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第6章 ユフ大陸の創世7神 編

第 362 話 友への想い

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 森の木々が何かの法撃で吹き飛ばされた空地で、篤樹と亮は呆然と立ち尽くしていた。亮の手には、泥と血に塗れた香織の外套が握り締められている。

「香織……さん……」

 こちらの世界で刻んだ深い年輪のある顔をクシャクシャに歪め、亮は汚れることも気にせず、香織の遺品となった外套に顔を埋めた。

 ―――10数分前、タフカと共に駆けていた篤樹と亮は、何かに引き止められる感覚を同時に感じ、ここで足を止めた。見回すと土中から「布」が飛び出ている……それが香織の外套であると気付いた2人は、急いで掘り起こし遺品を改めて確認した。
 外套の損傷具合から、香織が無事で居ることは無いと誰もが容易に想像する。篤樹と亮はこの場の調査に踏み止まり、強大に膨れるガザルの攻撃的な法力波を感じたタフカ1人だけが先を急ぐこととなった。

 土を掘り返し、変わり果てた香織の身体部位を見つけた2人は、土中から「それら」を掘り出す事を断念した。……今、篤樹と亮は埋め戻した地面を見下ろしている。

「……何度も……死にそうな目に遭いながら……2人で生きて来たんだ……」

 しばらく嗚咽した後、亮がボソリと口を開く。

「一緒に……2人でずっと……まさか……こんな形で……」

「……亮」

 香織の「死」に直面したことは、篤樹にとっても大きなショックだ。「この世界」ですっかり中年女性となっていた同級生の姿と、つい数ヶ月前まで同じ教室で過ごしていた中学女子の姿が重なり合う。心強い、頼りにしていた友の死―――しかし、亮の悲しみは、篤樹が感じるそれとは異なるものなのだろうと感覚的に受け止める。

「殺されちまった……俺の……大事な ひとが……」

 絞り出すように吐き出される亮の声に、篤樹は何とも言えない「怖さ」を感じた。中学時代には見たことも無い怒りの形相……こちらに来て再会した後にも、これほど他を寄せ付けない「余裕無き闘気」を亮から感じたことは無い。

「亮……」

 それでも尚、どこか遠くに離れてしまったように感じる友を呼び戻そうと、篤樹は声をかけた。だが、向けられた亮の視線は、もはや篤樹が何かを出来る状態では無いことをハッキリと伝えている。亮の視線は篤樹にでは無く、タフカが駆けて行った森に向けられていた。

「……借りてくよ……香織さん……」

 亮は自分の外套を脱ぐと、香織の身体の大部分が埋まる地面にそっと広げ置く。代わりに、泥と血に塗れ、大きく裂かれた香織の外套を身に着けた。手には、神村勇気が作ったという伝説の武器「法剣柄状の 成者しげるものつるぎ」を握り締める。

「亮、落ち着けよ! 怒りに任せて突っ込んで行っても勝てるような相手じゃ無いって!」

 もう無駄だとは思いつつ、篤樹は勇気を振り絞り「鬼の形相を見せる高齢の同級生」に声をかけた。感情がたかぶり、不本意にも涙が流れ落ちる。一瞬、亮は微笑にも似た驚きの表情を篤樹に向けたが、すぐに向かうべき方角へ視線を戻す。

「ガキにゃ分からねぇよ……香織さんの仇は、俺が獲る。……じゃあな……小僧」

 ひと言告げた亮から感じる法力波の質が大きく変わっている。篤樹は頬に流れる涙を拭う事も出来ない。一瞬の内に、亮は法力強化された脚力で森へ駆け込んで行った。

 あ……亮!

 慌てて気持ちを整え、篤樹は亮を追う体勢をとる。

「賀川ー!」

 しかし、亮が駆け入った木々の方角から突然名を呼ばれ、篤樹は踏み出そうとした足を止めた。生い茂る木々へ視線を向けると、枝葉の間からこちらに向かって来るいくつかの人影が見える。

「遥?!……と……え? ピュートか?!」

 外見小学生女児の遥と、同じくらいの背恰好である妖精数人の姿に気付いた篤樹だったが、彼らに同行しているのがピュートだと気付くと、思わず驚きの声を上げた。一群はすぐに木々の間から飛び出して来る。

「賀川! 大変や! 兄さまがガザルと……」

「カガワ! 補佐官の件で報告が有る!」

 遥とピュートが同時に声をかけて来た。篤樹が面食らい返事に困っていると、ピュートが交通整理を入れる。

「ハルカ、お前から話せ」

「あ……はい……って、何であんたが!」

 思いがけず主導権を握られた遥は、ピュートに文句を言いたそうに声を上げた。しかし、口論の時間がもったいないとばかりに、ガザルとタフカの戦いが始まっている事を篤樹に伝える。続けてピュートが口を開いた。

「カガワ、補佐官がこの地を去ったそうだ。ミツキが言うには、あいつはもうここに戻って来れない。こいつらからの情報だ」

「は? エルグレドさんが……え?」

 あまりにも唐突な報告に、篤樹は言葉が続かない。ピュートは女児妖精を促し、詳細を伝えさせる。

「あの……私たちが向かった先に、エルさまがおられました。多数のサーガだけでなく、蟲使いを相手に戦ってましたが……どうやら正気では無かったみたいで……」

「そこに大賢者ミツキさまが来られたんです!」

 別の女児妖精が話を引き取る。

「狂乱されていたエルさまを特殊な魔法で拘束し、周辺の蟲使いとサーガもミツキさまが全て消されました。その後すぐにミツキさまから命じられ、私たちはエルさまを賢者の森に運びこんだんです」

 もう1人の女児妖精、ミシュバット遺跡で篤樹も特に見覚えがあるリエンが、最後に話を引き取り話をまとめる。

「ミツキさまからカガワさまへの伝言をいただきました。『終わりの時』が来るまで、エルさまはこのまま賢者の森に留め置くことになる……あとはカガワさまに委ねる、と」

 リエンは申し訳なさそうに顔を下げ、上目遣いに篤樹の反応を見る。篤樹は状況が飲み込めずに目を見開き、助けを求めるように遥とピュートを見た。

「ど……どういう……こと?」

「補佐官は戦線離脱した。ガザルは今、妖精王が1人で相手をしている」

 端的に情報を整理し、ピュートが続ける。

「こっちは何があった? 今、マキタが1人で駆けて行ったようだが……」

「あっ、そうや! 賀川と牧田くんがこっちで何か見つけたって、兄さまが……。一体何を……」

 遥はそこまで語ると、地面に置かれた亮の外套に目を向けた。

「そ……れ……」

 妖精の法力能力により、遥はすぐに地面の異変に気付く。その様子に、ピュートも視線を地面の外套に向けた。

「そ……んな……香織?」

 地中から感じる死者の骸に残る法力波で、遥の声が震える。

「やられたのは……あのおばさんか?」

「……うん」

 篤樹は先ほど亮と共に確認した「香織らしき」いくつかの身体の部位を思い出し、沈痛の面持ちを浮かべる。しかし、すぐにハッと顔を上げた。

「そうだ! 亮を追い駆けないと……あいつ、香織さんの件で相当頭に血が上ってるんだ! あれじゃ、冷静に戦えない! ピュート、お前も一緒に行けるか?」

「それであれほどの法力をまとっていたのか……」

 篤樹からの指名にすぐには応えず、ピュートは亮とすれ違った森へ顔を向けようと身体をひねる。

「 ッ……」

「どうした?」

 唐突に呻きを洩らしたピュートに驚き、篤樹は声をかけた。

「その子も満身創痍や……」

 香織が眠る地面を見つめたまま、遥がピュートの状態を篤樹に伝える。

「エシャーちゃんも……向こうで黒魔龍を倒して……今は法力枯渇状態で動けんくなっとるよ……」

「え? エシャーが?!」

 黒魔龍を「倒した」という情報と、エシャーが動けない状態になっているという2つの情報に、篤樹は言葉を詰まらせた。

「うん……」

 遥は自分が見聞きして来た戦況を簡潔に篤樹へ伝えると、涙を一杯に溜めた瞳を向ける。

「あっちこっちで皆が倒れとる! 死んでいっとるよ! 一体……どうなってしまうん?!」

 ようやく再会出来ると楽しみにしていた香織とこのような形で再会し、ガザルの脅威を目の当たりにして来た遥は、緊張の糸が切れたのか篤樹にしがみつき子どものように泣き出した。他の妖精たちもつられるように篤樹にしがみつき泣き始める。

「泣いてるひまはないぞ? カガワ……」

 ピュートの落ち着き払った声で、篤樹は妖精たちを慰める手を止め、顔を上げた。

「そうだな……。遥……」

 篤樹は遥の両肩に左右の手を載せ、優しく押し離す。妖精たちの目は不安と悲しみに潤んだままだが、泣くのを堪えようと必死に口を結んでいる。

「……亮が心配だ。それに、タフカさんも……。ガザルを……止めなきゃ……もっとたくさんの人が殺されてしまう……」

 遥の肩から両手を離し、篤樹は背中の帯剣ホルダーから「竹刀型の成者の剣」を引き抜き右手に握り締めた。

「あのさ……少し、法力を分けてもらえないか? この剣に……俺の法力は、まだ全然ダメみたいでさ……」

 自嘲気味に苦笑いを浮かべ、篤樹はピュートに目を向ける。首をかしげたピュートの視線に篤樹は肩をすくめ、改めて遥に目を向け直す。

「みんなの法力を、この剣に分けてくれよ。俺……亮とタフカさんと一緒に……ガザルを倒して来る!」

 決意を籠めた篤樹の瞳を、遥はジッと見返し、うなずき応える。

「……分かった」

 成者の剣を握る篤樹の手に、遥は自分の両手を重ねた。3人の妖精たちも同じように手を重ねる。温かな法力光が、篤樹の手を伝い成者の剣に広がっていく。

「ゴメンな、カガワ……ウチ……向こうには足が動かん。身体が……怯え切ってしまってるんよ……。ガザルの法力波に……ビビッとるんよ……」

 申し訳なさそうに告げる遥の頭に、篤樹は左手を載せる。

「ハルミラルの身体が本能的に拒んでるのかもな。仕方ないよ。俺も相当ビビってるけどさ……大丈夫! ここで待ってて。大事な『 あにさま』と一緒に帰って来るから」

 他の妖精たちの頭もそれぞれ撫で終え、篤樹はピュートに顔を向けた。

「……ピュートの法力も、少し分けてくれない?」

「なぜだ?」

 少し迷いながら差し出した篤樹の右手をチラッと見、ピュートが不思議そうに首をかしげる。

「いや……その……」

 同じ流れで「みんなの力」を合わせようと、少し照れ臭い気持ちながら口にした申し出を冷静に拒まれた篤樹は、何となく恥ずかしくなって口籠ってしまう。ピュートは亮が立ち去った木々に視線を向けた。

「準備が出来たのなら、行くぞ」

「は? だって、お前……その身体……」

 遥から「満身創痍」の診断が下されているピュートが、まさか一緒に戦うつもりと思っていなかった篤樹は驚き聞き返す。

「やめときぃ! 今のあんたじゃ行くだけ無駄やって!」

 すぐに遥も忠告するが、当のピュートは無表情のまま振り返り平然と応じる。

「策は有る。それにカガワが行くなら俺も行く。『友だち』だからな」

 恥ずかしげも無く「友だち宣言」を言ってのけたピュートに……篤樹と遥は目を丸くし、続く言葉を失った。
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