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第6章 ユフ大陸の創世7神 編

第 351 話 救援

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 同行者ガウラを襲う「確定的な死の矢の雨」を視界に収めたスレヤーは、地面を転がり起き上がると、すぐに応戦体勢を構える。岩陰から飛び出したバスリムは「悲鳴」とは裏腹に法撃態勢を見せていた。

「ガウラさん!」

 一瞬遅れてライルがガウラの名を叫ぶ。ライルも避難していた岩陰から飛び出し、同じタイミングで飛び出したレイラと共に、黒魔龍に法撃を放っていた。しかし、彼の呼びかけにガウラはもう、答える息を失っている。

「はっ!」

 バスリムは掛け声と共に、黒魔龍に向け法撃を放った。それは威力を高めるために法力を集束させた細い攻撃魔法ではなく、広がりを持つ光輪形をしている。速度も通常より遅く感じる法撃であったが、黒魔龍の胴体3分の1ほどを包むように命中した。

「せっ!」

 再びバスリムが声を上げると、黒魔龍に当たっていた法撃が一気に弾け飛ぶ。周囲に現れた「敵」への応戦に鎌首を上げていた黒魔龍の胴が、まるで氷像が崩れるように砕け散った。残された黒魔龍の頭部も、間を置かずに霧散していく。

「ミゾベさん!」

「おいっ!」

 目の前で小型の黒魔龍を撃退したバスリムに、レイラとスレヤーが叫んだ。呼ばれた当の本人は驚いたように目と口を開いたまま、黒魔龍が漂っていた宙を凝視している。

「ガウラさん……」

 ガウラに駆け寄り救命を施そうとしていたライルは、もはやどうすることも出来ない事実を悟り、愕然としていた。そのライルの横を抜け、レイラはバスリムに歩み寄る。

「……どういうことかしら? 私とライルさんの法撃も、スレイたちの剣も効かない相手だったのに、なぜあなたの法撃は効いたのかしら?」

「え? あ……はは……」

 レイラの問い掛けに、バスリムはようやく我に返ったように口を開く。

「思念体ですよ……黒魔龍は。まあ、普通なら実体が伴わない思念体には、魔法も剣も効かないといわれてますがね……」

 バスリムは乱れた服を整えながら、段々と言葉の調子が上がって来る。

「以前に、思念体を生み出せる法術士ってのに会ったことがありましてね。まあ、見せてもらったというか、原理を知ったんです。思念体を生み出すには『核』となる物質が必要だとね。つまり『核』となる物質を包むように思念体は作られていたんです」

 その説明に、レイラは満面の笑みでうなずいた。

「なるほどね。思念体そのものには魔法も剣も効かないけれど、その中の『核となる本体』は物質体……それを破壊すれば、倒すことが可能ということですのね」

「ええ……」

 笑顔でうなずくバスリムに、スレヤーもニッと笑みを浮かべて語りかける。

「それだから、あんなへなちょこな法撃でも やっこさんを倒せたってことかい?」

「へな……何だとっ!」

「まあまあ、ミゾベさん……」

 スレヤーからの毒ある「賛辞」に声を荒げたバスリムをレイラがなだめる。

「つまりは、法力集束の強い攻撃で狭い範囲を狙うより、弱くても拡散させて広く狙う方が『核』を破壊しやすいということでしょう?」

「そう! そうですよ、レイラさん! さすが法術を解っておられる! 無法力の脳筋バカ犬とは大違いですね!」

 精一杯の毒舌をスレヤーに向け、バスリムはニヤッと笑みを見せた。

「おい……」

 いつの間にか洞窟の先を見に行っていたズンが声をかける。一同はその声に反応し、顔を向けた。

「静かについて来い。この先が探してた場所だ」

「んだよ、そんな近くまで来てたのかよ」

 バスリムの得意気な顔から視線を外し、スレヤーはズンに声をかけて動き出す。ミッツバンも岩陰から身を出しレイラと並び歩き出した。

「……半獣人族の むくろは地に残ります。後から葬って上げましょう」

 ガウラの遺体のそばに立ち尽くすライルに、バスリムは優しく声をかける。ライルは告別の意をガウラに表すが、真っ青な顔で小刻みに震えていた。

「ガウラさん……なんで……」

 しばらくの間、地に横たわるガウラの遺体を光を失った瞳でジッと見下ろしていたライルは、再度呼びかけたバスリムに向かいゆっくりと歩き出す。

 洞窟は10メートルほど先で右に折れ、さらに数メートル先で左へ続いている。その角から、ビガンが顔を覗かせた。

「……こっちだ。声を出すな。気配も消せ」

「はぁ? 一体……」

 相変わらず、ドワーフ独特の苦虫を噛みつぶしたようなしかめ面のビガンから指示を受けると、スレヤーは軽口を叩こうとし……すぐに真顔になる。

 この臭いは……

「あら……」

 ビガンの頭越しに道の先へ目を向けたレイラは、呆れたような声を洩らした。

 通路の「出口」は、小さな村が1つくらい入りそうな巨大な地下空間につながっていた。ミッツバンの情報通り、そこは巨大な氷柱を思わせるほどに美しい水晶が無数に地より生え出で、天井も壁もいくつもの水晶で埋め尽くされている。

「これは……」

 レイラの背後から顔を覗かせたバスリムの笑みが、見る見る解かれていく。

 目の前に広がる「水晶の谷」……その空間には、何体もの小型黒魔龍が、宙を舞う綿毛のように這い漂っていた。


―・―・―・―・―・―・―


「ここで……間違いはありません」

 ミッツバンはレイラからの問い掛けに答えた。

「そう……」

 レイラは満足そうに笑み、それから一同にグルリと視線を向ける。

「目的地の近くには辿り着けましたわね。あとは……あの蛇たちをどうするか……」

「俺はあまり役立てそうに無ぇですね……」

 問いかけたレイラの言葉に、スレヤーはお手上げの姿勢を見せた。

「バスリムの『情報』と『実演』から、あの思念体どもを倒すにゃ、剣撃じゃ効率が悪過ぎまさぁね」

「ワシらも相性が悪いな」

 スレヤーに続いて口を開いたズンの言葉に、ビガンもうなずく。

「ワシらの斧は法力増幅しとるが、結局はそこの剣士と同じで攻撃範囲は狭い。法力持ちとは言え、ワシらドワーフの法術は採掘作業用だ。攻撃には向かん」

 ビガンの説明を受け、バスリムが口を開いた。

「ということは、攻撃法術で戦えるのはミッツバンさんも含め、我々4名ということですね」

「私の法術も、彼らと同じだよ、バスリム」

 名を挙げられたミッツバンが、申し訳なさそうに断りを入れる。

「水晶加工魔法や、ガラス錬成に必要な加熱魔法くらいの法術しか習得はしとらんよ」

 バスリムはレイラとライル、交互に顔を向けた。

「……3人です。小型とは言え、ザッと見で20体は居る黒魔龍相手に法術使い3名で立ち向かうのは……かなり無謀な挑戦ですが、どうします?」

 額に汗を浮かべ、苦笑しながらバスリムが問うと、レイラは微笑を浮かべ応じる。

「どうもこうもありませんわよ、ミゾベさん。この作戦に撤退も救援待ちも有りませんわ。やることは初めから決まってましてよ」

 揺ぎ無いレイラの姿勢に、一同はそれぞれに決意を固めた。

「とにかく……ここじゃ役立たずの俺ら4人は、レイラさんらの邪魔になんねぇように『奥』まで移動することにしましょっかね……」

 スレヤーはミッツバンのそばに寄り、ズンとビガンを手招きした。その様子を見て、バスリムがレイラに提案する。

「我々は3人でかたまるより、前・中・後と距離をとって進みましょう。同時に複数体を相手にするのは厳しいですが、1体ずつなら先ほどお伝えした法撃で何とか対応可能では無いかと……」

「そうね……では、移動を始めましょう!」

 7人はバスリムの提案通りに隊列を組み、水晶の谷へゆっくりと進み始める。

「許さない……黒魔龍め……」

 光を失った瞳で宙を睨むライルの声に、誰も気付く者はいなかった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「賀川ッ!」

 亮は目の前に飛びかかって来た獣人型サーガを縦2つに斬断する。開けた視界の先に立つ篤樹の姿を見、思わず名前を叫んだ。

「大丈夫……」

 呼びかけられた篤樹は右手1本で握る成者の剣を横なぎにはらい、小型のサーガを打ち倒したところだった。左上腕部に傷を負い、外套にまで大きな血の染みが広がっている。

「まだ……やれるよ」

 続けて応えたが、篤樹はそのまま剣を支えにガクリと片膝を地面に着く。

「おいっ!」

 慌てて亮は駆け寄り膝を着くと、篤樹の左腕を確認する。傷の具合をサッと診て命にかかわる怪我では無いと分かったのか、口の端に笑みを浮かべた。

「よし……まあ……良くやったよ、お前も」

 荒い息で必死に酸素を求める篤樹に比べ、亮はすでに整った呼吸で周囲に目を向ける。何体のサーガを2人でさばいたかは分からない。数体の獣人型・半獣人型のサーガを除き、ほとんどは絶命後に黒霧化して消え去っていた。

「……様子が、おかしいな?」

 数十体は倒した気はするが、神殿前に集まっていた数百の群れから考えればこんなに早く終わるはずはない。亮は神殿入口から侵入して来るサーガが途絶えたことに違和感を感じた。
 様子を見ようと動き出したが、篤樹の視線を感じ動きを止める。言葉で確認せずとも亮は篤樹の思いを汲むと、左脇から支える様に立ち上がらせた。

「外で……作戦会議でも……してんのかな?」

「サーガどもがか? そりゃ無ぇだろうな……」

 篤樹と亮は慎重に入口へ向かって通路を進む。白い光の壁のように見えていた入口の明るさにも目が慣れ、少しずつ外の景色の輪郭を見分けられるようになった。

「こりゃ……一体……」

 神殿入口から身を出した所で2人は足を止める。眼前の広場には、黒霧化して次々に身体を消して行く数十体のサーガと、地に倒れている黒霧化しないサーガの姿が広がっている。広場をはさんで奥の森からは、法撃音がいくつも聞こえて来た。

「無事か? カガワアツキ」

 頭上から突然、子どもの声で名前を呼ばれ、篤樹と亮はバランスを崩しその場に倒れてしまう。見上げた神殿入口上部の飾り彫りには、小学生くらいの「子ども」が2人腰かけていた。

「なぁにやっとるん、賀川ぁ……あっ! 牧田くんやろぉ? うわっ、おっさんになったなぁ! 香織は? どこにおるん? 一緒や無いの?」

 声をかけ、軽やかに篤樹と亮のそばに飛び降りて来た2人の子ども……1人はどこか憮然とした表情の男の子……もう1人は……

「元気そうで何よりやなぁ、賀川!……ってか、怪我しとるやん! モンマ、はよう手当てしてやって!」

「は……はる……か?」

 篤樹の左腕の怪我に慌てふためき、隣の「妖精」に声をかけたのは、ミシュバットで別れた同級生……妖精王タフカの妹ハルミラルの身体でこの世界で生きて来た高山遥だった。
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