互いに理解し合える仲間と合流出来た―――そのことを素直に喜びたいという和希の思いに、全員がようやく結び合わされる。

「……他のみんなは……どうしてんのかなぁ……」

 同級生32名の内、自分たち6名の「無事」を確認出来たことで、小平洋子の中に他のクラスメイトたちの身を案じる思いが強まった。そのつぶやきに康平が応える。

「この様子だと、あの事故で全員『こっち』に転がって来てんだろうけど……」

「『時差』があるんだろ?」

 一樹は手持無沙汰を紛らわすように、小枝に手を伸ばし掴みながら応じる。

「時差?」

 聞き返した豊に、和希が口を開く。

「さっきも話しただろ? ボクと大田と小平さんが『こっち』に来た後、1時間くらい遅れてカズキが飛ばされて来たんだ。時差は1時間……」

 和希はそこで一旦言葉を切り、豊と美月に視線を固定した。

「時計もカレンダーも無かったから正確には分からないだろうけど、豊たちはこっちに来て何日目くらい?」

「は? そんなん……覚えて無……」

「82日目……」

 和希の問いに一瞬考え、すぐに不満げに応えようとした豊の横で、美月がポツリと声を発した。一同の視線が美月に向けられ、すぐに洋子が反応する。

「やっぱり!」

「え? 何が……」

 真横で声を発した洋子に驚き、康平が顔を向けた。洋子は腰紐に結び付けた袋の中から生徒手帳を取り出し開く。

「何がって、時差よ時差! えっとね……」

 目当てのページを開き、洋子は書き込んでいる「正の字」を数えた。

「90……4……94! 私たちは94日目よ、こっちに来てから」

 得意げな笑みを浮かべ、洋子は和希に顔を向けた。和希も笑顔で応じ、視線を美月に戻す。美月も手に持つ生徒手帳を掲げ、薄く笑みを浮かべる。

「さすが……ウチのクラスの女子たちはしっかりしてるなぁ……」

 康平の驚き声に、男性陣は同意のうなずきを示す。「まあとにかく……」と和希は前置きし口を開く。

「2人が『記録』を取っててくれたおかげでハッキリしたよ。ボクたちと一樹の間では1時間、そして、豊たちとの間には10日以上の『時差』が有ったってことさ。カズキと仮説を立ててたんだ。全員、飛ばされて来るのに『時差』があるかもってね。これで確信が持てたよ」

 和希は視線を一樹に向けた。

「……そういう事」

 手に持つ枝を指先でクルクルと回しながら、一樹が応じる。

「とにかく、先生やみんなと合流すりゃ、何とかなるかなって最初は思ってたんだけどさ……田中と色々考えてたら、出て来る場所だけじゃ無く『時差』も有りそうだなって気付いてさ。だから、闇雲にみんなを捜し回るんじゃなくて、『確実にこっちに居る大田と小平』を捜そうって……田中が」

「で、無事に合流出来たってこと」

 会話を戻された和希が、視線を康平と洋子に向けて笑みを浮かべた。

「そして今日……」

 豊が口を開く。

「俺たちとも合流したってことか」

「『エルフさんたち』のおかげね」

 豊の言葉をつなぎ、洋子が口を開く。

「それにしても……遅ぇな、あの人たち……」

 洋子の言葉で思い出したように、豊はつぶやき立ち上がる。

「夜までここで待ってろって言ってたけどよ、一体、何時まで待ってりゃ良いんだよ」

「どうせ時間は分からないよ」

 康平が呆れ顔で声を洩らすと、すぐに豊が反応した。

「あ? なんだと……」

「シッ!」

 康平に文句を言い放とうとする豊の左手首をつかみ、美月が制止をうながす。一樹はすでに巻き布を取った短剣を握り、たき火から数歩後方に退いて臨戦態勢で構えている。康平と洋子も体勢を整え、槍と棍棒をそれぞれの手に掴んだ。

「……大丈夫。彼らだよ」

 全員の緊張を解く穏やかな声を発し、和希は杖を頼りにその場に立ち上がった。和希が視線を向ける森の中から、数秒後にガサガサと葉音が聞こえ始める。

「耳……良いな……」

 その間に和希のそばへ移動して来た豊と美月が声をかける。

「田中がこっちで身につけた『特殊能力』だよ」

 隣に寄って来た一樹が豊に応えると、和希は苦笑した。森からの気配がかなり近付き、何やらくぐもった騒がしい「声」も聞こえて来る。

「フガーッ! フガガ、ンガ! ウグッ……」

 森の中から1人の長髪の男性……若いエルフが姿を現わし、その後ろからも数人のエルフ男性が続く。その内の2人から左右の腕を抱えられ、引き立てられるように連れられている人物を視認し、和希たちは「あっ!」と声を洩らした。

「待たせたな。西の川沿いで『もう1人見た』と情報が入ったんでな……確認して連れて来た」

 先頭の男性エルフが、怒ったような表情で和希に告げる。その背後には「ほとんど汚れていない学生服」を着た少年が、猿ぐつわをはめられ「フゴッフゴッ」と苦情を訴えつつ立たされていた。

「……興奮しているらしく、話を聞こうとしないからな……」

 先頭のエルフ男性はウンザリした声で、和希たちの「仲間」に乱暴な対応を加えている事情を伝える。だが、和希たちはそんな説明よりも、目を見開いて立ち尽くした少年が何者かを確かめることに集中していた。

「……勇気?」

「なんだ……神村かよ……」

 たき火の炎が照らし出す少年の顔を確認し、それぞれがポツリと神村勇気の名を挙げる。

「ンガ! ンガ!」

 勇気も6人が「何者か」に気付くと、身をよじって声を洩らした。先頭の男性エルフが振り返りもせずに、左手を上げて解放を指示する。神村勇気は、左右の腕を掴むエルフたちの力が弱まった途端その手を振り払うと、和希たちに向かって駆け出して来た。

「みんなっ! 大変だよ! バスが川に流されたみたい! 森の中に不審者がいっぱい居るし、誰かスマホ持って無い? 警察! すぐに警察を呼んで!」

 口を塞がれていた猿ぐつわを急いでずり下ろし、勇気は叫びながら豊の背後まで駆け込みエルフたちに向き直る。

「この外国人たちも変だよ! こんな森の中に隠れて住んでるなんて、すぐに警察を……」

「落ち着けよ、神村!」

 豊が一喝し、ようやく勇気は口を閉ざした。

「……神村……お前、いつ『こっち』に来た?」

 一樹が尋ねる。勇気は意味が分からず、首をかしげ他の面々に視線を送る。和希が笑みを浮かべ改めて問い直した。

「勇気は、どのくらい前に気が付いた?」

「え……っと……もう、何時間も前だよ! 誰もいなくって、何時間も河原で独りぼっちだったんだよ! なんで誰も助けに来てくれなかったの!」

 和希の問いに、自分がどれだけ「長時間」苦労したかを勇気はみんなに訴える。だが、6人は勇気の訴える声を他所に互いに視線を交わす。

「3ヶ月の時差か……」

「時差ね……」

「3ヶ月前は、僕たちもパニックだったよね……」

 康平の言葉に一同はうなずき合った。
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